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第九章「海神編」
対策会議
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「とは言え、今後、どうしていくかを考えねばならん……。」
テーブルが綺麗に片付けられた後、ブラハムさんがそう言った。
難しい顔をして、大きくため息をつく。
隣のアイビス子爵もやはり難しい顔をして腕組みをして目を閉じていた。
「今はブラハムの凍結によって進行が止まっているが、このまま行けば精神と肉体の結合率はどんどん下がっていくと思われる。そうなれば精神との繋がりを失った肉体の生存能力も下がって行くだろう。」
「今までにこう言った事例はなかったんですか?ヘーゼル医務官長?」
「今までの記録にはありません。ですからライオネル殿下が何故、この様な方法を思いつかれたのか私には検討もつきません……。」
俺の質問に医務官長は苦しげな表情で答えた。
唯一王族内の海神に関する長年の資料を読んでいる事から、ライオネル殿下の治療の責任者は医務官長のヘーゼルさんに決まった。
元々そういう事になっていて海神の資料を読まされていたのだろうけれど、今までにない状況の上、アイビス子爵を始めとする一癖も二癖もある治療メンバーの責任者になってしまい、滅茶苦茶顔色が悪い。
なんか可哀相になってしまう。
「……記録なんか読まなくったって、実際、この人はずっと海神を自分の中に入れてたんだ。論より証拠ってヤツだよ。そんな文章よりも王子は自分自身で何よりもよくわかってたんだろ……。」
ボソッとまた、アレックが言った。
精神に影響を与える魔法や魔術というのは相手の精神に素手で触れる事に近い為、影響を受けてしまう事がある。
そうでなかったとしても、精神系の術というのは使う者の気力を激しく消耗させる。
アレックが消耗しているだけなのか、ライオネル殿下の精神の影響を受けているのかは俺にはわからなかった。
「だからって……大きすぎる存在が自分の中にいて、いつ自分の方が打ち負かされて肉体と離されてしまうんじゃないかって不安の中にあったのに、それを利用して切り離しちまおうなんて普通は考えねぇけどさ……。」
納得がいかない様な複雑な顔でアレックは続けた。
反対隣のブラハムさんが、ぽんぽんとその肩を叩いて労う。
「ひとまず話をまとめよう。」
ここでギルが場を仕切った。
本来ならこれもヘーゼル医務官長の役割だが、ちょっと本人も混乱していて今はそれができる感じではない。
まぁ仕方ないよな。
何しろアイビス子爵がいる場なのだから。
空気も読まなければ自分が変人の自覚もないし、おまけに子爵の生まれで、自分がその立場である事が当たり前なタイプだから。
そうなると若造とはいえ、爵位も上で昔から状況を理解しているギルが仕切るのが妥当となってくる。
「状況としてはリオに別人格が現れた。だがこれまでと違い、リオ本人がそれに抵抗する方法として、自分の精神と肉体を切り離す事で海神も肉体と切り離そうとしていると言う事で良いのか?」
「ああ、大体そういう事だ。」
何故かギルが俺の顔を見て確認を取ってくるので、仕方なく返事をする。
アイビス子爵か気に入らなそうにフンッと鼻を鳴らした。
「だがそれをした場合植物状態となり、器として海神を繋ぎ止めておきながらも別人格が出てくる事もないが、リオは生涯、二度と目覚める事はない。そういう事だな?」
「そう言う事。だけど細かく言うとちょっと違う。この人のは正確に言うと植物状態になろうとしてるんじゃないよ。完全に切り離そうとしてんもん。でもそれと同じ事が可能だからやったんだよ。本来なら肉体と精神が切り離されたら、肉体の方も段々と弱って行っていずれは死ぬ。だから植物状態の様にするには肉体の方をケアして維持し続けられる程の技術者が揃ってなければ無理なんだ。でもこの人は、それができる面子が揃う事をわかってたから迷い無くやったんだよ。」
