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ボタンと髪
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屋敷のメイドたちに別れを告げた母とローゼは馬車停にやってきます。
怒りが静まらない母は、1秒でも早く実家の領地に戻るため、そしてドレイン伯爵家との縁を持ちたくないと元夫の両親が出してくれると言う馬車を断り、乗合馬車を乗り継いで帰ることにしたのです。
多くの人が行き交う馬車停で、母にしっかり手を握られながらもローゼはやっとあの婚約者ライドと別れられた事で胸がいっぱいでした。
馬車に乗ってしまえば全てが新しい世界につながる。
ローゼの心はもう母の実家の伯爵領に先に飛んで行っているかのようです。
「切符を買ってくるわ。ここで待っていなさい。動いてはダメよ」
「はーい」
母のトランクに腰掛けて背を大きな柱に預け座っているとヒュっと風が吹いてきます。
飛びそうになる帽子を押さえたのですが、何かに風に流された髪が引っ掛かったようです。
「痛っ」
「うわっ」
声が重なります。どうやら目の前の少年の腕のボタンに絡まってしまったようです。
少年も突然引っ張られた腕に驚いて声をあげたようですが、髪が絡まっていると解ると動きを止めます。
絡まった髪を解こうとしますが、なかなか取れません。
なのでボタンを引きちぎろうとした時、ローゼが「やめて」と声をあげます。
「こうすればいいの」
おもむろに持っていたポーチから裁縫セットを取り出すと、ナイフで髪をバッサリと落とします。
呆気にとられる少年でしたがローゼはナイフを仕舞いながら
「髪は伸びるけど、生地は破れると大変だから」
少年とて、女性の髪がどれだけ大切なものかはよく知っています。
女性は結婚まで髪を伸ばし、その髪を結婚式で美しく結い上げるのです。
このポンタ王国で女性が髪を切るという事は、配偶者だった者と離婚したり死別した時だけです。
呆気に取られて声も出ない少年の腕から切り離した髪をボタンから解くとローゼはゴミ箱にポイと捨ててしまいます。
棄てられた髪はキラキラとしながら落ちますが、行き交う人はその上にゴミをどんどん投げ入れます。
我に返り、謝罪をしないと!っと思った少年が言葉を発しようとすると
「お母様っ!」
っとローゼが母を呼ぶ声に言葉を飲みこみます。
ローゼと母はそのまま少年を振り返る事もなく、トランクを持つと乗合馬車に向かって歩き始めます。
少年は声をあげる事も出来ずその背中を見送りました。
☆~☆~☆~☆
ガタゴトと揺られる幌馬車の乗客はローゼと母と行商人の女性が3人だけ。
女ばかりの幌馬車は笑い声に包まれながら王都を後します。
「あら?ローゼここの髪が短くないかしら」
「さっき、ボタンと絡まったから切っちゃった」
「仕方のない子ね。早く伸びるといいわね」
「えっ?わたくし領地に着いたらバッサリと全部切りますわよ?」
「へっ?何を言ってるの!」
「いいの、髪は伸びるから。わたくしこんな王都の事は何もかも忘れたいの!それにね。お母様とお揃いするの!」
母とて相手がリリーでなければ、もしかすれば夫を許していたかもしれない・・っと思うと涙がこぼれてきます。
学園時代から婚約者だったドレイン伯爵元夫妻ですが、編入してきたリリーに浮気をしてしまい婚約破棄寸前でした。
借金で傾きかけたドレイン伯爵家はチョイス伯爵家に頭を下げ、婚約の継続を懇願したのです。
リリーは他の男性とも交際をしていた事から、綺麗さっぱり縁を切る、もう会わないという約束の元、結婚をしたのです。
娼婦に身を落としたリリーは年齢が上がり客が取れなくなると、過去の男に連絡を取ります。
どこか枠にはめられた貴族の夫人と違い、男を手玉に取る手練のリリーは過去の男から金を引き出します。
ローゼの父もその中の1人。背徳感のある不貞行為にいけないと思いつつ嵌ったのです。
ドレイン前伯爵が息子を平民に落とし、切り捨てたのは当時の約束がまだ有効だからです。
二度と会わない、縁を切るという約束が反故になったとなるとそれまで融資をしてもらった金額を返さねばなりません。
婚姻をしているから猶予されていただけなのです。
【酒、博打、女は手を出せば死んでもその病気は治らない】
そう言って、婚姻により借金は消えるのではなく返済が猶予されるだけという項目が追加されました。
返済をするとすれば領地を手放しても払いきれない金額になっている借金と息子を天秤にかけたのです。
前伯爵は息子よりも孫を選び、生きながらえたと言っても良いかもしれません。
「本当にバカな男だわ。こんなに可愛い天使がいたのに…」
