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王立学院の瑞々しい緑が広がる中庭。
そこは、貴族の子女たちが優雅に語らう休息の場です。
しかし、今日のその場所には、およそ似つかわしくない「殺気」……もとい、凄まじい「熱気」が漂っていました。
「見つけたわ! ミリー・ローズ様!」
「ひっ……!? は、はいぃっ!」
ベンチで手作りのお弁当を広げようとしていた男爵令嬢ミリーは、突然背後から投げかけられた鋭い声に肩を跳ねさせました。
恐る恐る振り返ると、そこには縦ロールを完璧に整え、扇をビシッと突きつけた公爵令嬢ラブリーの姿があります。
「あ、あの……ラブリー様? 私のような卑小な男爵令嬢に、何か御用でしょうか……?」
「単刀直入に申し上げますわ。……あなた、殿下のことを愛していらして?」
「は、はい!? な、ななな何を仰るんですか! 畏れ多いですわ!」
ミリーは顔を真っ赤にして首を激しく横に振りました。
第一王子クロードは国中の令嬢の憧れの的。
もちろん、ミリーとて一人の少女として好意は持っていますが、それはあくまで「雲の上の存在」に対する憧憬に過ぎません。
「あら、隠さなくて結構よ。殿下もあなたのことを『物怖じせずに意見を言ってくれる魅力的な人だ』と仰っていましたもの」
「で、殿下が……私のことを……?」
ミリーがポカンと口を開けて固まります。
その隙を逃さず、ラブリーは彼女の両手をガシッと力強く握りしめました。
「そこで相談ですわ。ミリー様。どうか……私から殿下を奪っていただけないかしら!」
「……はい?」
「聞こえませんでしたの? 私を、婚約破棄に追い込んでほしいのですわ!」
ミリーの思考が停止しました。
目の前の公爵令嬢は、一体何を言っているのでしょうか。
婚約破棄。それは、貴族の女性にとって社会的な死を意味するはずです。
「ちょ、ちょっと待ってくださいませ! ラブリー様、お疲れなのですか? それとも新しい冗談ですか?」
「私はいつだって真剣よ。いい、ミリー様。私は殿下を愛しているわ。宇宙の果てまで追いかけていきたいほどに! けれど、私の愛は深すぎて、時に殿下を拘束してしまうの。殿下の真の幸福は、私のような重い女ではなく、あなたのように太陽のように明るい方と共にあるべきだと、私の魂が叫んでいるのよ!」
「魂の叫びが斜め上すぎますわ!」
ミリーは必死に手を振り解こうとしましたが、ラブリーの握力は「愛の力」によって鋼鉄のように鍛えられていました。
「お願いよ、ミリー様! あなたなら殿下を幸せにできる。殿下があなたに惹かれ、私に『愛する人ができた、婚約を破棄してくれ』と言う……その瞬間こそが、私の愛の完成なんですの!」
「言っている意味が全く分かりませんわ……! 普通、好きな人の隣は自分が死守するものでしょう!?」
「それが凡人の愛よ。私の愛はすでにその次元を超越してしまったの。……というわけで、今日から特訓を始めますわよ」
「特訓……?」
「ええ。あなたが殿下のハートを射止めるための『完璧なヒロイン』になるための教育。そして、私が殿下に愛想を尽かされるための『最低な悪役』になるための作戦会議ですわ!」
ラブリーは懐から、一冊の分厚いノートを取り出しました。
表紙には『至高の婚約破棄への道・第一章』と達筆で書かれています。
「まず、ミリー様。あなたは殿下の前で、もっと『か弱さ』を演出すべきですわ。お弁当も、そんな茶色いおかずばかり詰め込んではダメ。殿下がつい守ってあげたくなるような、可憐な彩りが必要ですの!」
「あの、これ、うちの領地の特産のお漬物なんですけど……」
「没収ですわ! 明日からは私が用意する『愛の結晶(カロリー計算済み)』の差し入れを持って殿下の元へ行くのです。そして、私がわざとらしくあなたの嫌がらせをしている現場へ、殿下が颯爽と現れる……。完璧だわ!」
