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第一部
10:猫又さまの宿命
しおりを挟む「ううん……ミケ、」
わたしはゆっくり目を開いた。薬が効いたみたいで、身体は楽になった。とはいえ、汗が気持ち悪い。
一緒に寝てたミケもベタベタになってるかも。
腕の中にいたミケを確認しようとした。
――のだけど、
「ミケ……?」
一緒にいたはずのミケがいない。
ミケはわたしが寝ている時にはほとんど動かずにいるのに。
「ミケ!?」
さぁっと血の気が引いた。呼んでも返事がない。
「ミケ!!」
慌ててベッドを降りる。髪はざんばらだし顔も洗ってない。汗にまみれてひどい状態なのはわかってる。でも構っていられない。もしかしたら人の姿のまま外にでた? SNSに写真も載せてしまったし、浚われてしまった!? 最悪の想像をして涙が溢れる。せっかく猫又になったミケとずっと一緒に生きていけると思ったのに!
「ミケ……!!」
探さないと!! スマホと財布だけ持って、着の身着のまま外に飛び出そうとした時。
――――ぴんぽ――ん。
インターフォンが鳴った。
「は、……ッ」
息が詰まった。緊張していた心臓に冷水がかかったかのように。
ドアノブを掴みかけていたけど、ゆっくりと手を下す。
ぴんぽ――ん。
再び、音が鳴る。
(なに、だれ)
人に構っている場合じゃないのに。でも、もしかしたら近所の人が脱走したミケを連れてきてくれた?
淡い期待が胸に滲む。
わたしは画面を確認した。ノイズ混じりで映りはよくないけど、誰が来たかぐらいはわかる。
「え?」
そこに居たのは、健康診断で黒猫を連れていた老紳士。――それと、もう一人。
わたしは空気を飲み込んでゆっくりとドアを開けた。
「――神崎先生……?」
老紳士と共に居たのは、ミケの担当医である神崎先生だった。
――――
闇に、濡羽色が揺れる。クロはミケの口元へ尾を伸ばした。
ぽたぽたと汗の滴る音が響く。
「もう喋る元気もないか」
クロの九尾がその小さな身体を持ち上げて目線を合わせた。
ミケの耳はぺたんと折りたたまれ、しっぽは巻いている。もう人間の姿も保てていない。
「ではまず我ら猫又の存在を正しく理解することから教えよう」
クロの声が静かに語る。耳を伏せてるミケの脳内に直接語り掛けるようにその言葉が滲んでいく。
「猫又は長寿の猫が妖怪となったということは知っているな。当然すべての猫がなるわけではない。長寿であり、飼主から並々ならぬ愛情を受け、そして猫自身が死にたくないと強く願った者がなるのだ。だが、我らは共に生きたいと願った人間の、その愛情と命を餌に妖怪化する。――つまり」
――――
「神崎先生、どういうことですか」
唇が震える。喉が渇いてかすれたような声しか出なかった。
この人は何を言っているのだろう。本当にミケの健康診断でやわらかな笑顔を見せていた人と同じ人なんだろうか。
「花屋敷さん。このままミケちゃんといれば、あなたは死んでしまいます。私たちはあなたの判断を仰ぎにきました」
神崎先生の隣で、空のキャリーを持った老紳士がゆっくりと目を伏せた。
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