57 / 58
番外編
02:神崎とルナ2
しおりを挟む神崎豊、二十九歳。幼い頃から動物が好きで、将来は彼らのために働きたいと思い続け、その願いを叶えた。二十四歳で結婚、二人の娘にも恵まれた。
傍から見れば、順風満帆な人生だ。けれど。
(また。――助けられなかった)
獣医師の仕事は、甘いものではなかった。理解はしていたが、心は追いつかない。定期的なワクチンや薬の処方だけではない。助からない命にも日々触れる。
避妊や去勢で防げる病もあるが、知らずに時を重ね、手遅れになることもある。
病気が発覚した時には高齢で手術に耐えられないということも多々ある。
(苦しかったね。助けられなくてごめん)
今日も。手術できず、自宅で看取るしか出来ない子に泣きながら『ごめんね、ごめんね』と謝る飼主を見送った。
愛情と知識は繋がらない。
犬は外飼い、猫は出入り自由。去勢や避妊はするのが可哀想。ワクチンやフィラリアへの対処もまだ十分に行き渡っていない。
それは愛情がないからではなく、知識の問題だ。獣医を志し、勉強し続けた神崎とは違う。最低限の知識すら、調べる術があまりない。
神崎自身も、幼少期から共に過ごしていた飼い犬が動物病院に連れて行かれるところを見たことがなかった。オスだからと、去勢もしていなかった。そして、それに対して特に違和感を抱くこともなく育った。
(まだ……動物病院に訪れる人は少ない)
目に見えて体調の悪化が現れて、ようやく訪れる。それが悪いわけではない。悪いとは言えない。知識を身に着ける術そのものが不足しているのだから。
(もっと時代が進めば変わるかもしれない)
神崎は深くため息をつき、カルテを閉じた。
――昭和後期。平成に変わる数年前。現代のようにインターネットを使用しての調べ物は存在しない。
増えては困るから、といっても、避妊手術はしても去勢はしないという家庭も少なくなかった。
また、動物病院へ行くのは金持ちの道楽、たかが犬猫、という思想もあった時代だ。
犬は番犬であり、猫は半野良。どちらも室内で飼うということが少なかった。
そんな時代だからこそ、神崎は出会った症例をまとめることにした。
カルテとは別にノートを用意し、書き記す。
・避妊手術しなかった中型犬の子宮蓄膿症。破裂したことで来院。高齢のため、手術が不可能。痛みを取り除くことに専念。
・雄猫の縄張り争い。傷からの感染症。回復せず。
・子犬。散歩中に脱走。車に轢かれ来院。
いずれも、神崎が出会った症例だ。助けられなかったのならせめて、忘れないように記そうと思った。いつか、時代が発展し、薬や設備が整えば助けられるかもしれないから。
(今はまだ、薬も設備も――知識も足りない)
注射ひとつにしても、ガラス製は劣化が早く、一回ごとに滅菌が必要だ。
フィラリアの薬も、餌に混ぜるだけでは吐いてしまう。飲ませることそのものの難易度が高い。
手術の道具も整ってはない。ただ、その中で出来る限りのことをするしかない。
神崎はノートを閉じた。
今は無理でも、将来に繋がることを望み。
その数日後、娘が捨て猫を連れて帰った。
野良猫が生んだ子だという。――その子猫は、神崎にとって救えなかった命のひとつというにはあまりに苦く、深く、記憶に残る存在となる。
0
あなたにおすすめの小説
ダンジョンをある日見つけた結果→世界最強になってしまった
仮実谷 望
ファンタジー
いつも遊び場にしていた山である日ダンジョンを見つけた。とりあえず入ってみるがそこは未知の場所で……モンスターや宝箱などお宝やワクワクが溢れている場所だった。
そんなところで過ごしているといつの間にかステータスが伸びて伸びていつの間にか世界最強になっていた!?
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
他国ならうまくいったかもしれない話
章槻雅希
ファンタジー
入り婿が爵位を継いで、第二夫人を迎えて後継者作り。
他国であれば、それが許される国もありましょうが、我が国では法律違反ですわよ。
そう、カヌーン魔導王国には王国特殊法がございますから。
『小説家になろう』『アルファポリス』に重複投稿、自サイトにも掲載
ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います
とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。
食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。
もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。
ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。
ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。
処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う
yukataka
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。
これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。
その狂犬戦士はお義兄様ですが、何か?
行枝ローザ
ファンタジー
美しき侯爵令嬢の側には、強面・高背・剛腕と揃った『狂犬戦士』と恐れられる偉丈夫がいる。
貧乏男爵家の五人兄弟末子が養子に入った魔力を誇る伯爵家で彼を待ち受けていたのは、五歳下の義妹と二歳上の義兄、そして王都随一の魔術後方支援警護兵たち。
元・家族の誰からも愛されなかった少年は、新しい家族から愛されることと癒されることを知って強くなる。
これは不遇な微魔力持ち魔剣士が凄惨な乳幼児期から幸福な少年期を経て、成長していく物語。
※見切り発車で書いていきます(通常運転。笑)
※エブリスタでも同時連載。2021/6/5よりカクヨムでも後追い連載しています。
※2021/9/15けっこう前に追いついて、カクヨムでも現在は同時掲載です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる