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「……よし。準備は万端ですわね、ミリー様」
王立学院の廊下の角で、ラブリーは鏡に向かって最終的な「悪役顔」のチェックを行っていました。
口角を不自然に釣り上げ、目はできるだけ冷酷そうに細める。
傍から見れば、ただ顔の筋肉が痙攣している不審者ですが、彼女は至って真剣です。
「本当にやるんですの? ラブリー様。それ、どう見ても無理がありますわよ……」
後ろで見守るミリーが、頭を抱えながら溜息をつきました。
今日の作戦はこうです。
殿下がラブリーに贈った「愛の証」を、彼女が人前で無慈悲に突き返し、「こんな安物は私の肌に合いませんわ!」と罵声を浴びせる。
これで殿下の心は折れ、代わりに慰めてくれるミリーへと移る……という完璧(ラブリー談)なシナリオでした。
「あ、殿下が来ましたわ! 持ち場について!」
廊下の向こうから、取り巻きの生徒たちを引き連れたクロードが歩いてきます。
その手には、この世のものとは思えないほど美しく輝く、稀少な『月光の薔薇』の花束が握られていました。
「ラブリー、探したよ。君のために、我が国の最北端でしか咲かない花を、魔導騎士に頼んで取り寄せておいたんだ。君の瞳のように気高く、美しい花だよ」
クロードが爽やかな笑顔とともに、最高級の愛を差し出します。
周囲の女子生徒たちからは「きゃあああ!」「羨ましい!」という黄色い悲鳴が上がりました。
絶好のチャンスです。ラブリーは震える手で(感動ではなく、緊張で)、その花束をパシッとはねのけました。
「……ふ、ふん! な、何ですの、このみすぼらしい草は!」
「……えっ?」
クロードの動きが止まりました。周囲の生徒たちも、あまりの暴言に息を呑みます。
ラブリーは冷や汗を流しながら、事前に用意した「悪役のセリフ」を叫びました。
「殿下! 私を誰だと思っておいでですの? 公爵家の令嬢たる私に、このような『土臭い』ものを贈るなんて、侮辱も甚だしいですわ! こんなもの、そこのミリー・ローズ様にでも差し上げればよろしいんじゃなくて?」
言った! 言い切りましたわ!
ラブリーは内心でガッツポーズを決めました。
これで私は「高慢ちきな女」、ミリー様は「可哀想な押し付け先」として、物語の歯車が回り出すはず……!
「……そうか。ラブリー、君は……」
クロードが俯きました。
その肩が小さく震えています。絶望したのでしょうか。嫌いになってくれたのでしょうか。
しかし、彼が顔を上げた時、その瞳には涙が浮かんでいましたが、それは拒絶の涙ではありませんでした。
「君は、私がこの花を贈るために、どれだけの国費と人員を割いたかを心配してくれたんだね……!?」
「……はい?」
「この『月光の薔薇』は採取が非常に困難で、多くの騎士が危険を冒す。君は、自分の喜びよりも、騎士たちの命と国の財政を優先し、わざと悪役を演じて私を諫めてくれたんだ……! なんて、なんて深い慈愛なんだ……!」
「ち、違いますわ殿下!? 私はただの性格の悪い女で……!」
「いいや、隠さなくていい! 『ミリー様にでも差し上げろ』と言ったのも、身分の低い者にも等しく花の美しさを分かち合おうという、君の博愛精神の表れだ。ああ、ラブリー! 君の美徳には、いつも驚かされるよ!」
「わー! 素晴らしいですわラブリー様! まさに聖女の鑑!」
「なんて奥ゆかしい方なの! 自分の欲望を殺してまで殿下を導こうとなさるなんて!」
周囲の生徒たちまでが感動の渦に包まれ、惜しみない拍手を送り始めました。
ラブリーは混乱しました。
どうして? どうしてこうなるんですの?
どこからどう見ても、今の私は「プレゼントを投げ捨てた極悪非道な女」だったはずですわ!
