神様は身バレに気づかない!

みわ

文字の大きさ
9 / 34
第一章

2-5

しおりを挟む

 フォルシェンド公爵家の屋敷は、高く厚い石塀に囲まれていた。
 その内側に住まう少年――シオン・フォルシェンド。8歳。彼は、この塀の外に出たことがない。

 それは単に病弱だったからではない。
 否――もっと深く、もっと切実な理由があった。

 彼の存在は、あまりにも異質だった。
 神のごとき輝きをまとうその瞳。全身から溢れる神秘。
 たとえ本人に自覚がなくとも、彼を見た者は直感する――この子は、違う、と。

 家族も使用人たちも、それを理解していた。
 彼を、世に晒してはならないと。
 外に出せば、必ず争いが起こる。
 傷つけようとする者が現れるかもしれない。
 そして何より――この子自身が、世界の悪意に触れて傷つくのを、見たくなかった。

 だからこそ、彼を外に出すという選択肢は、誰の中にもなかった。

 だが――

「……ごめんね、シオン」
 夜、寝顔を見守るオリヴィアが、ぽつりと呟く。

 「本当に、これがあの子のためになるのか……」
 クローヴィスの手には、未開封の外出許可願い。いつかの使用人が提案したものだった。

 「でも……外に出すわけにはいかない」
 グラーヴェは唇を噛む。シオンを傷つける世界があるかもしれないことが、何よりも怖かった。

 「これが、あの子を守るためだ……」
 公爵家の者たちは、皆そう言い聞かせていた。

 「……本当に、ごめんなさい」

 愛しているからこそ――
 信じているからこそ――
 それでも、閉じ込めてしまった。
 守るために、幽閉した。

 その事実に、家族は今も胸を痛めている。
 愛情と罪悪感の狭間で揺れながら、今日も塀の内からシオンを見つめていた。



 そんな彼は今――

 中庭の片隅、塀の近くで、ぽつんと立っていた。
 塀の上を越えて、蝶がひらりと舞い降りる。少しのあいだ彼の周囲を漂ったかと思えば、すぐに塀の外へと戻っていく。

 少年は、それを目で追いながら、ぽつりと呟いた。

 「……あやつら、よう飛ぶのう……」

 けれどその声に、物悲しさは一切なかった。
 羨望も、戸惑いも、疑問すらも。
 ただ、少しばかり不思議そうに首を傾げた、それだけ。

 そして次の瞬間――

 「ほわぁ……っ、う、うまっ……! 本日の菓子、殊更にうまし!!」

 満面の笑みでクッキーを頬張った。

 彼は幽閉されていることに、まるで気付いていない。
 外に出られないことを、不満に思うことすらない。

 ――かつて、神であった彼は、地に縛られる日々を過ごしていた。
 特定の土地に留まり、人の祈りを受け、変わらぬ景色を見守る毎日。
 ゆえに“出られぬこと”は、むしろ馴染みのある感覚だったのだ。

 それよりも彼にとっては――

 「この世にては、日々このような甘味が食せるのか……まこと、現世とは素晴らしき所よのう……!」

 クッキーの味が何よりも衝撃だった。





 そんなシオンに、最近できた“お気に入り”があった。
 それは――馬の世話。

 公爵家の厩舎には、良馬が何頭もいる。
 だが、彼らは皆、シオンが近づくだけでブルブルと震え、目を白黒させる。
 それもそのはず。彼は神なのだ。本能で理解してしまう。

 だが、当の本人は――

 「……寒いのかえ? 毛が足らぬかのう?」

 と、真顔で心配していた。

 「よいしょ、よいしょ……じっとしておれ。今、たてがみに櫛をいれてやるさかい」

 立髪を丁寧に梳きながら、にこやかに声をかけるシオン。
 動物好きな彼にとっては、愛しい時間。
 ただ、馬たちにとっては、ある意味、試練である。

 使用人や騎士たちは毎回、焦りに焦っていた。

 「し、シオン様……っ! 馬の世話など……!」

 貴族が、しかも公爵家の嫡子が、厩舎に入り馬の世話をするなどあり得ない。
 だが、シオンの微笑みに、誰も止めることができなかった。



 そして――当初、最も騒然となったのは、あの馬である。

 公爵の愛馬・シード。

 誇り高く、荒々しい気性を持ち、
 公爵クローヴィス以外の者に背を許したことはない。

 その馬が――

 「おぬしは、ようおるのう。誇りをたずさえながらも、道を誤らぬ心を持っておる」

 シオンの前で、静かに跪くように頭を垂れたのだ。

 瞳はどこまでも穏やかに潤み、視線を下に落とし、
 櫛を持ったシオンが届きやすいよう、首の位置を自ら調整する。

 さらに、周囲の馬たちがビビり散らして腰を抜かしていると――

 「ヒヒィィン!!」

 シードが鋭く鳴いた。
 威嚇ではない。それは叱責であった。

 震える仲間たちに向けて、
 「シオンの前にて座れ!」とでも言うかのごとく、指導を始めたのだ。

 結果――

 黒髪の少年の前に、馬たちが綺麗に並び、座り込むという異常事態が発生した。

 「……シードが、シオン様に……!? そ、そんな馬鹿な……」

 目を見開く騎士たちの前で、
 シオンは、また今日も言うのだ。

 「よきこっちゃ。さすれば毛並みも整いやすいのう」



 屋敷の中では、
 今日もまた、シオンの存在に恐れ、愛し、悩む者たちがいた。

 だが、彼自身は――

 「クッキー、うま……っ!!」

 全てを知らず、今日もまた、平穏と笑顔の中にいた。

 ――シオンは、今日も気付かない。


しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】父を探して異世界転生したら男なのに歌姫になってしまったっぽい

御堂あゆこ
BL
超人気芸能人として活躍していた男主人公が、痴情のもつれで、女性に刺され、死んでしまう。 生前の行いから、地獄行き確定と思われたが、閻魔様の気まぐれで、異世界転生することになる。 地獄行き回避の条件は、同じ世界に転生した父親を探し出し、罪を償うことだった。 転生した主人公は、仲間の助けを得ながら、父を探して旅をし、成長していく。 ※含まれる要素 異世界転生、男主人公、ファンタジー、ブロマンス、BL的な表現、恋愛 ※小説家になろうに重複投稿しています

異世界転生して約2年目だけど、モテない人生に飽き飽きなのでもう魔術の勉強に勤しみます!〜男たらし主人公はイケメンに溺愛される〜

他人の友達
BL
※ ファンタジー(異世界転生)×BL __俺は気付いてしまった…異世界に転生して2年も経っているのに、全くモテないという事に… 主人公の寺本 琥珀は全くモテない異世界人生に飽き飽きしていた。 そしてひとつの考えがその飽き飽きとした気持ちを一気に消し飛ばした。 《何かの勉強したら、『モテる』とか考えない様になるんじゃね?》 そして異世界の勉強といったら…と選んだ勉強は『魔術』。だが勉強するといっても何をすればいいのかも分からない琥珀はとりあえず魔術の参考書を買うことにするが… お金がもう無かった。前までは転生した時に小さな巾着に入っていた銀貨を使っていたが、2年も銀貨を使うと流石に1、2枚あるか無いか位になってしまった。 そうして色々な仕事を探した時に見つけた仕事は本屋でのバイト。 その本屋の店長は金髪の超イケメン!琥珀にも優しく接してくれ、琥珀も店長に明るく接していたが、ある日、琥珀は店長の秘密を知ることになり…

劣等アルファは最強王子から逃げられない

BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。 ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。

流行りの悪役転生したけど、推しを甘やかして育てすぎた。

時々雨
BL
前世好きだったBL小説に流行りの悪役令息に転生した腐男子。今世、ルアネが周りの人間から好意を向けられて、僕は生で殿下とヒロインちゃん(男)のイチャイチャを見たいだけなのにどうしてこうなった!? ※表紙のイラストはたかだ。様 ※エブリスタ、pixivにも掲載してます ◆4月19日18時から、この話のスピンオフ、兄達の話「偏屈な幼馴染み第二王子の愛が重すぎる!」を1話ずつ公開予定です。そちらも気になったら覗いてみてください。 ◆2部は色々落ち着いたら…書くと思います

王子に彼女を奪われましたが、俺は異世界で竜人に愛されるみたいです?

キノア9g
BL
高校生カップル、突然の異世界召喚――…でも待っていたのは、まさかの「おまけ」扱い!? 平凡な高校生・日当悠真は、人生初の彼女・美咲とともに、ある日いきなり異世界へと召喚される。 しかし「聖女」として歓迎されたのは美咲だけで、悠真はただの「付属品」扱い。あっさりと王宮を追い出されてしまう。 「君、私のコレクションにならないかい?」 そんな声をかけてきたのは、妙にキザで掴みどころのない男――竜人・セレスティンだった。 勢いに巻き込まれるまま、悠真は彼に連れられ、竜人の国へと旅立つことになる。 「コレクション」。その奇妙な言葉の裏にあったのは、セレスティンの不器用で、けれどまっすぐな想い。 触れるたび、悠真の中で何かが静かに、確かに変わり始めていく。 裏切られ、置き去りにされた少年が、異世界で見つける――本当の居場所と、愛のかたち。

拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件

碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。 状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。 「これ…俺、なのか?」 何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。 《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》 ──────────── ~お知らせ~ ※第3話を少し修正しました。 ※第5話を少し修正しました。 ※第6話を少し修正しました。 ※第11話を少し修正しました。 ※第19話を少し修正しました。 ※第22話を少し修正しました。 ※第24話を少し修正しました。 ※第25話を少し修正しました。 ※第26話を少し修正しました。 ※第31話を少し修正しました。 ※第32話を少し修正しました。 ──────────── ※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!! ※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。

第2王子は断罪役を放棄します!

木月月
BL
ある日前世の記憶が蘇った主人公。 前世で読んだ、悪役令嬢が主人公の、冤罪断罪からの巻き返し痛快ライフ漫画(アニメ化もされた)。 それの冒頭で主人公の悪役令嬢を断罪する第2王子、それが俺。内容はよくある設定で貴族の子供が通う学園の卒業式後のパーティーにて悪役令嬢を断罪して追放した第2王子と男爵令嬢は身勝手な行いで身分剥奪ののち追放、そのあとは物語に一切現れない、と言うキャラ。 記憶が蘇った今は、物語の主人公の令嬢をはじめ、自分の臣下や婚約者を選定するためのお茶会が始まる前日!5歳児万歳!まだ何も起こらない!フラグはバキバキに折りまくって折りまくって!なんなら5つ上の兄王子の臣下とかも!面倒いから!王弟として大公になるのはいい!だがしかし自由になる! ここは剣と魔法となんならダンジョンもあって冒険者にもなれる! スローライフもいい!なんでも選べる!だから俺は!物語の第2王子の役割を放棄します! この話は小説家になろうにも投稿しています。

BLゲームの世界でモブになったが、主人公とキャラのイベントがおきないバグに見舞われている

青緑三月
BL
主人公は、BLが好きな腐男子 ただ自分は、関わらずに見ているのが好きなだけ そんな主人公が、BLゲームの世界で モブになり主人公とキャラのイベントが起こるのを 楽しみにしていた。 だが攻略キャラはいるのに、かんじんの主人公があらわれない…… そんな中、主人公があらわれるのを、まちながら日々を送っているはなし BL要素は、軽めです。

処理中です...