ラブリーは一人で盛り上がり、鼻息を荒くしています。
ミリーは、その瞳の奥にあるのが嫉妬でも憎悪でもなく、純粋すぎて狂気すら感じる「献身」であることを悟りました。
「……ラブリー様。本気なんですのね?」
「ええ。本気も本気、超本気ですわ」
「はぁ。……分かりましたわよ。協力すればいいんでしょう? ただし、途中で私が殿下を本当に好きになってしまっても、文句は言わないでくださいね?」
ミリーが半ば諦め顔で承諾すると、ラブリーの表情がパッと輝きました。
それは、婚約者を奪われるはずの女性が見せる顔ではありませんでした。
「ありがとう! それでこそ私の見込んだヒロイン候補だわ! 大丈夫、あなたが殿下を愛してくださることこそが、私の最大の喜びなんですもの!」
「(この人、やっぱりどこか壊れてるわ……)」
ミリーは心の中でツッコミを入れながらも、ラブリーの圧倒的なエネルギーに流されるように、奇妙な「悪役令嬢演劇」の幕を上げることに同意してしまったのです。
「さあ、ミリー様。まずは高笑いの練習から始めましょうか。悪役の私があなたを罵った時、あなたは美しく、そして切なく涙を流さなくてはなりません。さあ、やってみて!」
「今ここで!? 無理ですわよ!」
「愛が足りなくてよ! 殿下への、そして私の計画への愛が!」
「私の知ってる愛と種類が違いすぎます!」
中庭に響き渡る二人の令嬢の声。
遠くからその様子を見ていた生徒たちは、「ついにラブリー様が男爵令嬢をいびり始めた」と噂し合いましたが、その実態が「最高に幸せな婚約破棄のためのコーチング」であることを知る者は一人もいませんでした。
「ふふふ……順調だわ。殿下、見ていてくださいませ。私、必ずやあなたを私の呪縛から解放して、真の自由を与えて差し上げますわ!」
ラブリーの瞳には、一切の曇りもありませんでした。
彼女の「悪役令嬢」としての第一歩は、こうして盛大に、そして致命的に方向性を間違えたまま踏み出されたのでした。
そこは、貴族の子女たちが優雅に語らう休息の場です。
しかし、今日のその場所には、およそ似つかわしくない「殺気」……もとい、凄まじい「熱気」が漂っていました。
「見つけたわ! ミリー・ローズ様!」
「ひっ……!? は、はいぃっ!」
ベンチで手作りのお弁当を広げようとしていた男爵令嬢ミリーは、突然背後から投げかけられた鋭い声に肩を跳ねさせました。
恐る恐る振り返ると、そこには縦ロールを完璧に整え、扇をビシッと突きつけた公爵令嬢ラブリーの姿があります。
「あ、あの……ラブリー様? 私のような卑小な男爵令嬢に、何か御用でしょうか……?」
「単刀直入に申し上げますわ。……あなた、殿下のことを愛していらして?」
「は、はい!? な、ななな何を仰るんですか! 畏れ多いですわ!」
ミリーは顔を真っ赤にして首を激しく横に振りました。
第一王子クロードは国中の令嬢の憧れの的。
もちろん、ミリーとて一人の少女として好意は持っていますが、それはあくまで「雲の上の存在」に対する憧憬に過ぎません。
「あら、隠さなくて結構よ。殿下もあなたのことを『物怖じせずに意見を言ってくれる魅力的な人だ』と仰っていましたもの」
「で、殿下が……私のことを……?」
ミリーがポカンと口を開けて固まります。
その隙を逃さず、ラブリーは彼女の両手をガシッと力強く握りしめました。
「そこで相談ですわ。ミリー様。どうか……私から殿下を奪っていただけないかしら!」
「……はい?」
「聞こえませんでしたの? 私を、婚約破棄に追い込んでほしいのですわ!」
ミリーの思考が停止しました。
目の前の公爵令嬢は、一体何を言っているのでしょうか。
婚約破棄。それは、貴族の女性にとって社会的な死を意味するはずです。
「ちょ、ちょっと待ってくださいませ! ラブリー様、お疲れなのですか? それとも新しい冗談ですか?」
