38 / 66
38:迷子の大商人(4)
しおりを挟む
「ところでモートンさん。そういうこと、とは、一体どういう意味ですか?」
「アンジェリカちゃんは鈍いんだなー……」
《丸わかりなのにねー……》
「おっ。ディーネちゃんもわかってるんだ?」
《わかんないほうがどうかしてるわよ。さっきだってさー》
ディーネはモートンさんの耳元に行き、何やらゴニョゴニョ囁いた。
「そうか、告白寸前だったのか……オレは王子の恋路を邪魔してしまったんだな。通算二百回目の迷子になってしまったばっかりに……くう、オレにまともな方向感覚が備わっていればっ」
モートンさんは目元に腕を当て、泣き真似をした。
「二人とも、何の話をしてるの?」
声が小さくて会話内容は聞き取れないけれど、モートンさんが大げさな動作をするから気になる。
「いやいやなんでもないよ? おじさん、余計なことは言いません。ええ、誓いますとも!」
モートンさんは両手で口を押さえ、ディーネは逃げた。
何に怯えているのかと見れば、振り返ったシャノンが凄い目で睨んでいた。
「えー、それよりアンジェリカちゃん。ポーション作れたよね? ほら、前にオレにくれたでしょ? これから先、何があるかわからないのでどうぞお持ちくださいって、親切にさ」
「ああ、そういえば。お渡ししましたね」
「あれ、びっくりするくらい、めっっ、ちゃくちゃ効いた。子どもの頃に作った古傷が綺麗さっぱり消えたのを見て、部下たちも驚愕してたよ。このポーションどこで手に入れた、誰が作ったって、皆から問い詰められた。いま持ってたりしない?」
モートンさんは私の身体をざっと眺めた。
鞄を持っていないのは見ればわかる。
それでも服のどこかに隠し持っているとでも思われたのだろうか。
あいにく、出発前に有事に備えてたくさん作ったポーションは旅先で配ってしまった。手元には一本も残っていない。
「いえ、持っていません。どこか怪我でもされたんですか? でしたら治癒しますよ?」
私は軽く手を上げた。
「いやいや大丈夫。転んであちこち打ったり切ったりしたけど、こんなの数日で治るさ。わざわざ治癒されるほどのものじゃない。実は、ミグロムの大貴族のご令嬢が魔物に襲われてね。聖女の治癒のおかげで怪我そのものは治った。でも、ご令嬢の顔には大きな傷跡が残り、それを理由に婚約破棄されてしまった。顔に傷があってはもうまともな縁談は望めないと、ご令嬢は毎日泣き暮らしているらしい」
「なるほど。だから私のポーションが必要なんですね」
「御明察。大貴族に恩と顔を売り、販路を拡大する絶好のチャンスなんだ。もしポーションを作ってくれたら言い値で買うよ。そうだな、1000リーベルでどう?」
「1000!?」
驚いたらしく、シャノンが足を止めて身体ごと振り返った。
1000リーベル。エレギアでは半年は余裕を持って暮らせる大金だ。
「アンジェリカちゃんのポーションにはそれくらいの価値があるもん。なんなら、1300――いや、1500でも出すよ?」
「……」
シャノンは絶句している。
「アンジェリカちゃんさえ良かったら、ミグロムに来ない? うちの専属魔法薬師になってほしい」
「え」
突然の話に、私はきょとんとしてしまった。
不安そうなシャノンの視線を知ってか知らずか、モートンさんはニコニコしている。
「前々からオレはアンジェリカちゃんのポーションに大きな魅力、平たく言えば途方もない商品価値を感じていたんだ。ここで出会ったのも運命の導きだよ。オレが出資するから、ミグロムで魔法薬品店を開こう。キミはポーションを作り、オレはそのポーションを王族や貴族に高く売る。互いに利益を得て、末永く円満な関係を築こうじゃないか。オレと組めばこの先の人生は安泰! 金銀財宝、何でも思いのままに! 煌びやかな豪邸で大勢の使用人を抱え、苦労とは無縁の満ち足りた――」
「お言葉ですが、私は既に満ち足りています」
徐々に垂れていくシャノンの耳に元気を取り戻してもらうべく、私はモートンさんの熱弁を遮った。
「エレギアの国王様は聖王国を追放された私を温かく受け入れてくださいました。私を国賓だと公言し、人間に悪意を抱く亜人から守ってくださったのです。私はその恩義に報いるべく、宮廷魔法薬師として働いています。エレギアで生きると決めたんです。たとえどんな条件を出されようと、ミグロムに行くことはありません」
