11 / 34
第一章
3-2
しおりを挟む魔力検査は、順番に名が呼ばれ、子息たちはひとりずつ教会の奥へと案内されていった。荘厳な扉の奥、石造りの静かな空間の中で、検査は厳かに執り行われていた。
先に終えた子息たちは、再び集まってきた仲間と小声で囁き合っていた。
「中に入ったらね、すごく綺麗な石板があってさ……真っ赤な石がはまってた!」
「わかる、あれ、緊張するよな。でも触ったらすぐ終わったよ」
「結果は後で家に届くって、父上が言ってた」
そんな輪のそばで、シオンは瞳をきらめかせながらその様子を見ていた。
(ふむ……何やら皆、楽しそうではないか)
自身も早く試してみたいと、わくわくと胸を膨らませるシオン。一方で、様子を見守る家族たちは別の意味でそわそわとしていた。
「どうか、何事もなく済みますように……」と、オリヴィアは静かに祈り、グラーヴェは拳を握り締め、じっと弟を見つめる。そしてクローヴィスは、胃を押さえながら小さく呻いた。
「……もうダメだ。胃が……」
そんな中、ついに名前が呼ばれた。
「シオン・フォルシェンド様、こちらへ」
教会奥の石造りの小部屋。周囲を祈りの文様で飾られた壁が囲み、中央には重々しい台座。その上には、赤い魔石をはめ込んだ石板が据えられていた。
「どうぞ、魔石に触れてください」
神官の促しに、シオンは一歩前に出る。
石板には、魔石に触れた者の情報を読み取る力があり、その結果は石板に文字として映し出される。だが、その文字は、女神像アマネヒメに加護を授けられた光魔法の使い手――すなわち教会関係者のみが読み取れる。シオンもまた、例外ではない。
台座の前に立ち、シオンはじっと魔石を見つめた。
(触れればよいのだな)
そう心の中で呟いた後、ふと視線をあげて神官に確認する。
「……これに、ふれれば、よいの、ですか?」
その言葉には、どこか不自然さがあった。口慣れない言葉を探り探り発するような、どこか浮いた響き。だが神官はそれを気にも留めず、静かに頷いた。
シオンが魔石にそっと手を置いた、その瞬間――
「ピキィッ……!」
鋭い音が室内に響き渡った。魔石がひときわ強く光を放ち、台座全体が淡く揺らめいた。その光は、あたかも祝福と拒絶が交錯するような、不穏で神秘的な輝きだった。
神官たちは思わず一歩退いた。
石板に、いくつかの文字が浮かび上がった。
⸻
名前:シオン・フォルシェンド
属性:なし
魔力量:なし
測定不可
測定不可
⸻
次の瞬間、石板がまるで耐えかねたように、真っ二つに割れた。
「っ……!」
その異常事態に、神官たちは声を失った。魔石と石板が割れるなど、これまで一度たりともなかった。強い光、未知の記載内容、そして測定不可の文字。石板は絶対に嘘をつかない。つまり、そこにいたのは、測定すら許されぬ“何か”であった。
(あり得ない……測定できない存在? 本当に……?)
動揺を隠せぬまま、神官たちは唖然と立ち尽くしていた。
「……われて、しまったのう。劣化しておったのか?」
きょとんとした表情で呟くシオン。その無邪気な様子に、神官たちの背筋が凍る。
一歩前に出た枢機卿は、即座に表情を整え、微笑みを浮かべて言った。
「はい、どうやらそのようですね。怪我はございませんか?」
その声に、シオンはふと自分の手を見る。そしてゆっくりと首を横に振った。
「うむ、いたみは……ないのじゃ……。あ……ええと……いたみ、ありません。す、すみません、こわして……しまい、ましたか?」
拙く、しかし丁寧に。言葉を選びながら謝るその姿に、枢機卿は咄嗟に心を鎮めた。柔らかな口調で応じながら、背後の神官たちに鋭い目配せを送る。
「構いませんとも。お気になさらず。こちらで片付けますので、どうぞご家族のもとへお戻りください」
神官の一人が扉を開けると、シオンは小さく頷き、足取り軽く退室していった。
シオンの姿が消えたあと、枢機卿と教皇が奥の部屋へと入り、厳しく扉を閉めた。部屋の中は異様な沈黙に包まれていた。
「今の出来事、誰にも語ってはならぬ。彼に問うことも、詮索も、禁止とする。」
低く、枢機卿が命じた。
教皇は隣で深く頷く。誰よりも顔色を変えていたのは彼だった。額には汗がにじみ、手は震えていた。
――あの光。
――あの文字。
――あの割れるという現象。
そのすべてが、「人」ではない証。
「これは……もはや神の領域だ」
誰とも知れぬ神官が呟きかけたが、枢機卿はそれを眼差しだけで制した。
「ここにいた者すべて、口外すれば神罰と覚えよ。……異端ではない。だが、人ではない。」
部屋の空気は重く、底知れぬ“何か”の気配に満ちていた。人知の及ばぬ存在に触れてしまった、その余波が、じわじわと広がっていくようだった。
――その頃。
広間に戻ったシオンは、朗らかな笑顔を浮かべて家族のもとに駆け寄っていた。
「おわったぞ。よき体験であった」
満足気に報告するシオンを、家族は驚きと安堵の入り混じったまなざしで迎えた。クローヴィスは思わず息を吐き出し、椅子に崩れ落ちそうになりながらも微笑んだ。
その直後、神官たちが戻り、全員が集まったことを確認すると終わりの挨拶が行われた。
「本日の検査はこれにて終了となります。結果は後日、各ご家庭へ書面にてお届けいたします」
穏やかな口調で伝えられる言葉の裏に、ただならぬ緊張が混じっていたことに気づいた者は、どれほどいただろう。
こうして、表向きは滞りなく終わった魔力検査。しかしその陰で、誰にも知られてはならぬ“異変”が静かに記録され、封じられたのだった。
115
あなたにおすすめの小説
劣等アルファは最強王子から逃げられない
東
BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。
ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。
流行りの悪役転生したけど、推しを甘やかして育てすぎた。
時々雨
BL
前世好きだったBL小説に流行りの悪役令息に転生した腐男子。今世、ルアネが周りの人間から好意を向けられて、僕は生で殿下とヒロインちゃん(男)のイチャイチャを見たいだけなのにどうしてこうなった!?
