神様は身バレに気づかない!

みわ

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第一章

3-3

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数日後の午後、フォルシェンド公爵家の門前に、教会からの使者を乗せた黒馬の馬車が停まった。

格式張った深紅の法衣に身を包み、枢機卿がゆったりと降り立つ。彼の姿を認めた門番が慌てて飛び出し、急いで執事に取り次ぐと、邸内は一気に緊張の空気に包まれた。

クローヴィスは、応接室でその報せを聞いた瞬間、顔を引きつらせた。

「……まさか、枢機卿自らお越しになるとは」

魔力検査の結果を、直々に高位聖職者が届けに来ることなど通常はありえない。いかに公爵家とはいえ、たかが一子の検査結果に彼が動くとは――それは、あの場で“何か”が起こったことの何よりの証左だった。

「……お前……まさか、あの日の検査で何かあったのか?」

そう問い詰める父の視線に、シオンはきょとんと首を傾げた。

「なに、たいしたことはない。うむ、石板が……割れた、かの」

「――なにぃ?」

ずるり、と背もたれに凭れかけた公爵の表情が強張る。

「石板が割れた!? なぜそれを先に言わん!?」

「忘れておった。あれは劣化か何かであろう?」

シオンは悪びれる様子もなく、まるで「靴の底が剥がれた」程度の感覚でさらりと述べた。

その様子に、枢機卿は――震えていた。

彼の視線は、今もなおのんびりと菓子を頬張っているシオンに釘付けだった。つまみ上げられた金色のフィナンシェが、白磁の皿の上でまるで聖なる供物のように輝いて見える。

「うむ、これ、美味いぞ。そなたも食すか?」

金色の瞳を細めながら、シオンはひとつ菓子を摘んで、枢機卿にそっと差し出した。

「……っ……い、いえ、私は……」

震える手を必死に押さえながら、枢機卿は礼儀正しく断る。その額にはうっすらと冷や汗が浮かび、喉仏がゴクリと動く。

「よいよい、食してみよ。これは格別なのじゃ」

にこやかに笑ったかと思うと、次の瞬間――シオンは手にしたフィナンシェを、ドスッと枢機卿の口へ勢いよく押し込んだ。

「ぶっ……げほっ、ごほっ!」

突然の一撃(お菓子)に、枢機卿は思いきり咽せた。咳き込みながらも必死に飲み込み、口元を抑えて震える。

子供とは、時に容赦なき存在である。

「……さて、公爵殿」

咳が落ち着いた彼はシオンから目を離し、真剣な眼差しでクローヴィスへ向き直った。

「本日お伝えする件は、極めて機密性の高いものです。教会内部においても厳重に管理し、関係者以外の口外は一切禁じております。もちろん、公爵家としても――」

「ああ…。」

「こちらが、正式な記録でございます」

枢機卿は懐から厳封された羊皮紙の巻物を取り出し、慎重に広げると読み上げた。

「対象者:シオン・フォルシェンド(フォルシェンド公爵家 第二子)
属性:なし
魔力量:なし
結果:測定不能
魔力石および記録石板、共に破損。記録不可能との判定。
石板に記された文字は女神の加護によって発現したものと認められるが、当教会でも過去例を持たぬため、今後の取り扱いは慎重を要する」

その場にいた全員が息を呑んだ。

「……まさか、“なし”とは……!? 魔力量ゼロなど、そんな馬鹿な……」

クローヴィスは信じられないというように目を見開いた。

「魔力量がないのに……あの力……。いや、それ以前に測定不能……だと……!?」

彼は額に手を当て、深くうなだれる。

クローヴィスはすでに額を押さえていた。眉間の奥を鋭い痛みが貫いている。めまいと胃痛と吐き気の三重奏が、頭蓋の内で地響きを立てているようだった。

「……我が家の機密事項がまたひとつ増えたな……」

ぶつぶつと呟く彼の声は、次第に空中へと漂いはじめていた。

その隣で、当の本人であるシオンはというと。

「これは、紅茶にも合うな……ふむ、二枚目もいこう」

今日も変わらず呑気に、残りのフィナンシェへ手を伸ばしていた。

この世の理すら平然と踏み越える存在が、誰にも気づかれず、いや本人だけが気づかず、優雅に菓子を味わっている。

枢機卿は静かに、祈った。

どうかこの子が、今後も平穏で在らんことを――。

シオンは気づかない。

彼の存在が、教会を、国家を、そして世界そのものの均衡すら揺るがしつつあることに。

今日も、お菓子が美味しいシオンである。

 
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