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第十一話
しおりを挟むもう待つ必要もないので、僕とモニカの真実の愛を綴った物語も書くこともなく、たくさんあった原稿は全て灰にした。他にやるべき事も見つからず、僕は毎日外へと出掛けるようになった。僕しかいない冷たく暗い家に、一人でなんて居たくなかったのだ。それに歩くだけ歩いて疲れ切った身体なら、ごわつく毛布と硬いベッドであっても横になれば次の朝まで夢も見ずにぐっすり眠れるのも良かった。…窮屈ではあったが華やかな王宮での満たれた生活、楽しかった学園での愛に満ちた生活、そんな過去の夢を見る事も無くなるのだから、余計に出歩くことを止められなくなった。
あれだけ厳しかった監視役も外れているのか通いのメイドも僕が出掛けることを止めないし、どこに行くかもいちいち尋ねて来ない。当然外に向かう僕を必死な形相で追いかけたりもして来なくなった。そうなると、あの家から出ようと思えばいつでも出て行ける事に気付いた。が、あの家を出てどこへ行けばいいのか分からない。僕が行ける場所、帰りたいと思う場所は決まっている。生まれてからずっと生活して来た王宮だ。だから王宮に帰れたら一番いいけれど、ここで今も王太子が決まっていない事が問題になる。貴族の派閥による争いは面倒事が多いので、心身ともに疲れている僕は巻き込まれたくないのだ。すぐには王宮に帰れないならば一時的な滞在場所として母の実家が思いついたが、本家がある領地までは遠いし、王都内のセカンドハウスは親戚に貸出し中らしく、以前に門前払いされたことがある。軽い気持ちで寄っただけの友人達の家も同じように門前払いされてしまっては、他に宛てらしい宛ては無かった。あの家でなければいいと思って、王都内の宿に宿泊しようとしてみたけれど宿泊する為のお金が全く足りなかった。義理の父に生活費の上乗せを通いのメイド伝手で頼んでみても、不要と断じられただけでなく逆に減らされたこともあり、仕方がなく夜には晩御飯用と朝ご飯用の固いパンを買って、すごすごとあの家に帰ることにしているのが現状だった。
――こうして一人で歩いていれば、勝手に耳に入って来る人々の話し声。人通りが多い中心通りを歩いているので、他の音に負けぬようにと皆が大きめの声で話すからだ。話し相手も居ない僕にはその喧騒が心地よい。店の前で婦人方が明るい声でおしゃべりしている。最近ブランカ男爵家は赤子の泣き声や笑い声で毎日が賑やかだが、双子なので子育ては大変そうだと。…近所に話題を振りまくくらいあの双子は元気いっぱいらしいと内心苦々しい気持ちになる。モニカが産んだ子には、あの日から一度も会いに行ったことはなかった。モニカ自身もずっと実家で暮らしているし、外でなら何度か姿を見かけたことはあれど、直接会うような事はしていない。全てを知る前は、あれだけ会いたいと思っていたのに今では会いたくない思いの方が強い。モニカもまた僕に会いに来ることもなかった。『仕事』とやらで忙しいのだろうなと、いつか見た姿を思い出す。
…あれは、出歩くことが習慣になり始めた頃。夕暮れ時の街の中、遠目で見かけたモニカは、お金を持っていそうな年輩の男と並んで歩いていた。綺麗な衣服を着て楽しそうに、あの可憐な笑顔を浮かべて貴金属を扱う店に入って行く姿を見て、その時になってようやく、いつかの疑問の答えを僕は理解した。理解するしかなかった。僕とモニカの『真実の愛』とは、商品の様にお金で買えるようなモノで、尊いモノでも大事なモノでも何でもなかったのだと。僕とモニカの真実の愛の正体を思い知らされたようで、ますます僕はあの家に一人でいる事が嫌になった出来事だった。
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