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第九章「海神編」
Long Long Ago
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そこから話は具体的な方法に移った。
精神魔術か魔法で意識の深部にいる海神と義父さんが話し、落ち着いてもらう。
ファーガスさんとアレック、そしてブラハムさんでライオネル殿下の意識を肉体に戻し、精神回復を行う。
療養を経てライオネル殿下の心身が回復したところで海神を海に還す、と言った内容だ。
「第三王子様の疲弊具合を考えると、別のものに御神をお移しして海にお還しするのが良いのですが……御神が御神なので、一時的とはいえ器とできるものがすぐには見つかりません。」
「……ランスロット殿下に一時的に宿して頂く事は不可能でしょうか?」
「その方にお会いした訳ではないので器としての素質をどれほどお持ちなのかわかりませんが、先程、呪いを受けられたと聞きました。今はそれから開放されているとはいえ、一度呪いをお受けになった方に御神をお入れするのは難しいでしょう。」
「それは何故ですか?」
「神様を宿す事と呪いを受ける事は正反対であり、また、同じ事でもあります。」
「と言うと?」
「理由は二つ。まず、正反対の性質と言う方面から話せば、凍らせたコップに熱湯を注いだ場合、どうなると思いますか?コップは正反対の急激な変化に耐えきれず割れます。もう一つ、同じ事と言う意味からいきますと、自分とは違う精神体を自分の中に入れれば当然心身は疲弊します。そんな疲れきっている所にまた巨大な精神体をお入れすれば、心身が耐えきれず己が保てなくなります。」
義父さんの説明でそれが無謀な事だと皆察したらしい。
でもランスロット殿下に入れられるんなら、ガブリエル皇太子に入れられないのか??
まぁ跡継ぎだからあまりそういう事はさせたくないんだろうけどさ。
でも気になったので聞いてみることにした。
「あの?ガブリエル皇太子は駄目なんですか??」
「アズマ・サーク!!言葉がすぎるぞ!!」
途端、ファーガスさんからお叱りを受けた。
いやでもライオネル殿下の命がかかってんだよ??
皇太子だけど、一時的に入れ物になってもらったっていいじゃんか??
ランスロット殿下の代わりにって言ったら、あの人、二つ返事でOKすると思うぞ??
「サーク、残念だがゲイブには器の素質がない……。もしも替われるなら私がそうしたいのだが、私にもその素質がない……許してくれ……。」
そう力なく王様が言った。
いつも脳天気な感じの王様が、悲しそうに笑っている。
「息子たちの中で素質があったのがランスとリオだった……。ランスは魔力を持っておった故、別人格が現れた際に強力な術を使う可能性があった。その為リオが選ばれたんだよ……。私の兄弟で素質があったのは下の姉と妹だった……。妹にやらせる訳には行かぬと下の姉が海神を宿したのだがな……。悲しい結果になった……。妹は南の国の貴族に嫁いでしまったし、呼び戻す事は難しい。他、血筋を探せばいたかもしれぬが……何しろ、叔父貴も皆、今回の件でな……。」
深いため息と共にジョシュア国王は言った。
俺に海神の事を話してくれた時も、凄く迷って凄く辛そうに話していた。
淡々と要点だけを話してくれたのにあんなにも辛そうだったのは、その被害をその目で見て知っていたからなのだろう。
「……こんな事なら、もっと早く海にお還しすべきだった。そうしたら姉上もリオも、こんなに苦しまずに済んだというのに……。方法がわからなかったとはいえ、調べもせず言われるまま決断できなかった私の責任だな……これも……。」
「いえ、国王陛下。少なくとも陛下は今、決断をされました。神仕えは東の国から基本出ませんし、他国の精霊師の術もほぼ途絶えてしまっています。そんな中で私がここに来たのが今それをすべきだという巡りだったのでしょう。」
