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第四部
08:桜の言霊
しおりを挟む『みけ』が言う。
「そのなかでも、金の瞳の猫又は格別だ。一番なじむ」
それは『みけ』自身が金の瞳だからなのか、他に理由があるのか。
「お前は、人間を食う体質ではないということか」
「そうだな。食おうと思えば食えるが……」
無意識にはない、という。明らかにミケたちとは違う。――それは雄の三毛猫という特異性の問題なのかもしれない。
「さて、どうする。俺はこいつを食うつもりでいたが」
「うにゃっ!」
「もうその気はないだろ」
『みけ』がミケの頭を掴んで言うが、力は入ってない。若葉に指摘されて、大人しく手を離した。
「お前はどうしたいにゃ?」
ミケが、『みけ』の瞳をのぞき込む。多分、ミケは深い意味を持たずに聞いた。『みけ』が何かに迷ってるから、聞いただけだ。
その言葉を受けて、『みけ』の瞳孔が細くなる。それは本能だったのだと思う。
『みけ』は、妖力を奪うかどうか、奪われる側に託す。
ミケが『どうしたい』と聞いたことで、選択肢が生まれた。
さっきまで緩んでいた空気が一気に冷える。ミケがびくっと震えた。
(やだ、――)
――突如、ぐったりとした三毛猫の映像が脳裏を過った。
(わたしは二度とミケを失いたくないのに――っ)
瞬間、記憶の蓋が開いた。
『あなた、ケガしてるの』
『んなう……』
『ちょっと待ってね』
ケガをした三毛猫がいた。
『わたし』は、その三毛猫の傷を手当した。
その子は日に日に元気になっていって、寒い夜は抱き合って眠るようになった。
あの可愛い三毛猫は、ある日を境に姿を消した。『わたし』が熱にうなされた夜が最後だった。
(もう失いたくない)
クロも、『みけ』も、みんな。
最悪の未来だけは変えないと!
ひら、と視界の端で金色が揺れた。
『――――わらわのひと粒の欠片をもった娘』
どこかから、女性の声が聞こえる。
『その言葉が最後だ。よく考えよ』
あの時、猫の血が『わたし』に触れた。――きっと、それが、わたしの持つ九尾のにおいの元。
「桜さま!」
ルナちゃんの白い毛が逆立つ。
「ルナの力で、増幅いたします!」
わたしが何を言うか理解しているかのようだった。
「みんなの――」
喉が焼き切れそう。わたしの中で、血が熱く巡る。
「これは」
「みけ様!」
『みけ』の影から、化け犬が二匹現れる。主人に危機が訪れたと思ったのだろう。癒えていない傷をそのままに、『みけ』を守るようにわたしから遠ざけた。
「桜ちゃん!」
ミケがわたしに駆け寄ってくる。
(大丈夫。誰も傷つけない)
飛びついてくるミケを抱きとめて、祈る。
「――みんなが、望む未来になるように」
選択できるように。傷つかないように。不条理な死が訪れませんように。
「自分で選ぶことができますように」
パァン! と乾いた音が響いた。
金の欠片がぱらぱらと舞う。――嘘のように喉の痛みは消えた。
それが、わたしに許された最後の『言霊』
砕けた名残が雪のように。
「お前たち、傷が」
異変に気付いたのは『みけ』だった。深手を負っていた化け犬の傷が、光に触れたところから癒えていく。
(ルナちゃんが増幅したぶん、癒しの力が加わったって感じかな……)
わたしも降り注ぐ名残を見る。たった一滴の血に触れただけで、この力だったわけだ。
クロとミケがもつ九尾のひと粒がどれほど大きい力だろう。
「桜ちゃん、大丈夫にゃ?」
腕の中で、ミケが頭を擦りつけてくる。
「うん、大丈夫。ミケは?」
「わたしは――元気にゃ! 今ならしっぽ増やせる気がするにゃ!」
「はは、まさか――」
ん? 違和感。……さっきまで二本だったしっぽが……。
「三本!?」
「増えたにゃあ! このままいけば黒いのに勝てるにゃ!!」
「それはまだ早いと思うけど……クロ?」
「……わしは特に変化ないが……」
「九本の尾か……いざなってみると邪魔だな」
「『みけ』は九尾に!? どうなってるの!?」
三毛猫のしっぽがゆらゆらと動く。ううん、どうしてこんなことに。
「お前の言霊の作用だろう。わしと三毛のひと粒がこの『みけ』にも平等に移ったようだ」
「わたしそんなこと考えてなかったよ!?」
「と、するなら。母様――九尾の狐か。きょうだいで仲良く分けよ、ということか」
「ミケはなんか……中途半端だけど。そのうち九尾になるのかな……」
「それはまだ若いからな。いずれなるだろう」
「うにゃ!? 新入りにも負けたにゃ!」
「まあまあ……」
これは、わたしの言霊はちゃんと発動してた……ってことでいいのかな?
「おそらく、ごく狭い範囲にしか及んでいませんね」
「ルナちゃん」
疑問に思ってたところだ。
「この市内程度には広がってはいるはずです」
「これで……悪いことは起きないよね?」
「価値観は変わりませんよ。桜さまの先ほどのお言葉には善悪は含まれておりませんでした」
「う、」
「ですが、悪いとは言いません。それが選ぶということです」
ルナちゃんはわたしの肩から飛び降りて、『にゃあ』と一声鳴いた。
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