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06:百年前にあったこと
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《火事に巻き込まれた精霊、消火しようとした精霊、多くの精霊が焼け死んだ。もちろん精霊だけじゃない。獣人族、ドワーフ族、森を守護していたエルフたち。たくさんの亜人が死んだ。あたしたちは急いで駆けつけたけど、間に合わなかった。数え切れないほどの命が目の前で失われた》
ディーネは眉間に皺を作り、小さな手を握り締めた。
《なんて酷いことをするんだって、みんな怒り狂ったわよ。全盛期はレノリア大陸の二分の一の領土を支配していた大帝国が地図上から消えたのは精霊の怒りを買ったからよ。土の精霊がいなくなったから作物が実らず、多くの餓死者が出た。水の精霊が暴れたから各地の川が氾濫し、港町は大津波に呑まれた。火と風の精霊は仲間たちの報復のために手を取り合い、皇帝の住まう帝宮ごと帝都を焼き尽くした。たった一晩で不滅と謳われた帝国は滅亡したの》
ディーネは皮肉げな笑みを浮かべた。
《人間たちは大惨事を見て震え上がり、エレギアに手を出すのは止めよう、女神や精霊を大切にしようって思ったらしいけどさ。気づくのが遅いのよ。死者は生き返らないわ。命は輪廻の輪を巡り、また生まれ変わるけど、それでもそれは死んだ命そのものじゃない。全く新しい命だもの》
ディーネはゆっくりと羽根を動かして私の肩に座った。
そのまま俯いて、何も言わない。
私もかける言葉が見つからず、重苦しい沈黙が落ちた。
馬車の走る音だけが虚しく聞こえる。
「……亜人は人間を恨んでいる。あれから百年経ったいまなお大多数の人間は亜人を蛮族と呼んで蔑み、迫害しているのだから当然だ。ともすれば、森に入った瞬間に石を投げられ、集団で囲まれて嬲り殺されるかもしれんぞ」
《そんなことあたしがさせないわよ! もしそんなことになったらあたしがアンジェリカを逃がす! どこまでも逃がす!!》
アーギルさんの重々しい言葉を受けて、ディーネが飛び上がった。
他の三体の精霊たちも暴れている。
ディーネのように喋れたら《そうだそうだ!》と言っているのかもしれない。
大騒ぎする精霊たちを無視して、アーギルさんは私の目を見つめた。
「アンジェリカ。エレギアに行くのは諦めて、おとなしくミグロムに行ったらどうだ。いまでもエレギアの森は人間の立ち入りを阻む。人間が森の奥深くに入ると体調が狂ってしまうんだ。仮に運よく亜人の国へ辿り着けたとして、そこで待っているのは長年に渡って蓄積された人間への憎悪だぞ。シャノンとお前では種族が違う。住む世界が違う。亜人と人間はしょせん相容れぬ存在なんだ――」
「――でも、シャノンは私を助けてくれたんです」
滑るように言葉が口をついて出た。
シャノンと出会ったのは雨の降る春の日だった。
私は当時体調を崩して座り込み、大樹にもたれかかっていた。
そこを通りがかったのがシャノンだ。
――大丈夫か? 熱があるのか? 動けないならおれが運んでやろうか?
そもそも初めて出会ったときの第一声からして、彼は私を心配していた。
一緒に旅をした間、彼に憎悪や嫌悪の目で見られたことなんて一度もない。
いつだって彼は優しかった。
私を気遣い、笑顔を見せてくれた。
あれが演技だとはとても思えない。
「『待ってる』と言ってくれたんです。あの笑顔に嘘はなかったと信じたい」
言いながら、私は両手を強く握った。
「私はもう一度シャノンに会いたい。この想いは強すぎて、他のことなど考えられない。夢に見るほど行きたい場所があるんです。なら、そこへ行くしかないでしょう?」
行ったこともないのに、シャノンが語った亜人の国の夢を見る。
亜人の国には黄金に輝く《神樹》があるのだという。
《神樹》の根元には澄み渡った湖があり、《神樹》は夜になると蛍のような光をいくつもいくつも放つらしい。
光を放つ不思議な大樹。美しい湖。広大な森に降る光の雨。精霊の故郷。
一度この目で見てみたい。なんとしてでも見たい。
「ディーネ。アクア。イグニス。ノーム。来て」
名前を呼ぶと、四体の精霊たちは私の周囲に集った。
彼らを両手のひらで指し示しながら言う。
「アーギルさん。この頼もしい契約精霊たちは、巡礼の旅の道中で何度も私を守ってくれました。今度も一緒です。たとえ何があっても、きっとこの子たちが守ってくれます」
ディーネは眉間に皺を作り、小さな手を握り締めた。
《なんて酷いことをするんだって、みんな怒り狂ったわよ。全盛期はレノリア大陸の二分の一の領土を支配していた大帝国が地図上から消えたのは精霊の怒りを買ったからよ。土の精霊がいなくなったから作物が実らず、多くの餓死者が出た。水の精霊が暴れたから各地の川が氾濫し、港町は大津波に呑まれた。火と風の精霊は仲間たちの報復のために手を取り合い、皇帝の住まう帝宮ごと帝都を焼き尽くした。たった一晩で不滅と謳われた帝国は滅亡したの》
ディーネは皮肉げな笑みを浮かべた。
《人間たちは大惨事を見て震え上がり、エレギアに手を出すのは止めよう、女神や精霊を大切にしようって思ったらしいけどさ。気づくのが遅いのよ。死者は生き返らないわ。命は輪廻の輪を巡り、また生まれ変わるけど、それでもそれは死んだ命そのものじゃない。全く新しい命だもの》
ディーネはゆっくりと羽根を動かして私の肩に座った。
そのまま俯いて、何も言わない。
私もかける言葉が見つからず、重苦しい沈黙が落ちた。
馬車の走る音だけが虚しく聞こえる。
「……亜人は人間を恨んでいる。あれから百年経ったいまなお大多数の人間は亜人を蛮族と呼んで蔑み、迫害しているのだから当然だ。ともすれば、森に入った瞬間に石を投げられ、集団で囲まれて嬲り殺されるかもしれんぞ」
《そんなことあたしがさせないわよ! もしそんなことになったらあたしがアンジェリカを逃がす! どこまでも逃がす!!》
アーギルさんの重々しい言葉を受けて、ディーネが飛び上がった。
他の三体の精霊たちも暴れている。
ディーネのように喋れたら《そうだそうだ!》と言っているのかもしれない。
大騒ぎする精霊たちを無視して、アーギルさんは私の目を見つめた。
「アンジェリカ。エレギアに行くのは諦めて、おとなしくミグロムに行ったらどうだ。いまでもエレギアの森は人間の立ち入りを阻む。人間が森の奥深くに入ると体調が狂ってしまうんだ。仮に運よく亜人の国へ辿り着けたとして、そこで待っているのは長年に渡って蓄積された人間への憎悪だぞ。シャノンとお前では種族が違う。住む世界が違う。亜人と人間はしょせん相容れぬ存在なんだ――」
「――でも、シャノンは私を助けてくれたんです」
滑るように言葉が口をついて出た。
シャノンと出会ったのは雨の降る春の日だった。
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そこを通りがかったのがシャノンだ。
――大丈夫か? 熱があるのか? 動けないならおれが運んでやろうか?
そもそも初めて出会ったときの第一声からして、彼は私を心配していた。
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いつだって彼は優しかった。
私を気遣い、笑顔を見せてくれた。
あれが演技だとはとても思えない。
「『待ってる』と言ってくれたんです。あの笑顔に嘘はなかったと信じたい」
言いながら、私は両手を強く握った。
「私はもう一度シャノンに会いたい。この想いは強すぎて、他のことなど考えられない。夢に見るほど行きたい場所があるんです。なら、そこへ行くしかないでしょう?」
行ったこともないのに、シャノンが語った亜人の国の夢を見る。
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彼らを両手のひらで指し示しながら言う。
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◇◇◇◇
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