「アンジェリカちゃんは鈍いんだなー……」
《丸わかりなのにねー……》
「おっ。ディーネちゃんもわかってるんだ?」
《わかんないほうがどうかしてるわよ。さっきだってさー》
ディーネはモートンさんの耳元に行き、何やらゴニョゴニョ囁いた。
「そうか、告白寸前だったのか……オレは王子の恋路を邪魔してしまったんだな。通算二百回目の迷子になってしまったばっかりに……くう、オレにまともな方向感覚が備わっていればっ」
モートンさんは目元に腕を当て、泣き真似をした。
「二人とも、何の話をしてるの?」
声が小さくて会話内容は聞き取れないけれど、モートンさんが大げさな動作をするから気になる。
「いやいやなんでもないよ? おじさん、余計なことは言いません。ええ、誓いますとも!」
モートンさんは両手で口を押さえ、ディーネは逃げた。
何に怯えているのかと見れば、振り返ったシャノンが凄い目で睨んでいた。
「えー、それよりアンジェリカちゃん。ポーション作れたよね? ほら、前にオレにくれたでしょ? これから先、何があるかわからないのでどうぞお持ちくださいって、親切にさ」
「ああ、そういえば。お渡ししましたね」
「あれ、びっくりするくらい、めっっ、ちゃくちゃ効いた。子どもの頃に作った古傷が綺麗さっぱり消えたのを見て、部下たちも驚愕してたよ。このポーションどこで手に入れた、誰が作ったって、皆から問い詰められた。いま持ってたりしない?」
モートンさんは私の身体をざっと眺めた。
鞄を持っていないのは見ればわかる。
それでも服のどこかに隠し持っているとでも思われたのだろうか。
あいにく、出発前に有事に備えてたくさん作ったポーションは旅先で配ってしまった。手元には一本も残っていない。
「いえ、持っていません。どこか怪我でもされたんですか? でしたら治癒しますよ?」
私は軽く手を上げた。
「いやいや大丈夫。転んであちこち打ったり切ったりしたけど、こんなの数日で治るさ。わざわざ治癒されるほどのものじゃない。実は、ミグロムの大貴族のご令嬢が魔物に襲われてね。聖女の治癒のおかげで怪我そのものは治った。でも、ご令嬢の顔には大きな傷跡が残り、それを理由に婚約破棄されてしまった。顔に傷があってはもうまともな縁談は望めないと、ご令嬢は毎日泣き暮らしているらしい」
「なるほど。だから私のポーションが必要なんですね」
「御明察。大貴族に恩と顔を売り、販路を拡大する絶好のチャンスなんだ。もしポーションを作ってくれたら言い値で買うよ。そうだな、1000リーベルでどう?」
「1000!?」
驚いたらしく、シャノンが足を止めて身体ごと振り返った。
1000リーベル。エレギアでは半年は余裕を持って暮らせる大金だ。
「アンジェリカちゃんのポーションにはそれくらいの価値があるもん。なんなら、1300――いや、1500でも出すよ?」
「……」
シャノンは絶句している。
「アンジェリカちゃんさえ良かったら、ミグロムに来ない? うちの専属魔法薬師になってほしい」
「え」
突然の話に、私はきょとんとしてしまった。
不安そうなシャノンの視線を知ってか知らずか、モートンさんはニコニコしている。
「前々からオレはアンジェリカちゃんのポーションに大きな魅力、平たく言えば途方もない商品価値を感じていたんだ。ここで出会ったのも運命の導きだよ。オレが出資するから、ミグロムで魔法薬品店を開こう。キミはポーションを作り、オレはそのポーションを王族や貴族に高く売る。互いに利益を得て、末永く円満な関係を築こうじゃないか。オレと組めばこの先の人生は安泰! 金銀財宝、何でも思いのままに! 煌びやかな豪邸で大勢の使用人を抱え、苦労とは無縁の満ち足りた――」
「お言葉ですが、私は既に満ち足りています」
徐々に垂れていくシャノンの耳に元気を取り戻してもらうべく、私はモートンさんの熱弁を遮った。
「エレギアの国王様は聖王国を追放された私を温かく受け入れてくださいました。私を国賓だと公言し、人間に悪意を抱く亜人から守ってくださったのです。私はその恩義に報いるべく、宮廷魔法薬師として働いています。エレギアで生きると決めたんです。たとえどんな条件を出されようと、ミグロムに行くことはありません」
77
あなたにおすすめの小説
