欠片の軌跡⑥〜背徳の旅路

ねぎ(塩ダレ)

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第九章「海神編」

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ピアがある場所で立ち止まり、何もない場所をカリカリと爪研ぎのように立ち上がって引っ掻いている。
すると仮想精神空間と同じように、あの変な人形の絵が浮き出てきた。

「ぴぃ~っ!!」

ピアが開けてくれとせがむように鳴くと、その周辺が四角く切り込みが入り、ガチャリとドアのように開いた。

「殿下!」

「ええ、行きましょう。」

「はい!!」

そう返事をしてサークはピアを拾い上げた。
ピアは少し疲れたようにぷふ~と鼻で大きく息を吐く。

「お疲れさん、ピア。ありがとな。」

「……ピア!頑張った!」

「うん。ありがとう。」

労うように撫でてやると、ピアは満足そうに手の中で丸くなった。

いくらウニに貰った欠片で守られているとはいえ、サークに続きライオネルの精神の中に入り、自分の元の体とのリンクを見つけて繋げるのは、小さなピアには重労働だったのだろう。
眠るように目を閉じたピアを、サークはとりあえず胸ポケットに入れた。

「……殿下??」

扉を潜って進もうとしたサークは、ライオネルの足が止まっている事に気づいて振り向いた。
ライオネルは少し硬い表情をしている。

考えてみればそうだ。
普通に生きていたら、自分以外の精神の中に移動する事などない。
いくらライオネルがその身に海神を宿していたと言っても、意識的に自分の外に出るなどした事がないのだ。

「殿下。大丈夫です。私がいます。」

サークはそう言ってライオネルに手を差し伸べた。
ライオネルは少し迷った後、意を決してその手を取る。

「……守ってくれますね?私の騎士?」

「誓いに従い、必ずその剣と盾となります。」

「ありがとう、サーク……。」

ライオネルは少しだけ寂しそうに笑った。

サークは誓いを違えたりはしない。
こんなに心強い事はない。

けれどサークはもう、自分だけの騎士ではいられないのだ。

彼は自分では自分の存在の重さを理解していない。
だがすでにこの国にとって……いや世界において、その比重を示している。
ライオネルの目にはそれが見えていた。

(私がはじめに見つけたのに……。私が騎士にしたのに……。)

サークが各所で評価されるのは嬉しいが、その価値ゆえ自分の元からどんどん離れていってしまうのは、仕方のないこととはいえ少し納得がいかない。
内心むくれてしまう。

「……でも今は……今だけは私だけの騎士ですからね!!」

「え?!」

「何でもないです。行きましょう。」

「はい……??」

自分の事をよくわかっていない己の騎士の手を掴み、ライオネルは先へと進んで行った。















シルクは風の吹き荒む中、しゃがみこんで黙っていた。
でないといくら砂よけにストールを巻いているからとはいえ、口の中が砂だらけになってしまうからだ。

はぁ~とため息をつきながら、岩山の上から下を眺める。
視線の先にはレッド・ジャッカルの一行が、隠れ家本部に向けて歩いていた。
もう数日、こんな感じで砂漠の中を旅している。

シルクは恨めしそうに横に立つ師父を見上げた。

師父はあの顔合わせで中央王国の話はせず、レッド達が本部に向かう旅の用心棒を買って出た。
恐らく話を有利に進める為に先に恩を売ろうとしているのだろう。
レッドもその辺は読めたはずだが、何故かレオンハルドの申し出を受け入れた。

クルの使者とは何だろう?

シルクはぼんやりとその事を考えた。
西王国がレッド達を本部に合流させない為に放った特殊部隊のようだが、誰もその事について答えてくれない。

レッドに聞いても苦しげに固く口を閉ざし、兵士達に聞いても「思い出したくない」と言われた。
仲間がかなり殺された様なので無理はないが、この様子では相当残忍な方法で殺されたのだろう。

とはいえ師父は教えてくれてもいいのにさぁ~。

ムス~ッとむくれてシルクは遠くを見つめた。
自分の師匠であるレオンハルドは「クルの使者」を知っていた。

今回レッド達に協力したのは任務の為でもあるだろうが、個人的な遺恨も含まれているようだ。
そのせいか何を聞いても答えてくれない。
戦わないとならないのならきちんと教えろと迫ったが、「会えばわかる」と呟くだけで、それ以上は聞く事すら許さなかった。

何なんだろう~。
師父が拘るくらいだから、よっぽどなんだろうけどさ~。

とはいえ旅をして数日、距離を取ってレッド達に同行しているが、それらしい気配は感じなかった。
荒野を旅するのは慣れているが、暖かくて文化的な街での宿泊の後となるといっそう堪えた。

「…………?」

ぼんやり遠くを眺めていたシルクは、何かを見た気がした。
でもヤバイものの気配は感覚に感知できない。
だが何か見た気がするという事だけが妙に引っかかった。

「……ねぇ、師父。何か見えた??なんか居る??」

自分でもよくわからないまま、シルクはレオンハルドに訪ねた。
獲物を探す鷹のように険しく砂漠を見つめていたレオンハルドは、その言葉にチラリとシルクを見た。
そして砂漠に目を戻す。

はじめはいつもの暇つぶしに考えなしに言葉を吐いたと思ったのだ。
けれどシルクの顔はそう言ったものではなかった。

目を凝らす。
五感の全てに集中する。

「……何を見た?」

「わかんない。でもなんか見た気がする。それが変に気になる。」

シルクの返答を聞き終える前にレオンハルドは動いた。
あまりに突然で、シルクも驚きながらその後を追う。

「師父?!」

「わからぬ!!だが恐らくヤツらだ!!」

かつてホロウと呼ばれ冒険者にすら恐れられ、現中央王国国王の功績に一役買った四天王の一人、演舞という歴史すら変えられるほどの力を持つ武術の継承者でありその長のオルグ。
そのレオンハルドがトップスピードで動いたのだ。
瞬きの間ほどでレッド達と合流する。

「な?!」

レッド達は突然現れたレオンハルドに刀を抜く事も銃を構える事も出来なかった。
慌てる兵士達にレッドは冷静に落ち着くよう声をかける。

「……来たか?」

「わからん。……静かにしろ!!」

ざわつく兵士達をレオンハルドが一喝する。
シルクはレオンハルドと共に、自分の感覚の全てを開放した。

「……あっち!!」

シルクは感性に任せて指を注した。

それは本当に微かな変化だった。
風に蠢く砂粒の中に、少しだけ違う動きをしたものがある程度の事だ。

シルクは状況に重く心臓を鳴らした。

相手に殺気がない。
レッド達を殺そうとして送り込まれた部隊だとしたら、彼らを見たら無意識に僅かな殺気ぐらい出してもおかしくないのだ。

なのにそれがない。

得体のしれない不安が渦巻く。
確かにレオンハルドが拘る相手だ。
よほど訓練されていなければ、ここまで殺気を取り払う事など出来ない。

「……行け、ジャッカル。」

「いいのか?」

「ヤツらの餌に居られる方が足手まといだ。消えろ。」

「……そうかい。なら遠慮なく。……どうせ本拠地は知ってんだろ?アンタ?」

「まあな。」

「なら、生きてたらそこで会おう。ホロウさん。」

「……それは古き通り名だ。」

「まぁ、今でも死神には変わらんだろ?」

「いいから行け。」

「はいはい。」

レッドはそう言うと、キリッと空気を変え兵士に号令をかけた。

「全員戦闘準備!離脱する!!隊列を乱すな!!」

流石はカリスマ軍班長。
その声は意識よりも早く兵士達の頭に響き手を動かした。
訓練された一団が頭の命の下、機敏な動きを見せる。

「踊り子さん、気をつけて……!」

どんじりを任されている兵士が緊張の中小声でそう声をかけ、武装状態で走り去っていく。
それをちらりと見やりながら、シルクはレオンハルドが睨む先を見つめた。

口の中がカサカサした。
南の国で100人の軍を相手にした時だって、心の中では楽しいと思っていたくらいだ。

怖い。

自分がそう感じている事に気づき、シルクは唖然とした。
戦いにおいて、自分が恐怖を感じるなんて思わなかった。

その何か達は砂の中から姿を見せた。
こちらに感づかれた事を悟り、隠れる必要性を失ったからだ。

その影は五つ。

話に聞いていたクルの使者と一致する。
姿を見せた彼らにシルクの背は凍りついた。

砂風が邪魔して姿はよく見えない。
けれど、ゾワゾワと恐怖が足元から這い上がってきた。

姿を隠すことをやめたクルの使者。
完全開放した己の感覚が捉えたそれに覚えがあった。

「……師父…………。」

「………………。」

「師父ってば!!」

「………………。」

「ねぇ!!ちゃんと答えて!!」

恐怖の為か、シルクは悲痛に叫んだ。
涙が出始めている事すら認識できなかった。

レオンハルドはそんなシルクをちらりと見た。
だがすぐにクルの使者へと視線を戻した。


「………見ての通りだ、シルク。」


そして無表情に低く呟いた。
その目は暗く窪んで、全ての感情が死んでいた。

怒りも、
憎しみも、
悲しみも、

何もかもが死んでいた。

逆にシルクは絶望に近い恐怖がせり上がってくると同時に、たくさんの感情がこみ上げパニックになっていた。


「ああああぁぁぁ……っ!!」


子供のように泣きじゃくり、頭を抱えた。
恐怖と混乱で気が狂いそうだった。


「なんで?!なんでっ?!なんで……っ!!」

「…………。」

「なんでだよ!!どうして……っ!!」

「……これが、クルの使者の正体だ……。」

「ああああぁぁぁ……っ!!なんでだよ!!なんで……っ!!」


訳がわからなかった。
感情という感情の全てがシルクの中で荒れ狂った。

シルクは演舞継承者だ。

どんな場面でも感情を取り乱すなと叩き込まれている。
それは隙を作り戦いを不利にするから。

けれどそれを骨の髄まで叩き込んだレオンハルドでさえ、取り乱すシルクを咎めなかった。
ただ暗く窪んだ死んだ眼差しで「クルの使者」を見つめていた。



「皆……皆っ!!死んだんじゃなかったのかよっ!!」



荒れ狂う感情に苦しみ、シルクの口から最後に吐き出された言葉。

レオンハルドは振り向かなかった。
ただ、クルの使者を見ていた。

「……俺はな、シルク。自分の浅はかだった考えに打ちのめされた。ヤツらの捨て駒として国外に暗殺に出ていた事で生き残ってしまった自分を憎んだ……。村を救うつもりで彼らの捕虜となったというのに、彼らの思惑通り村を守れぬ場所に送り込まれていた事に気づかなかったのだ……。」

「師父……。」

「あの後、西王国に復讐を誓った。逃げ延びた者や国外に出ていたカイナの民達を探し集め、彼らと共に一人残らず根絶やしにしてやろうとした。」

「………………。」

「だが王国が俺達に差し向けてきたのが、クルの使者だった。……そう、彼らだ。」

シルクはクルの使者を見つめながら、とめどなく涙を流し続けた。


「……あんまりだ……こんなの……あんまりだ……っ!!」


戦いになるのは目に見えている。
だから目を外らす事は出来ない。

自分を手篭めにして閉じ込めたログルなど、これに比べればなんて事ない。
可愛いものだったとすら思える。


「動じるな、シルク。死ぬぞ……。彼らは「クルの使者」であって、もう、カイナの民ではない……。」


レオンハルドは無感情にそう告げた。

クルの使者。
それは死んだはずの演舞継承者達だった。

ゆっくりとこちらに向かってくる彼らの顔、一つ一つを見、その名前が頭の中に浮かぶ。


「?!」


クルの使者の予想打にしていなかった正体に混乱していたシルクだったが、彼らが近づいてきたことでより詳しい状況がシルクの研ぎ澄まされた感性になだれ込んできた。
それに気づき、バッと顔を上げた。

「……何っ?!」

「呪いだ……。」

「え?!」

「彼らとてカイナの民だ。例えどのような取引を持ちかけられても教えを守る。」

そうだ。
何故、この状況を飲み込めないかといえば、彼らが「カイナの民」だからだ。
村の者が教えを破るはずがない。
演舞継承者ともなればなおさらだ。

「……なんで?!」

「お前もつけられたのだろう?呪いを……。」

「……あ…………。」

シルクは気づいた。
自分が今、ひしひしと感じている感覚は呪いだ。
自分につけられた呪いと同類のものの気配を感じているのだ。

「お前は……囲った男が無反応ではつまらぬと、魂の一部しか呪われなかったようだ。だから今でも自分の意識が残っている……。だが、彼らは違う……。」

はっきりとその顔が見えるようになり、シルクは息を呑んだ。

その目に光はなかった。

生きてはいる。
だが、ただ血肉の通った肉体を持つ人形に過ぎなかった。

「……そんなっ!!だって!皆、演舞継承者だよ?!俺みたいなちっこいガキじゃなかった!!老師のじいちゃんに至っては!前オルグじゃんか!!」

シルクはとにかく状況が信じられなかった。

そこにいるのは演舞継承者の中でも、特に代表格に挙げられるような強者ばかりだったのだ。
その人達が何故、魂を奪われる様な呪いを抵抗する事なく受けてしまったのか理解できなかったのだ。

