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2章
光芒神聖教会への侵入
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首都テスクトーラの中心から少し離れたヘームルストリートにあるグーレイズという名の安宿。
1部屋600G、2人部屋の場合1000Gで夕食と朝食がオプションで1人それぞれ200Gという値段設定の個人経営の店で、アレスたちは食事無し1部屋に3人泊まるという条件で1泊1400Gで部屋を借りていた。
「うっし……そろそろ行って来るわ」
「うん。アレス君、気を付けてね」
「本当にごめんなさい。私のためにこんなことをさせてしまって」
ベッドが1つ置かれた部屋と狭いシャワールームしかないような宿泊施設の1室で、アレスは光芒神聖教会への侵入の準備を進めていた。
ここまでしてお金を節約したのはソシアの手持ちが少なかったからというだけではなく、ちゃんとした理由があったのだ。
「それにしてもこの格好……変じゃないか?」
「変なんかじゃないよ。潜入するんだから目立たない服装にしないと」
アレスがもともと着ていたのはハズヴァルド学園の制服。
所属が一目でわかってしまう上に色も明るめのベージュということで目立ちやすい。
そこで夜の闇に溶け込むためにソシアがいろいろと店を回り潜入用の衣装を購入する必要があったのだ。
(か……カッコイイ!!///)
「でもこのマントとかいるか?」
「いるよ!絶対いる!」
「そうか……」
ソシアが用意したのは体にぴっちりと密着するタイプの生地が薄めで黒色の服に、どこか厨二病感を感じる黒のマント。
さらに鼻から下を隠すためのスカーフを巻いて顔を認識されないようにしていた。
アレスは少し不服そうだったが、腹筋が浮き出た格好でスマートなその外見にソシアは大満足といった様子だった。
「それじゃあ2人はここから動かないようにな」
着替えが終わり、軽いストレッチをして動きやすさを確かめたアレスは窓から飛び出すと夜の闇へと消えた。
建物の屋根を伝って移動するアレスは音も気配もなく目的の光芒神聖教会の本部へと向かって行ったのだ。
「さてと、入るならここかな」
漆黒の衣装に身を包んだアレスはソシアたちの元を離れて真っ直ぐ光芒神聖教会の本部へとやってきた。
大きな事件の発生していない街を移動するだけなら障害はあるはずが無く、通りを挟んだ3階建ての建物の上から教会本部の塀を観察していた。
本部の塀はかなり分厚く高さもあり3階建ての建物の屋根に乗っても敷地の中は見渡すことが出来ず、そのうえ通りを挟んでいるため距離もかなり離れている。
しかしそれでもアレスの身体能力をもってすれば今いる屋根の上から塀を超えて敷地内に侵入することは容易だろう。
それでもアレスがすぐに教会の敷地内への侵入を開始しないのには1つの大きな障壁があるからだ。
「しかしまあ、この結界をどうにかしないと話は始まらないわな」
その障壁というのは教会本部を覆う巨大な結界のことである。
アレスたちが通うハズヴァルド学園もそうであるが、国の重要な施設には外敵の侵入や干渉を防ぐための結界が施されているのが常識だ。
結界とはその言葉の通り、特定の物に対して通過を制限したり探知を行ったりする魔力によって構成された防壁のことである。
結界が制限できるものの種類は数多く、魔力を帯びているものや特定の生物に対して、はたまた音や光といったものにまで効果を適用可能。
もちろん特定の物だけを弾きそれ以外の物を素通しさせるなども調整の仕方で変えられる。
光芒神聖教会の本部のように部外者の立ち入りを強く拒みたい場所に対してはあらゆる生物及び魔力を帯びた物質に対して通過を制限することが基本だ。
(さすがにシャムザロールの首都にある重要施設。うちの王宮にも匹敵するいい結界を張ってやがるぜ)
結界を作成するにあたって重要なポイントは主に5つ。
結界の大きさ、形、強度、適応範囲、補助要素である。
大きさに形、強度はそれぞれ言葉通りの意味でより大きいほど、より複雑な形で破壊されにくい結界ほど作成難易度は上昇する。
そして適応範囲とはその結界が何を拒むかというもの。
基本的に結界は適応範囲が広い程その強度が落ちていく。
例えばすべてを通さない結界よりも、人間だけを通さない結界の方が作成難易度はともかく対象を拒む力は飛躍的に上がる。
最後に補助要素はこれら4つの要素と術者自身の力量に関わらない結界を作成維持するにあたって助けになる要素のことである。
例としては結界の効果を上昇させる魔法陣や術式、供物や制約、そして結界の外殻を用意することも補助要素の1つだ。
先程結界の形が複雑なほど難易度が上がると言ったが、実は結界は何もない空間に生成するより実物の物質に沿って生成するほうが張りやすい。
光芒神聖教会の本部の場合は敷地を囲う正方形の塀が結界の外殻の一部を担っている。
アレスはそんな光芒神聖教会の巨大で分厚い結界を眺めながら、周囲の世闇に溶け込むようにその精神を落ち着かせていった。
(あの中に入るには結界を斬るしかないだろう。もちろんそんなことをすればすぐさま異変を覚られることになるが……俺なら、剣聖のスキルなら気付かれずに中に入ることができるんじゃないか?)