【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】
佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。
新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。
「せめて回復魔法とかが良かった……」
戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。
「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」
家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。
「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」
そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。
絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。
これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。
【完結】政略婚約された令嬢ですが、記録と魔法で頑張って、現世と違って人生好転させます
なみゆき
ファンタジー
典子、アラフィフ独身女性。 結婚も恋愛も経験せず、気づけば父の介護と職場の理不尽に追われる日々。 兄姉からは、都合よく扱われ、父からは暴言を浴びせられ、職場では責任を押しつけられる。 人生のほとんどを“搾取される側”として生きてきた。
過労で倒れた彼女が目を覚ますと、そこは異世界。 7歳の伯爵令嬢セレナとして転生していた。 前世の記憶を持つ彼女は、今度こそ“誰かの犠牲”ではなく、“誰かの支え”として生きることを決意する。
魔法と貴族社会が息づくこの世界で、セレナは前世の知識を活かし、友人達と交流を深める。
そこに割り込む怪しい聖女ー語彙力もなく、ワンパターンの行動なのに攻略対象ぽい人たちは次々と籠絡されていく。
これはシナリオなのかバグなのか?
その原因を突き止めるため、全ての証拠を記録し始めた。
【☆応援やブクマありがとうございます☆大変励みになりますm(_ _)m】
【完結】竜王に嫁いだら、推しの半竜皇子の継母になりました〜冷酷な夫には興味ありませんが、闇落ち予定の皇子は私が全力で幸せにします!〜
せりもも
恋愛
転生したのは、web小説の世界だった。物語が始まる前の時間、隣国の竜王へ嫁ぐ薄幸の王女、デジレに。
結婚相手である竜王ワッツァは、冷酷非道で人間を蔑む恐ろしい竜人だ。彼はデジレを、半竜(半分竜で半分人間)である息子の養育係としかみていない。けれどその息子バートラフこそ、前世の「わたし」の最オシだった。
この世界のバートラフはまだ5歳。懸命に悪ガキぶっているけど、なんてかわいいの!? 小説のバートラフは、闇落ちして仲間の騎士たちに殺されてしまうけど、そんな未来は、絶対に許さないんだから!
幼いバートラフに対する、愛情いっぱいの子育ての日々が始まる。やがて彼の成竜への通過儀礼を経て、父の竜王は、デジレに対して執着を見せ始める。
ところが、竜と人間の戦争が始まってしまう。おとなになったバートラフは人間側につき、聖女の騎士団に入った。彼は、父の竜王に刃を向けられるのか? そして、転生者デジレに与えられたスキル「プロットを破断する者」を、彼女はどう発動させるのか。
婚約破棄された竜好き令嬢は黒竜様に溺愛される。残念ですが、守護竜を捨てたこの国は滅亡するようですよ
水無瀬
ファンタジー
竜が好きで、三度のご飯より竜研究に没頭していた侯爵令嬢の私は、婚約者の王太子から婚約破棄を突きつけられる。
それだけでなく、この国をずっと守護してきた黒竜様を捨てると言うの。
黒竜様のことをずっと研究してきた私も、見せしめとして処刑されてしまうらしいです。
叶うなら、死ぬ前に一度でいいから黒竜様に会ってみたかったな。
ですが、私は知らなかった。
黒竜様はずっと私のそばで、私を見守ってくれていたのだ。
残念ですが、守護竜を捨てたこの国は滅亡するようですよ?