ギルの言葉に、アレックが答えた。
目を向けギルは続ける。
「リオは自分を植物状態にしようとしているんじゃなかったのか?」
「わかりやすいようにそう言ったけど、正確には違う。見た感じ同じなんだけど、植物状態の時は精神と肉体が分離されてもまだ繋がりはある。ただ帰り方を忘れてるだけって感じ。それも長く続けば繋がりが脆くなって同じ事になる事が多いけどな。だから完全に繋がりを断ち切ろうとしてるこの人は、自分を植物状態にしようとしてるんじゃない。植物状態と言うより、何ていうか……仮死状態にしようとしてるって言った方が近いんだ。」
「医学的に言えば脳死状態になるかそうでないかと言ったところだ。若きグラント侯爵。」
そこにアイビス子爵が割り込んでくる。
脳死という現実的な言葉に場がざわりと揺らいだ。
だがギルは冷静で、むしろ深く話を聞こうと顔を向ける。
「脳死?精神と肉体が切り離されると脳死状態になると?」
「切り離されて直ぐに脳死に至る訳ではないが、植物状態とは違い、肉体と精神の繋がりが完全に断たれた場合、いずれ必ず脳死する。早くて数時間、遅くとも1週間以内にな。」
俺はびっくりしてしまった。
肉体と精神のニつが生命体の根本だというのは魔法や魔術または宗教や精神学的な考え方であり、医学的には認められていない考えだと思っていたからだ。
だがアイビス子爵は、精神と肉体の繋がりを医学的に説明できるデータを持っているようだった。
「そうか……植物状態と脳死状態の判別は難しいとされるが、そこに明らかな違いはあった。けれど医学的には測定できなかった……。それが精神と肉体の繋がりの有無だったのか……。」
「アズマ・サーク。それはまだ研究中であり論文になっていない事だ。他言無用願いたいね。」
「わかりました。アイビス医学師。」
流石は医学魔法の頂点に立つ大魔法師、無涙のヴァーダーだ。
むしろこの人は魔法師と言うより医学者だ。
俺は敬意を込めてアイビス子爵をあえて医学師と呼ぶと、一瞬呆気に取られた顔をした後、アイビス子爵は事の他満足気にフフンと鼻を鳴らした。
「わかっていればいい。」
そんなアイビス医学師の横でブラハムさんがふふふっと笑う。
なんかよくわからないけど、二人は仲がいいんだろうなぁと何となく思った。
「すみません。私は魔法や魔術、そして精神と肉体については詳しくわからないのですが……、つまりこのままだとライオネル殿下は脳死されてしまうと言う事ですか?!」
それまで専門外な為、黙って話を聞いていたイヴァンが控えめにそう言った。
アイビス医学師はちらりとイヴァンを見た後、頷いた。
「このまま何の手立ても打たなければ、肉体と精神が切り離されてしまうだろう。そうなればいずれ脳死に至る。そして殿下は二度と目を覚まされない。そういう状態だ。」
そこでやっと魔力のないメンバーにも、ライオネル殿下がどれだけ危険な状態にあるのか伝わった様だった。
気丈だったメイド長があぁと小さく声をもらして倒れかけ、パスカルさんが慌てて支える。
そのパスカルさんも顔面蒼白になっていた。
無理もない。
これだけの面子が揃っているのだ。
二度と目覚めないかもしれないと言っていても、どうにかなるものだと思っていたと思う。
けれど、精神と肉体の話をしていてもピンと来なかっただろうが、脳死という理解しやすい事実が突きつけられた事で、事の重みを理解してしまったのだ。
「イヴァン。だからお前がこの場に残された。わかるな?」
「……はい。隊長。」
ギルはいつもの無表情で淡々と言った。
それに対し、イヴァンは少し顔色を悪くしながらもはっきりとそう答える。
殿下の命に関わっている事となれば、警護体制も考えなければならない。
海神の秘密もさる事ながら、第一にライオネル殿下が命の危機にある事を外に漏らさない事が重要になってくる。