「……ありがとう、神仕えであるあなたにそう言ってもらえると、この件の解決に全力を尽くさねばと前を向いていられる気がする。」
いつも陽気な人だと思っていたけれど、王様は王様でたくさんの事を抱えながら、それでも明るく振る舞っていたんだなと思う。
それ以上、誰も変わりの器については話さなかった。
「とは言え、精神魔術師か魔法師が見つからなねば、話は進まないという事だな……。」
「そうですね……。」
切り替えるように淡々とルードビッヒ宰相があったのが言った。
確かにそこがなければ始まらないのだ。
そして話はまた行き詰まりを見せる。
「……ブラハムさん、魔法陣を用いて集団魔術を使うという方法は不可能ですか??」
俺は考えた末そう言った。
確かに一人では魔力も素質も足りないかもしれないが、魔法陣を用いて集団魔術を使えば補えるのではないかと思ったのだ。
けれどそれは難しそうだとブラハムさんの顔色を見てわかった。
「不可能ではないが……それをした場合、複数の意識が働きかける事になる。その調和が乱れれば一気に逆浸食が起こりかねん。術を行っていた全ての者に精神異常を起しかねぬ。精神魔術とは人の意識の深層に潜り込むものだ。一つの硬い意識でなければ崩されやすい為、難しいじゃろう……。」
「一人の人間に対して行うなら可能かもしれないが、一つの肉体に二つの精神が宿るものだ。しかもその宿っている相手は精霊の王。たとえ精神魔術の素質のある者を集めた集団魔術であっても、それは危険が大きすぎるだろうな……。」
ブラハムさん、ファーガスさん両名からそう言われてしまい、俺は口を閉した。
つまり今回のケースでは、一人の魔術師で人間の精神の深層部分に入れる事が必須条件だ。
しかもそこには本人ともう一つ、精霊の王である海神の精神があるのだ。
それに耐え得るだけの魔力と精神力がいる。
無理だ。
それは無理だ。
負担が大きすぎる。
俺は頭の片隅に浮かんだ事を否定した。
いくら何でも負担が大きすぎる。
俺は目を閉じて、大きくため息をついた。
「サーク……。」
「……何だよ?」
そんな俺にギルが声をかけてきた。
無表情だが、重い視線がじっと俺を見据える。
「お前は……お前は何か宛はないのか??」
その問いに俺は言葉を詰まらせた。
すぐには答えられなかった。
何故なら完全にゼロではないからだ。
けれどそれは俺には選べない。
ギルは続けた。
らしくなく、少し興奮している様だった。
「お前は様々な所に出向いた。俺達の知らない多くのものに出会ったはずだ。……本当に宛はないのか?!」
「……ない。」
俺はないと答えた。
自分の中で無理だと結論が出た以上それはない。
だが気持ちに微かな迷いがあったのは確かだった。
「サークっ!!」
ギルはそんな俺の中の迷いを見逃さなかった。
勢い良く立ち上がり、俺に詰め寄る。
「お前が何を抱えているかは知らん!!だがな!リオの生死がかかっているんだ!!」
「そんな事はわかってる!!だからどうにかできないかと真剣に考えているんだろうが!!」
「だったら何を隠している?!」
「何も隠してなどいないっ!!」
「嘘をつくなっ!!いるんだろう?!心当たりがっ!!」
ギルは煮え切らない俺の態度に痺れを切らし、胸ぐらを掴んだ。
怒りを湛えた漆黒の瞳と間近で睨み合う。
ライオネル殿下を想うお前の気持ちはわかる。
どんな手を使ってでも助けたいのもわかる。
だが、俺にだって譲れない部分があるのだ。
胸倉を掴んだ腕を引き剥がす。
だがすぐにまた掴まれた。
グイッと引っ張られ、怒りを含んだ双眸が俺を睨む。
「答えろ!!サークっ!!」
そこからは若干、取っ組み合いの喧嘩だ。
掴みかかってくるから乱暴に引き離す。
突き飛ばす。
でもまた向かってきて掴みかかられる。
はじめは呆気に取られていた周りが止めなければと慌てだした時、俺の方もヒートアップしてしまい、掴みかかってくるギルに掴みかかった。
「……なら教えてやるっ!!いる!!一人だけいる!!可能かもしれない人間を俺は一人だけ知っている!!」