アレスが教会の結界を突破するために選んだ方法とは、結界を破壊することなく一時的に裂け目を生み出しそこから中へ入るというものだった。
無論普通に結界を斬りつければ斬撃が弾かれるか結界を破壊してしまい異変に気付かれるかのいずれかである。
だがアレスは結界を単純に斬るのではなく、自身の剣で結界のごくわずかなゆらぎに似た穴を生み出し気付かれることなく侵入が可能ではないかと考えたのだ。
カーテンのように薄く流れる水の滝に息を吹きかけ、一瞬空いた穴に指を入れれば指は水で濡れずに滝も直後には何事もなかったかのように穴が塞がる。
結界を破壊することなく穴をあけられれば自身が結界に触れることなく中に入れるじゃないかと。
「まあそうは言っても試したことすらないんだがな」
アレスはそんな急遽考えた作戦の難易度の高さに思わず笑みを浮かべた。
通常の結界は穴が開いたこと自体を感知する仕組みは備わっていない。
しかし僅かにでも結界に穴が開けばそこから防壁の崩壊が始まり結界が完全に破壊されることで術者は崩壊が始まった地点を知ることができるだけなのだ。
結界が崩壊しない程度の隙間を開けられれば気付かれることなく侵入は可能だろう。
しかしそれはあまりにも至難の業であり、それを王宮で結界について詳しく学んだことがあるアレスは直感でその難易度の高さを感じ取っていた。
「斬るのは必要最低限だけ。穴が開くのも一瞬だからタイミングよく飛び込まなきゃだし……なにより結界を破壊しない繊細さが重要だ」
痛み止めポーションの数に限りがある以上、アレスにはあまり時間が残されていない。
今晩を逃せばヴィルハートに関する情報を得るのは厳しくなってしまうということでアレスは覚悟を決めて静かに剣に手をかけたのだ。
(集中しろ……刃は通すが結界は傷つけない!)
「剣聖……天朧解解!!」
大きく息を吐き、極限にまで精神を研ぎ澄ませたアレスは屋根の上から飛び立つと眼前に迫った結界に渾身の一刀を振り下ろしたのだ。
その斬撃は大胆さを兼ね備えながらも僅かな歪みもなく完全な一直線で剣先が振るわれていた。
(ふっ!……どうだ!?)
