とろけてまざる

ゆなな

文字の大きさ
31 / 46
5章

3話

しおりを挟む
「検査の結果はとても良かったよ。頑張ったね」
 幼い子供に向けてユキが言うと親子はとてもほっとしたような表情を浮かべた。
「お薬も種類が減るので少し楽になるかと思います。二週間分お出しするので二週間後にまた受診してください。もちろん何かありましたら、すぐに来てくださいね。それじゃ次回の予約をして今日は終わりです」
 ユキがにっこり笑って言うと親子も安心したように笑った。
「先生今は週二回しか外来いらっしゃらないんですよね?娘がユキ先生じゃないと嫌だって言うので……」
「嬉しいな。じゃあ23日の木曜はいかがですか?」
「それでお願いします」
「はい。じゃあ23日10時からになりますね。それじゃあ、まゆちゃん、それまでお薬頑張ろうね」
うん、と笑って患者は診察室から出て行った。

「今ので最後の方ですね」
 患者が出た後にベテランの看護師が入ってくる。
「え?もうそんな時間?」
ユキが時計を確認すると1時を回ったところだった。
「ユキ先生、お昼に出られます?」
「今日は3時には帰りたいから昼休みは取らずにこの後病棟の手伝いに行くつもりだよ」
「ちゃんとお昼食べなくて大丈夫?先生まだ授乳中でしょう?」
「ありがとう。でも合間に軽くお腹に入れておくから平気だよ。あ、山田さんお勧めのお鍋って何かある?」
 そういえば料理が得意と言っていたことを思い出して尋ねてみる。
「お鍋ですか?」
「うん。最近週一回くらいでやっててね。しゃぶしゃぶ、水炊き、すき焼き、豆乳鍋とか寄せ鍋……定番ばかりでさ」
 そう言ったユキに、あ、と看護師は言うと
「牡蠣の土手鍋はどうでしょう?牡蠣がお嫌いでなければ」
 そう言えば寄せ鍋に牡蠣を入れたとき嬉しそうに食べていた永瀬を思い出す。
「いいかもしれない。牡蠣の土手鍋ってお味噌で作るやつだよね?ポイントあったら教えて」
 ユキが手元のメモ用紙を引き寄せて尋ねる。
「信州味噌がベースなんですけどね、赤味噌を少し入れて、おろし生姜を忘れないで。あとお砂糖とみりんで甘味はお好みで調節しながらだといいですよ」
「美味しそう……お腹すいてきちゃったよ」
とユキが笑う。すると傍で聞いていた他の看護師も笑いながら
「もしかして永瀬先生、お鍋好きなんですか?なんか意外!」
「え?そうかな?」
 これまで一人のときはそんなに食べなかったらしいが、ユキと暮らすようになってから二人で突っつきながら晩酌を楽しむ鍋に永瀬はすっかり嵌まってしまった。そう言えば火燵まで買って鍋を楽しむ姿に家政婦の佳代は目を点にしたあと大爆笑していたのを思い出す。
「そうですよ、永瀬先生ってワインとフレンチとかってイメージ?」
「ウイスキー飲んで食事とかあんまりしなさそうって意見もあるよね」
 なんて看護師達が笑っていうのでユキも笑ってしまう。
「お鍋突っつきながらビールが好きみたいだよ」
「うそー?!」
「信じられない!!」
 
 みんなで大きな声で笑っていると、そこへ年若い看護師が診察室に現れた。
「ユキ先生、綾川さんという方からユキ先生宛てにお電話です」
 名前を聞いて、どくり、と心臓が波打った。一瞬曇ったユキの顔を見て
「あの、心当たりない方でしたらお断りしましょうか?」
 この春から小児科に配属になったばかりのこの看護師はどうやらユキの旧姓が綾川だとは知らないらしい。
「あ、いや……大丈夫だよ。電話回して下さい」
 ユキが言うと看護師達は電話の邪魔にならないようにそっと診察室を出た。
 そして、それからややしてから、プルル…プルル……診察室の机にある電話が鳴って……
「お電話代わりました……」
「ユキ……?」

 電話の向こうから、あの居丈高な母らしくない少し疲れた声が聞こえた。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

