愛する公爵と番になりましたが、大切な人がいるようなので身を引きます

まんまる

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僕、アラン様になんて事言っちゃったんだろう。

でも、アラン様には、僕じゃない好きな人がいて、その人はまだ子供で、僕は身代わりで⋯、もう頭がぐちゃぐちゃで何も分からない。



ほんの数時間前、僕はアラン様に別れを告げて実家に帰って来た。
久し振りに自分の部屋に帰ってきて、少し落ち着いた頃、入口の扉を叩く音がした。父様か母様かと思い、はい、と返事をした。


「ナーシュ」

「アラン様⋯」

入口に立っていたのはアラン様だった。




侍女がお茶を用意して、僕たちはソファに向かい合わせに座った。

「あっ⋯アラン様」
「ナーシュ、私が忙しくしていたせいで、寂しい思いをさせて悪かった。最近の私達は少し会話が足らなかったと思う。全て私の責任だ。すまなかった」

アラン様はそう言って、申し訳なさそうに僕に頭を下げた。

僕はアラン様の顔を見ていて、本心からそう思っているのが分かった。
でも、いろんな事があり過ぎて、どうしても素直になれなかった。
それに⋯。


「アラン様、その子を連れてきたんですね」
「その子?ああ、そうだよ。ナーシュの誤解を解くのに必要だからね」
「誤解?」
「そうだ。ナーシュは誤解してるんだ」

はっとした。僕は学園時代、友人から何度も聞いていた話を思い出した。

「アラン様、それ⋯、浮気する男の常套句です」
「はっ!?そんな事どこで!また⋯友人か?」
「はい、そうです。学園の友人が言ってました」
「はぁ、本当に誤解なんだ」
「⋯アラン様、その友人が言うには、浮気現場を見られた男はこう言うそうです」
「ゴクッ、何て言うんだ?」

僕はアラン様に友人から聞いた話をしてみようと思った。
アラン様は固唾を飲んで僕の言葉を待っていた。

「組み敷いた相手を見ながら、君にもこの霊が見えるのか?と言うそうです」
「ふっ、くだらない。それでごまかせるはずがない。そんな事を言う男は愚か者だ」
「はい、僕もそう思います。それから、追い詰められた男は最後にこう言うそうです」
「まだあるのか⋯。な、何だ?」
「誤解だ、これは人形なんだ。です」
「⋯⋯終わった」
「はっ?」

なんだかアラン様が来た時よりもやつれたように見えるのは気のせいだろうか。

「いや、何でもない。いいかいナーシュ、私が今から言う事は、言葉通りそのままの意味だ。深い意味は何もない。その友人が言った事も忘れるんだ。いいね?」

アラン様の言っている意味がよく分からなかったけど、とりあえず頷いた。
次の瞬間アラン様は、僕が今一番聞きたくない言葉をその口から発した。

「いいかい、ナーシュにはこれが子供に見えているようだけど、これは人形なんだよ」

鈍器で頭を殴られた様な衝撃だった。
涙が溢れて止まらなかった。
だって、僕はまだアラン様を愛してるから。

「ナーシュ!何故泣くんだ!?」
「だってぇ、ぐすっ、それ浮気男の常套句です」
「だあぁっ!違うんだナーシュ!本当なんだ!」
「ふえぇぇん」
「ああ、ナーシュ、可哀想に。分かった分かった。じゃあ、私の質問に答えてくれるかい?」

僕は泣きながら小さく頷いた。

「ナーシュはこの人形が誰かに似てるとは思わないかい?」
「ぐすっ、分かりません」
「そ、そうか。じゃあ、髪の色は?」
「あっ⋯僕と同じです」
「そうだよ、ナーシュ。じゃあ瞳の色は?」
「⋯僕と同じです」
「そうそう、いいよ。じゃあ、ナーシュ、一度抱っこしてみないか?」
「えっ⋯?」

アラン様は子供を軽々と抱えて僕の隣に座ると、僕の膝の上に子供を乗せた。

「か、軽い⋯。この子⋯、人形ですか?」

僕が子供だと思っていたのは、アラン様が言う通り本当に人形だった。
現実から目を背けたくて、ちゃんと見ていなかったけど、よく見ると、可愛らしい表情をした人形だった。

「はぁぁぁ、良かったぁ」

アラン様はそう言って、微笑みながら僕の頭を優しく撫でてくれた。


「ナーシュ、あっちの鏡の前に立ってごらん」

アラン様は僕の手を引き鏡の前まで僕を連れてきてくれた。何だろうと思い、人形を抱いたまま鏡を覗き込んだ。

「アラン様、この人形⋯もしかして僕ですか?」

鏡に映すとよく分かった。
そこには、僕の子供の頃によく似た人形を抱く、自分が映っていた。

「そうだよ、ナーシュ。詳しい話は公爵家に帰ってからするからね。先に、もう一つ、ナーシュが悩んでいる事を解決しないとね」

アラン様は僕の腕からそっと人形を持ち上げてソファに置くと、また鏡の前に戻ってきた。

「ナーシュは、この一週間、私が他の者を愛していたと思っているみたいだけど⋯」

アラン様はそう言いながら、僕のシャツの釦を一つ一つ外していくと、少しずつ前を開いて鏡に映した。

「あっ⋯」

そこには、赤や青や紫の、色とりどりの痣がたくさん散りばめられた、僕の肌が映っていた。

「これ⋯」
「ナーシュ、何か思い出した?」
「あっ、僕、確か⋯あの日急に発情期が始まって、苦しくて、アラン様に会いたくて、アラン様の名前を呼び続けました。その後の事はよく覚えてないけど、アラン様が僕の名前を呼ぶ声が聞こえたような気が⋯します。それに、この跡は、僕が確かにアラン様から愛された証です」

僕があの日の記憶を少しずつ辿るようにそう言うと、アラン様はふぅっと大きく息を吐いて、僕に微笑みかけた。

「ナーシュ、やっと誤解が解けたようだね。私が愛しているのはナーシュ、君だけだよ」

アラン様は僕をふわりと抱き締めて、額に何度も何度も口付けをした。

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