塀を超えたアレスは教会内部の人気のない地面に音もなく着地すると、結界が自身に反応していないか心臓が張り裂けるような気持ちで周囲の様子を窺った。
今の一撃で結界に完全な穴が開いて破壊される気配はない。
そして静まり返った教会からは何者かが侵入してきたという騒ぎは一切感じられなかった。
「ぷはぁ……」
(死ぬほど緊張した……なんかどっと疲れた気がするぜ)
無事に教会内部に侵入することが出来たアレスは緊張の糸を緩めたように大きく息を吐きだした。
異常事態でもなければ教会内部の警備などほとんどないに等しく、最初にして最大の難関を超えれば他に難所と言えるような障害は存在していなかった。
(とはいえこの敷地くっそ広いからな。夜が明ける前にヴィルハートさんに関する情報を見つけられるか……)
だがもちろんアレスの目的は単に教会内部に侵入するだけではない。
相当な広さを誇る光芒神聖教会の建物の中からヴィルハート本人、もしくは彼につながる情報を探し出さないといけない。
本来なら時間をかけて教会内部の構造などを調べてから侵入するのが理想だが、下調べをする時間もなかったアレスは手当たり次第に教会を調べる必要があった。
時間もないためアレスは再び気を引き締め直し、気配を完全に消して建物の内部へ侵入していった。
「聞いたか?今日も教会に大勢の民衆が押し寄せて来てたんだってよ」
「まったく。勘弁してくれよ、俺たちも忙しいんだって」
(さすがにまだ起きてる奴の方が多いか)
教会の建物内部に侵入したアレスは天井や像の後ろに姿を隠しながらヴィルハートへと繋がる手掛かりを探していた。
まだ日が沈んでから3時間程度しか経っていないため活動している人は多くいたが、警戒態勢にない聖職者たちに気配を完全に消したアレスを見つけることは不可能である。
迅速かつ慎重に教会の中を調べ上げていくアレスだったが、なかなかお目当ての情報を得られることはできない。
(うーん。やっぱり偉い奴がいるところに行くしかないか。見つかるリスクは上がるかもしれねえが仕方がねえ)
そう考えたアレスは警備が厳しくなると予想されるが教会内部の立場がある人物のいる建屋に向かうことにしたのだ。
この光芒神聖教会はその建物の中心に巨大な中庭が存在しており、その中央に重要な催事を行う部屋や教会の上層部の人間の仕事場や居住スペースがある。
そのためその建物には常に一定の警備が敷かれており侵入はよりリスクが付きまとう。
(……さてと、どこから探そうか)
その中央塔に侵入したアレスは催事を行うためのスペースを抜けて巨大な廊下へたどり着く。
そこは月明かりをふんだんに取り入れる巨大な窓と壁に掛けられたいくつもの絵画に挟まれたただの通路には思えない雰囲気のスペース。
周囲に人の気配は感じられなかったため、アレスは質のいい大理石の廊下を音もなく素早く駆け抜けようとした。
(っ!?なんだこの気配は!?)
しかしその廊下を半分ほど進んだ所で、アレスは背後に現れた異様な気配を感じ取り思わずその足を止めたのだ。
もしこれが普通の人間の気配ならばアレスもそれが教会の人間だと考え姿を隠そうとしただろう。
だが感じた気配は人間のそれではない、ドス黒い呪いのエネルギーを秘めたナニかであったのだ。
神聖な教会に存在していい気配ではなく、その異様さにアレスは思わず立ち止まってしまったのだ。
「うん?……君はこの教会の人間じゃないね。まさか侵入者かい?」
「てめぇは……いったい何者だ!?」
「……どうやら君、私の正体に勘付いているようだね。すごいなぁ……これでも完璧に気配は隠せてると思ったんだけどね……」
現れた男はアレスの存在に気が付くとその反応からアレスが自身の違和感を見抜いていることを察したのだ。
男はアレスに敵意がないことを示すように両手を広げながらゆっくりと歩み寄ってくる。
「君が泥棒か暗殺者かは知らないが、私はもうこの教会の人間じゃないんだ。ここはお互いに何もみなかったことにしないかい?」
「なっ……まさかあんたは……ヴィルハート・レーンさん……?」
柱の影で確認できなかった男の顔が月明かりの元に曝されると、アレスはその顔を見て驚きの表情を浮かべたのだ。
その男の顔はアレスたちが昼間にヴィルハート・レーンの安否を気にしていた人たちから聞いた彼の特徴に完全に合致していた。
コバルトブルー色の短髪に金色の瞳、そして右頬から右耳の下あたりまで伸びた傷跡……
その男はアレスが探していたヴィルハート・レーン本人であったのだ。
(この人がヴィルハートレーンさん?馬鹿な……こんな禍々しい雰囲気を秘めた男がか!?)