「私はいつだって真剣よ。いい、ミリー様。私は殿下を愛しているわ。宇宙の果てまで追いかけていきたいほどに! けれど、私の愛は深すぎて、時に殿下を拘束してしまうの。殿下の真の幸福は、私のような重い女ではなく、あなたのように太陽のように明るい方と共にあるべきだと、私の魂が叫んでいるのよ!」
「魂の叫びが斜め上すぎますわ!」
ミリーは必死に手を振り解こうとしましたが、ラブリーの握力は「愛の力」によって鋼鉄のように鍛えられていました。
「お願いよ、ミリー様! あなたなら殿下を幸せにできる。殿下があなたに惹かれ、私に『愛する人ができた、婚約を破棄してくれ』と言う……その瞬間こそが、私の愛の完成なんですの!」
「言っている意味が全く分かりませんわ……! 普通、好きな人の隣は自分が死守するものでしょう!?」
「それが凡人の愛よ。私の愛はすでにその次元を超越してしまったの。……というわけで、今日から特訓を始めますわよ」
「特訓……?」
「ええ。あなたが殿下のハートを射止めるための『完璧なヒロイン』になるための教育。そして、私が殿下に愛想を尽かされるための『最低な悪役』になるための作戦会議ですわ!」
ラブリーは懐から、一冊の分厚いノートを取り出しました。
表紙には『至高の婚約破棄への道・第一章』と達筆で書かれています。
「まず、ミリー様。あなたは殿下の前で、もっと『か弱さ』を演出すべきですわ。お弁当も、そんな茶色いおかずばかり詰め込んではダメ。殿下がつい守ってあげたくなるような、可憐な彩りが必要ですの!」
「あの、これ、うちの領地の特産のお漬物なんですけど……」
「没収ですわ! 明日からは私が用意する『愛の結晶(カロリー計算済み)』の差し入れを持って殿下の元へ行くのです。そして、私がわざとらしくあなたの嫌がらせをしている現場へ、殿下が颯爽と現れる……。完璧だわ!」
ラブリーは一人で盛り上がり、鼻息を荒くしています。
ミリーは、その瞳の奥にあるのが嫉妬でも憎悪でもなく、純粋すぎて狂気すら感じる「献身」であることを悟りました。
「……ラブリー様。本気なんですのね?」
「ええ。本気も本気、超本気ですわ」
「はぁ。……分かりましたわよ。協力すればいいんでしょう? ただし、途中で私が殿下を本当に好きになってしまっても、文句は言わないでくださいね?」
ミリーが半ば諦め顔で承諾すると、ラブリーの表情がパッと輝きました。
それは、婚約者を奪われるはずの女性が見せる顔ではありませんでした。
「ありがとう! それでこそ私の見込んだヒロイン候補だわ! 大丈夫、あなたが殿下を愛してくださることこそが、私の最大の喜びなんですもの!」
「(この人、やっぱりどこか壊れてるわ……)」
ミリーは心の中でツッコミを入れながらも、ラブリーの圧倒的なエネルギーに流されるように、奇妙な「悪役令嬢演劇」の幕を上げることに同意してしまったのです。
「さあ、ミリー様。まずは高笑いの練習から始めましょうか。悪役の私があなたを罵った時、あなたは美しく、そして切なく涙を流さなくてはなりません。さあ、やってみて!」
「今ここで!? 無理ですわよ!」
「愛が足りなくてよ! 殿下への、そして私の計画への愛が!」
「私の知ってる愛と種類が違いすぎます!」
中庭に響き渡る二人の令嬢の声。
遠くからその様子を見ていた生徒たちは、「ついにラブリー様が男爵令嬢をいびり始めた」と噂し合いましたが、その実態が「最高に幸せな婚約破棄のためのコーチング」であることを知る者は一人もいませんでした。
「ふふふ……順調だわ。殿下、見ていてくださいませ。私、必ずやあなたを私の呪縛から解放して、真の自由を与えて差し上げますわ!」
ラブリーの瞳には、一切の曇りもありませんでした。
彼女の「悪役令嬢」としての第一歩は、こうして盛大に、そして致命的に方向性を間違えたまま踏み出されたのでした。
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