それは外から探ろうとするものを完全に排除しなければならない上、警護に当たる者に悟らせてはならないのだ。
臨時とはいえ警護責任者であるイヴァンの肩に、その事実が重くのしかかる。
「……できるな?」
「はい。」
重い視線を向けられたが、イヴァンはそれを真っ直ぐ見返して頷いた。
ギルもそれを見て、それ以上何も言わずに目を伏せた。
なんだかんだギルはイヴァンの技量を認めているし、信用しているのだと思う。
シルクを取り合った二人の間に見えた絆に俺は少し驚きを感じていた。
「で??手立てってなんかあんの?おっさん?」
事の重大さに言葉を失ったこの場に、またもアレックの無遠慮な声が響いた。
まぁ、このまま打ちひしがれてたら話が進まないんだけどさ。
こいつ、本当に頭が良いと言うか、自分が子供である事を最大限に利用してくるよなぁ~。
俺はチラッとアレックを見た。
それに気づいたアレックがベーと舌を出してくる。
もう少し可愛げがあればいいのに、本当にこまっしゃくれてやがる。
「おっさんなどと呼ぶな。気品を疑われるぞ?」
誰に対しておっさんと言った訳でもないのに、アイビス医学師が直ぐに返事を返した。
自分の事を言っているんだと思う辺り、ネガティブなんだかポジティブなんだか……。
「なら何て呼べばいいんだよ?おっさん?」
「私はおっさんではない。だが……そうだな……。君とアズマ・サークは特別に私をファーガスと呼ぶ事を許そう。」
「……は??」
突然、話に巻き込まれて俺は変な声が出た。
慌てて口を押さえる。
アイビス医学師はちらりと俺を見たが、気にするでもなく相変わらず高飛車な顔をしていた。
「アレック君は優れた魔法師だ。そしてエアーデの弟子でもある。よって当然の権利だ。アズマ・サークは……まぁ、思ったより医学を理解しているようだからな。特別だ。」
「ファーガス。サークに医学者と認めてもらえたのが嬉しかったなら、そう素直に言えば良かろうて。」
「私は別に喜んでなどおらん。」
穏やかに笑ってそう言ったブラハムさんに、アイビス医学師……と言うかファーガスさんはそう言ってフンッと顔を背けた。
何だろう?
この二人のやり取りは何か親近感がある。
はてな?と思って考えてみたら、いつも見ているどこぞの幼馴染コンビのやり取りに似ているのだ。
まぁそちらはブラハムさんほどぽわんと穏やかじゃないし、ファーガスさんみたいな変人じゃないけどさ。
「で、ファーガスのおっさん?なんか手立てはあるのか?」
恐らくわざとおっさんをつけてアレックが言う。
ファーガスさんの顔がピクッとしたが、怒りはしなかった。
魔法師としてアレックがお気に入りだからなのか、ボーンさん効果なのかよくわからない。
大体、ファーガスさんとボーンさんてどんな関係なんだ??
全く謎である。
「それはライオネル殿下の分離についての質問なのか?それとも大本である海神に対する対策についてなのか?」
「どっちもだろ?そんなの。」
「確かに同時に考える必要はあるが、性質の違うものを同じテーブルで考えるのは間違いの元となる。避けた方が良いだろう。ニつの事柄、それぞれに対して対策を練り、それからすり合わせて治療を行うべきだと私は思うね。」
「……なるほどね。確かにそうだよな。」
ファーガスさんの返しに、アレックはふむとばかりに考え込んだ。
アレックは変人のファーガスさんをちょっと小馬鹿にしていた節があったが、変人と言うのは自分の専門分野では恐ろしい程の才能を持っているものだ。
その片鱗に勘づいたようで、アレックは真面目に話を聞き、考え始めた様だった。
「とは言え海神の方は、手立てを考える前にわしらは相手の事をよく知らん。」
「精霊自体もう殆どその姿を表さなくなったのに、その王と言われても見当もつかん。」
流石に医療魔法と医療魔術、双方の第一人者が揃っているだけあって、精神と肉体の分離についてはある程度の手立てが思いつく様子だ。
だが本来の問題である海神について何らかの対策をしなければ、ライオネル殿下は同じ事を繰り返すだろうし、今以上にこちらの予測の及ばない方法に出るかもしれない。
それに凍結しているとはいえ、精神と肉体の繋がりが薄れているこのままの状態を長引かせれば、ライオネル殿下は心身衰弱しきってしまう。
「……あの~。ちょっと良いですか?」
俺は迷った末、口を開いた。
全員の視線が俺に向けられる。
「お役に立てるかわからないのですが、ちょうど今、精霊に詳しい人間でしたらこの国に来ているんですけど……。」
「……精霊に詳しい人間?」
「はぁ。私の養父なのですが、東の国の神仕えなんです。精霊王についてはわからないかもしれませんが、精霊についてでしたら、詳しい事を理解しているかと思うのですが……どうしましょう??」
俺の言葉に、皆が目を見開いてぽかんとしていた。
まぁいきなり神仕えって言っても、意味が通じないよなぁ。
東の国以外に居ないものだし。
しかも王族の秘密に関わる事だから、王国の人間じゃない義父さんをどこまで信用するかって部分もあるだろうし。
俺は簡単に神仕えがどういうものか説明し、全く同じではないけれど、こっちで言うところの「精霊使い」みたいなものだと教えた。
東の国は他の国より精霊との関わりがまだ多く残っている事は知られているし、精霊使いが他の国ではほとんどいなくなってしまった事から、精霊との大きないざこざが起こると東の国に協力を求める事もあったから、神仕えを知っている人は知っている。
俺の言葉に皆が顔を見合わせる。
精霊の情報は欲しいところだろうが、問題が問題だけにこの場でそれを決める事は難しいだろう。
とりあえず王様に確認を取ってからと言うか流れになって、パスカルさんがその確認に部屋を出ていった。
この場は当面殿下の安全をどう守るかの話し合いに移る。
俺はそれをぼんやり聞きながら考えていた。
う~ん??
思わず言っちゃったけど、義父さん来てくれるかなぁ??
何しろ遊びに来た感満載だからなぁ、今……。
完全に仕事を忘れて子供のようにここでの生活を満喫している義父さんを思い返しながら、俺はちょっと苦笑いを浮かべたのだった。
テーブルが綺麗に片付けられた後、ブラハムさんがそう言った。
難しい顔をして、大きくため息をつく。
隣のアイビス子爵もやはり難しい顔をして腕組みをして目を閉じていた。
「今はブラハムの凍結によって進行が止まっているが、このまま行けば精神と肉体の結合率はどんどん下がっていくと思われる。そうなれば精神との繋がりを失った肉体の生存能力も下がって行くだろう。」
「今までにこう言った事例はなかったんですか?ヘーゼル医務官長?」
「今までの記録にはありません。ですからライオネル殿下が何故、この様な方法を思いつかれたのか私には検討もつきません……。」
俺の質問に医務官長は苦しげな表情で答えた。
唯一王族内の海神に関する長年の資料を読んでいる事から、ライオネル殿下の治療の責任者は医務官長のヘーゼルさんに決まった。
元々そういう事になっていて海神の資料を読まされていたのだろうけれど、今までにない状況の上、アイビス子爵を始めとする一癖も二癖もある治療メンバーの責任者になってしまい、滅茶苦茶顔色が悪い。
なんか可哀相になってしまう。
「……記録なんか読まなくったって、実際、この人はずっと海神を自分の中に入れてたんだ。論より証拠ってヤツだよ。そんな文章よりも王子は自分自身で何よりもよくわかってたんだろ……。」
ボソッとまた、アレックが言った。
精神に影響を与える魔法や魔術というのは相手の精神に素手で触れる事に近い為、影響を受けてしまう事がある。
そうでなかったとしても、精神系の術というのは使う者の気力を激しく消耗させる。
アレックが消耗しているだけなのか、ライオネル殿下の精神の影響を受けているのかは俺にはわからなかった。
「だからって……大きすぎる存在が自分の中にいて、いつ自分の方が打ち負かされて肉体と離されてしまうんじゃないかって不安の中にあったのに、それを利用して切り離しちまおうなんて普通は考えねぇけどさ……。」
納得がいかない様な複雑な顔でアレックは続けた。
反対隣のブラハムさんが、ぽんぽんとその肩を叩いて労う。
「ひとまず話をまとめよう。」
ここでギルが場を仕切った。
本来ならこれもヘーゼル医務官長の役割だが、ちょっと本人も混乱していて今はそれができる感じではない。
まぁ仕方ないよな。
何しろアイビス子爵がいる場なのだから。
空気も読まなければ自分が変人の自覚もないし、おまけに子爵の生まれで、自分がその立場である事が当たり前なタイプだから。
そうなると若造とはいえ、爵位も上で昔から状況を理解しているギルが仕切るのが妥当となってくる。
「状況としてはリオに別人格が現れた。だがこれまでと違い、リオ本人がそれに抵抗する方法として、自分の精神と肉体を切り離す事で海神も肉体と切り離そうとしていると言う事で良いのか?」
「ああ、大体そういう事だ。」
何故かギルが俺の顔を見て確認を取ってくるので、仕方なく返事をする。
アイビス子爵か気に入らなそうにフンッと鼻を鳴らした。
「だがそれをした場合植物状態となり、器として海神を繋ぎ止めておきながらも別人格が出てくる事もないが、リオは生涯、二度と目覚める事はない。そういう事だな?」
「そう言う事。だけど細かく言うとちょっと違う。この人のは正確に言うと植物状態になろうとしてるんじゃないよ。完全に切り離そうとしてんもん。でもそれと同じ事が可能だからやったんだよ。本来なら肉体と精神が切り離されたら、肉体の方も段々と弱って行っていずれは死ぬ。だから植物状態の様にするには肉体の方をケアして維持し続けられる程の技術者が揃ってなければ無理なんだ。でもこの人は、それができる面子が揃う事をわかってたから迷い無くやったんだよ。」
ギルの言葉に、アレックが答えた。
目を向けギルは続ける。
「リオは自分を植物状態にしようとしているんじゃなかったのか?」
「わかりやすいようにそう言ったけど、正確には違う。見た感じ同じなんだけど、植物状態の時は精神と肉体が分離されてもまだ繋がりはある。ただ帰り方を忘れてるだけって感じ。それも長く続けば繋がりが脆くなって同じ事になる事が多いけどな。だから完全に繋がりを断ち切ろうとしてるこの人は、自分を植物状態にしようとしてるんじゃない。植物状態と言うより、何ていうか……仮死状態にしようとしてるって言った方が近いんだ。」
「医学的に言えば脳死状態になるかそうでないかと言ったところだ。若きグラント侯爵。」
そこにアイビス子爵が割り込んでくる。
脳死という現実的な言葉に場がざわりと揺らいだ。
だがギルは冷静で、むしろ深く話を聞こうと顔を向ける。
「脳死?精神と肉体が切り離されると脳死状態になると?」
「切り離されて直ぐに脳死に至る訳ではないが、植物状態とは違い、肉体と精神の繋がりが完全に断たれた場合、いずれ必ず脳死する。早くて数時間、遅くとも1週間以内にな。」
俺はびっくりしてしまった。
肉体と精神のニつが生命体の根本だというのは魔法や魔術または宗教や精神学的な考え方であり、医学的には認められていない考えだと思っていたからだ。
だがアイビス子爵は、精神と肉体の繋がりを医学的に説明できるデータを持っているようだった。
「そうか……植物状態と脳死状態の判別は難しいとされるが、そこに明らかな違いはあった。けれど医学的には測定できなかった……。それが精神と肉体の繋がりの有無だったのか……。」
「アズマ・サーク。それはまだ研究中であり論文になっていない事だ。他言無用願いたいね。」
「わかりました。アイビス医学師。」
流石は医学魔法の頂点に立つ大魔法師、無涙のヴァーダーだ。
むしろこの人は魔法師と言うより医学者だ。
俺は敬意を込めてアイビス子爵をあえて医学師と呼ぶと、一瞬呆気に取られた顔をした後、アイビス子爵は事の他満足気にフフンと鼻を鳴らした。