ヤンキーΩに愛の巣を用意した結果

SF
BL
アルファの高校生・雪政にはかわいいかわいい幼馴染がいる。オメガにして学校一のヤンキー・春太郎だ。雪政は猛アタックするもそっけなく対応される。  そこで雪政がひらめいたのは 「めちゃくちゃ居心地のいい巣を作れば俺のとこに居てくれるんじゃない?!」  アルファである雪政が巣作りの為に奮闘するが果たして……⁈  ちゃらんぽらん風紀委員長アルファ×パワー系ヤンキーオメガのハッピーなラブコメ! ※猫宮乾様主催 ●●バースアンソロジー寄稿作品です。

断られるのが確定してるのに、ずっと好きだった相手と見合いすることになったΩの話。

叶崎みお
BL
ΩらしくないΩは、Ωが苦手なハイスペックαに恋をした。初めて恋をした相手と見合いをすることになり浮かれるΩだったが、αは見合いを断りたい様子で──。 オメガバース設定の話ですが、作中ではヒートしてません。両片想いのハピエンです。 他サイト様にも投稿しております。

学内一のイケメンアルファとグループワークで一緒になったら溺愛されて嫁認定されました

こたま
BL
大学生の大野夏樹(なつき)は無自覚可愛い系オメガである。最近流行りのアクティブラーニング型講義でランダムに組まされたグループワーク。学内一のイケメンで優良物件と有名なアルファの金沢颯介(そうすけ)と一緒のグループになったら…。アルファ×オメガの溺愛BLです。

親友が虎視眈々と僕を囲い込む準備をしていた

こたま
BL
西井朔空(さく)は24歳。IT企業で社会人生活を送っていた。朔空には、高校時代の親友で今も交流のある鹿島絢斗(あやと)がいる。大学時代に起業して財を成したイケメンである。賃貸マンションの配管故障のため部屋が水浸しになり使えなくなった日、絢斗に助けを求めると…美形×平凡と思っている美人の社会人ハッピーエンドBLです。

平凡な僕が優しい彼氏と別れる方法

あと
BL
「よし!別れよう!」 元遊び人の現爽やか風受けには激重執着男×ちょっとネガティブな鈍感天然アホの子 昔チャラかった癖に手を出してくれない攻めに憤った受けが、もしかしたら他に好きな人がいる!?と思い込み、別れようとする……?みたいな話です。 攻めの女性関係匂わせや攻めフェラがあり、苦手な人はブラウザバックで。    ……これはメンヘラなのではないか?という説もあります。 pixivでも投稿しています。 攻め:九條隼人 受け:田辺光希 友人:石川優希 ひよったら消します。 誤字脱字はサイレント修正します。 また、内容もサイレント修正する時もあります。 定期的にタグ整理します。ご了承ください。 批判・中傷コメントはお控えください。 見つけ次第削除いたします。

世界一大好きな番との幸せな日常(と思っているのは)

かんだ
BL
現代物、オメガバース。とある理由から専業主夫だったΩだけど、いつまでも番のαに頼り切りはダメだと働くことを決めたが……。 ド腹黒い攻めαと何も知らず幸せな檻の中にいるΩの話。

巣作りΩと優しいα

伊達きよ
BL
αとΩの結婚が国によって推奨されている時代。Ωの進は自分の夢を叶えるために、流行りの「愛なしお見合い結婚」をする事にした。相手は、穏やかで優しい杵崎というαの男。好きになるつもりなんてなかったのに、気が付けば杵崎に惹かれていた進。しかし「愛なし結婚」ゆえにその気持ちを伝えられない。 そんなある日、Ωの本能行為である「巣作り」を杵崎に見られてしまい……

番を囲って逃さない

ネコフク
BL
高校入学前に見つけた番になるΩ。もうこれは囲うしかない!根回しをしはじめましてで理性?何ソレ?即襲ってINしても仕方ないよね?大丈夫、次のヒートで項噛むから。 『番に囲われ逃げられない』の攻めである颯人が受けである奏を見つけ番にするまでのお話。ヤベェα爆誕話。オメガバース。 この話だけでも読めるようになっていますが先に『番に囲われ逃げられない』を読んで頂いた方が楽しめるかな、と思います。

処理中です...