貴方が側妃を望んだのです

cyaru

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遅刻する国王

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「ねぇハロ。結婚式っていつなのぉ?」

不意にビーチェが口にする。ハロルドは書面では側妃となったビーチェがそれをいつ言い出すのだろうかとびくびくしていた。何もしていないから出来ませんとは言えない。
やはり式は必要かと思ったが、支度金として支給された金はビーチェにドレスや宝飾品を買ったり、側妃になる前に高級なレストランなどを頻繁に利用した事でほとんど残っていない。

それまで買っていたビーチェ曰く「普段着」のドレスでさえ、支度金で払う事が出来ないほどだったため、それ以上に金のかかる結婚式は当然無理な話だった。
その話がないように昼も夜もなく欲情のままにビーチェを抱いていたのである。
だが、それも限界があった。

「そうだな。結婚式については従者にも確認をしてみよう」
「ショボいのは嫌だからね。あの女よりバーッと贅沢にしてくれなきゃ嫌だからね」
「可愛い我儘だな。出来るだけそうなるように言っておくよ」

寝台を出るハロルドにビーチェは名残惜しそうに拗ねたふりをする。
しかし、今日は面倒でも執務室に戻らねばならなかった。

以前から予定をされていた隣国の第一王子の謁見があるのである。

「今日は夜にくるのぉ?」
「夜は舞踏会があるからね。来ても遅くなると思うから」
「そんな事言って…あの女のところに行くんでしょう?」
「それは判らない。ただ、大事な公務なんだ。隣国の王子が来る」
「王子?そんなのブッチしていいじゃない。ハロは王様なんだし」

ビーチェの甘えるような指の動きは、寝台に腰を掛けてシャツを着るハロルドの背中を撫でる。
だが、時計を見ればもう13時になる。謁見は15時半からである。
本来は昼食会も出席する予定だったが、謁見だけで良いと文官に言われた。

北の棟での食事も美味いが、久しぶりに昼食会で出される珍しい食材も懐かしく感じた。
だが、【側妃様との時間を邪魔する事は出来ない】と言われれば下がるしかない。

「じゃ、行ってくるよ」
「絶対に来てよ?絶対よ?」
「あぁ、今度は昼に街にも買い物に行こう」
「やった!行ってら~」

砕けた物言いのビーチェにキスをして自分の部屋に戻る。
1カ月半ほど留守にしていたが、相変わらず机の上には書類の一枚もない。
ベルを鳴らし、侍女を呼んで湯殿で久しぶりに体を洗ってもらう。

それまでは事務的に洗っていると感じた侍女の手も尻や股間に近くなると欲を出す事を覚えた体が反応をしてしまうが、侍女は顔色一つ変えずハロルドを洗っていく。

「お前、名前は何というんだ?」
「申し訳ございません。髪を洗いますので…」

半強制的に肩を押されて座らされると髪を洗われてしまう。
伸び放題だった髪も髭も整えられてこざっぱりしたところで数人の侍女に体を拭かれて下着から順に身に付けて行く。ビーチェとの生活にはない事である。

側妃の部屋ではベルを鳴らせば食事の準備や飲みものは用意してくれるが、何時かも判らない湯あみなどは簡易シャワーで済ませるしかないのだ。
あくまでも側妃の部屋は子供を作るためのもので生活をする場ではない。

正装をして謁見に向かう。
しかし、扉が開くと、一番高い位置にある椅子には既にフランセアが座っており、その先には隣国の第一王子とその護衛などが向かい合っていた。明らかに【遅刻】をしたのである。

謁見の間の一同が一斉にハロルドを見る。
高位貴族の当主たちが眉間に皺を寄せているのが判る。
今更フランセアを立たせて座る事も出来ず、ハロルドは大臣の隣に並んで立った。

「では、こちらとしましては先の会合の通りに」
「えぇ。よろしくお願いいたしますわ」

久しぶりに聞くフランセアの柔らかく透き通った声にその横顔を眺める。
ビーチェとは全く違い、何か言葉を発するたびに動く唇から目が離せなくなる。
ボーっとしていると、一同が一斉に礼をする。慌ててハロルドも大臣と同じ仕草をして頭を下げた。

「ぷっ…」

誰かが噴き出したような笑いが聞こえたが、頭を下げたハロルドには誰だか判らない。

パタンと扉が閉まる音がして頭を上げると、隣国の第一王子も護衛も、そしてフランセアもその場にいなくなっていた。隣にいた大臣に聞こうとすると顔を赤くした大臣が何かを言おうとして諦めた。

「待て、15時半からではなかったのか」

咄嗟に出た言葉が、折角怒りを抑えた大臣の逆鱗に触れてしまった。

「今頃なんですか!恥さらしも良いところです」
「そうですよ。滅多にない公務くらい真面目にやって頂かないと困りますね」

「いや、15時半と聞いて…」

「15時半と言われれば王妃殿下は12時には王宮に来られておりましたよ。全く…親子そろってどこまで恥を晒せば気が済むのか。謁見は15時から15時半です」

ハロルドは思い出した。婚約者時代は14時からと言われれば10時にはその支度を整えていた事を。だがそれも従者に言われて渋々行っていた。
本来は渋々であっても絶対に遅れないように体に覚え込ませなければならない事だった。
何より、時間を間違っていたのはハロルドである。最後に聞いたのが15時半でその後舞踏会と覚えていただけなのである。これすらビーチェの部屋に籠らずに暇でも執務室に居れば間違わなかっただろう。

ハロルドはフランセアが妻の部屋にいるだろうと思い、そちらに向かったが妻の部屋は静まりかえり暫く使われた形跡すらなかった。フランセアは約束通り離宮にしかいないのだ。

「フランは何処だ?」
「王妃殿下は隣国の第一王子殿下にお庭をご案内されております」
「庭?どっちの庭だ」
「おやめください。もうじっとしていてください」
「何故だ?王子相手なら国王が案内をするものだろう」
「庭園の案内は午前中に予定されていた事です。待てど暮らせど来ない陛下をよく王子殿下が我慢してくださったとこちらは胸をなで下ろしたところなんですから」

そしてハロルドは舞踏会の時間を待った。今度は失敗できない。




「フランッ!」

扉の前で入場を待つフランセアを見つけて駆けよっていく。チラリと横目で見ただけでフランセアは前を向いたままである。扉が開く直前、ハロルドはやっと追いついたかのように肩で息をする。

「フラン、エスコートをしよう」
「結構です」
「だが、入場だろう」

一言言葉を発しただけで見向きもしないがハロルドは目を見張った。
薄い紫のスレンダードレスは形のいい乳房の側面のラインも艶めかしく、縊れたウェスト、ツンと上に張を見せる尻、ひざ下から嫌味なくついたスリットからはキュっと締まった足首とピンヒールが見える。

薄いショールの下には背中も半分ほど透けて見え、ビーチェなど比較にならない程の妖艶さが垣間見えるのである。

見惚れている間に扉は開き、フランセアの髪がふわりとたなびく。
その様子を茫然と夢見心地で見るだけのハロルドが我に返った時はもうフランセアは会場内に入り、数人に会釈で挨拶をしているところだった。

そのまま入り口の扉が閉じてしまう。
ハロルドはその場に立ち尽くし、動けなかった。
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