母にギュッとされるローゼ。
大好きな母の匂いは少し涙の香りがしました。
怒りが静まらない母は、1秒でも早く実家の領地に戻るため、そしてドレイン伯爵家との縁を持ちたくないと元夫の両親が出してくれると言う馬車を断り、乗合馬車を乗り継いで帰ることにしたのです。
多くの人が行き交う馬車停で、母にしっかり手を握られながらもローゼはやっとあの婚約者ライドと別れられた事で胸がいっぱいでした。
馬車に乗ってしまえば全てが新しい世界につながる。
ローゼの心はもう母の実家の伯爵領に先に飛んで行っているかのようです。
「切符を買ってくるわ。ここで待っていなさい。動いてはダメよ」
「はーい」
母のトランクに腰掛けて背を大きな柱に預け座っているとヒュっと風が吹いてきます。
飛びそうになる帽子を押さえたのですが、何かに風に流された髪が引っ掛かったようです。
「痛っ」
「うわっ」
声が重なります。どうやら目の前の少年の腕のボタンに絡まってしまったようです。
少年も突然引っ張られた腕に驚いて声をあげたようですが、髪が絡まっていると解ると動きを止めます。
絡まった髪を解こうとしますが、なかなか取れません。
なのでボタンを引きちぎろうとした時、ローゼが「やめて」と声をあげます。
「こうすればいいの」
おもむろに持っていたポーチから裁縫セットを取り出すと、ナイフで髪をバッサリと落とします。
呆気にとられる少年でしたがローゼはナイフを仕舞いながら
「髪は伸びるけど、生地は破れると大変だから」
少年とて、女性の髪がどれだけ大切なものかはよく知っています。
女性は結婚まで髪を伸ばし、その髪を結婚式で美しく結い上げるのです。
このポンタ王国で女性が髪を切るという事は、配偶者だった者と離婚したり死別した時だけです。
呆気に取られて声も出ない少年の腕から切り離した髪をボタンから解くとローゼはゴミ箱にポイと捨ててしまいます。
棄てられた髪はキラキラとしながら落ちますが、行き交う人はその上にゴミをどんどん投げ入れます。
我に返り、謝罪をしないと!っと思った少年が言葉を発しようとすると
「お母様っ!」
っとローゼが母を呼ぶ声に言葉を飲みこみます。
ローゼと母はそのまま少年を振り返る事もなく、トランクを持つと乗合馬車に向かって歩き始めます。
少年は声をあげる事も出来ずその背中を見送りました。
☆~☆~☆~☆
ガタゴトと揺られる幌馬車の乗客はローゼと母と行商人の女性が3人だけ。
女ばかりの幌馬車は笑い声に包まれながら王都を後します。
「あら?ローゼここの髪が短くないかしら」
「さっき、ボタンと絡まったから切っちゃった」
「仕方のない子ね。早く伸びるといいわね」
「えっ?わたくし領地に着いたらバッサリと全部切りますわよ?」
「へっ?何を言ってるの!」
「いいの、髪は伸びるから。わたくしこんな王都の事は何もかも忘れたいの!それにね。お母様とお揃いするの!」
母とて相手がリリーでなければ、もしかすれば夫を許していたかもしれない・・っと思うと涙がこぼれてきます。
学園時代から婚約者だったドレイン伯爵元夫妻ですが、編入してきたリリーに浮気をしてしまい婚約破棄寸前でした。
借金で傾きかけたドレイン伯爵家はチョイス伯爵家に頭を下げ、婚約の継続を懇願したのです。
リリーは他の男性とも交際をしていた事から、綺麗さっぱり縁を切る、もう会わないという約束の元、結婚をしたのです。
娼婦に身を落としたリリーは年齢が上がり客が取れなくなると、過去の男に連絡を取ります。
どこか枠にはめられた貴族の夫人と違い、男を手玉に取る手練のリリーは過去の男から金を引き出します。
ローゼの父もその中の1人。背徳感のある不貞行為にいけないと思いつつ嵌ったのです。
ドレイン前伯爵が息子を平民に落とし、切り捨てたのは当時の約束がまだ有効だからです。
二度と会わない、縁を切るという約束が反故になったとなるとそれまで融資をしてもらった金額を返さねばなりません。
婚姻をしているから猶予されていただけなのです。
【酒、博打、女は手を出せば死んでもその病気は治らない】
そう言って、婚姻により借金は消えるのではなく返済が猶予されるだけという項目が追加されました。
返済をするとすれば領地を手放しても払いきれない金額になっている借金と息子を天秤にかけたのです。
前伯爵は息子よりも孫を選び、生きながらえたと言っても良いかもしれません。
「本当にバカな男だわ。こんなに可愛い天使がいたのに…」
母にギュッとされるローゼ。
大好きな母の匂いは少し涙の香りがしました。
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