25 / 26
Chapter4
22
しおりを挟む
*****
「はい、ではこの書類に退去の二週間前までに記入して提出をお願いします」
「わかりました」
引っ越し準備を少しずつ進めつつも、週明けの月曜日に人事部に今の寮からの退去の申請をしに行くと、ファイルに入った書類を数枚渡された。
それを抱えながら秘書室に戻って仕事をしていると副社長からお呼びがかかる。
「副社長、お呼びでしょうか」
副社長室に入ると、にこやかに手招きされた。
「うん、寮から出るんだって?」
「はい。いろいろありまして、ようやくですが」
会社から近くて家賃補助も出て住み心地も良いからそのまま出ない人も多いと聞くけれど、三人で住むには少し手狭だ。
これも隼輔ためだなら後悔は無い。
そう思っていた私に、副社長はニヤリとした視線を向けた。
「ははっ、結婚も近いのかな?」
「っ……はい、実はその予定です」
嘘をつく理由はないため肯定すると、今度は本当に嬉しそうに微笑んでくれた。
「おめでとう。自分のことのように嬉しいよ」
「恐れ入ります。ありがとうございます」
「まさか鷲尾専務とそんな仲になっていたとは私も驚いたよ」
「えっ……私、副社長に相手のことお伝えしてましたか……?」
副社長の口から隼也の名前が出て心底驚いた。
何で知ってるの!?
目を見開いた私に副社長は吹き出す。
「この間の金曜日、託児所に電話で言っていただろう?隼輔くんの父親の名前を」
「あ……」
そうだ、思い出した。
託児所の先生が知らない男性が来て混乱しないように、電話口で父親の名前は"鷲尾 隼也"だと伝えていたんだった。
車内で電話していたんだから聞いているのも当たり前だ。
だからあの時、副社長からものすごい視線を感じたのか……。
謎が解けてすっきりしつつも、どこか恥ずかしい。
「……彼とは、腐れ縁と言いますか……幼馴染で。いろいろあって、息子の父親は彼なんです。実は初めて佐久間商事を訪問した日にお伝えしていた古い知り合いというのも彼のことで。まさか社長の子息だとは思っていなかったのであの時は驚いてしまって」
「あぁ、だからあの時少し様子が変だったんだね」
「はい、思わず顔に出てしまいました」
「なるほど。そうだったのか」
納得したように数回頷いた副社長は世間話は終わりとばかりに仕事モードに切り替わり。
「じゃあ会議に行こうか」
「はい」
副社長室を出て営業部との会議に向かった。
*****
一ヶ月後。
引っ越しを終えて荷解きが落ち着いたのは一日だった後だった。
隼輔は慣れない新居にきょろきょろと落ち着かない様子だったものの、荷解きの合間に近所にある大きな公園に向かうととても喜んで遊んでいた。
家までの帰り道にあるたい焼き屋さんに寄って私と隼也が買ったたい焼きの生地の部分だけ食べさせると、美味しそうに顔を綻ばせてもっともっと!と要求してきたのが可愛い。
お散歩しつつ家にたどり着いた頃にはすっかり慣れたのか楽しそうに笑っていた。
少し託児所と会社からは遠くなってしまったけれど、今までが近すぎたため許容範囲内だ。
むしろ駅近で周りに何でも揃っているためこっちの方が暮らしやすそう。
何よりもこれからはずっと隼也と一緒にいられるのかと思うと、三年前の私には考えられないほどの幸せに何故か挙動不審になってしまう。
「どうした?」
ダイニングに夕食を並べていると隼也が首を傾げる。
「……いやぁ、なんか未だに隼也と一緒に暮らす実感が湧かなくて」
頭を掻くとわかるわかる、と何度か頷く。
「ハハッ、確かに俺もそうだわ。メシ食ったらまた来週までさよならかー……とか無意識に考えちまう」
もうさよならしなくていいんだよな。しみじみとした呟きにそっと頷くと、隼也はテレビに夢中な隼輔を抱っこしてダイニングに設置した隼輔用の椅子に座らせた。
「おててぱっちん、いただきまーす!」
「いただきまーす」
「どうぞ」
