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第四部
07:きょうだい
しおりを挟む「……きょう、だい?」
さっき、クロは『みけ』にきょうだいと言った。
(――母猫に置いて行かれた猫は二匹。……でも、それは九尾のひと粒を持ってる。『みけ』はそうじゃない。――つまり、)
「なるほど。――お前、あの時の黒だったか。となると、あれもか」
「……そうなるな」
「いつ気付いた」
「お前の妖力を取り込んだ時だ」
「あの時か」
「気のせいだと思ったんだがな」
「俺もきょうだいは残らず死んだと思っていた。まさか、捨て置かれたお前たちが九尾の力を得るとは」
二人の会話は途切れない。けれど、『みけ』の声質は徐々に変質する。一言ごとに何かを奪われていくような錯覚。
息苦しさと喉の渇き。口の中はからからだった。
不意に、隣で息を呑む音が聞こえた。
「若葉……?」
クロと『みけ』を見ている若葉の顔に大粒の汗がにじんでいた。顔色は青白く、唇が震えている。
「若葉……!」
尋常ではなかった。若葉がこれほど苦しそうにしているのは、幼い頃に高熱を出した時以来だ。
「姉さん、――俺は」
若葉の、瞳が揺れる。いつもの色じゃないものが混じった。
「黒、話はここまでだ」
『みけ』の左手が大きく開かれる。一振りすると、鋭い爪が伸びた。
クロはきつく瞼を閉じた。
「ああ。最後に話せてよかった」
(――ダメだ!)
クロが『みけ』から距離をとり、姿勢を沈めた。ピリッとした空気は嫌でもわからせる。どちらか、――どちらも死ぬかもしれないと。
「クロ……!」
どうしよう。言葉を交わしても、価値観は覆らない。
クロと同じように、跳躍のため『みけ』が姿勢を沈めた、その時。
「――――みけ!」
――――バチンッ
金色が、弾ける。駆け寄った若葉がクロと『みけ』の間に滑り込み、目を合わせた瞬間だった。
『みけ』の金色が大きく見開かれる。――そして。金の光に呼応するように、影がぽこんと跳ねる。化け犬の前足が影を持ち上げ、外に出ようとする。
「みけ様、お許しを」
「ごめんなさい、みけ様」
「お前たち……!?」
犬たちはひどい傷を負っていた。それでも、『みけ』の前に立とうとした。
「俺は、何もしない……」
若葉は呼吸を整えながら、ゆっくりと話す。
その様子に、クロもどうしたらいいのか分からず戸惑っている。
だけど、若葉はまっすぐに『みけ』と、化け犬たちにも視線を巡らせた。
汗は引いていないが、顔色は幾分マシになった。
「俺の今の名前は若葉――久しぶりだ、みけ」
「――お前は」
「わかるだろう。この通り、俺は無事だし、楽しく生きてる」
「――……」
ぽつり、と零れた名前。それが、若葉と『みけ』の繋がりだとわかった。
『みけ』の表情は先ほどよりずっと穏やかだ。
「ずっと悩んでたんだろ、クロみたいに」
「こんなやつと一緒にするな!」
「いや、そっくりだ。――だから、『今』なんだろうな」
過不足なく、計算された配置。ちぎれそうな線すら複雑に編み込まれ強制的に連れて来られた『今』
「お前の体質は他の猫又と違うんじゃないか。――なあ、せっかく数百年ぶりに会えたんだ。お前のことをもっと教えてくれないか」
「いつまでも飼主面しやがって……」
『みけ』が爪をしまう。戦う気はなくなっただろうか。ひとまず安心だ、と胸を撫で下ろした。
(混乱してきた……まりなちゃんの前世はクロ、若葉の前世は『みけ』――こんなに綺麗に集まるものなの)
「桜ちゃん、降ろしてにゃ」
「あ、……大丈夫?」
「大丈夫にゃ!」
(じゃあ、わたしのミケは……)
「みんな仲直りしたにゃ! 家に帰れるにゃ!」
空気が和らいだのを感じたのだろう。そう言って、クロたちのもとへ走って行った。
――この空気であれば、何か起きるわけはないだろう。
「――金の三毛猫」
「ミケにゃ!」
「俺も『みけ』だ。――単純な名だ」
(ごめん)
「ミケ。お前の願いはなんだ」
「桜ちゃんたちとずっと一緒に居たいにゃ!」
「お前は猫又だ。飼主は先に死ぬ。その後、どうする?」
「ふにゃ!?」
「ふ。考えたこともなかったか――望めば、猫として死なせてやれるぞ」
ミケはうんうんと唸った。想像のつかない未来だ。それでも、確実に訪れる。
「――正解はないな」
『みけ』がミケの頭を撫でた。
「俺には妖力が必要だ。定期的に同類を食わねば死ぬ」
「――同族である必要性はあるのか」
クロが疑問を投げかける。『みけ』はクロを見上げ、言う。
「同族でなくとも構わないが、なじみ具合が違う。――俺は『あやかし』の妖力がないと死んでしまう。お前たちと異なる体質だ」
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