「だったらそいつを……っ!!」
「まだ子供なんだよ!!」
俺は叫んだ。
叫んで殴るようにしてギルを引き剥がして突き飛ばした。
「……え……?」
ギルは俺の言葉に衝撃を受けて固まっていた。
だがなんだか俺の苛立ちは治まらず、吐き捨てるように怒鳴った。
「まだ子供なんだよ!!そいつは!!アレックよりも幼い子供なんだよ!!お前はそんな幼い子どもに!!ただでさえ危険な精神魔術を使って!!精霊の王の一人がいる人の精神の深層部に潜れって言うのかよっ!!」
そう、俺は精神魔術を使える人間を一人だけ知っていた。
ラニだ。
竜の谷から来た小さな男の子。
あの子は精神魔術が使える。
それを可能とする魔力を持ち、実際、俺もヴィオールの呪いに当てられた時、それで精神の崩壊から助けられた。
だが、人の精神の深層部に入り込むというのはとても危険な事だ。
だからあの時、リアナが念入りに俺と呪いがリンクしていないかを確かめたのだ。
俺一人の精神に潜るなら問題なくとも、そこに竜の血の呪いと言う大きすぎる精神が繋がっていた場合、ラニまでも浸食を受ける危険があったからだ。
それに精神魔法師が人の精神の深層部に入り込んで出てこれなくなったと言う話も普通にある。
今回はただ人の精神の深層部に潜るんじゃない。
そこに世界を司る精神王の一人が存在しているのだ。
それは呪いとリンクしたままの俺の精神に入り込むのと同じだ。
そんな危険な事を、まだ自我の安定しきれていない小さな子どもにやらせるなんて俺にはできなかった。
「お前はそんな小さな子どもに!そんな重荷を背負えというのか?!そんな責任を背負えというのか?!」
「それは……。」
「俺だってライオネル殿下を助けたい!だがその為に!まだ年端も行かない子供を危険に晒す事は俺にはできない!!」
ギルは言葉なく複雑な表情で俺を見つめている。
その中には葛藤があっただろう。
ライオネル殿下を助けたい。
どんな手を使ってでも助けたい。
だから何としてでも俺の心当たりの人物を知りたかった。
だがそれは、アレックよりも幼い子供を犠牲にするかもしれないと言う事実に動揺しているのだ。
俺は冷酷かもしれない。
王族であるライオネル殿下を助ける為には、そんな犠牲は大した事ではないと言われるかもしれない。
だが俺にはできない。
ラニを犠牲にしてライオネル殿下を助ける選択は、俺にはできない。
「……恨みたければ恨めよ。だって俺、もしあの子を危険な目に合わせて取り返しのつかない事にしたら、俺はお前を恨む。ライオネル殿下を恨む。この国を恨む。だからそれはできないと判断した俺を恨みたければ恨めばいい。」
俺はそう言ってギルを言葉で突き放した。
ギルは俯いて動かなかった。
「……すまない。」
そう、ポツリと呟く。
わかってる。
こいつはただ、ライオネル殿下を助けたいだけだ。
何かを犠牲にしたい訳じゃない。
それが幼い子どもとなれば尚更だ。
場に重い沈黙が降りた。
そこにパンパンッと澄んだ音が響いた。
義父さんが柏手を打ったのだ。
柏手は音によって空気を浄める神仕えの技だ。
普通の拍手と何が違うのかは俺にはよくわからない。
でもどんよりとしていた会議室の空気が変わったのは確かだ。
「すみません。私が精神魔術と言ってしまったから、皆さんを混乱させてしまったようです。申し訳ありません。」
穏やかな声で静かに義父さんはそう言うと、立ち上がって皆に頭を下げた。
全員、義父さんの行動にびっくりしてしまい、あわあわしてしまう。
「え?!精神魔術じゃなくてもいいの??義父さん??」
俺も少し呆けてしまい、キョトンとして義父さんを見つめた。
義父さんはいつものようににっこり笑う。
「うん。あれを再現するなら、精神魔術って説明した方がわかりやすいかなぁって思って言ってしまったんだけど、かえって混乱させてしまったね。」
「あれ??」
「うん、ちょっとね……。」
その辺で義父さんは少し言葉を濁した。
何だ??どういう事だ??