偽りの呪いで追放された聖女です。辺境で薬屋を開いたら、国一番の不運な王子様に拾われ「幸運の女神」と溺愛されています
黒崎隼人
ファンタジー
「君に触れると、不幸が起きるんだ」――偽りの呪いをかけられ、聖女の座を追われた少女、ルナ。
彼女は正体を隠し、辺境のミモザ村で薬師として静かな暮らしを始める。
ようやく手に入れた穏やかな日々。
しかし、そんな彼女の前に現れたのは、「王国一の不運王子」リオネスだった。
彼が歩けば嵐が起き、彼が触れば物が壊れる。
そんな王子が、なぜか彼女の薬草店の前で派手に転倒し、大怪我を負ってしまう。
「私の呪いのせいです!」と青ざめるルナに、王子は笑った。
「いつものことだから、君のせいじゃないよ」
これは、自分を不幸だと思い込む元聖女と、天性の不運をものともしない王子の、勘違いから始まる癒やしと幸運の物語。
二人が出会う時、本当の奇跡が目を覚ます。
心温まるスローライフ・ラブファンタジー、ここに開幕。
【完結】聖女召喚に巻き込まれたバリキャリですが、追い出されそうになったのでお金と魔獣をもらって出て行きます!
チャらら森山
恋愛
二十七歳バリバリキャリアウーマンの鎌本博美(かまもとひろみ)が、交差点で後ろから背中を押された。死んだと思った博美だが、突如、異世界へ召喚される。召喚された博美が発した言葉を誤解したハロルド王子の前に、もうひとりの女性が現れた。博美の方が、聖女召喚に巻き込まれた一般人だと決めつけ、追い出されそうになる。しかし、バリキャリの博美は、そのまま追い出されることを拒否し、彼らに慰謝料を要求する。
お金を受け取るまで、博美は屋敷で暮らすことになり、数々の騒動に巻き込まれながら地下で暮らす魔獣と交流を深めていく。
転生幼女は追放先で総愛され生活を満喫中。前世で私を虐げていた姉が異世界から召喚されたので、聖女見習いは不要のようです。
桜城恋詠
ファンタジー
聖女見習いのロルティ(6)は、五月雨瑠衣としての前世の記憶を思い出す。
異世界から召喚された聖女が、自身を虐げてきた前世の姉だと気づいたからだ。
彼女は神官に聖女は2人もいらないと教会から追放。
迷いの森に捨てられるが――そこで重傷のアンゴラウサギと生き別れた実父に出会う。
「絶対、誰にも渡さない」
「君を深く愛している」
「あなたは私の、最愛の娘よ」
公爵家の娘になった幼子は腹違いの兄と血の繋がった父と母、2匹のもふもふにたくさんの愛を注がれて暮らす。
そんな中、養父や前世の姉から命を奪われそうになって……?
命乞いをしたって、もう遅い。
あなたたちは絶対に、許さないんだから!
☆ ☆ ☆
★ベリーズカフェ(別タイトル)・小説家になろう(同タイトル)掲載した作品を加筆修正したものになります。
こちらはトゥルーエンドとなり、内容が異なります。
※9/28 誤字修正
【完結】偽物聖女は冷血騎士団長様と白い結婚をしたはずでした。
雨宮羽那
恋愛
聖女補佐官であるレティノアは、補佐官であるにも関わらず、祈りをささげる日々を送っていた。
というのも、本来聖女であるはずの妹が、役目を放棄して遊び歩いていたからだ。
そんなある日、妹が「真実の愛に気づいたの」と言って恋人と駆け落ちしてしまう。
残されたのは、聖女の役目と――王命によって決められた聖騎士団長様との婚姻!?
レティノアは、妹の代わりとして聖女の立場と聖騎士団長との結婚を押し付けられることに。
相手のクラウスは、「血も涙もない冷血な悪魔」と噂される聖騎士団長。クラウスから「俺はあなたに触れるつもりはない」と言い放たれたレティノアは、「これは白い結婚なのだ」と理解する。
しかし、クラウスの態度は噂とは異なり、レティノアを愛しているようにしか思えなくて……?
これは、今まで妹の代わりの「偽物」として扱われてきた令嬢が「本物」として幸せをつかむ物語。
◇◇◇◇
お気に入り登録、♡、感想などいただければ、作者が大変喜びます!
モチベになるので良ければ応援していただければ嬉しいです♪
※いつも通りざまぁ要素は中盤以降。
※完結まで執筆済み
※表紙はAIイラストです
※アルファポリス先行投稿(他投稿サイトにも掲載予定です)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる