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第一章
3-2
しおりを挟む魔力検査は、順番に名が呼ばれ、子息たちはひとりずつ教会の奥へと案内されていった。荘厳な扉の奥、石造りの静かな空間の中で、検査は厳かに執り行われていた。
先に終えた子息たちは、再び集まってきた仲間と小声で囁き合っていた。
「中に入ったらね、すごく綺麗な石板があってさ……真っ赤な石がはまってた!」
「わかる、あれ、緊張するよな。でも触ったらすぐ終わったよ」
「結果は後で家に届くって、父上が言ってた」
そんな輪のそばで、シオンは瞳をきらめかせながらその様子を見ていた。
(ふむ……何やら皆、楽しそうではないか)
自身も早く試してみたいと、わくわくと胸を膨らませるシオン。一方で、様子を見守る家族たちは別の意味でそわそわとしていた。
「どうか、何事もなく済みますように……」と、オリヴィアは静かに祈り、グラーヴェは拳を握り締め、じっと弟を見つめる。そしてクローヴィスは、胃を押さえながら小さく呻いた。
「……もうダメだ。胃が……」
そんな中、ついに名前が呼ばれた。
「シオン・フォルシェンド様、こちらへ」
教会奥の石造りの小部屋。周囲を祈りの文様で飾られた壁が囲み、中央には重々しい台座。その上には、赤い魔石をはめ込んだ石板が据えられていた。
「どうぞ、魔石に触れてください」
神官の促しに、シオンは一歩前に出る。
石板には、魔石に触れた者の情報を読み取る力があり、その結果は石板に文字として映し出される。だが、その文字は、女神像アマネヒメに加護を授けられた光魔法の使い手――すなわち教会関係者のみが読み取れる。シオンもまた、例外ではない。
台座の前に立ち、シオンはじっと魔石を見つめた。
(触れればよいのだな)
そう心の中で呟いた後、ふと視線をあげて神官に確認する。
「……これに、ふれれば、よいの、ですか?」
その言葉には、どこか不自然さがあった。口慣れない言葉を探り探り発するような、どこか浮いた響き。だが神官はそれを気にも留めず、静かに頷いた。
シオンが魔石にそっと手を置いた、その瞬間――
「ピキィッ……!」
鋭い音が室内に響き渡った。魔石がひときわ強く光を放ち、台座全体が淡く揺らめいた。その光は、あたかも祝福と拒絶が交錯するような、不穏で神秘的な輝きだった。
神官たちは思わず一歩退いた。
石板に、いくつかの文字が浮かび上がった。
⸻
名前:シオン・フォルシェンド
属性:なし
魔力量:なし
測定不可
測定不可
⸻
次の瞬間、石板がまるで耐えかねたように、真っ二つに割れた。
「っ……!」
その異常事態に、神官たちは声を失った。魔石と石板が割れるなど、これまで一度たりともなかった。強い光、未知の記載内容、そして測定不可の文字。石板は絶対に嘘をつかない。つまり、そこにいたのは、測定すら許されぬ“何か”であった。
(あり得ない……測定できない存在? 本当に……?)
動揺を隠せぬまま、神官たちは唖然と立ち尽くしていた。
「……われて、しまったのう。劣化しておったのか?」
きょとんとした表情で呟くシオン。その無邪気な様子に、神官たちの背筋が凍る。
一歩前に出た枢機卿は、即座に表情を整え、微笑みを浮かべて言った。
「はい、どうやらそのようですね。怪我はございませんか?」
その声に、シオンはふと自分の手を見る。そしてゆっくりと首を横に振った。
「うむ、いたみは……ないのじゃ……。あ……ええと……いたみ、ありません。す、すみません、こわして……しまい、ましたか?」
拙く、しかし丁寧に。言葉を選びながら謝るその姿に、枢機卿は咄嗟に心を鎮めた。柔らかな口調で応じながら、背後の神官たちに鋭い目配せを送る。
「構いませんとも。お気になさらず。こちらで片付けますので、どうぞご家族のもとへお戻りください」
神官の一人が扉を開けると、シオンは小さく頷き、足取り軽く退室していった。
シオンの姿が消えたあと、枢機卿と教皇が奥の部屋へと入り、厳しく扉を閉めた。部屋の中は異様な沈黙に包まれていた。
「今の出来事、誰にも語ってはならぬ。彼に問うことも、詮索も、禁止とする。」
低く、枢機卿が命じた。
教皇は隣で深く頷く。誰よりも顔色を変えていたのは彼だった。額には汗がにじみ、手は震えていた。
――あの光。
――あの文字。
――あの割れるという現象。
そのすべてが、「人」ではない証。
「これは……もはや神の領域だ」
誰とも知れぬ神官が呟きかけたが、枢機卿はそれを眼差しだけで制した。
「ここにいた者すべて、口外すれば神罰と覚えよ。……異端ではない。だが、人ではない。」
部屋の空気は重く、底知れぬ“何か”の気配に満ちていた。人知の及ばぬ存在に触れてしまった、その余波が、じわじわと広がっていくようだった。
――その頃。
広間に戻ったシオンは、朗らかな笑顔を浮かべて家族のもとに駆け寄っていた。
「おわったぞ。よき体験であった」
満足気に報告するシオンを、家族は驚きと安堵の入り混じったまなざしで迎えた。クローヴィスは思わず息を吐き出し、椅子に崩れ落ちそうになりながらも微笑んだ。
その直後、神官たちが戻り、全員が集まったことを確認すると終わりの挨拶が行われた。
「本日の検査はこれにて終了となります。結果は後日、各ご家庭へ書面にてお届けいたします」
穏やかな口調で伝えられる言葉の裏に、ただならぬ緊張が混じっていたことに気づいた者は、どれほどいただろう。
こうして、表向きは滞りなく終わった魔力検査。しかしその陰で、誰にも知られてはならぬ“異変”が静かに記録され、封じられたのだった。
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