上手に両手を合わせた隼輔はキッズプレートで出した夕食に目をキラキラさせて食べ進める。
その様子を笑いながら見つめつつ、私たちも箸を動かす。
「おいしー!まま、ありあとー!」
「どういたしまして。いっぱい食べてね!」
「うん!ぱぱも!」
「あぁ。いっぱい食べような」
今にもこぼしそうな危ういバランスで隼也におかずを分けてあげようとしたり、好きなおかずばっかり食べてまた隼也にブロッコリーを食べるように諭されたり。
二人から三人になった食卓はとても賑やかで楽しい。
「舞花、ちょっとこっち」
「ん?どうしたの?」
「ちょっとここ座って」
寝る前に隼也にソファに座らされて、首を傾げる。
「……これ。今更かもだけど、渡したくて」
「……こ、れって……」
差し出された小さなスエード生地の箱。
誰もが一度は聞いたことがある、高級ジュエリーブランドのロゴ。
隼也がその蓋をゆっくりと開くと、キラキラと輝くダイヤモンドが。
「……隼也……これ……」
「……遅くなってごめん。たくさん不安にさせて泣かせてごめん。舞花一人に全部背負わせてごめん。
でも、隼輔を産んでくれてありがとう。ずっと俺を好きでいてくれてありがとう。こんな不甲斐無い俺を選んでくれてありがとう。……これからは俺が舞花と隼輔を守りたい。舞花が抱えてるもの、俺にも半分背負わせてほしい。……俺と、結婚してください」
改まったプロポーズ。どんな顔をしてプロポーズしてくれているのか、その表情を見たいのに。私の目からは大粒の涙が絶え間なく溢れ出てしまいよく見えない。
それがもったいなくて拭うのに、嬉しすぎて涙が止まらない。
全身から、大好きが溢れてくる。
「はいっ……よろしくお願いしますっ……」
両手で顔を抑えながら震える声で返事をすると、安心したように一つ息を吐いて。
私の左手をそっと掴んで、ほんの少し引いて。
薬指に、指輪を嵌めてくれる。
「結婚指輪は、一緒に選びに行こうな」
「うんっ……うんっ」
きらきらと輝くダイヤモンドを見つめていると、隼也が私の身体を引き寄せる。
ふわりと抱きしめられた腕の中で、嬉し涙を流す。
隼也は何も言わずに、ただ力強くぎゅっと抱きしめてくれて。それが何よりも心地良くて、心の底から安心する。
そろそろ寝ようか、と涙を拭いて立ち上がり、寝室で寝ている隼輔を間に挟むように寝転がる。
そのふわふわの頬を私が撫でて、ふわふわの髪の毛を隼也が撫でて。
触りすぎてしまって隼輔が唸りながら身を捩る。
それにクスクスと小さく笑いながら二人で顔を見合わせた。
「舞花」
「ん?」
「舞花も隼輔も、愛してる。必ず幸せにするから」
甘い笑顔と共に降り注ぐキスに、そっと身を委ねた。
「はい、ではこの書類に退去の二週間前までに記入して提出をお願いします」
「わかりました」
引っ越し準備を少しずつ進めつつも、週明けの月曜日に人事部に今の寮からの退去の申請をしに行くと、ファイルに入った書類を数枚渡された。
それを抱えながら秘書室に戻って仕事をしていると副社長からお呼びがかかる。
「副社長、お呼びでしょうか」
副社長室に入ると、にこやかに手招きされた。
「うん、寮から出るんだって?」
「はい。いろいろありまして、ようやくですが」
会社から近くて家賃補助も出て住み心地も良いからそのまま出ない人も多いと聞くけれど、三人で住むには少し手狭だ。
これも隼輔ためだなら後悔は無い。
そう思っていた私に、副社長はニヤリとした視線を向けた。
「ははっ、結婚も近いのかな?」
「っ……はい、実はその予定です」
嘘をつく理由はないため肯定すると、今度は本当に嬉しそうに微笑んでくれた。
「おめでとう。自分のことのように嬉しいよ」
「恐れ入ります。ありがとうございます」
「まさか鷲尾専務とそんな仲になっていたとは私も驚いたよ」
「えっ……私、副社長に相手のことお伝えしてましたか……?」
副社長の口から隼也の名前が出て心底驚いた。
何で知ってるの!?
目を見開いた私に副社長は吹き出す。
「この間の金曜日、託児所に電話で言っていただろう?隼輔くんの父親の名前を」
「あ……」
そうだ、思い出した。
託児所の先生が知らない男性が来て混乱しないように、電話口で父親の名前は"鷲尾 隼也"だと伝えていたんだった。
車内で電話していたんだから聞いているのも当たり前だ。
だからあの時、副社長からものすごい視線を感じたのか……。
謎が解けてすっきりしつつも、どこか恥ずかしい。
「……彼とは、腐れ縁と言いますか……幼馴染で。いろいろあって、息子の父親は彼なんです。実は初めて佐久間商事を訪問した日にお伝えしていた古い知り合いというのも彼のことで。まさか社長の子息だとは思っていなかったのであの時は驚いてしまって」
「あぁ、だからあの時少し様子が変だったんだね」
「はい、思わず顔に出てしまいました」
「なるほど。そうだったのか」
納得したように数回頷いた副社長は世間話は終わりとばかりに仕事モードに切り替わり。
「じゃあ会議に行こうか」
「はい」
副社長室を出て営業部との会議に向かった。
*****
一ヶ月後。
引っ越しを終えて荷解きが落ち着いたのは一日だった後だった。
隼輔は慣れない新居にきょろきょろと落ち着かない様子だったものの、荷解きの合間に近所にある大きな公園に向かうととても喜んで遊んでいた。
家までの帰り道にあるたい焼き屋さんに寄って私と隼也が買ったたい焼きの生地の部分だけ食べさせると、美味しそうに顔を綻ばせてもっともっと!と要求してきたのが可愛い。
お散歩しつつ家にたどり着いた頃にはすっかり慣れたのか楽しそうに笑っていた。
少し託児所と会社からは遠くなってしまったけれど、今までが近すぎたため許容範囲内だ。
むしろ駅近で周りに何でも揃っているためこっちの方が暮らしやすそう。
何よりもこれからはずっと隼也と一緒にいられるのかと思うと、三年前の私には考えられないほどの幸せに何故か挙動不審になってしまう。
「どうした?」
ダイニングに夕食を並べていると隼也が首を傾げる。
「……いやぁ、なんか未だに隼也と一緒に暮らす実感が湧かなくて」
頭を掻くとわかるわかる、と何度か頷く。
「ハハッ、確かに俺もそうだわ。メシ食ったらまた来週までさよならかー……とか無意識に考えちまう」
もうさよならしなくていいんだよな。しみじみとした呟きにそっと頷くと、隼也はテレビに夢中な隼輔を抱っこしてダイニングに設置した隼輔用の椅子に座らせた。
「おててぱっちん、いただきまーす!」
「いただきまーす」
「どうぞ」
上手に両手を合わせた隼輔はキッズプレートで出した夕食に目をキラキラさせて食べ進める。
その様子を笑いながら見つめつつ、私たちも箸を動かす。
「おいしー!まま、ありあとー!」
「どういたしまして。いっぱい食べてね!」
「うん!ぱぱも!」
「あぁ。いっぱい食べような」
今にもこぼしそうな危ういバランスで隼也におかずを分けてあげようとしたり、好きなおかずばっかり食べてまた隼也にブロッコリーを食べるように諭されたり。
二人から三人になった食卓はとても賑やかで楽しい。
「舞花、ちょっとこっち」
「ん?どうしたの?」
「ちょっとここ座って」
寝る前に隼也にソファに座らされて、首を傾げる。
「……これ。今更かもだけど、渡したくて」
「……こ、れって……」
差し出された小さなスエード生地の箱。
誰もが一度は聞いたことがある、高級ジュエリーブランドのロゴ。
隼也がその蓋をゆっくりと開くと、キラキラと輝くダイヤモンドが。
「……隼也……これ……」
「……遅くなってごめん。たくさん不安にさせて泣かせてごめん。舞花一人に全部背負わせてごめん。
でも、隼輔を産んでくれてありがとう。ずっと俺を好きでいてくれてありがとう。こんな不甲斐無い俺を選んでくれてありがとう。……これからは俺が舞花と隼輔を守りたい。舞花が抱えてるもの、俺にも半分背負わせてほしい。……俺と、結婚してください」
改まったプロポーズ。どんな顔をしてプロポーズしてくれているのか、その表情を見たいのに。私の目からは大粒の涙が絶え間なく溢れ出てしまいよく見えない。
それがもったいなくて拭うのに、嬉しすぎて涙が止まらない。
全身から、大好きが溢れてくる。
「はいっ……よろしくお願いしますっ……」
両手で顔を抑えながら震える声で返事をすると、安心したように一つ息を吐いて。
私の左手をそっと掴んで、ほんの少し引いて。
薬指に、指輪を嵌めてくれる。
「結婚指輪は、一緒に選びに行こうな」
「うんっ……うんっ」
きらきらと輝くダイヤモンドを見つめていると、隼也が私の身体を引き寄せる。