俺もよくわからなくなって困ってしまう。
「精神魔術でなくてもそれが可能なのですか?!」
だがその話に、途端にギルが食いついた。
けれど義父さんは困ったように笑うだけだ。
「確かに別の方法もあるといえばあるのですが……その……すみません。私ができる訳ではないんです……。私は先程も言いました通り、できるのは神様とお話する事だけなんです……。」
義父さんの口ぶりに俺は何となくピンと来た。
子供の頃、寝る前のお話として義父さんの神仕えの仕事を面白おかしくした話を聞いていたからだ。
その中に、人の精神の中に入り込む話があった気がする。
でもあれって……。
「……ギル。無理だ。かなり無理だ。精神魔術師を探した方が確実だ……。」
「だがっ!!」
「ならお前、夢魔と貘を捕まえてこい。そしたら義父さんがどうにかしてくれる。」
「いやサク、捕まえてきてもらっても、あの時みたいに上手く口車に乗せられる自信はないよ、義父さん……。」
はぁ、と義父さんが大袈裟にため息をつく。
皆、ぽかんとしている。
そりゃそうだよな、話が見えない。
ギルが間の抜けた顔で俺を見てきた。
「どういう事だ……??」
俺も義父さん同様、はぁ……とため息をついて話してやった。
「昔な?ちょっと名の通った神様が、ある娘さんを気に入って嫁によこせって言ってきて、困った親御さんが神仕えに頼んで保護して貰ったんだよ。そしたらその神様、怒ってさ。体ごと奪えないならって娘さんの精神を封じ込めちゃったんだよ。で、偉いこっちゃって事になって、義父さんが駆り出されたんだ。で、義父さんがどうしたかと言うと、ちょうどその頃、人に悪さをする夢魔がいてさ?そいつにこう言ったんだ。「あなたは凄い夢魔のようですが、そんなあなたでも精神の奥に閉ざされた人に悪夢を見せる事なんでできませんよね?」って。夢魔は怒ってできるって言い出すんだよ。それから全く夢を見れなくなって鬱になってる子どもについていた貘を見つけてこう言うんだ「あなたはどれだけ夢を食べても腹が満たされない食いしん坊の様ですが、そんなあなたも夢魔が永遠と生み出す悪夢を食べきる事なんてできないでしょうね」って。貘も怒って自分に食べきれない夢なんかないって答えてさ。義父さんはその二つの精霊を連れてその娘さんの所に行ってさ、自分が審判をするから連れて行けと言って、精神の中に潜ったんだよ。で、精神の奥に閉じ込められてた娘さんの所で夢魔が悪夢を見せようとするとどんどんそれを貘が吸い取り始めてさ。義父さんはその間に娘さんを縛ってる楔を解いて、出てきた神様に延々とお説教タイムだよ。あまりに義父さんのお説教がしつこいから、神様が根を上げてもうしませんって言って、夢魔は力を使い果たして、そうそう人に酷い夢を見せられなくなるほど弱っちゃって、貘は悪い夢を食べすぎて腹を壊して、その後美味しい楽しい夢もたくさんは食べられなくなっちゃいました、めでたしめでたしって事だよ。」
その場にいた全員、ぽか~ん。
特に精霊との関わりがなくなってから育ったギルは、完全に意味が解らず、固まっていた。
「……は??……え??」
「だから義父さんにやって欲しいなら、とりあえず夢魔と貘を捕まえてこい。俺が魔術で脅して言う事をきかせる。それぐらいはやってやる。」
「いや……無理だろう……??精霊なんぞ、見た事もないのだから……。」
完全にギルが混乱していた。
他の皆さんも呆然としてたけどね。
あまりの状況に、誰かがプッと吹き出して笑いだした。
ジョシュア国王陛下だった。
「……ふふふっ!あははははっ!!さすがは名のない神仕え殿!!今まで聞いたどんなおとぎ話よりも面白かった!!」
「ありがとうございます。国王陛下。」
「シルフとの話も面白かったが、そなたはいつもそのような事ばかりしておる様だな?!」
「はい。いつもそのような事ばかりしております。」
そう言って義父さんもおかしそうに笑った。
シルフの話がどんな話かはわからないが、義父さんはいつもそんな感じだ。
俺もちょっと笑ってしまった。
「昔話を失礼いたしました。私が申し上げたいのは、確かに精神魔術を用いて精神の深層部に行くのが一番早いかとは思いますが、他にも何らかの方法はあるかと思います。私は自分の仕事の分野でしかその方法を思いつけませんので、貘や夢魔の話になってしまいました。ですがここには最先端の魔術の知識、魔法の知識、医療の知識とございます。精神魔術に拘らず、様々な側面から考えれば何かしら方法は見つかるのではないかと思います。」
にっこりと笑って義父さんは言った。
確かに精神魔術師を見つけるのは難しいかもしれない。
でもその可能性はゼロではない。
そして夢魔と獏のようにその他の方法だってないとは限らないのだ。
同じゼロの状態だったが、悲観的な顔は誰もしていなかった。
いないなら探せ、ないなら新たにその方法を編み出せ、そんな意気込みみたいなものを感じられた。
そんな雰囲気の中で俺は義父さんを見つめた。
義父さんはただ、にっこり笑って頷いてくれた。
精神魔術か魔法で意識の深部にいる海神と義父さんが話し、落ち着いてもらう。
ファーガスさんとアレック、そしてブラハムさんでライオネル殿下の意識を肉体に戻し、精神回復を行う。
療養を経てライオネル殿下の心身が回復したところで海神を海に還す、と言った内容だ。
「第三王子様の疲弊具合を考えると、別のものに御神をお移しして海にお還しするのが良いのですが……御神が御神なので、一時的とはいえ器とできるものがすぐには見つかりません。」
「……ランスロット殿下に一時的に宿して頂く事は不可能でしょうか?」
「その方にお会いした訳ではないので器としての素質をどれほどお持ちなのかわかりませんが、先程、呪いを受けられたと聞きました。今はそれから開放されているとはいえ、一度呪いをお受けになった方に御神をお入れするのは難しいでしょう。」
「それは何故ですか?」
「神様を宿す事と呪いを受ける事は正反対であり、また、同じ事でもあります。」
「と言うと?」
「理由は二つ。まず、正反対の性質と言う方面から話せば、凍らせたコップに熱湯を注いだ場合、どうなると思いますか?コップは正反対の急激な変化に耐えきれず割れます。もう一つ、同じ事と言う意味からいきますと、自分とは違う精神体を自分の中に入れれば当然心身は疲弊します。そんな疲れきっている所にまた巨大な精神体をお入れすれば、心身が耐えきれず己が保てなくなります。」
義父さんの説明でそれが無謀な事だと皆察したらしい。
でもランスロット殿下に入れられるんなら、ガブリエル皇太子に入れられないのか??
まぁ跡継ぎだからあまりそういう事はさせたくないんだろうけどさ。
でも気になったので聞いてみることにした。
「あの?ガブリエル皇太子は駄目なんですか??」
「アズマ・サーク!!言葉がすぎるぞ!!」
途端、ファーガスさんからお叱りを受けた。
いやでもライオネル殿下の命がかかってんだよ??
皇太子だけど、一時的に入れ物になってもらったっていいじゃんか??
ランスロット殿下の代わりにって言ったら、あの人、二つ返事でOKすると思うぞ??
「サーク、残念だがゲイブには器の素質がない……。もしも替われるなら私がそうしたいのだが、私にもその素質がない……許してくれ……。」
そう力なく王様が言った。
いつも脳天気な感じの王様が、悲しそうに笑っている。
「息子たちの中で素質があったのがランスとリオだった……。ランスは魔力を持っておった故、別人格が現れた際に強力な術を使う可能性があった。その為リオが選ばれたんだよ……。私の兄弟で素質があったのは下の姉と妹だった……。妹にやらせる訳には行かぬと下の姉が海神を宿したのだがな……。悲しい結果になった……。妹は南の国の貴族に嫁いでしまったし、呼び戻す事は難しい。他、血筋を探せばいたかもしれぬが……何しろ、叔父貴も皆、今回の件でな……。」
深いため息と共にジョシュア国王は言った。
俺に海神の事を話してくれた時も、凄く迷って凄く辛そうに話していた。
淡々と要点だけを話してくれたのにあんなにも辛そうだったのは、その被害をその目で見て知っていたからなのだろう。
「……こんな事なら、もっと早く海にお還しすべきだった。そうしたら姉上もリオも、こんなに苦しまずに済んだというのに……。方法がわからなかったとはいえ、調べもせず言われるまま決断できなかった私の責任だな……これも……。」
「いえ、国王陛下。少なくとも陛下は今、決断をされました。神仕えは東の国から基本出ませんし、他国の精霊師の術もほぼ途絶えてしまっています。そんな中で私がここに来たのが今それをすべきだという巡りだったのでしょう。」
「……ありがとう、神仕えであるあなたにそう言ってもらえると、この件の解決に全力を尽くさねばと前を向いていられる気がする。」
いつも陽気な人だと思っていたけれど、王様は王様でたくさんの事を抱えながら、それでも明るく振る舞っていたんだなと思う。
それ以上、誰も変わりの器については話さなかった。
「とは言え、精神魔術師か魔法師が見つからなねば、話は進まないという事だな……。」
「そうですね……。」
切り替えるように淡々とルードビッヒ宰相があったのが言った。
確かにそこがなければ始まらないのだ。
そして話はまた行き詰まりを見せる。
「……ブラハムさん、魔法陣を用いて集団魔術を使うという方法は不可能ですか??」
俺は考えた末そう言った。
確かに一人では魔力も素質も足りないかもしれないが、魔法陣を用いて集団魔術を使えば補えるのではないかと思ったのだ。
けれどそれは難しそうだとブラハムさんの顔色を見てわかった。
「不可能ではないが……それをした場合、複数の意識が働きかける事になる。その調和が乱れれば一気に逆浸食が起こりかねん。術を行っていた全ての者に精神異常を起しかねぬ。精神魔術とは人の意識の深層に潜り込むものだ。一つの硬い意識でなければ崩されやすい為、難しいじゃろう……。」
「一人の人間に対して行うなら可能かもしれないが、一つの肉体に二つの精神が宿るものだ。しかもその宿っている相手は精霊の王。たとえ精神魔術の素質のある者を集めた集団魔術であっても、それは危険が大きすぎるだろうな……。」
ブラハムさん、ファーガスさん両名からそう言われてしまい、俺は口を閉した。
つまり今回のケースでは、一人の魔術師で人間の精神の深層部分に入れる事が必須条件だ。
しかもそこには本人ともう一つ、精霊の王である海神の精神があるのだ。
それに耐え得るだけの魔力と精神力がいる。
無理だ。
それは無理だ。
負担が大きすぎる。
俺は頭の片隅に浮かんだ事を否定した。
いくら何でも負担が大きすぎる。
俺は目を閉じて、大きくため息をついた。
「サーク……。」
「……何だよ?」
そんな俺にギルが声をかけてきた。
無表情だが、重い視線がじっと俺を見据える。
「お前は……お前は何か宛はないのか??」
その問いに俺は言葉を詰まらせた。
すぐには答えられなかった。
何故なら完全にゼロではないからだ。
けれどそれは俺には選べない。
ギルは続けた。
らしくなく、少し興奮している様だった。
「お前は様々な所に出向いた。俺達の知らない多くのものに出会ったはずだ。……本当に宛はないのか?!」
「……ない。」
俺はないと答えた。
自分の中で無理だと結論が出た以上それはない。
だが気持ちに微かな迷いがあったのは確かだった。
「サークっ!!」
ギルはそんな俺の中の迷いを見逃さなかった。
勢い良く立ち上がり、俺に詰め寄る。
「お前が何を抱えているかは知らん!!だがな!リオの生死がかかっているんだ!!」
「そんな事はわかってる!!だからどうにかできないかと真剣に考えているんだろうが!!」
「だったら何を隠している?!」
「何も隠してなどいないっ!!」
「嘘をつくなっ!!いるんだろう?!心当たりがっ!!」
ギルは煮え切らない俺の態度に痺れを切らし、胸ぐらを掴んだ。
怒りを湛えた漆黒の瞳と間近で睨み合う。
ライオネル殿下を想うお前の気持ちはわかる。
どんな手を使ってでも助けたいのもわかる。
だが、俺にだって譲れない部分があるのだ。
胸倉を掴んだ腕を引き剥がす。
だがすぐにまた掴まれた。
グイッと引っ張られ、怒りを含んだ双眸が俺を睨む。
「答えろ!!サークっ!!」
そこからは若干、取っ組み合いの喧嘩だ。
掴みかかってくるから乱暴に引き離す。
突き飛ばす。
でもまた向かってきて掴みかかられる。
はじめは呆気に取られていた周りが止めなければと慌てだした時、俺の方もヒートアップしてしまい、掴みかかってくるギルに掴みかかった。
「……なら教えてやるっ!!いる!!一人だけいる!!可能かもしれない人間を俺は一人だけ知っている!!」
「だったらそいつを……っ!!」
「まだ子供なんだよ!!」
俺は叫んだ。
叫んで殴るようにしてギルを引き剥がして突き飛ばした。
「……え……?」
ギルは俺の言葉に衝撃を受けて固まっていた。
だがなんだか俺の苛立ちは治まらず、吐き捨てるように怒鳴った。
「まだ子供なんだよ!!そいつは!!アレックよりも幼い子供なんだよ!!お前はそんな幼い子どもに!!ただでさえ危険な精神魔術を使って!!精霊の王の一人がいる人の精神の深層部に潜れって言うのかよっ!!」
そう、俺は精神魔術を使える人間を一人だけ知っていた。
ラニだ。
竜の谷から来た小さな男の子。
あの子は精神魔術が使える。
それを可能とする魔力を持ち、実際、俺もヴィオールの呪いに当てられた時、それで精神の崩壊から助けられた。
だが、人の精神の深層部に入り込むというのはとても危険な事だ。
だからあの時、リアナが念入りに俺と呪いがリンクしていないかを確かめたのだ。
俺一人の精神に潜るなら問題なくとも、そこに竜の血の呪いと言う大きすぎる精神が繋がっていた場合、ラニまでも浸食を受ける危険があったからだ。
それに精神魔法師が人の精神の深層部に入り込んで出てこれなくなったと言う話も普通にある。
今回はただ人の精神の深層部に潜るんじゃない。
そこに世界を司る精神王の一人が存在しているのだ。
それは呪いとリンクしたままの俺の精神に入り込むのと同じだ。
そんな危険な事を、まだ自我の安定しきれていない小さな子どもにやらせるなんて俺にはできなかった。
「お前はそんな小さな子どもに!そんな重荷を背負えというのか?!そんな責任を背負えというのか?!」
「それは……。」
「俺だってライオネル殿下を助けたい!だがその為に!まだ年端も行かない子供を危険に晒す事は俺にはできない!!」
ギルは言葉なく複雑な表情で俺を見つめている。
その中には葛藤があっただろう。
ライオネル殿下を助けたい。
どんな手を使ってでも助けたい。
だから何としてでも俺の心当たりの人物を知りたかった。
だがそれは、アレックよりも幼い子供を犠牲にするかもしれないと言う事実に動揺しているのだ。
俺は冷酷かもしれない。
王族であるライオネル殿下を助ける為には、そんな犠牲は大した事ではないと言われるかもしれない。
だが俺にはできない。
ラニを犠牲にしてライオネル殿下を助ける選択は、俺にはできない。
「……恨みたければ恨めよ。だって俺、もしあの子を危険な目に合わせて取り返しのつかない事にしたら、俺はお前を恨む。ライオネル殿下を恨む。この国を恨む。だからそれはできないと判断した俺を恨みたければ恨めばいい。」
俺はそう言ってギルを言葉で突き放した。
ギルは俯いて動かなかった。
「……すまない。」
そう、ポツリと呟く。
わかってる。
こいつはただ、ライオネル殿下を助けたいだけだ。
何かを犠牲にしたい訳じゃない。
それが幼い子どもとなれば尚更だ。
場に重い沈黙が降りた。
そこにパンパンッと澄んだ音が響いた。
義父さんが柏手を打ったのだ。
柏手は音によって空気を浄める神仕えの技だ。
普通の拍手と何が違うのかは俺にはよくわからない。
でもどんよりとしていた会議室の空気が変わったのは確かだ。
「すみません。私が精神魔術と言ってしまったから、皆さんを混乱させてしまったようです。申し訳ありません。」
穏やかな声で静かに義父さんはそう言うと、立ち上がって皆に頭を下げた。
全員、義父さんの行動にびっくりしてしまい、あわあわしてしまう。
「え?!精神魔術じゃなくてもいいの??義父さん??」
俺も少し呆けてしまい、キョトンとして義父さんを見つめた。
義父さんはいつものようににっこり笑う。
「うん。あれを再現するなら、精神魔術って説明した方がわかりやすいかなぁって思って言ってしまったんだけど、かえって混乱させてしまったね。」
「あれ??」
「うん、ちょっとね……。」
その辺で義父さんは少し言葉を濁した。
何だ??どういう事だ??
俺もよくわからなくなって困ってしまう。
「精神魔術でなくてもそれが可能なのですか?!」
だがその話に、途端にギルが食いついた。
けれど義父さんは困ったように笑うだけだ。
「確かに別の方法もあるといえばあるのですが……その……すみません。私ができる訳ではないんです……。私は先程も言いました通り、できるのは神様とお話する事だけなんです……。」
義父さんの口ぶりに俺は何となくピンと来た。
子供の頃、寝る前のお話として義父さんの神仕えの仕事を面白おかしくした話を聞いていたからだ。
その中に、人の精神の中に入り込む話があった気がする。
でもあれって……。
「……ギル。無理だ。かなり無理だ。精神魔術師を探した方が確実だ……。」
「だがっ!!」
「ならお前、夢魔と貘を捕まえてこい。そしたら義父さんがどうにかしてくれる。」
「いやサク、捕まえてきてもらっても、あの時みたいに上手く口車に乗せられる自信はないよ、義父さん……。」
はぁ、と義父さんが大袈裟にため息をつく。
皆、ぽかんとしている。
そりゃそうだよな、話が見えない。
ギルが間の抜けた顔で俺を見てきた。
「どういう事だ……??」
俺も義父さん同様、はぁ……とため息をついて話してやった。
「昔な?ちょっと名の通った神様が、ある娘さんを気に入って嫁によこせって言ってきて、困った親御さんが神仕えに頼んで保護して貰ったんだよ。そしたらその神様、怒ってさ。体ごと奪えないならって娘さんの精神を封じ込めちゃったんだよ。で、偉いこっちゃって事になって、義父さんが駆り出されたんだ。で、義父さんがどうしたかと言うと、ちょうどその頃、人に悪さをする夢魔がいてさ?そいつにこう言ったんだ。「あなたは凄い夢魔のようですが、そんなあなたでも精神の奥に閉ざされた人に悪夢を見せる事なんでできませんよね?」って。夢魔は怒ってできるって言い出すんだよ。それから全く夢を見れなくなって鬱になってる子どもについていた貘を見つけてこう言うんだ「あなたはどれだけ夢を食べても腹が満たされない食いしん坊の様ですが、そんなあなたも夢魔が永遠と生み出す悪夢を食べきる事なんてできないでしょうね」って。貘も怒って自分に食べきれない夢なんかないって答えてさ。義父さんはその二つの精霊を連れてその娘さんの所に行ってさ、自分が審判をするから連れて行けと言って、精神の中に潜ったんだよ。で、精神の奥に閉じ込められてた娘さんの所で夢魔が悪夢を見せようとするとどんどんそれを貘が吸い取り始めてさ。義父さんはその間に娘さんを縛ってる楔を解いて、出てきた神様に延々とお説教タイムだよ。あまりに義父さんのお説教がしつこいから、神様が根を上げてもうしませんって言って、夢魔は力を使い果たして、そうそう人に酷い夢を見せられなくなるほど弱っちゃって、貘は悪い夢を食べすぎて腹を壊して、その後美味しい楽しい夢もたくさんは食べられなくなっちゃいました、めでたしめでたしって事だよ。」
その場にいた全員、ぽか~ん。
特に精霊との関わりがなくなってから育ったギルは、完全に意味が解らず、固まっていた。
「……は??……え??」
「だから義父さんにやって欲しいなら、とりあえず夢魔と貘を捕まえてこい。俺が魔術で脅して言う事をきかせる。それぐらいはやってやる。」
「いや……無理だろう……??精霊なんぞ、見た事もないのだから……。」
完全にギルが混乱していた。
他の皆さんも呆然としてたけどね。
あまりの状況に、誰かがプッと吹き出して笑いだした。
ジョシュア国王陛下だった。
「……ふふふっ!あははははっ!!さすがは名のない神仕え殿!!今まで聞いたどんなおとぎ話よりも面白かった!!」
「ありがとうございます。国王陛下。」
「シルフとの話も面白かったが、そなたはいつもそのような事ばかりしておる様だな?!」
「はい。いつもそのような事ばかりしております。」
そう言って義父さんもおかしそうに笑った。
シルフの話がどんな話かはわからないが、義父さんはいつもそんな感じだ。
俺もちょっと笑ってしまった。
「昔話を失礼いたしました。私が申し上げたいのは、確かに精神魔術を用いて精神の深層部に行くのが一番早いかとは思いますが、他にも何らかの方法はあるかと思います。私は自分の仕事の分野でしかその方法を思いつけませんので、貘や夢魔の話になってしまいました。ですがここには最先端の魔術の知識、魔法の知識、医療の知識とございます。精神魔術に拘らず、様々な側面から考えれば何かしら方法は見つかるのではないかと思います。」
にっこりと笑って義父さんは言った。
確かに精神魔術師を見つけるのは難しいかもしれない。
でもその可能性はゼロではない。
そして夢魔と獏のようにその他の方法だってないとは限らないのだ。
同じゼロの状態だったが、悲観的な顔は誰もしていなかった。
いないなら探せ、ないなら新たにその方法を編み出せ、そんな意気込みみたいなものを感じられた。
そんな雰囲気の中で俺は義父さんを見つめた。
義父さんはただ、にっこり笑って頷いてくれた。
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