神様は身バレに気づかない!

みわ

文字の大きさ
19 / 34
第二章

1-4

しおりを挟む

 カタカタ……カタカタ……。

 廊下を小さな足音に交じって軽やかな車輪の音が響く。
 通りを進むのは、市松人形──小夜である。
 彼女の手元には、身の丈に合わせて特別に仕立てられた小さな食器カート。
 その上には、湯気の立ち上る甘やかな香り、つやつやと黄金に焼けたリンゴのパイが載っていた。

「ふふ……主さまは、あのお菓子、お気に召しておられたなぁ。ほんに、よう笑うて……ええ笑みやったわ」

 機嫌よく、古き唄をくちずさむ。
 どこか不穏な旋律の「通りゃんせ」を、ゆらゆらと。

 その姿に、廊下をすれ違う使用人たちは一度は微笑み、次の瞬間、引きつった笑みを浮かべていた。
 ──旋律が、妙に怖い。
 市松人形が不気味に「通りゃんせ」を歌いながらおやつを運んでくる情景。まるでどこかの怪異譚のようだ。

 とはいえ、彼女の目的はただひとつ。主──シオンのためのおやつを届けることだった。

 
 その根底には、淡い闘志があった。

 あの日、シオンが「うむ……これは、まことに美味しきかな……♡」と頬を緩ませ、料理長を盛大に褒めた。
 その瞬間を見た小夜は、胸の内にメラリと燃え上がる対抗心を抱いたのだった。

 うちかて、うまい菓子ぐらい作れるわ……ええやろ、あいつより、よう出来るはずや!

 人形には“食”という概念は存在しない。
 だからこそ、小夜は“味”を理解するために人間たちに試食を頼み、失敗を重ねながら、調理場の者たちを巻き込んで練習を積んだ。無論、料理長には一口もやらぬ。ライバルには、試食の誉れなど与えてやらぬのだ。
 そしてついに──

(ようやく……! あの味を超えたんどす……!)

 勝ち誇るように胸を張って進む小夜。その足が、執務室前でぴたりと止まった。

「どういうことですか!!?」

 鋭い怒声。小夜の耳に飛び込んできたのは、グラーヴェの怒鳴り声だった。

「……んん?」

 立ち止まり、じっと扉を見つめる。
 中から、微かに聞こえたのは、聞き慣れた名前。

「……主さま?」

 気になった小夜は、懐から一枚の御札を取り出す。
 ふわりとそれを放ると、御札はひゅるりと飛び、扉の取手へと吸い寄せられるように貼りついた。
 そして──ギギィ、と音を立ててノブが下がり、扉がわずかに開いた。

 そこから、小夜が片目だけを覗かせる。

(……なんや……ようけ怒鳴っとるなぁ……)

 人形が片目で隙間から執務室を覗き込むその姿は、まるでどこかの怪談話のようだった。

 中には、公爵クローヴィス、兄グラーヴェ、そして──当のシオンがいた。

(おられましたか、主さま。なんや、部屋まで運ぶ手間が省けましたわ)

 しかし、小夜が扉を押し広げようとした時──

「なぜです!? 断りの話をしに王城へ行ったのではなかったのですか!!?」

 グラーヴェの手が執務机を叩いた。
 その机の上には、白封筒の王家の印──王からの手紙が置かれていた。

 再び、第一王子との婚約話が舞い戻ってきたのだ。

 あの日、公爵は謁見の場で王に話し、婚約の話は立ち消えになったはずだった。
 だが、今日届いたその手紙には──

『第一王子・レンツィオが、直々にシオンとの婚約を望んでいる』
『むしろなぜ、断りなど入れたのかと怒っていた』

 と、父王の言葉として記されていた。
 
 
 レンツィオは、日々の鍛錬に真面目で礼儀正しく、決して我儘を言わぬ王子だった。
 そんな彼が初めて口にした“願い”。
 王は、それを聞いて──シオンの正体を薄々感じ取りながらも、それでも「息子の想いを叶えてやりたい」と思ったのだった。

 しかも、あの日からレンツィオは大きく変わった。

 魔法は飛躍的に上達し、顔は晴れやかになり、大人へ頼る姿勢も出てきた。
  王は考えた。
 この子ならば、息子を――レンツィオを、救ってくれるかもしれない。
 たとえ、その身が何者であろうとも。


 王からの手紙には、国王としてではなく、一人の父としての想いが綴られていた。

「……陛下のお気持ちはわかる。だが……!」

 公爵クローヴィスは頭を抱え、深く溜息をつく。

 その隣で、グラーヴェはぶるぶると肩を震わせていた。

「っ……断ったはずでしょう!? なのに……っ、また……またシオンを王子に取られるなんて……!」

 わなわなと拳を握るグラーヴェ。頬は紅潮し、目尻は涙で濡れている。

(えぇっと……これは……入るに入れまへんなぁ……どないしよ……)