ふわりと抱きしめられた腕の中で、嬉し涙を流す。
隼也は何も言わずに、ただ力強くぎゅっと抱きしめてくれて。それが何よりも心地良くて、心の底から安心する。
そろそろ寝ようか、と涙を拭いて立ち上がり、寝室で寝ている隼輔を間に挟むように寝転がる。
そのふわふわの頬を私が撫でて、ふわふわの髪の毛を隼也が撫でて。
触りすぎてしまって隼輔が唸りながら身を捩る。
それにクスクスと小さく笑いながら二人で顔を見合わせた。
「舞花」
「ん?」
「舞花も隼輔も、愛してる。必ず幸せにするから」
甘い笑顔と共に降り注ぐキスに、そっと身を委ねた。
63
あなたにおすすめの小説
Catch hold of your Love
天野斜己
恋愛
入社してからずっと片思いしていた男性(ひと)には、彼にお似合いの婚約者がいらっしゃる。あたしもそろそろ不毛な片思いから卒業して、親戚のオバサマの勧めるお見合いなんぞしてみようかな、うん、そうしよう。
決心して、お見合いに臨もうとしていた矢先。
当の上司から、よりにもよって職場で押し倒された。
なぜだ!?
あの美しいオジョーサマは、どーするの!?
※2016年01月08日 完結済。
同期の姫は、あなどれない
青砥アヲ
恋愛
社会人4年目を迎えたゆきのは、忙しいながらも充実した日々を送っていたが、遠距離恋愛中の彼氏とはすれ違いが続いていた。
ある日、電話での大喧嘩を機に一方的に連絡を拒否され、音信不通となってしまう。
落ち込むゆきのにアプローチしてきたのは『同期の姫』だった。
「…姫って、付き合ったら意彼女に尽くすタイプ?」
「さぁ、、試してみる?」
クールで他人に興味がないと思っていた同期からの、思いがけないアプローチ。動揺を隠せないゆきのは、今まで知らなかった一面に翻弄されていくことにーーー
【登場人物】
早瀬ゆきの(はやせゆきの)・・・R&Sソリューションズ開発部第三課 所属 25歳
姫元樹(ひめもといつき)・・・R&Sソリューションズ開発部第一課 所属 25歳
◆表紙画像は簡単表紙メーカー様で作成しています。
◆他にエブリスタ様にも掲載してます。
苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」
母に紹介され、なにかの間違いだと思った。
だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。
それだけでもかなりな不安案件なのに。
私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。
「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」
なーんて義父になる人が言い出して。
結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。
前途多難な同居生活。
相変わらず専務はなに考えているかわからない。
……かと思えば。
「兄妹ならするだろ、これくらい」
当たり前のように落とされる、額へのキス。
いったい、どうなってんのー!?
三ツ森涼夏
24歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務
背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。
小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。
たまにその頑張りが空回りすることも?
恋愛、苦手というより、嫌い。
淋しい、をちゃんと言えずにきた人。
×
八雲仁
30歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』専務
背が高く、眼鏡のイケメン。
ただし、いつも無表情。
集中すると周りが見えなくなる。
そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。
小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。
ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!?
*****
千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』
*****
表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる