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第九章「海神編」
東の国の神仕え
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マダムだって言っていた。
俺は偶然ではなく意図して東の国で育ったのだと。
何か見えない力によって、義父さんの所に連れて来られたのだと……。
神仕えなら誰でも良かったんじゃない。
おそらく義父さんでなければならなかったのだ。
東の国で唯一、名を持たぬ神仕え。
その人でなければならなかったんだ……。
どうやら義父さんが、あの最大級の精霊災害に関わっているのはマジらしい。
ただ、神仕えが東の国の国家機密である事から教科書なんかに神仕えと言う言葉は使われなかったし、場所を濁して書いてあったり、解決方法も曖昧な書き方しかされていなかったのだ。
だから逆に言うと、何があったか正確な情報を知っているのは、その時その場に居合わせた人達だけなのだ。
どうやらボーンさん同様、ブラハムさんとファーガスさんもその場にいたらしい。
アレックは学校などにはあまり通っておらず、勉強なんかも殆ど全てボーンさんから習っていた。
だからその話をボーンさんから直接聞いていたから、政治的に忖度されたものではなく、正確な情報を知っていたのだ。
「……で??当の息子である俺の方が、正確な情報を知らなかったって訳かよ……。」
何か、捻くれたくなる。
変に拗ねて落ち込んでいる俺に、義父さんが申し訳なさそうにしている。
「ごめんね、サク。義父さんいつも教会に閉じこもっているから、あまり世の中の事は知らなくて……。それにあの時も本当、いつもみたいに教会会議で行ってこいって言われて行ってきただけの話だったから、そんな子どもたちが学ぶ教科書に乗っている話で、しかもそれがあの事だったなんて思わなかったんだよ……。」
「義父さん……天然も大概にしないと、俺、グレますからね……。」
こんなもう自立した息子にグレると脅されてもとは思うけどさ~、マジでグレてやりたい……。
だいたいだ。
たとえ政治的に忖度があったとしたって、普通はそれをした本人は自覚があるはずなのだ。
なのにこれだ。
義父さんは自分で自分の事をわかっちゃいない。
この人は本気でいつものように仕事に向かって、いつものように帰ってきた事の一つだと思っているのだ。
天然なのはわかってるけど、よもやここまで重症な人だなんて誰が思う?!
「もうヤダ~!何を信じればいいの~?!」
「いい加減、落ち着けよ?いい歳してみっともねぇなぁ~。」
横でアレックがそう言って、大盛りの肉丼を掻き込んでいた。
肉丼、旨そうだな?
俺も肉丼にすれば良かった。
あの後、とにかく緊急に今後の事を話し合う必要があると言う事で、まずはブラハムさんとファーガスさんが王様と話し合いに行った。
午後からはまた関係者全員を集めて話し合いになる。
一応、ギルに伝言を出して、イヴァンには知らせるなと伝えた。
じゃないとあいつ、無理矢理出てきそうだからな。
真面目なのは良い事だが、程々にしないと倒れるから。
そんな訳で、その会議が始まるまでの間、俺達は空き時間と言う事になった。
ちなみに殿下にはヘーゼル医務官長がついてくれている。
それで今、俺らは食堂にいる。
俺もアレックもアフタヌーンティーセットぐらいでは足りなかったので食事をしに来たのだ。
目の前の熱々のピザを口に運びながら、俺はため息をついた。
「……て言うか!!アレックっ!!お前またっ!!」
「だって、旨そうなんだもん。」
俺の皿から、アレックがピザを一切れ勝手に奪っていく。
何でこいつはこんなに悪びれもなく、俺の皿から食べ物を奪うんだよ?!
でも、チーズが熱かったのか、口に入れようとしてビクッとなっている。
あっはっは!猫舌め!!
天罰だよ、アレック。
ざまあみろ。
「ふふふっ、二人は仲がいいんだねぇ~。」
義父さんがそう言いながらポテトを齧っている。
何か物凄い違和感を感じるが、楽しそうだからまぁいいや。
俺とアレックの食事に付き合う形で従業員用の食堂に来た義父さんは、中央王国と言ったらフレンチフライだよね!と妙にテンション高く、フライドポテトを注文していた。
お腹はそんなに空いてないみたいだけど、小腹は空いていたらしい。
もぐもぐと嬉しそうにポテトを食べていて、これが東の国の最終兵器とも言える名を持たない神仕えである事が俺にはどうしてもしっくりこなかった。
「なんだい?サク?ポテト食べるかい??」
「あ、うん……。ちょっと食べる。」
そう言って分けてもらう。
うん、やっぱり芋は最強だよな~。
義父さんはアレックにも分けてやっていた。
「あ!アズマ総括!!」
その声に振り向くと、宮廷魔術師の数人がやはり昼飯を買いに来ていた。
持ち帰りにしたみたいで、袋を下げている。
「お、お疲れ様~。」
「お疲れ様です!フライドチキン!届きました!ご馳走様です!!」
「届いた?良かった。」
他の魔術師達も口々にご馳走様ですと言って去っていった。
彼らも色々大変だけど、モチベーションの足しになったなら良かった。
笑いながら去っていく姿を見て、俺はほっとしていた。
「……今度は何っ?!」
俺は顔を戻し、アレックを睨む。
アレックはガシっと俺の腕を掴んで、目を大きく開いて見上げてきていた。
「あいつら!凄く旨そうな匂いがした!!フライドチキンってなんだよ?!旨い店なのか?!」
「あ~、下町に凄く人気のフライドチキンの店があんだよ。そこのフライドチキンを差し入れしたんだ。」
「どこだ?!俺も連れてってくれ!!」
「ん~、そのうちな??」
いつもの小憎たらしい感じではなく、めちゃくちゃ純粋な目をしてそう言われ、俺はプッと吹き出して頭をぽんぽん撫でた。
猫耳が柔らかくて触り心地がいい。
「約束だぞ?!サーク!!」
「はいはい。」
いつもこんな感じなら可愛いのになぁ~猫耳少年。
でも調子に乗って撫でていると、パシっと手を叩かれた。
気まぐれである。
アレックは本当、ネコ科の半獣人だよな~。
「て言うか、義父さん。俺、色々知らないで来てもらっちゃったけどさ?大丈夫な訳??」
俺は気になっていたのでそう聞いた。
ピザと一緒に買ったナゲットを、アレックに取られないようにガードしながら口に放り込む。
「何がだい?サク??」
「だって、神仕えって国家機密なんでしょ?なのに儀式とかしちゃったからさ。」
「大丈夫だと思うよ。王様とお話した時、正式に協力要請をしておいてもらえるように頼んだから。」
「そうなの?!」
「ああ。王様から伺った感じだと、片手間に精霊について説明するだけでは難しそうな気がしてね。まぁでも、いきなり儀式までする必要が出てくるとは思わなかったんだけど。」
義父さんはのほほんとパックのリンゴジュースを飲んでいる。
話している内容が内容なのに、どうして義父さんは義父さんのままなんだろう……。
緊張感の無さに俺の頭は少し混乱していた。
「それに神仕えの技って言っても、単に神様とお話する方法だよ?精霊師の技が東の国特有に文化化して継承されてきただけだし。儀式だって見たからってすぐマネできるものでも無いだろう?」
「そうだけどさ……。」
「うん、まぁ、もしかしたら東の国に帰ったら、軽く怒られるかもしれないけどね。」
「大丈夫なの?!それ?!」
「大丈夫だよ?そんな大した事じゃないさ。」
義父さんはけらけら笑っているのだが、本当に大丈夫なのだろうか……。
俺は一抹の不安を感じざるおえなかった。
「……精神系魔術師、ですか?」
午後になり、ライオネル殿下の為の会議が開かれた。
別室で王様も出席する形で行われた会議には、宰相であるルードビッヒさんも参加していた。
他は前回のメンバーでイヴァンとアレックがいない。
イヴァンは言わずもがな不参加で、アレックは万が一に備えて殿下の寝室に残ってもらっていた。
会議は話し合いと言うよりは、義父さんが一人で話している感じだった。
義父さんから見た状況を説明し、今後、取れる手段を話しているところだった。
「はい。第三王子様と海神様の精神は肉体と精神を切り離そうとした事により、とても深い所にいらっしゃいます。そうなると私がどんなに話しかけましても、海神様とお話しする事ができません。ですからそこまで潜れる力が必要となってきます。あいにく私はただの神仕え。そう言った力はありません。私にできますのは、神様とお話しして要望をお聞きしたり、落ち着いて頂いたりする事のみでございます。ですがお話できない状況では、どうする事もできません。」
義父さんの言葉に、会議の場はざわついた。
それはそうだ。
義父さんの言っている事はわかる。
だが他者の精神深部に潜れる精神系魔術師や精神系魔法師となると、そう簡単な話ではないのだ。
精神系魔術師はただの魔術師ではない。
精神系魔法師も同様。
特殊であり特別な存在になる。
全ての国を見渡しても数える程しかいないのだ。
「ちなみに、どの程度の精神系の魔術師もしくは魔法師が必要ですか?」
ファーガスさんがそう言った。
さすが、医療魔法師のトップに君臨する無涙のヴァーダーには多少の宛があるようだ。
確かに精神系の魔術師・魔法師と言っても振れ幅はある。
日常の不安を取り除いたりする者なら国内を探せば何とか見つかる。
その中に求めるレベルの精神系魔法師もしくは魔術師がいる可能性はある。
「第三王子様の中に居られるのは世界を支える御神の一柱、海神様だと伺いました。精神の深層部に入り、なおかつ御神の存在に耐え得る方でなければ危険でしょう。」
これには全員が顔を曇らすしかなかった。
そこまでの精神系の魔術師か魔法師となれば、トップクラスでなければならない。
「精神魔術の権威といえば、ガファール・アブリヤゾフだが、西の国の人物だ……。今のこの状態で招く事は難しいだろう……。」
「そうだな。西の国はランスロット第二王子殿下に呪いをつけて操ろうとした。国として西の国の魔術師を入国させる事はできない。」
ファーガスさんの言葉に、冷たくルードビッヒ・ラティーマー宰相(ミドルネーム省略)は言った。
ライオネル殿下の危機ではあるが、ランスロット殿下に呪いを仕組んだ国から魔術師を招くのは無謀だ。
本人がまともな人でも、西の国がどんな手を使ってくるかなんてわからない。
しかも南の国が欲しがっている海神に会わせる訳なのだから、南の国だって何かしら絡んでくる恐れがある。
宰相としては、最悪ライオネル殿下を見捨てても、国を守る判断をせざる負えないのだ。
「ブラハム、そっちでは誰かおらんのか??」
「……精神系魔術を扱え得意とするとなるとな……。昨年、フーボーが旅だった事が悔やまれるよ……。」
ブラハムさんが大きくため息をついた。
俺は会った事はないが、フーボーさんというのは精神系魔術師だったのだろう。
亡くなられているならもうどうする事もできない。
他にも数人の名前が出たが、やはり在住が南の国だったり、生死不明だったり、力不足が否めなかったりと道筋がつかなかった。
「……誰かいないのか?!」
ダンッと机を叩き、苦しげに誰かがそう言った。
その声はとても切羽詰まっていて、胸が痛くなる声だった。
「ギル……。」
「こうしている間にも、リオは衰弱していっているのだろう?!」
「落ち着けよ……。らしくない。皆、ライオネル殿下を助けたくて話し合ってるんだ。お前だってわかっているだろう?」
俺がそう言うと、ギルは一度大きく息を吐き出した。
そして取り乱してすみませんと小声で謝った。
場にギルのやるせない気持ちが充満した。
空気は重くなり、誰も何も言わなくなった。
「……第三王子様の警護隊長さんでしたね……。何でも幼馴染でいらっしゃるとか。」
「はい……。」
そこに義父さんの穏やかな声が響いた。
ギルは申し訳なさそうに顔を上げ、義父さんを見つめた。
「信じて上げてください。私が見た所、器となっているあの方はとても強い方です。自分より遥かに大きな御神に決して屈しなかった。人一人が神様に意見するのは、とても勇気がいる事です。かの王子様はそれをなされた。そして今でもそうされているのです。だから信じて上げてください。幼馴染である貴方があの方の強さを。」
「……はい……。」
静かに話した義父さんの言葉に、ギルはそう返事をした。
そして俯いて、黙っていた。
義父さんは小さく頷き、そして前を向いた。
「ひとまず、精神系魔術師・魔法師の事は後にしまして、私が取るべきだと考えている事をお話します。」
義父さんの言葉に皆が顔を向けた。
俺もただ、同じようにそうした。
「私が取るべきだと考えていますのは、御神を元の場所にお還しする事です。」
義父さんははっきりとそう言った。
ざわりと会議の場が揺れる。
「そもそも、神様を人の中に入れて幾世代も受け継いでいる事自体がおかしな事だと私は思います。どの様な事情からそうされているのかは存じ上げませんが、これだけは言えます。王子様の中にいる御神は、人の手に負える方ではありません。御神が友好的だから何も起こらないだけで、あの方の中にいらっしゃる神様は、この国どころか周辺含めて一瞬で死の国に変える事が可能でいらっしゃいます。すでに、御神は苛立ちを表に表されました。このまま人の中に受け継いで行く事は不可能です。もしも続ければ、次こそは御神によってこの国が吹き飛ぶ事になるでしょう。」
義父さんはまっすぐに前を見てそう言った。
王様に会うなんてとあわあわしていたのと同じ人だとは思えなかった。
あぁ、この人は神仕えなんだ。
俺はそう思った。
神様に寄り添い、時には窘め、時には慰め、共に生きていく。
だから人の事情で神様が人の中に長年閉じ込められている事に違和感しか感じないのだ。
神様は結構身勝手で考え方も人とは違うけれど、それでもいつも隣にいる見えない隣人なのだ。
自由に自然の中にいて、たまに人を困らせるけれど、彼らは彼らなりのルールに従って生きているだけだ。
力が借りたいなら、その都度、お願いに行けばいい。
人と人との関わりだってそうなのだから、神様と人との関わりだって同じでなければおかしい。
その為に無下に神様を縛り付けるのは、間違っていると思ったのだろう。
事情があって、一時的に神様を身に宿す事はある。
お互いの好意の上で、その身に住まわせ、共に生きる事はある。
でも意味もなく神様を幾世代も人の中に繋ぎ続けるなんて、失礼な事だとも言える。
しかも小さな神様って訳じゃない。
人の中に宿すには大きすぎる神様をだ。
今まではそれでも海神は大人しくそれに付き合ってくれていたが、一度苛立ちを感じた以上、もう、同じようにはいかないだろう。
「しかし……。」
「簡単なお話は聞きました。かつて南の国が捉えて利用しようとした神様を保護する形で人の中に隠したのだと。ですがそれは遥か昔のお話です。もう元の場所にお還しすべきです。」
「だが、今、南の国はまた戦争を考え、海神を手に入れようとしている。その中で海神を海に還すというのは危険ではなかろうか?」
「貴方方は、御神がまた人に捕まるとお考えなのですか?」
「それは……。」
「海神様はどうも人に対しとても友好的な神様の様です。それは今まで人の中に囚われていても、何も不満を示さなかった事からも想像できる事です。だから世界を司る一柱だと言うのに、かつて人に捉えられてしまったのでしょう。ですが御神は自分を利用しようと人が捉えた事を覚えています。そしてそのせいで自分の子どもたちである海竜が不遇の目に合った事も知っています。何より、海神様は精霊の王のお一人です。その力は巨大ハリケーンを作り出したシルフさんたちよりもずっと強いのです。あのハリケーンにすら太刀打ちできない我々人間が、いくら人に好意的だからといって、もう一度御神を捉え、利用できるとお考えですか?!」
ピシャリ、とばかりに義父さんは言った。
まぁ、そうなんだよね。
巨大ハリケーンが最大の精霊災害って言ってるけど、それを精霊の王である海神がおっぱじめたら、パンゲアなんて簡単に海の底に沈められて、全世界滅んで終わりだから。
王様たちも、最大の精霊災害である巨大ハリケーンと言う現実的に想像しやすい例を出した事もあってか、やっと自分たちがどういうものをライオネル殿下の中に入れて隠し持っていたのか理解できたようだ。
顔が結構、青ざめてる。
それを確認し、義父さんは満足げに頷く。
そして固まる皆に、にっこりと微笑んで言った。
「私は御神とお話しして、元いた場所にお還ししたいと考えています。」
皆、言葉が出なかった。
でも俺は、当然だよなと一人冷静に思っていた。
俺は偶然ではなく意図して東の国で育ったのだと。
何か見えない力によって、義父さんの所に連れて来られたのだと……。
神仕えなら誰でも良かったんじゃない。
おそらく義父さんでなければならなかったのだ。
東の国で唯一、名を持たぬ神仕え。
その人でなければならなかったんだ……。
どうやら義父さんが、あの最大級の精霊災害に関わっているのはマジらしい。
ただ、神仕えが東の国の国家機密である事から教科書なんかに神仕えと言う言葉は使われなかったし、場所を濁して書いてあったり、解決方法も曖昧な書き方しかされていなかったのだ。
だから逆に言うと、何があったか正確な情報を知っているのは、その時その場に居合わせた人達だけなのだ。
どうやらボーンさん同様、ブラハムさんとファーガスさんもその場にいたらしい。
アレックは学校などにはあまり通っておらず、勉強なんかも殆ど全てボーンさんから習っていた。
だからその話をボーンさんから直接聞いていたから、政治的に忖度されたものではなく、正確な情報を知っていたのだ。
「……で??当の息子である俺の方が、正確な情報を知らなかったって訳かよ……。」
何か、捻くれたくなる。
変に拗ねて落ち込んでいる俺に、義父さんが申し訳なさそうにしている。
「ごめんね、サク。義父さんいつも教会に閉じこもっているから、あまり世の中の事は知らなくて……。それにあの時も本当、いつもみたいに教会会議で行ってこいって言われて行ってきただけの話だったから、そんな子どもたちが学ぶ教科書に乗っている話で、しかもそれがあの事だったなんて思わなかったんだよ……。」
「義父さん……天然も大概にしないと、俺、グレますからね……。」
こんなもう自立した息子にグレると脅されてもとは思うけどさ~、マジでグレてやりたい……。
だいたいだ。
たとえ政治的に忖度があったとしたって、普通はそれをした本人は自覚があるはずなのだ。
なのにこれだ。
義父さんは自分で自分の事をわかっちゃいない。
この人は本気でいつものように仕事に向かって、いつものように帰ってきた事の一つだと思っているのだ。
天然なのはわかってるけど、よもやここまで重症な人だなんて誰が思う?!
「もうヤダ~!何を信じればいいの~?!」
「いい加減、落ち着けよ?いい歳してみっともねぇなぁ~。」
横でアレックがそう言って、大盛りの肉丼を掻き込んでいた。
肉丼、旨そうだな?
俺も肉丼にすれば良かった。
あの後、とにかく緊急に今後の事を話し合う必要があると言う事で、まずはブラハムさんとファーガスさんが王様と話し合いに行った。
午後からはまた関係者全員を集めて話し合いになる。
一応、ギルに伝言を出して、イヴァンには知らせるなと伝えた。
じゃないとあいつ、無理矢理出てきそうだからな。
真面目なのは良い事だが、程々にしないと倒れるから。
そんな訳で、その会議が始まるまでの間、俺達は空き時間と言う事になった。
ちなみに殿下にはヘーゼル医務官長がついてくれている。
それで今、俺らは食堂にいる。
俺もアレックもアフタヌーンティーセットぐらいでは足りなかったので食事をしに来たのだ。
目の前の熱々のピザを口に運びながら、俺はため息をついた。
「……て言うか!!アレックっ!!お前またっ!!」
「だって、旨そうなんだもん。」
俺の皿から、アレックがピザを一切れ勝手に奪っていく。
何でこいつはこんなに悪びれもなく、俺の皿から食べ物を奪うんだよ?!
でも、チーズが熱かったのか、口に入れようとしてビクッとなっている。
あっはっは!猫舌め!!
天罰だよ、アレック。
ざまあみろ。
「ふふふっ、二人は仲がいいんだねぇ~。」
義父さんがそう言いながらポテトを齧っている。
何か物凄い違和感を感じるが、楽しそうだからまぁいいや。
俺とアレックの食事に付き合う形で従業員用の食堂に来た義父さんは、中央王国と言ったらフレンチフライだよね!と妙にテンション高く、フライドポテトを注文していた。
お腹はそんなに空いてないみたいだけど、小腹は空いていたらしい。
もぐもぐと嬉しそうにポテトを食べていて、これが東の国の最終兵器とも言える名を持たない神仕えである事が俺にはどうしてもしっくりこなかった。
「なんだい?サク?ポテト食べるかい??」
「あ、うん……。ちょっと食べる。」
そう言って分けてもらう。
うん、やっぱり芋は最強だよな~。
義父さんはアレックにも分けてやっていた。
「あ!アズマ総括!!」
その声に振り向くと、宮廷魔術師の数人がやはり昼飯を買いに来ていた。
持ち帰りにしたみたいで、袋を下げている。
「お、お疲れ様~。」
「お疲れ様です!フライドチキン!届きました!ご馳走様です!!」
「届いた?良かった。」
他の魔術師達も口々にご馳走様ですと言って去っていった。
彼らも色々大変だけど、モチベーションの足しになったなら良かった。
笑いながら去っていく姿を見て、俺はほっとしていた。
「……今度は何っ?!」
俺は顔を戻し、アレックを睨む。
アレックはガシっと俺の腕を掴んで、目を大きく開いて見上げてきていた。
「あいつら!凄く旨そうな匂いがした!!フライドチキンってなんだよ?!旨い店なのか?!」
「あ~、下町に凄く人気のフライドチキンの店があんだよ。そこのフライドチキンを差し入れしたんだ。」
「どこだ?!俺も連れてってくれ!!」
「ん~、そのうちな??」
いつもの小憎たらしい感じではなく、めちゃくちゃ純粋な目をしてそう言われ、俺はプッと吹き出して頭をぽんぽん撫でた。
猫耳が柔らかくて触り心地がいい。
「約束だぞ?!サーク!!」
「はいはい。」
いつもこんな感じなら可愛いのになぁ~猫耳少年。
でも調子に乗って撫でていると、パシっと手を叩かれた。
気まぐれである。
アレックは本当、ネコ科の半獣人だよな~。
「て言うか、義父さん。俺、色々知らないで来てもらっちゃったけどさ?大丈夫な訳??」
俺は気になっていたのでそう聞いた。
ピザと一緒に買ったナゲットを、アレックに取られないようにガードしながら口に放り込む。
「何がだい?サク??」
「だって、神仕えって国家機密なんでしょ?なのに儀式とかしちゃったからさ。」
「大丈夫だと思うよ。王様とお話した時、正式に協力要請をしておいてもらえるように頼んだから。」
「そうなの?!」
「ああ。王様から伺った感じだと、片手間に精霊について説明するだけでは難しそうな気がしてね。まぁでも、いきなり儀式までする必要が出てくるとは思わなかったんだけど。」
義父さんはのほほんとパックのリンゴジュースを飲んでいる。
話している内容が内容なのに、どうして義父さんは義父さんのままなんだろう……。
緊張感の無さに俺の頭は少し混乱していた。
「それに神仕えの技って言っても、単に神様とお話する方法だよ?精霊師の技が東の国特有に文化化して継承されてきただけだし。儀式だって見たからってすぐマネできるものでも無いだろう?」
「そうだけどさ……。」
「うん、まぁ、もしかしたら東の国に帰ったら、軽く怒られるかもしれないけどね。」
「大丈夫なの?!それ?!」
「大丈夫だよ?そんな大した事じゃないさ。」
義父さんはけらけら笑っているのだが、本当に大丈夫なのだろうか……。
俺は一抹の不安を感じざるおえなかった。
「……精神系魔術師、ですか?」
午後になり、ライオネル殿下の為の会議が開かれた。
別室で王様も出席する形で行われた会議には、宰相であるルードビッヒさんも参加していた。
他は前回のメンバーでイヴァンとアレックがいない。
イヴァンは言わずもがな不参加で、アレックは万が一に備えて殿下の寝室に残ってもらっていた。
会議は話し合いと言うよりは、義父さんが一人で話している感じだった。
義父さんから見た状況を説明し、今後、取れる手段を話しているところだった。
「はい。第三王子様と海神様の精神は肉体と精神を切り離そうとした事により、とても深い所にいらっしゃいます。そうなると私がどんなに話しかけましても、海神様とお話しする事ができません。ですからそこまで潜れる力が必要となってきます。あいにく私はただの神仕え。そう言った力はありません。私にできますのは、神様とお話しして要望をお聞きしたり、落ち着いて頂いたりする事のみでございます。ですがお話できない状況では、どうする事もできません。」
義父さんの言葉に、会議の場はざわついた。
それはそうだ。
義父さんの言っている事はわかる。
だが他者の精神深部に潜れる精神系魔術師や精神系魔法師となると、そう簡単な話ではないのだ。
精神系魔術師はただの魔術師ではない。
精神系魔法師も同様。
特殊であり特別な存在になる。
全ての国を見渡しても数える程しかいないのだ。
「ちなみに、どの程度の精神系の魔術師もしくは魔法師が必要ですか?」
ファーガスさんがそう言った。
さすが、医療魔法師のトップに君臨する無涙のヴァーダーには多少の宛があるようだ。
確かに精神系の魔術師・魔法師と言っても振れ幅はある。
日常の不安を取り除いたりする者なら国内を探せば何とか見つかる。
その中に求めるレベルの精神系魔法師もしくは魔術師がいる可能性はある。
「第三王子様の中に居られるのは世界を支える御神の一柱、海神様だと伺いました。精神の深層部に入り、なおかつ御神の存在に耐え得る方でなければ危険でしょう。」
これには全員が顔を曇らすしかなかった。
そこまでの精神系の魔術師か魔法師となれば、トップクラスでなければならない。
「精神魔術の権威といえば、ガファール・アブリヤゾフだが、西の国の人物だ……。今のこの状態で招く事は難しいだろう……。」
「そうだな。西の国はランスロット第二王子殿下に呪いをつけて操ろうとした。国として西の国の魔術師を入国させる事はできない。」
ファーガスさんの言葉に、冷たくルードビッヒ・ラティーマー宰相(ミドルネーム省略)は言った。
ライオネル殿下の危機ではあるが、ランスロット殿下に呪いを仕組んだ国から魔術師を招くのは無謀だ。
本人がまともな人でも、西の国がどんな手を使ってくるかなんてわからない。
しかも南の国が欲しがっている海神に会わせる訳なのだから、南の国だって何かしら絡んでくる恐れがある。
宰相としては、最悪ライオネル殿下を見捨てても、国を守る判断をせざる負えないのだ。
「ブラハム、そっちでは誰かおらんのか??」
「……精神系魔術を扱え得意とするとなるとな……。昨年、フーボーが旅だった事が悔やまれるよ……。」
ブラハムさんが大きくため息をついた。
俺は会った事はないが、フーボーさんというのは精神系魔術師だったのだろう。
亡くなられているならもうどうする事もできない。
他にも数人の名前が出たが、やはり在住が南の国だったり、生死不明だったり、力不足が否めなかったりと道筋がつかなかった。
「……誰かいないのか?!」
ダンッと机を叩き、苦しげに誰かがそう言った。
その声はとても切羽詰まっていて、胸が痛くなる声だった。
「ギル……。」
「こうしている間にも、リオは衰弱していっているのだろう?!」
「落ち着けよ……。らしくない。皆、ライオネル殿下を助けたくて話し合ってるんだ。お前だってわかっているだろう?」
俺がそう言うと、ギルは一度大きく息を吐き出した。
そして取り乱してすみませんと小声で謝った。
場にギルのやるせない気持ちが充満した。
空気は重くなり、誰も何も言わなくなった。
「……第三王子様の警護隊長さんでしたね……。何でも幼馴染でいらっしゃるとか。」
「はい……。」
そこに義父さんの穏やかな声が響いた。
ギルは申し訳なさそうに顔を上げ、義父さんを見つめた。
「信じて上げてください。私が見た所、器となっているあの方はとても強い方です。自分より遥かに大きな御神に決して屈しなかった。人一人が神様に意見するのは、とても勇気がいる事です。かの王子様はそれをなされた。そして今でもそうされているのです。だから信じて上げてください。幼馴染である貴方があの方の強さを。」
「……はい……。」
静かに話した義父さんの言葉に、ギルはそう返事をした。
そして俯いて、黙っていた。
義父さんは小さく頷き、そして前を向いた。