「私のことを知っているのか。いや、また私を狙い来た殺し屋ということか」
「いや違います!俺は殺し屋ではないですが……あなた、本当にヴィルハートさんなんですか!?」
「そうだが……だが申し訳ないね、私はこれからこの先に居る教会上層部の人間を皆殺しにしないといけなくて忙しいんだ。大人しくどいてくれると助かるよ」
アレスが聞いていたヴィルハート・レーンは、貧しい人に無料で解呪を行う優しい光の聖職者というもの。
しかしアレスが感じたのはそれとは真逆の闇の魔力を持ち、もはや彼が人間であるということすら疑わしい物であった。
動揺を隠せないアレスにヴィルハートはそのままゆっくりと歩みを進めながら内なる狂気を増幅させていったのだ。
1部屋600G、2人部屋の場合1000Gで夕食と朝食がオプションで1人それぞれ200Gという値段設定の個人経営の店で、アレスたちは食事無し1部屋に3人泊まるという条件で1泊1400Gで部屋を借りていた。
「うっし……そろそろ行って来るわ」
「うん。アレス君、気を付けてね」
「本当にごめんなさい。私のためにこんなことをさせてしまって」
ベッドが1つ置かれた部屋と狭いシャワールームしかないような宿泊施設の1室で、アレスは光芒神聖教会への侵入の準備を進めていた。
ここまでしてお金を節約したのはソシアの手持ちが少なかったからというだけではなく、ちゃんとした理由があったのだ。
「それにしてもこの格好……変じゃないか?」
「変なんかじゃないよ。潜入するんだから目立たない服装にしないと」
アレスがもともと着ていたのはハズヴァルド学園の制服。
所属が一目でわかってしまう上に色も明るめのベージュということで目立ちやすい。
そこで夜の闇に溶け込むためにソシアがいろいろと店を回り潜入用の衣装を購入する必要があったのだ。
(か……カッコイイ!!///)
「でもこのマントとかいるか?」
「いるよ!絶対いる!」
「そうか……」
ソシアが用意したのは体にぴっちりと密着するタイプの生地が薄めで黒色の服に、どこか厨二病感を感じる黒のマント。
さらに鼻から下を隠すためのスカーフを巻いて顔を認識されないようにしていた。
アレスは少し不服そうだったが、腹筋が浮き出た格好でスマートなその外見にソシアは大満足といった様子だった。
「それじゃあ2人はここから動かないようにな」
着替えが終わり、軽いストレッチをして動きやすさを確かめたアレスは窓から飛び出すと夜の闇へと消えた。
建物の屋根を伝って移動するアレスは音も気配もなく目的の光芒神聖教会の本部へと向かって行ったのだ。
「さてと、入るならここかな」
漆黒の衣装に身を包んだアレスはソシアたちの元を離れて真っ直ぐ光芒神聖教会の本部へとやってきた。
大きな事件の発生していない街を移動するだけなら障害はあるはずが無く、通りを挟んだ3階建ての建物の上から教会本部の塀を観察していた。
本部の塀はかなり分厚く高さもあり3階建ての建物の屋根に乗っても敷地の中は見渡すことが出来ず、そのうえ通りを挟んでいるため距離もかなり離れている。
しかしそれでもアレスの身体能力をもってすれば今いる屋根の上から塀を超えて敷地内に侵入することは容易だろう。
それでもアレスがすぐに教会の敷地内への侵入を開始しないのには1つの大きな障壁があるからだ。
「しかしまあ、この結界をどうにかしないと話は始まらないわな」
その障壁というのは教会本部を覆う巨大な結界のことである。
アレスたちが通うハズヴァルド学園もそうであるが、国の重要な施設には外敵の侵入や干渉を防ぐための結界が施されているのが常識だ。
結界とはその言葉の通り、特定の物に対して通過を制限したり探知を行ったりする魔力によって構成された防壁のことである。
結界が制限できるものの種類は数多く、魔力を帯びているものや特定の生物に対して、はたまた音や光といったものにまで効果を適用可能。
もちろん特定の物だけを弾きそれ以外の物を素通しさせるなども調整の仕方で変えられる。
光芒神聖教会の本部のように部外者の立ち入りを強く拒みたい場所に対してはあらゆる生物及び魔力を帯びた物質に対して通過を制限することが基本だ。
(さすがにシャムザロールの首都にある重要施設。うちの王宮にも匹敵するいい結界を張ってやがるぜ)
結界を作成するにあたって重要なポイントは主に5つ。
結界の大きさ、形、強度、適応範囲、補助要素である。
大きさに形、強度はそれぞれ言葉通りの意味でより大きいほど、より複雑な形で破壊されにくい結界ほど作成難易度は上昇する。
そして適応範囲とはその結界が何を拒むかというもの。
基本的に結界は適応範囲が広い程その強度が落ちていく。
例えばすべてを通さない結界よりも、人間だけを通さない結界の方が作成難易度はともかく対象を拒む力は飛躍的に上がる。
最後に補助要素はこれら4つの要素と術者自身の力量に関わらない結界を作成維持するにあたって助けになる要素のことである。
例としては結界の効果を上昇させる魔法陣や術式、供物や制約、そして結界の外殻を用意することも補助要素の1つだ。
先程結界の形が複雑なほど難易度が上がると言ったが、実は結界は何もない空間に生成するより実物の物質に沿って生成するほうが張りやすい。
光芒神聖教会の本部の場合は敷地を囲う正方形の塀が結界の外殻の一部を担っている。
アレスはそんな光芒神聖教会の巨大で分厚い結界を眺めながら、周囲の世闇に溶け込むようにその精神を落ち着かせていった。
(あの中に入るには結界を斬るしかないだろう。もちろんそんなことをすればすぐさま異変を覚られることになるが……俺なら、剣聖のスキルなら気付かれずに中に入ることができるんじゃないか?)
