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第一部
11:猫又さまと桜
しおりを挟む玄関先で立ち話というわけにもいかない内容だと、働かない頭でも理解できた。
二人をリビングに通して、対面に座る。
「あの、ちゃんと説明してほしいです」
ペットボトルのお茶をそのままお出しするなんて普段じゃ考えられない。でもお茶を淹れる時間すら惜しい。さっきの話をきちんと聞かなければ。
「はい。まずはご挨拶させてください。突然押しかけてしまい申し訳ありません。覚えておられないかもしれませんが、私は黒猫の飼主の神谷と申します。先日はクロが失礼いたしました」
「――はい、覚えています。あの、クロちゃんも、その……猫又なんですよね?」
「ええ。三百歳は超えていると言っていましたが、正確な年齢はわかりません」
「三百!?」
「妖怪ですから」
ふふ、と神谷さんが笑った。当たり前のように受け入れているのはわたしと同じ。
だけど、だからこそさっきの話が食い違う気がする。
「先生、わたしがミケといると死んでしまうっていうのはどうしてですか?」
ピンと背筋を伸ばして椅子に座る神崎先生の表情は険しい。
「ミケちゃんは猫又になって日が浅いですよね」
「――先生。ミケが猫又だって気付いてて、この前診察したんですね」
「はい。二か月前の診察時に兆候も出ていましたから。二十五歳前の老猫の血液検査に異常が出ないこと自体が異常なんです」
神崎先生の話し方は診察の時のように砕けていない。あれは動物を怖がらせないように、あえてしているのだと知った。
あの時、神崎先生は血液検査を強く勧めなかった。二か月前にしたからといって深く考えなかったが、言われてみればその通りだった。
ミケは超長寿と言われる年齢になっていた。いくら長生きしても、腎臓や甲状腺に異常が出るはず。それは知識としてわたしも知っていたけど、ミケが健康ならそれでいいと深く考えなかった。
「ですから、猫又になるのも近いだろうと思い、花屋敷さんが予約された日時に神谷に来てもらって改めて確認してもらいました」
そこで、もう一つの疑問。
「……神崎先生と神谷さんはお知り合いだったんですね」
「はい。幼馴染です。だから、クロが猫又であることも、猫又がどういう存在であるかも知っています。私が獣医を目指したきっかけでもありますね」
「クロは幼い私たちの遊び相手をしてくれてたんですよ。――その時はまだ、クロは野良でしたけど」
「懐かしいな……。ああ、話を戻しましょう。猫又に関しての知識もクロから教えられました。猫又となる猫は長く生き、飼い主から並々ならぬ愛情を注がれることによって生まれます。つまり、猫又の世界においてミケちゃんは生まれたての赤ちゃんです。飼主は親としてこまめに栄養を与えてあげなければならない――と表現すれば伝わりますか?」
「はい。でも、ごはんも普段通りですよ?」
「そうですよね。ですが、身体の栄養とは別に、妖怪化した魂を維持するためには別の栄養が必要となるのです。それがなくなれば、猫又はただの老いた猫に戻り死に至ります」
その言葉に、喉が鳴る。空気を飲み込んだだけなのにごろりと重くて苦い塊のように思えた。
神崎先生が重い。けれど、聞きたくない言葉は更に続いた。
「その栄養というのが、愛情を注いでくれる人の命です。彼ら猫又は愛する人の命を食らい続けた末に神格化する存在です」
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