「ひとまず、精神系魔術師・魔法師の事は後にしまして、私が取るべきだと考えている事をお話します。」
義父さんの言葉に皆が顔を向けた。
俺もただ、同じようにそうした。
「私が取るべきだと考えていますのは、御神を元の場所にお還しする事です。」
義父さんははっきりとそう言った。
ざわりと会議の場が揺れる。
「そもそも、神様を人の中に入れて幾世代も受け継いでいる事自体がおかしな事だと私は思います。どの様な事情からそうされているのかは存じ上げませんが、これだけは言えます。王子様の中にいる御神は、人の手に負える方ではありません。御神が友好的だから何も起こらないだけで、あの方の中にいらっしゃる神様は、この国どころか周辺含めて一瞬で死の国に変える事が可能でいらっしゃいます。すでに、御神は苛立ちを表に表されました。このまま人の中に受け継いで行く事は不可能です。もしも続ければ、次こそは御神によってこの国が吹き飛ぶ事になるでしょう。」
義父さんはまっすぐに前を見てそう言った。
王様に会うなんてとあわあわしていたのと同じ人だとは思えなかった。
あぁ、この人は神仕えなんだ。
俺はそう思った。
神様に寄り添い、時には窘め、時には慰め、共に生きていく。
だから人の事情で神様が人の中に長年閉じ込められている事に違和感しか感じないのだ。
神様は結構身勝手で考え方も人とは違うけれど、それでもいつも隣にいる見えない隣人なのだ。
自由に自然の中にいて、たまに人を困らせるけれど、彼らは彼らなりのルールに従って生きているだけだ。
力が借りたいなら、その都度、お願いに行けばいい。
人と人との関わりだってそうなのだから、神様と人との関わりだって同じでなければおかしい。
その為に無下に神様を縛り付けるのは、間違っていると思ったのだろう。
事情があって、一時的に神様を身に宿す事はある。
お互いの好意の上で、その身に住まわせ、共に生きる事はある。
でも意味もなく神様を幾世代も人の中に繋ぎ続けるなんて、失礼な事だとも言える。
しかも小さな神様って訳じゃない。
人の中に宿すには大きすぎる神様をだ。
今まではそれでも海神は大人しくそれに付き合ってくれていたが、一度苛立ちを感じた以上、もう、同じようにはいかないだろう。
「しかし……。」
「簡単なお話は聞きました。かつて南の国が捉えて利用しようとした神様を保護する形で人の中に隠したのだと。ですがそれは遥か昔のお話です。もう元の場所にお還しすべきです。」
「だが、今、南の国はまた戦争を考え、海神を手に入れようとしている。その中で海神を海に還すというのは危険ではなかろうか?」
「貴方方は、御神がまた人に捕まるとお考えなのですか?」
「それは……。」
「海神様はどうも人に対しとても友好的な神様の様です。それは今まで人の中に囚われていても、何も不満を示さなかった事からも想像できる事です。だから世界を司る一柱だと言うのに、かつて人に捉えられてしまったのでしょう。ですが御神は自分を利用しようと人が捉えた事を覚えています。そしてそのせいで自分の子どもたちである海竜が不遇の目に合った事も知っています。何より、海神様は精霊の王のお一人です。その力は巨大ハリケーンを作り出したシルフさんたちよりもずっと強いのです。あのハリケーンにすら太刀打ちできない我々人間が、いくら人に好意的だからといって、もう一度御神を捉え、利用できるとお考えですか?!」
ピシャリ、とばかりに義父さんは言った。
まぁ、そうなんだよね。
巨大ハリケーンが最大の精霊災害って言ってるけど、それを精霊の王である海神がおっぱじめたら、パンゲアなんて簡単に海の底に沈められて、全世界滅んで終わりだから。
王様たちも、最大の精霊災害である巨大ハリケーンと言う現実的に想像しやすい例を出した事もあってか、やっと自分たちがどういうものをライオネル殿下の中に入れて隠し持っていたのか理解できたようだ。
顔が結構、青ざめてる。
それを確認し、義父さんは満足げに頷く。
そして固まる皆に、にっこりと微笑んで言った。
「私は御神とお話しして、元いた場所にお還ししたいと考えています。」
皆、言葉が出なかった。
でも俺は、当然だよなと一人冷静に思っていた。
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