アレスが教会の結界を突破するために選んだ方法とは、結界を破壊することなく一時的に裂け目を生み出しそこから中へ入るというものだった。
無論普通に結界を斬りつければ斬撃が弾かれるか結界を破壊してしまい異変に気付かれるかのいずれかである。
だがアレスは結界を単純に斬るのではなく、自身の剣で結界のごくわずかなゆらぎに似た穴を生み出し気付かれることなく侵入が可能ではないかと考えたのだ。
カーテンのように薄く流れる水の滝に息を吹きかけ、一瞬空いた穴に指を入れれば指は水で濡れずに滝も直後には何事もなかったかのように穴が塞がる。
結界を破壊することなく穴をあけられれば自身が結界に触れることなく中に入れるじゃないかと。
「まあそうは言っても試したことすらないんだがな」
アレスはそんな急遽考えた作戦の難易度の高さに思わず笑みを浮かべた。
通常の結界は穴が開いたこと自体を感知する仕組みは備わっていない。
しかし僅かにでも結界に穴が開けばそこから防壁の崩壊が始まり結界が完全に破壊されることで術者は崩壊が始まった地点を知ることができるだけなのだ。
結界が崩壊しない程度の隙間を開けられれば気付かれることなく侵入は可能だろう。
しかしそれはあまりにも至難の業であり、それを王宮で結界について詳しく学んだことがあるアレスは直感でその難易度の高さを感じ取っていた。
「斬るのは必要最低限だけ。穴が開くのも一瞬だからタイミングよく飛び込まなきゃだし……なにより結界を破壊しない繊細さが重要だ」
痛み止めポーションの数に限りがある以上、アレスにはあまり時間が残されていない。
今晩を逃せばヴィルハートに関する情報を得るのは厳しくなってしまうということでアレスは覚悟を決めて静かに剣に手をかけたのだ。
(集中しろ……刃は通すが結界は傷つけない!)
「剣聖……天朧解解!!」
大きく息を吐き、極限にまで精神を研ぎ澄ませたアレスは屋根の上から飛び立つと眼前に迫った結界に渾身の一刀を振り下ろしたのだ。
その斬撃は大胆さを兼ね備えながらも僅かな歪みもなく完全な一直線で剣先が振るわれていた。
(ふっ!……どうだ!?)
