殿下の御心のままに。

cyaru

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貴方は運命の出会いをしたいと言った

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ふと空を見上げれば、午前中の真っ青な空は何処かに追いやられ雨模様。
季節柄肌寒さは感じずとも、陽光の温もりが感じ無くなれば季節の変わりを感じます。
帰りの馬車が屋敷に到着するまで降り出さねば良いのにと思いつつ・・。

こんな感覚は何時からなのだろうかと、ふと目の前に居られる婚約者様に視線を移せば眉目秀麗なかんばせ。心は燃え立つように熱いご様子。

以前は陽光が当たらずとも、温もりを感じていたように感じるのです。
きっとこれは過日のあのお言葉が少なからずとも、わたくしに影響をしているのでしょう。

これは杞憂か。そう思いつつの茶会でございましたが憂いは憂慮となろうとは思いも致しませんでした。



過日、毎月の恒例である茶会での事です。
その日は朝から霧雨のような雨が降っている日で御座いました。アルフレッド様の側近であるモンタナ侯爵家のカレドウス様が廃嫡をされて10日目でだったでしょうか。

カレドウス様はヘルミング公爵家の二女システィアナ様とご婚約中で御座いましたが、視察で市井をご見学になった際に見初めた平民の女性に御心が傾倒されたのです。

半年ほどの間に重ねた逢瀬でその女性との間に御子が出来、婚約が破棄となったのです。
ヘルミング公爵はこの国でも3本の指に入るほどの富豪であり現国王陛下の同腹の弟君でもありましたから、そのお怒りは凄まじく、モンタナ侯爵家はカレドウス様が婿入りをする事で成り立っていた婚約である事から領地の半分以上を売り払い慰謝料をご用意されました。

それだけでは収まらず、ヘルミング公爵家に睨まれては大変と多くの貴族たちは爵位を問わずモンタナ侯爵家との取引を中止、撤退、大幅な縮小をし、現在のモンタナ侯爵家は風前の灯火と言っても過言では御座いません。
家業が成り立たなくなる憂き目となり、モンタナ侯爵は宰相職を辞意する意向を表明致しましたが、モンタナ侯爵ほどに腕の立つ者が他に居らず国王陛下はそれを拒否されてしまいました。

そんなご実家の事情はもう廃嫡となればご存じないのでしょう。
カレドウス様は廃嫡の際、お母上から内密に譲り受けた金品、財産で市井でも楽しくされているようでございました。

そんなカレドウス様と偶然なのか必然なのか。
アルフレッド様はお話をする機会があったようなのです。

「先日、カレドウスに会ったのだが元気そうだったよ」
「左様でございますか。平民は体が資本と聞き及びます。何よりですわ」

どんな話をされたのか。
わたくしには伺い知れませんが、アルフレッド様がどこか物思いに耽る事が多くなったのは思い起こせばこの時からだったと今ならば理解も出来ようと言うもので御座います。



その茶会が3週間前。
今日の空を見れば、あと数日で冬将軍も到来するでしょう。

いつものように向かい合わせに座り、アルフレッド様が仰ったのです。

「カレドウスは廃嫡をされ市井に下りても幸せだと言っていた」
「確かお相手の女性とは、運命の出会いであったと」
「あぁ。真実の愛やつがいなどと言うのは空想の世界の事かと思っていただけに目から鱗が落ちた」
「勤勉な殿下でもそう思われる事があるのですね」

出された茶を一口含むと、心地よい香りが広がって参ります。
ですが、アルフレッド様の次のお言葉でわたくしは味も温度も風に乗ってどこぞに飛んで行ってしまったかと表情を一瞬失ってしまいました。


「恋をしてみたい。運命の出会いと言うのは生涯に一度あるかないかと聞く。だから結果として出会えなくても仕方がないのかも知れないが探してみたいのだ。よく言うだろう。やっておけばよかったという後悔とやった上での考察は違うと」


