神様は身バレに気づかない!

みわ

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第一章

2-4

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 シオンが目を覚ましてから、半年ほどが経った。

 神力が暴走し、空間を歪ませたり人を吹き飛ばしたりしていたあの頃のような異変は、今では起こらなくなっていた。

 だが、平穏が訪れたわけではない。

 それどころか、今度はまったく別の問題が、静かに、そして確実に彼を蝕み始めていた。

 

「……また、熱か?」

 医務室の寝台に横たわるシオンを見下ろしながら、クローヴィスが眉をひそめた。

 額には冷えた布が置かれ、頬はうっすらと紅潮している。息は少し荒く、白い寝間着の胸元が小さく上下していた。

 「はい……三日前にも、同じような発熱がございました。頭痛と、軽いめまいもあったようで……」

 控えめに告げる医師に、公爵は視線を落とす。

 「……力の暴走は、もう見られないのだな?」

 「はい。室内の力の流れも安定しております。ただ……」

 医師は言葉を選ぶようにしてから、静かに続けた。

 「問題は、力の“抑制”のようです。彼の体内に蓄積される力は、おそらく常人の許容量を遥かに超えております。にもかかわらず、無理にそれを内側に押し込めているような……」

 「……つまり、自分で自分の身体を壊しているということか」

 「……恐れながら、そういうことになります」

 

 その夜、クローヴィスは一人、シオンの部屋を訪れた。

 シオンはまだ少し熱があるようだったが、目は冴えていた。

 寝台に腰掛ける父に、シオンは静かに視線を向けた。

 

 「……言わぬのだな」

 「……なにをじゃ」

 「無理をしていることを、だ」

 クローヴィスの声に、シオンはそっとまぶたを伏せた。

 子供のはずのその表情に、年齢にそぐわぬ影が差している。

 「我の力は、もとより“あふれる”もの……。制さねば、誰かを傷つけるやもしれぬ。ならば、我が身に納めるほかあるまい」

 「そうして、お前の身体が壊れたらどうする?」

 「……」

 「シオン。屋敷の者たちは強い。多少のことでは倒れん。物が壊れたとしても、また作ればよい」
 「だが、お前の身体は、代えがたい」

 そう言ったクローヴィスの声音は、静かで、どこまでも真剣だった。

 「……大切にしなさい。これは命令ではない。父としての願いだ」

 しばしの沈黙の後、シオンは目を閉じ、布団を引き寄せながらぽつりと呟いた。

 「……心得た」

 

 そして、その翌日からである。

 クローヴィスの胃に重たい痛みが走る日々が、はじまったのは。

 

 

 「……で、これは何だ?」

 数日後、屋敷の温室に呼び出されたクローヴィスは、目の前に広がる奇妙な光景を前に、額を押さえた。

 見渡すかぎりの花々が、淡い水色に発光していたのだ。

 しかもそれは、ただの光ではなかった。神聖で、けれど強すぎて、肌が焼けるような気配すら帯びている。

 「……シオン。これは……」

 「余の力を、いくらか咲きし花に宿したまで」

 温室の片隅に立つ小さな姿は、至ってのんびりとした表情をしていた。
 手には小さな水差し。靴には少し泥がついている。

 「我が身にて抱えきれぬ力を、別のものに移せばよかろうと、そう思うた。花は、よう受け入れてくれた」

 「……他意は、ないのだな?」

 「うむ?」

 シオンは小首を傾げた。

 発光する花々の効能など、露ほども気にしていない様子だった。

 

 だが、その場にいた魔導士が花に手を近づけた瞬間――

 「んぐっ……っ!」

 バタン。

 彼はそのまま白目を剥いて倒れた。

 「……またか」

 頭を押さえる公爵。近くにいた侍女が慌てて駆け寄る。

 やがて、意識を取り戻した魔導士が青い顔で口を開いた。

 「……あれは……あの花々は……病も、呪いも、魔障も……あらゆる穢れを拒絶し……無に還す……」

 「無に、とは……」

 「“それ”を纏う者は、死すら遠ざけられるでしょう……戦場であれば、兵を百倍に変える力となる……!」

 その瞬間、クローヴィスの背筋に冷たいものが走った。

 「摘み取れ。すぐにだ」

 「はっ、ですが……!」

 庭師たちが花を摘み取る。だが――翌日、摘んだ場所には新たな同じ花が咲いていた。

 「……咲いとるな」
 「うむ。根より力を与えたゆえ、止まるまい」

 当然のように言うシオンに、クローヴィスは思わず目頭を押さえた。

 (ああ……また胃にくる……)

 

 こうして温室は公爵家関係者以外立入禁止となり、秘密裏に管理されることになった。

 だが――

 「……ならば、力を移す先を変えればよかろう」

 次にシオンが目を付けたのは、水だった。

 

 風呂場の湯が、うっすらと光り始めたのは数日後。
 さらに、調理場の水差しが、ぼんやりと青く輝いていた。

 「……なにか……浄化されてるような気がします、これ……」
 「いや、あれ……鍋の中、発光してません!?」

 悲鳴をあげる使用人たちの声を聞いたクローヴィスは、ゆっくりと壁に額を打ちつけた。

 (頼む、シオン……やめてくれ……)

 

 案の定、魔導士が再度呼び出された。

 そして案の定、鍋に手をかざして、また泡を吹いて倒れた。

 「……ま、またか……」

 

 目を覚ました魔導士は、口の端を震わせながら言った。

 「これは……聖水などではない……それよりも……遥かに……っ」

 「……聖水よりも?」

 「これは……これは神格そのものを宿す、“神核の欠片”です……! 命を清め、魂を撫で、存在を変える水……!」

 「シオンよ…、違う……そうじゃない……」
 クローヴィスは天を仰いだ。

 

 だが、結果として――シオンの体調は、これ以降安定した。

 

 魔導士と協議の末、調理場への干渉は止めさせ、一番外部に漏れにくい“風呂の湯”だけに限定することで、なんとか妥協点を見出した。

 

 それからというもの、フォルシェンド家の家族は驚くほど健康になった。

 「最近、髪に艶が戻ってきた気がするの」
 「湯に浸かるだけで疲れが抜けるって、すごくない?」
 「弟の体調が安定してるのは、本当に嬉しいよ!」

 シオンはとても満足げに微笑んでいた。

 「皆、よう元気で、嬉しいのう」

 

 そして――今日もまた、公爵家当主は、頭を抱えていた。

 「……あの、クローヴィス様」
 執務室に控えていた家令が、そっと耳打ちする。
 「屋敷内の女中の間で、“夜な夜な湯が光るのは、神様の加護を受けた奇跡の泉なのではないか”という噂が流れております……」

 「……誰が言い出した」

 「皆、“なんとなく”と……」

 「なんとなくで神聖な泉が生まれてたまるか……っ!!」

 がんがんと痛むこめかみを押さえながら、彼は今日もまた、胃薬に手を伸ばしたのだった。

 

 ――非常識は、常識の皮をかぶって歩いてくる。

 そしてそれは、誰よりも小さな神様の足音で近づいてくるのだった。

 
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