※表紙のイラストはたかだ。様
※エブリスタ、pixivにも掲載してます
◆4月19日18時から、この話のスピンオフ、兄達の話「偏屈な幼馴染み第二王子の愛が重すぎる!」を1話ずつ公開予定です。そちらも気になったら覗いてみてください。
◆2部は色々落ち着いたら…書くと思います
王子に彼女を奪われましたが、俺は異世界で竜人に愛されるみたいです?
キノア9g
BL
高校生カップル、突然の異世界召喚――…でも待っていたのは、まさかの「おまけ」扱い!?
平凡な高校生・日当悠真は、人生初の彼女・美咲とともに、ある日いきなり異世界へと召喚される。
しかし「聖女」として歓迎されたのは美咲だけで、悠真はただの「付属品」扱い。あっさりと王宮を追い出されてしまう。
「君、私のコレクションにならないかい?」
そんな声をかけてきたのは、妙にキザで掴みどころのない男――竜人・セレスティンだった。
勢いに巻き込まれるまま、悠真は彼に連れられ、竜人の国へと旅立つことになる。
「コレクション」。その奇妙な言葉の裏にあったのは、セレスティンの不器用で、けれどまっすぐな想い。
触れるたび、悠真の中で何かが静かに、確かに変わり始めていく。
裏切られ、置き去りにされた少年が、異世界で見つける――本当の居場所と、愛のかたち。
異世界転生して約2年目だけど、モテない人生に飽き飽きなのでもう魔術の勉強に勤しみます!〜男たらし主人公はイケメンに溺愛される〜
他人の友達
BL
※ ファンタジー(異世界転生)×BL
__俺は気付いてしまった…異世界に転生して2年も経っているのに、全くモテないという事に…
主人公の寺本 琥珀は全くモテない異世界人生に飽き飽きしていた。
そしてひとつの考えがその飽き飽きとした気持ちを一気に消し飛ばした。
《何かの勉強したら、『モテる』とか考えない様になるんじゃね?》
そして異世界の勉強といったら…と選んだ勉強は『魔術』。だが勉強するといっても何をすればいいのかも分からない琥珀はとりあえず魔術の参考書を買うことにするが…
お金がもう無かった。前までは転生した時に小さな巾着に入っていた銀貨を使っていたが、2年も銀貨を使うと流石に1、2枚あるか無いか位になってしまった。
そうして色々な仕事を探した時に見つけた仕事は本屋でのバイト。
その本屋の店長は金髪の超イケメン!琥珀にも優しく接してくれ、琥珀も店長に明るく接していたが、ある日、琥珀は店長の秘密を知ることになり…
BLゲームの世界でモブになったが、主人公とキャラのイベントがおきないバグに見舞われている
青緑三月
BL
主人公は、BLが好きな腐男子
ただ自分は、関わらずに見ているのが好きなだけ
そんな主人公が、BLゲームの世界で
モブになり主人公とキャラのイベントが起こるのを
楽しみにしていた。
だが攻略キャラはいるのに、かんじんの主人公があらわれない……
そんな中、主人公があらわれるのを、まちながら日々を送っているはなし
BL要素は、軽めです。
第2王子は断罪役を放棄します!
木月月
BL
ある日前世の記憶が蘇った主人公。
前世で読んだ、悪役令嬢が主人公の、冤罪断罪からの巻き返し痛快ライフ漫画(アニメ化もされた)。
それの冒頭で主人公の悪役令嬢を断罪する第2王子、それが俺。内容はよくある設定で貴族の子供が通う学園の卒業式後のパーティーにて悪役令嬢を断罪して追放した第2王子と男爵令嬢は身勝手な行いで身分剥奪ののち追放、そのあとは物語に一切現れない、と言うキャラ。
記憶が蘇った今は、物語の主人公の令嬢をはじめ、自分の臣下や婚約者を選定するためのお茶会が始まる前日!5歳児万歳!まだ何も起こらない!フラグはバキバキに折りまくって折りまくって!なんなら5つ上の兄王子の臣下とかも!面倒いから!王弟として大公になるのはいい!だがしかし自由になる!
ここは剣と魔法となんならダンジョンもあって冒険者にもなれる!
スローライフもいい!なんでも選べる!だから俺は!物語の第2王子の役割を放棄します!
この話は小説家になろうにも投稿しています。
【完結】父を探して異世界転生したら男なのに歌姫になってしまったっぽい
御堂あゆこ
BL
超人気芸能人として活躍していた男主人公が、痴情のもつれで、女性に刺され、死んでしまう。
生前の行いから、地獄行き確定と思われたが、閻魔様の気まぐれで、異世界転生することになる。
地獄行き回避の条件は、同じ世界に転生した父親を探し出し、罪を償うことだった。
転生した主人公は、仲間の助けを得ながら、父を探して旅をし、成長していく。
※含まれる要素
異世界転生、男主人公、ファンタジー、ブロマンス、BL的な表現、恋愛
※小説家になろうに重複投稿しています
小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~
朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」
普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。
史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。
その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。
外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。
いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。
領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。
彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。
やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。
無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。
(この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる