とろけてまざる

ゆなな

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3章

3話

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『来週日曜日、地元のロイヤルパシフィックホテルのロビーに夕方6時よ。わかったわね?』

先週母親から久しぶりにかかってきた電話で見合いをするよう命じられた。
医師という立場を利用してユキの発情期を調べた両親に仕組まれたアルファとのそれはもうすぐそこまで迫っていた。
見合いといっても男女間の見合いと違い、アルファとオメガの見合いはオメガの発情期に合わせてセックスをした上で番になれる相性の相手かどうか見極めるものでもある。

幼い頃からアルファである兄たちは立派な医師になり、家を継ぐように、オメガであるユキはいつか実家が経営する病院を大きくできるような相手と番うようにと言われて育った。
取り分け兄たちの勉強には熱心だった両親だがユキに対してはオメガにかける金はないと殆ど教育費をかけられることなく、育てられた。
母までアルファであったため、ユキ以外は家中アルファの家系であった。ユキは家族の中でオメガというだけで馬鹿にされ軽んじられた。
帝大医学部は到底無理だと踏んだ両親がそこならば大学に行かせてやると気まぐれに言ったので当に死に物狂いで勉強した。しかし、合格した後も両親が変わることはなくユキを失望させたが医師になりたいという気持ちだけがユキを前に進ませ今に至っていた。

計算高い両親に永瀬のことがバレたくない。
これだけの医師だ。なんとかして囲い込もうと必死になるだろう。
クールに見えて、ユキにはとても優しかった。いや、優しいなんて言葉で表現出来なかった。
ユキの寂しい心をまるごと包んで守ってもらう心地よさを教えてもらった。

愛なんて知らなかったけれど………
優しく触れる指も、くちびるも……ときに激情に駆られたようにユキを抱く情熱も……
何故彼ほどの医師が自分なんかを愛してくれたのかわからないが、とにかく言葉がなくとも愛されているのをユキは知っていた。

あの自分の信念に真っ直ぐな尊敬すべき医師を、愚かな家族の金欲に塗れた病院に巻き込みたくなかった。

(少し前までは、それでも僕は親に必要とされたくて、あの病院で働きたかったけれど……)

ユキは静かに自室の荷物を纏めた。
当面必要なもの以外は処分してもらおう……

ユキは丁寧に感謝と別れの手紙を書いて置いてきた。

見合い相手を断りここに戻ってきては永瀬を巻き込んでしまうだろう。
親の病院で働くことを断られたらどこか、遠い………親も永瀬も知らないところに行かなくてはならなかった。
いくつか目星は付けて根回しも始めている。


さよなら…………永瀬先生……………




「奈美、こんなこと頼んで申し訳ないけれど……もう病院にも出勤できないから、これ明日辺り部長に出しておいて……あと、引き継ぎも全部作ってあるけれど挨拶もしない非礼を詫びていたと伝えて……」

駅の裏にあるひっそりと寂れた喫茶店。
小さなボストンバッグ一つで家を出てきたユキは親友である看護師の奈美にそっと辞表と数枚の書類を託した。

「ねえ、ユキ……永瀬先生のこと、好きなんでしょう?きっとあの先生ならユキの実家からだってユキを守ってくれるよ?考え直しなよ……」

年下なのに、姉のような友人は何度も繰り返した言葉をもう一度口にした。

すっかり冷めきった二人分のコーヒーをぼんやりと眺めながらユキは優しい友人に首を静かに横に振った。

「僕の両親は……永瀬先生の存在を知ったらきっと先生を利用する。先生のあの技術を奈美も知ってるだろう?あれはこれからも多くの人の命を救うものなんだ。僕のためなんかに奪ったりなんて、したらいけない」

「でも、先生だってユキのことが好きよ?そんなの見てればわかるよ。仕事終わりが一緒の日は先生の車で一緒に帰ってるんでしょう?ユキが遅くなるといつもこっちの医局にまでそっと様子を見に来てるのよ……ユキの様子を遠くから見てどんなに優しい顔してるか……」

うん……始まりは強引だったけれど、確かに愛されていたことはわかってるよ。

鼻の奥がツン、として涙が出そうになったので言葉に出来ずに俯いた。

僕のこと、愛してくれた人を僕だって守りたいんだ。

「永瀬先生なら、きっとすぐに僕よりずっといい誰かを見つけられるよ」

あのねぇ!とそんなユキの様子を見ていた奈美は怒ったように言う。

「ユキみたいな子、そうそう居ないわよ。永瀬先生があんなに好条件が揃ってる完璧なアルファなのに30代も半ばで独身なのは先生の好みがうるさいからに決まってるじゃない。ユキが居てあげなかったら、きっとあの人ずっと一人よ」

そんな奈美に

「ありがとう」

と言って何もかも諦めたような顔で微笑むから、奈美はもうそれ以上何も言えなくなった。
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