私のお猫さま 25歳を迎えて猫又さまになりました

月見こだま

文字の大きさ
49 / 62
第四部

06:クロと『みけ』

しおりを挟む

 その日は大きな月が見えた。雲は少なく、星がきれいに見える。

(――シロくんの光は消えてしまったけど)

 晴れた夜空が、鏡のようだった。

 しかし、建物の陰に隠れたその場所は月明かりが差し込まない。
 冷たい夜の庭に、クロの背が闇に溶ける。

「わしは長く生きただけだったな」

 大きな猫の後ろ姿と揺れるしっぽ。
 クロに花を添えてほしい、と言われ、案内された場所。
そこは、庭の片隅。等間隔に並べられた、名前たち。

「言われて気付いた。確かに、傷ひとつなかった」

(ああ、ここは)

 ここは、シロくんと同じように選んだ子たちが眠る場所なんだ。

「ありがとう、桜」

 クロが、はじめてわたしの名を呼んだ。

「拒絶も、攻撃も、仕掛けたのはわしの方だ」


 ――明日、結界を解く。クロはそう告げた。








 裕子さんは仕事へ、神谷さんは何かあった時のために神崎動物病院へ向かった。

 若葉も帰るかと思ったけど。

「俺には最後まで見守る義務があるらしい」

 まりなに言われた、と若葉が目を伏せた。
 わたしには理解できないけど、もしかするとまりなちゃんには全て見えているのかもしれない。

「桜ちゃん、いつまでここにいるにゃ?」
「ごめんね、ミケ。……きっとすぐに帰れるよ」

 化け犬に遭遇した時はとても恐ろしかった。だけど、彼らも『連れて行く』と言っただけだ。

(大丈夫、ぜったいに)

「――桜さま」

 ふいに、わたしの肩から声が聞こえた。

「ルナちゃん」

 小さな体はまったく重さを感じない。ルナちゃんはわたしの頬に頭を擦り付けた。

「桜さま、ご安心ください。ルナがついております」
「え?」
「オレもな」
「ルイくん!」

 いつの間にかルイくんもわたしの足元にすり寄っていた。

「にゃに!? 桜ちゃんを守るのはわたしの役目にゃ!」
「ミケ」

 多分、あんまり理解していないんだろうけど。
 わたしの腕のなかでミケが叫ぶ。
ミケの金色の瞳が星を集めたように光っていた。


「結界を解くぞ」

 こちらを見て、ほんの少しほほ笑んだクロが告げた言葉と、弾ける音は同時だった。


 ふっ――と、朝の音が消える。人の声も、鳥の鳴き声も。車の音すら。


「久しぶりだな、黒」

 聞こえたのは、柔らかな少年の声に反した冷たい響き。

 それは上から聞こえた。

「――――『みけ』」

 平屋の屋根の上。少年には、三毛猫の耳と、二本のしっぽ。――そして。

(金色の瞳)

 この距離でもわかる。ミケと同じ、金色の瞳をしていた。

「かくれんぼは終わったか」

 結界を解いたことに触れる。そして。

「うちの犬が世話になった。やつらの借りを返しに来た」

 少年の表情が変わる。――冷えた空気に、ミケの体がびくりと跳ねた。
 クロはミケの反応を見て、視線を『みけ』に滑らせた。

「――犬の、か。お前のではなく」

 クロの声は、静かに落ちる。『みけ』の耳がぴくりと動く。

「なんのことだ」
「抉ってやった傷は跡形もないな」

 『みけ』の言葉に、クロがかつて負わせた傷のことに触れる。『みけ』の金色の瞳が歪んだ。

「――黒。俺はお喋りをしに来たわけはないぞ」

 『みけ』の声に空気が歪む。息がつまりそうな威圧感だ。ミケだけでなく、ルナちゃんも、ルイくんも震えている。隣を見ると、若葉の表情も青ざめていた。
 それほど、『みけ』の声は重く、怒りに満ちていた。
 何もないように会話できるクロは、やはり別格なのだと思い知らされる。

「わしも気付くべきだった」

 クロは言葉を止めない。

「お前が犬共を助けに来るとは思わなんだ。だが、お前は助けに来たな。犬だけではなくお前も死ぬ可能性があったにも関わらず」

 『みけ』が、屋根から飛び降り、クロの前に立つ。人の姿をしたクロと、少年の『みけ』では、三十センチは違いそうだ。

「猫又は妖力が尽きない限りは死なない」

 そう、猫又には寿命がない。――ただし、

「つまり妖力が尽きたら死ぬのだ。――あの紫電には妖力を奪う力を込めた。化け犬にも有効だからな。直撃していたらお前の妖力も尽きていた」

 クロが化け犬を退けた時の攻撃。――その特性を知った上で、『みけ』は彼らを助けに来た。

「わしが言えたことではないが――」




 クロとまっすぐ視線を交わした『みけ』の表情が、何かに気付いたように驚きに変わる。




「数百年ぶりに会話をしよう。わしのきょうだい」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

英雄の番が名乗るまで

長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。 大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。 ※小説家になろうにも投稿

腹に彼の子が宿っている? そうですか、ではお幸せに。

四季
恋愛
「わたくしの腹には彼の子が宿っていますの! 貴女はさっさと消えてくださる?」 突然やって来た金髪ロングヘアの女性は私にそんなことを告げた。

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

旦那様、愛人を作ってもいいですか?

ひろか
恋愛
私には前世の記憶があります。ニホンでの四六年という。 「君の役目は魔力を多く持つ子供を産むこと。その後で君も自由にすればいい」 これ、旦那様から、初夜での言葉です。 んん?美筋肉イケオジな愛人を持っても良いと? ’18/10/21…おまけ小話追加

この離婚は契約違反です【一話完結】

鏑木 うりこ
恋愛
突然離婚を言い渡されたディーネは静かに消えるのでした。

婚約者が聖女を選ぶことくらい分かっていたので、先に婚約破棄します。

黒蜜きな粉
恋愛
魔王討伐を終え、王都に凱旋した英雄たち。 その中心には、異世界から来た聖女と、彼女に寄り添う王太子の姿があった。 王太子の婚約者として壇上に立ちながらも、私は自分が選ばれない側だと理解していた。 だから、泣かない。縋らない。 私は自分から婚約破棄を願い出る。 選ばれなかった人生を終わらせるために。 そして、私自身の人生を始めるために。 短いお話です。 ※第19回恋愛小説大賞にエントリーしております。

夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。

古森真朝
ファンタジー
 「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。  俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」  新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは―― ※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。

処理中です...