「わかっていればいい。」
そんなアイビス医学師の横でブラハムさんがふふふっと笑う。
なんかよくわからないけど、二人は仲がいいんだろうなぁと何となく思った。
「すみません。私は魔法や魔術、そして精神と肉体については詳しくわからないのですが……、つまりこのままだとライオネル殿下は脳死されてしまうと言う事ですか?!」
それまで専門外な為、黙って話を聞いていたイヴァンが控えめにそう言った。
アイビス医学師はちらりとイヴァンを見た後、頷いた。
「このまま何の手立ても打たなければ、肉体と精神が切り離されてしまうだろう。そうなればいずれ脳死に至る。そして殿下は二度と目を覚まされない。そういう状態だ。」
そこでやっと魔力のないメンバーにも、ライオネル殿下がどれだけ危険な状態にあるのか伝わった様だった。
気丈だったメイド長があぁと小さく声をもらして倒れかけ、パスカルさんが慌てて支える。
そのパスカルさんも顔面蒼白になっていた。
無理もない。
これだけの面子が揃っているのだ。
二度と目覚めないかもしれないと言っていても、どうにかなるものだと思っていたと思う。
けれど、精神と肉体の話をしていてもピンと来なかっただろうが、脳死という理解しやすい事実が突きつけられた事で、事の重みを理解してしまったのだ。
「イヴァン。だからお前がこの場に残された。わかるな?」
「……はい。隊長。」
ギルはいつもの無表情で淡々と言った。
それに対し、イヴァンは少し顔色を悪くしながらもはっきりとそう答える。
殿下の命に関わっている事となれば、警護体制も考えなければならない。
海神の秘密もさる事ながら、第一にライオネル殿下が命の危機にある事を外に漏らさない事が重要になってくる。
それは外から探ろうとするものを完全に排除しなければならない上、警護に当たる者に悟らせてはならないのだ。
臨時とはいえ警護責任者であるイヴァンの肩に、その事実が重くのしかかる。
「……できるな?」
「はい。」
重い視線を向けられたが、イヴァンはそれを真っ直ぐ見返して頷いた。
ギルもそれを見て、それ以上何も言わずに目を伏せた。
なんだかんだギルはイヴァンの技量を認めているし、信用しているのだと思う。
シルクを取り合った二人の間に見えた絆に俺は少し驚きを感じていた。
「で??手立てってなんかあんの?おっさん?」
事の重大さに言葉を失ったこの場に、またもアレックの無遠慮な声が響いた。
まぁ、このまま打ちひしがれてたら話が進まないんだけどさ。
こいつ、本当に頭が良いと言うか、自分が子供である事を最大限に利用してくるよなぁ~。
俺はチラッとアレックを見た。
それに気づいたアレックがベーと舌を出してくる。
もう少し可愛げがあればいいのに、本当にこまっしゃくれてやがる。
「おっさんなどと呼ぶな。気品を疑われるぞ?」
誰に対しておっさんと言った訳でもないのに、アイビス医学師が直ぐに返事を返した。
自分の事を言っているんだと思う辺り、ネガティブなんだかポジティブなんだか……。
「なら何て呼べばいいんだよ?おっさん?」
「私はおっさんではない。だが……そうだな……。君とアズマ・サークは特別に私をファーガスと呼ぶ事を許そう。」
「……は??」
突然、話に巻き込まれて俺は変な声が出た。
慌てて口を押さえる。
アイビス医学師はちらりと俺を見たが、気にするでもなく相変わらず高飛車な顔をしていた。
「アレック君は優れた魔法師だ。そしてエアーデの弟子でもある。よって当然の権利だ。アズマ・サークは……まぁ、思ったより医学を理解しているようだからな。特別だ。」
「ファーガス。サークに医学者と認めてもらえたのが嬉しかったなら、そう素直に言えば良かろうて。」
「私は別に喜んでなどおらん。」
穏やかに笑ってそう言ったブラハムさんに、アイビス医学師……と言うかファーガスさんはそう言ってフンッと顔を背けた。
何だろう?
この二人のやり取りは何か親近感がある。
はてな?と思って考えてみたら、いつも見ているどこぞの幼馴染コンビのやり取りに似ているのだ。
まぁそちらはブラハムさんほどぽわんと穏やかじゃないし、ファーガスさんみたいな変人じゃないけどさ。
「で、ファーガスのおっさん?なんか手立てはあるのか?」
恐らくわざとおっさんをつけてアレックが言う。
ファーガスさんの顔がピクッとしたが、怒りはしなかった。
魔法師としてアレックがお気に入りだからなのか、ボーンさん効果なのかよくわからない。
大体、ファーガスさんとボーンさんてどんな関係なんだ??
全く謎である。
「それはライオネル殿下の分離についての質問なのか?それとも大本である海神に対する対策についてなのか?」
「どっちもだろ?そんなの。」
「確かに同時に考える必要はあるが、性質の違うものを同じテーブルで考えるのは間違いの元となる。避けた方が良いだろう。ニつの事柄、それぞれに対して対策を練り、それからすり合わせて治療を行うべきだと私は思うね。」
「……なるほどね。確かにそうだよな。」
ファーガスさんの返しに、アレックはふむとばかりに考え込んだ。
アレックは変人のファーガスさんをちょっと小馬鹿にしていた節があったが、変人と言うのは自分の専門分野では恐ろしい程の才能を持っているものだ。
その片鱗に勘づいたようで、アレックは真面目に話を聞き、考え始めた様だった。
「とは言え海神の方は、手立てを考える前にわしらは相手の事をよく知らん。」
「精霊自体もう殆どその姿を表さなくなったのに、その王と言われても見当もつかん。」
流石に医療魔法と医療魔術、双方の第一人者が揃っているだけあって、精神と肉体の分離についてはある程度の手立てが思いつく様子だ。
だが本来の問題である海神について何らかの対策をしなければ、ライオネル殿下は同じ事を繰り返すだろうし、今以上にこちらの予測の及ばない方法に出るかもしれない。
それに凍結しているとはいえ、精神と肉体の繋がりが薄れているこのままの状態を長引かせれば、ライオネル殿下は心身衰弱しきってしまう。
「……あの~。ちょっと良いですか?」
俺は迷った末、口を開いた。
全員の視線が俺に向けられる。
「お役に立てるかわからないのですが、ちょうど今、精霊に詳しい人間でしたらこの国に来ているんですけど……。」
「……精霊に詳しい人間?」
「はぁ。私の養父なのですが、東の国の神仕えなんです。精霊王についてはわからないかもしれませんが、精霊についてでしたら、詳しい事を理解しているかと思うのですが……どうしましょう??」
俺の言葉に、皆が目を見開いてぽかんとしていた。
まぁいきなり神仕えって言っても、意味が通じないよなぁ。
東の国以外に居ないものだし。
しかも王族の秘密に関わる事だから、王国の人間じゃない義父さんをどこまで信用するかって部分もあるだろうし。
俺は簡単に神仕えがどういうものか説明し、全く同じではないけれど、こっちで言うところの「精霊使い」みたいなものだと教えた。
東の国は他の国より精霊との関わりがまだ多く残っている事は知られているし、精霊使いが他の国ではほとんどいなくなってしまった事から、精霊との大きないざこざが起こると東の国に協力を求める事もあったから、神仕えを知っている人は知っている。
俺の言葉に皆が顔を見合わせる。
精霊の情報は欲しいところだろうが、問題が問題だけにこの場でそれを決める事は難しいだろう。
とりあえず王様に確認を取ってからと言うか流れになって、パスカルさんがその確認に部屋を出ていった。
この場は当面殿下の安全をどう守るかの話し合いに移る。
俺はそれをぼんやり聞きながら考えていた。
う~ん??
思わず言っちゃったけど、義父さん来てくれるかなぁ??
何しろ遊びに来た感満載だからなぁ、今……。
完全に仕事を忘れて子供のようにここでの生活を満喫している義父さんを思い返しながら、俺はちょっと苦笑いを浮かべたのだった。
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入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
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