塀を超えたアレスは教会内部の人気のない地面に音もなく着地すると、結界が自身に反応していないか心臓が張り裂けるような気持ちで周囲の様子を窺った。
今の一撃で結界に完全な穴が開いて破壊される気配はない。
そして静まり返った教会からは何者かが侵入してきたという騒ぎは一切感じられなかった。
「ぷはぁ……」
(死ぬほど緊張した……なんかどっと疲れた気がするぜ)
無事に教会内部に侵入することが出来たアレスは緊張の糸を緩めたように大きく息を吐きだした。
異常事態でもなければ教会内部の警備などほとんどないに等しく、最初にして最大の難関を超えれば他に難所と言えるような障害は存在していなかった。
(とはいえこの敷地くっそ広いからな。夜が明ける前にヴィルハートさんに関する情報を見つけられるか……)
だがもちろんアレスの目的は単に教会内部に侵入するだけではない。
相当な広さを誇る光芒神聖教会の建物の中からヴィルハート本人、もしくは彼につながる情報を探し出さないといけない。
本来なら時間をかけて教会内部の構造などを調べてから侵入するのが理想だが、下調べをする時間もなかったアレスは手当たり次第に教会を調べる必要があった。
時間もないためアレスは再び気を引き締め直し、気配を完全に消して建物の内部へ侵入していった。
「聞いたか?今日も教会に大勢の民衆が押し寄せて来てたんだってよ」
「まったく。勘弁してくれよ、俺たちも忙しいんだって」
(さすがにまだ起きてる奴の方が多いか)
教会の建物内部に侵入したアレスは天井や像の後ろに姿を隠しながらヴィルハートへと繋がる手掛かりを探していた。
まだ日が沈んでから3時間程度しか経っていないため活動している人は多くいたが、警戒態勢にない聖職者たちに気配を完全に消したアレスを見つけることは不可能である。
迅速かつ慎重に教会の中を調べ上げていくアレスだったが、なかなかお目当ての情報を得られることはできない。
(うーん。やっぱり偉い奴がいるところに行くしかないか。見つかるリスクは上がるかもしれねえが仕方がねえ)
そう考えたアレスは警備が厳しくなると予想されるが教会内部の立場がある人物のいる建屋に向かうことにしたのだ。
この光芒神聖教会はその建物の中心に巨大な中庭が存在しており、その中央に重要な催事を行う部屋や教会の上層部の人間の仕事場や居住スペースがある。
そのためその建物には常に一定の警備が敷かれており侵入はよりリスクが付きまとう。
(……さてと、どこから探そうか)
その中央塔に侵入したアレスは催事を行うためのスペースを抜けて巨大な廊下へたどり着く。
そこは月明かりをふんだんに取り入れる巨大な窓と壁に掛けられたいくつもの絵画に挟まれたただの通路には思えない雰囲気のスペース。
周囲に人の気配は感じられなかったため、アレスは質のいい大理石の廊下を音もなく素早く駆け抜けようとした。
(っ!?なんだこの気配は!?)
しかしその廊下を半分ほど進んだ所で、アレスは背後に現れた異様な気配を感じ取り思わずその足を止めたのだ。
もしこれが普通の人間の気配ならばアレスもそれが教会の人間だと考え姿を隠そうとしただろう。
だが感じた気配は人間のそれではない、ドス黒い呪いのエネルギーを秘めたナニかであったのだ。
神聖な教会に存在していい気配ではなく、その異様さにアレスは思わず立ち止まってしまったのだ。
「うん?……君はこの教会の人間じゃないね。まさか侵入者かい?」
「てめぇは……いったい何者だ!?」
「……どうやら君、私の正体に勘付いているようだね。すごいなぁ……これでも完璧に気配は隠せてると思ったんだけどね……」
現れた男はアレスの存在に気が付くとその反応からアレスが自身の違和感を見抜いていることを察したのだ。
男はアレスに敵意がないことを示すように両手を広げながらゆっくりと歩み寄ってくる。
「君が泥棒か暗殺者かは知らないが、私はもうこの教会の人間じゃないんだ。ここはお互いに何もみなかったことにしないかい?」
「なっ……まさかあんたは……ヴィルハート・レーンさん……?」
柱の影で確認できなかった男の顔が月明かりの元に曝されると、アレスはその顔を見て驚きの表情を浮かべたのだ。
その男の顔はアレスたちが昼間にヴィルハート・レーンの安否を気にしていた人たちから聞いた彼の特徴に完全に合致していた。
コバルトブルー色の短髪に金色の瞳、そして右頬から右耳の下あたりまで伸びた傷跡……
その男はアレスが探していたヴィルハート・レーン本人であったのだ。
(この人がヴィルハートレーンさん?馬鹿な……こんな禍々しい雰囲気を秘めた男がか!?)
「私のことを知っているのか。いや、また私を狙い来た殺し屋ということか」
「いや違います!俺は殺し屋ではないですが……あなた、本当にヴィルハートさんなんですか!?」
「そうだが……だが申し訳ないね、私はこれからこの先に居る教会上層部の人間を皆殺しにしないといけなくて忙しいんだ。大人しくどいてくれると助かるよ」
アレスが聞いていたヴィルハート・レーンは、貧しい人に無料で解呪を行う優しい光の聖職者というもの。
しかしアレスが感じたのはそれとは真逆の闇の魔力を持ち、もはや彼が人間であるということすら疑わしい物であった。
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