 小夜は扉の隙間からそっと見つめる。
 そしてその時、穏やかな声が部屋に響いた。

「……わらわも、あの子が好きじゃ。あの魂は……まこと、美しきものよ」

 それは、シオンの素直な言葉だった。

 “好き”とはいえ、それは恋慕ではない。
 ただ、魂を見た神が、その輝きを称賛しただけのこと。

 だが──

「し、シオンが……こい……!? う、うあぁあああぁぁぁああああ!!」

 グラーヴェは盛大に悲鳴を上げた。

「おのれ王子ぃいいいいいいい!!!」

 不敬である。
 だが、止められなかった。

(修羅場やなぁ……。)

 呆れたように、そっと扉を閉める小夜。
 その手元には、もうすっかり冷めてしまったリンゴのパイがあった。

「……おやつ、どないしましょ……」

 眉を下げ、小さく唇を尖らせる。

 ──こうして、フォルシェンド家の非日常は、今日もまだまだ続いていくのであった。



しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

最可愛天使は儚げ美少年を演じる@勘違いってマジ??

雨霧れいん
BL
《 男子校の華 》と呼ばれるほどにかわいく、美しい少年"依織のぞ"は社会に出てから厳しさを知る。 いままでかわいいと言われていた特徴も社会に出れば女々しいだとか、非力だとか、色々な言葉で貶された。いつまでもかわいいだけの僕でいたい!いつしか依織はネットにのめり込んだ。男の主人公がイケメンに言い寄られるゲーム、通称BLゲーム。こんな世界に生まれたかった、と悲しみに暮れ眠りについたが朝起きたらそこは大好きなBLゲームのなかに!? 可愛い可愛い僕でいるために儚げ男子(笑)を演じていたら色々勘違いされて...!?!?

俺がこんなにモテるのはおかしいだろ!? 〜魔法と弟を愛でたいだけなのに、なぜそんなに執着してくるんだ!!!〜

小屋瀬
BL
「兄さんは僕に守られてればいい。ずっと、僕の側にいたらいい。」 魔法高等学校入学式。自覚ありのブラコン、レイ−クレシスは、今日入学してくる大好きな弟との再会に心を踊らせていた。“これからは毎日弟を愛でながら、大好きな魔法制作に明け暮れる日々を過ごせる”そう思っていたレイに待ち受けていたのは、波乱万丈な毎日で――― 義弟からの激しい束縛、王子からの謎の執着、親友からの重い愛⋯俺はただ、普通に過ごしたいだけなのにーーー!!!

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

わがままで口の悪い主人様はいつまでも子供

千崎
BL
6歳の頃、孤児である俺を拾ったのは公爵家のソレイユ様だった。あれから数年経ち、俺が15歳になると同時に、再婚相手であるルナ様を紹介された。そしてルナ様の息子であるシエル様の従者として任される事になった。複雑な気持ちだったが、その事に納得した俺はシエル様の面倒を見る事になったのだが…

転生したようだけど?流れに身を任せていたら悪役令息?として断罪されていた――分からないまま生きる。

星乃シキ
BL
発作の後に目覚めたら、公爵家嫡男の身体だった。 前世の記憶だけを抱えたまま生きるレイは、ある夜、男の聖女への嫌がらせの罪で断罪される。 だが図書室の記録が冤罪を覆す。 そしてレイは知る。 聖女ディーンの本当の名はアキラ。 同じ日本から来た存在だった。 帰りたい聖女と、この身体で生きるレイ。 秘密を共有した二人は、友達になる。 人との関わりを避けてきたレイの人間関係が、少しずつ動き始める。

拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件

碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。 状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。 「これ…俺、なのか?」 何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。 《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》 ──────────── ~お知らせ~ ※第3話を少し修正しました。 ※第5話を少し修正しました。 ※第6話を少し修正しました。 ※第11話を少し修正しました。 ※第19話を少し修正しました。 ※第22話を少し修正しました。 ※第24話を少し修正しました。 ※第25話を少し修正しました。 ※第26話を少し修正しました。 ※第31話を少し修正しました。 ※第32話を少し修正しました。 ──────────── ※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!! ※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。

学園ものに転生した悪役の男について

ひいきにみゐる
BL
タイトルの通りにございます。文才を褒められたことはないので、そういうつもりで見ていただけたらなと思います。

記憶喪失のフリをしたあざといスパイですが、全部お見通しの皇帝陛下に「嘘の婚約者」として閉じ込められています

たら昆布
BL
処刑寸前のスパイが事故にあった後、記憶喪失のフリをして皇帝の婚約者だと偽る話

処理中です...