アルフレッド様のお言葉が頭の中で何度も繰り返しわたくしの耳を震えさせました。

わたくしは生まれた時からアルフレッド様の婚約者でした。
そこにわたくしの意思や選択は一切ございません。
それはアルフレッド様もそうだったかも知れません。
違うのは、お互いが合わないと感じた時、アルフレッド様は婚約者を入れ替えるよう国王陛下に進言する事は出来ますが、わたくしは是であれ否であれ決められた事に頷く以外にはする事はないという事。

「カレドウスが言うのだ。毎日が癒され、彼女の微笑を見れば憂いが消し去りこの世を謳歌しているのだと」


まるで夢を見ているかのように目を閉じられ、恍惚とした表情で仰るのです。

「私も一度でいい。たった一度で良いのだ。癒されてみたい」

つまりは、19歳となる今日の今までアルフレッド様はわたくしとの会話、遠出、茶会、夜会‥‥癒された事はなかったという事でしょう。


わたくしは、忙しない中でもアルフレッド様との気の置けない会話も御座いましたし、遠出や夜会への馬車の中の会話でどれだけ癒されてきた事でしょう。

遠出をした際に、山に沈んでいく夕日で染まる空を美しいと思ったのはわたくしだけだったのか、何気ない会話の中にも優しさと温もりを感じたのもわたくしだけなのでしょう。

誕生日や記念日の贈り物だけでなく、自筆で書かれたカードの文字を見て、今も大事にしまい込み時折手に取って来たる日に心躍らせたのもわたくしだけとは。


「私の贈ったドレスで一緒にダンスを踊ればどんなステップでも踏める気がする」


何度も夜会で踊ったダンス。
デヴュタントのファーストダンスですら父ではなくアルフレッド様と踊ったのです。
それすらアルフレッド様には心に残る事でもなかったのでしょう。

どんどんと心が冷えていき、指先は温かい茶器に触れても温度を感じません。まるで凍てついたかのように心が凍り付き今にも音を立てて砕け散りそうな痛みを堪えておりました。


「運命の相手と結ばれる喜びを感じたいと思うのは我儘だろうか」


視界に入る従者たちの表情が強張る中、アルフレッド様はわたくしの心に槌を打ち込まれました。音もなく凍てついた心は砂のようにサラサラと零れ落ち、吹いてきた風に巻かれていくよう。


――運命の相手をお探しになり、見つかればどうされるのですか――


聞いてはならぬと心は壊れても頭の中で警鐘が鳴り響く言葉を飲み込むと、もう足元に砕けた心の欠片は御座いませんでした。わたくしはおそらく今までで一番の笑顔でアルフレッド様に向けて微笑みました。


「リアと思うのだ。私はそんな些細な願いすら叶えられない男なのだ」


自嘲気味に笑うアルフレッド様ですが、何故わたくしにそのような者がいると思われているのか。遠回しに不貞を疑われているだろうかと思う気持ちを打ち消すように微笑みます。
わたくしはして差し上げられる事は指で数えるほど。いえ、数えるまでも御座いません。


15歳の時に、国王陛下から「無茶な事は出来ないが生まれた時から縛られての人生。一度くらいは願いを叶えてやろう」そう言われた言葉を思い出します。

アルフレッド様から「運命の出会い」についての要望を聞かなければ、一日で良いからアルフレッド様に一人の人間として過ごす時間をと考えておりました。どうやら余計なお世話だったようでございます。

アルフレッド様の為ではなく、わたくしの為にその一度の願いを叶えるべくわたくしは席を立ちました。


それまで気のおけぬ仲で何事も言い合って参りましたが、真正面から【君ではない】そして【自分ではない】と告げられたわたくしはもうアルフレッド様の隣に立つ気持ちなどもう持ち合わせておりません。
運命の相手であればこのような時も、笑って受け流すのでしょうが生憎とそのような殊勝な考えは持ち合わせていないのです。

婚約者ではなく、友人でもなく、臣下として精一杯の言葉を紡ぎました。

「殿下。御心のままに」

今生の別れを覚悟し、アルフレッド様に婚約者ツェツィーリアとして最後のカーテシーで挨拶を致しました。
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