「殿下、私は本当に……性格が、その、歪んでいて……!」
「ああ、分かっているよ。君はそうやって自分を低く見せることで、私を際立たせようとしてくれているんだね。……ミリー嬢、この花を君に。ラブリーの教えを胸に、大切にしてくれ」
「あ、あはは……。は、はい、殿下……ありがたく頂戴しますわ……(もうダメだ、このバカカップル……)」
ミリーは引き攣った笑顔で花束を受け取りましたが、その視線は「計画の失敗」を確信して白目を剥きかけているラブリーに向けられていました。
「よし、決めたよ! ラブリー、君のような素晴らしい女性にふさわしい男になるため、私はもっと自分を磨く。君が自由に羽ばたけるその日まで、私は君の『教育』を甘んじて受けよう!」
「(違う……自由になりたいのは殿下の方なんですのよ……!)」
ラブリーの叫びは、熱狂的な歓声にかき消されていきました。
作戦は大失敗。
どころか、彼女の「株」はストップ高を記録し、もはや「学院の良心」として崇められる始末。
「……ミリー様、どうしましょう。私、このままだと聖女として歴史に名を残してしまいますわ……」
「……次、行きましょう。次はもっと分かりやすい『いじめ』ですわよ、ラブリー様」
「そうですわね! こうなったら、殿下の愛読書を勝手に処分するくらいの暴挙を……!」
「それは普通に嫌われるからやめなさいって!」
廊下の隅で密談する悪役令嬢とヒロイン。
しかし、その様子すらも「ミリー様に優しく勉強を教えているラブリー様」として、微笑ましく見守られてしまうのでした。
王立学院の廊下の角で、ラブリーは鏡に向かって最終的な「悪役顔」のチェックを行っていました。
口角を不自然に釣り上げ、目はできるだけ冷酷そうに細める。
傍から見れば、ただ顔の筋肉が痙攣している不審者ですが、彼女は至って真剣です。
「本当にやるんですの? ラブリー様。それ、どう見ても無理がありますわよ……」
後ろで見守るミリーが、頭を抱えながら溜息をつきました。
今日の作戦はこうです。
殿下がラブリーに贈った「愛の証」を、彼女が人前で無慈悲に突き返し、「こんな安物は私の肌に合いませんわ!」と罵声を浴びせる。
これで殿下の心は折れ、代わりに慰めてくれるミリーへと移る……という完璧(ラブリー談)なシナリオでした。
「あ、殿下が来ましたわ! 持ち場について!」
廊下の向こうから、取り巻きの生徒たちを引き連れたクロードが歩いてきます。
その手には、この世のものとは思えないほど美しく輝く、稀少な『月光の薔薇』の花束が握られていました。
「ラブリー、探したよ。君のために、我が国の最北端でしか咲かない花を、魔導騎士に頼んで取り寄せておいたんだ。君の瞳のように気高く、美しい花だよ」
クロードが爽やかな笑顔とともに、最高級の愛を差し出します。
周囲の女子生徒たちからは「きゃあああ!」「羨ましい!」という黄色い悲鳴が上がりました。
絶好のチャンスです。ラブリーは震える手で(感動ではなく、緊張で)、その花束をパシッとはねのけました。
「……ふ、ふん! な、何ですの、このみすぼらしい草は!」
「……えっ?」
クロードの動きが止まりました。周囲の生徒たちも、あまりの暴言に息を呑みます。
ラブリーは冷や汗を流しながら、事前に用意した「悪役のセリフ」を叫びました。
「殿下! 私を誰だと思っておいでですの? 公爵家の令嬢たる私に、このような『土臭い』ものを贈るなんて、侮辱も甚だしいですわ! こんなもの、そこのミリー・ローズ様にでも差し上げればよろしいんじゃなくて?」
言った! 言い切りましたわ!
ラブリーは内心でガッツポーズを決めました。
これで私は「高慢ちきな女」、ミリー様は「可哀想な押し付け先」として、物語の歯車が回り出すはず……!
「……そうか。ラブリー、君は……」
クロードが俯きました。
その肩が小さく震えています。絶望したのでしょうか。嫌いになってくれたのでしょうか。
しかし、彼が顔を上げた時、その瞳には涙が浮かんでいましたが、それは拒絶の涙ではありませんでした。
「君は、私がこの花を贈るために、どれだけの国費と人員を割いたかを心配してくれたんだね……!?」
「……はい?」
「この『月光の薔薇』は採取が非常に困難で、多くの騎士が危険を冒す。君は、自分の喜びよりも、騎士たちの命と国の財政を優先し、わざと悪役を演じて私を諫めてくれたんだ……! なんて、なんて深い慈愛なんだ……!」
「ち、違いますわ殿下!? 私はただの性格の悪い女で……!」
「いいや、隠さなくていい! 『ミリー様にでも差し上げろ』と言ったのも、身分の低い者にも等しく花の美しさを分かち合おうという、君の博愛精神の表れだ。ああ、ラブリー! 君の美徳には、いつも驚かされるよ!」
「わー! 素晴らしいですわラブリー様! まさに聖女の鑑!」
「なんて奥ゆかしい方なの! 自分の欲望を殺してまで殿下を導こうとなさるなんて!」
周囲の生徒たちまでが感動の渦に包まれ、惜しみない拍手を送り始めました。
ラブリーは混乱しました。
どうして? どうしてこうなるんですの?
どこからどう見ても、今の私は「プレゼントを投げ捨てた極悪非道な女」だったはずですわ!
「殿下、私は本当に……性格が、その、歪んでいて……!」
「ああ、分かっているよ。君はそうやって自分を低く見せることで、私を際立たせようとしてくれているんだね。……ミリー嬢、この花を君に。ラブリーの教えを胸に、大切にしてくれ」
「あ、あはは……。は、はい、殿下……ありがたく頂戴しますわ……(もうダメだ、このバカカップル……)」
ミリーは引き攣った笑顔で花束を受け取りましたが、その視線は「計画の失敗」を確信して白目を剥きかけているラブリーに向けられていました。
「よし、決めたよ! ラブリー、君のような素晴らしい女性にふさわしい男になるため、私はもっと自分を磨く。君が自由に羽ばたけるその日まで、私は君の『教育』を甘んじて受けよう!」
「(違う……自由になりたいのは殿下の方なんですのよ……!)」
ラブリーの叫びは、熱狂的な歓声にかき消されていきました。
作戦は大失敗。
どころか、彼女の「株」はストップ高を記録し、もはや「学院の良心」として崇められる始末。
「……ミリー様、どうしましょう。私、このままだと聖女として歴史に名を残してしまいますわ……」
「……次、行きましょう。次はもっと分かりやすい『いじめ』ですわよ、ラブリー様」
「そうですわね! こうなったら、殿下の愛読書を勝手に処分するくらいの暴挙を……!」
「それは普通に嫌われるからやめなさいって!」
廊下の隅で密談する悪役令嬢とヒロイン。
しかし、その様子すらも「ミリー様に優しく勉強を教えているラブリー様」として、微笑ましく見守られてしまうのでした。
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