「……俺も直接見た訳ではない。だが、王族とその周辺の人間を殺している際に聞いた。奴らは死ななかった村の者たちを1か所に集めた。そしてその中で殺し合いをさせた。一人殺せば、誰か一人は助けてやると。はじめは誰もその話に乗らなかった。だが水も食料も与えられず閉じ込められ、次第に心が壊れていった。そこからは脆い。我が子が死にそうな母親が、よその子を殺してその子を助けようとした。そうなればどうなるか分かろう……。それを継承者達は止めようとした。そして奴らは次の提案をした。演舞継承者同士が代理で戦えと……。勝てば食料と水が与えられた。弱い者を守る為、継承者同士での殺し合いが始まった。感覚や感性、倫理観など、一つ狂えば後はどんどん破壊されていく。そしてそこには心の壊れた者とたくさんの遺体が積み上がった。そこまでくれば、呪うことなど容易かっただろう……。」

言葉にならなかった。
あまりに酷い。

シルクは自分は不幸な目にあったと思っていた。
だが、他の村の民たちに比べれば、なんとぬるい不幸だった事か……。

レオンハルドは感情のない暗い眼差しで、呪いを受けたカイナの民、クルの使者達を見つめていた。

「……そして奴らは、反撃に出た俺達の前に彼らを送り込んだ。今のお前と同じく俺達は動揺した。呪いに操られているとはいえ、同じカイナの民を、顔を知った者を殺さねばならぬ事に躊躇した。対して彼らは心が壊れ、呪いで操られている。俺達の事もわからない。だから躊躇などなく俺達を襲い殺してきた。絶望的だった。呪われても演舞継承者であり、その中でも腕利きばかりだ。精神的に乱れた俺達が敵う相手ではない……。」

まるで感情無くそう語るレオンハルド。
シルクには師父が彼らと同じように見えた。

恐らく同じなのだろう。

呪われていないだけで、レオンハルドの心は壊れてしまったのだ。
相手の手の上で踊らされ、村を守る事が出来なかった。
その復讐をしようにも、その為には同じカイナの民であった「クルの使者」を殺さなければならなかった。
師父の仲間たちはそれに躊躇し、そして「クルの使者」によって殺されたのだろう。

「……気づけば、皆、死んでいた。一人では彼らを倒す事も出来ない。彼らを倒す事が出来なければ、王族に復讐する事も出来ない……。」

「師父……。」

レオンハルドはそこで言葉を切り、目を伏せた。

無理もない。
そんな壮絶な事があったのだ。
生きていても死んだようになってしまうだろう。

だが、次にレオンハルドが目を開いた時、シルクはまだ師父は死んでいないと思った。

カッと目を見開き、刀を抜いた。
その顔にはやはり憎しみも悲しみも何もかもなかった。

だがひとつだけ……。

先程までとは違い、その目にはひとつだけ光が残っていた。
希望という小さな淡い灯火が宿っていた。


「武器を取れ!!シルク!!」


己の剣を抜き、レオンハルドは命じた。
その声はシルクを継承者候補として叩きのめしていたあの頃のものだった。
反射的にシルクは双剣を抜いて構えた。


「我らはカイナの民!その教えに従わん!!」


昔、何度も復唱させられた掟の一節をレオンハルドが唱えだす。
続きは考えるまでもなくシルクの口から流れ出た。


「いついかなる時も!その教えを胸に刻め!!」

「一つ!その命に恥じる事なき死を求めよ!!」

「一つ!如何なる弾圧にも屈せず己が信念を常に問え!!」

「一つ!偽りなき泰平を求めんば刃と共に知を求めよ!!」

「一つ!血によって得られるものの軽さを知れ!!」

「一つ!その志を持ち血に染まった剣となれ!!」


師父と共に復唱したのはカイナの五戒。
一番の基礎となる教えだ。

唱えると不思議と気持ちが落ち着いたのがわかった。

幼い時はそれの持つ本当の意味を知らなかった。
だが今、たくさんの痛みを知った事でその教えの重さと意味を知った。

たくさんの事が頭にあった。
でもそれに混乱していくら考えても、自分が出す答えは一つしかない。

自分はカイナの民だ。
その教えの上に生きている。


「……覚悟が決まらなければ、この場を去れ、シルク。邪魔だ。」

「馬鹿なの?師父??一人じゃ無理って自分でも言ってた癖に……。」

「うるさいぞ、愚弟子。」

「ヤダよ、ここにいる。皆を助けなきゃ。」

「……そうだな。」


いつもの調子で悪態をつき、そしてその答えにレオンハルドは静かにひと呼吸置いた。

皆を助ける。

それがシルクの出した答え。
そこに希望が見えた。

自分には出せなかっだろうと思う。
ただ、終わらせなければならないと思っていた。
カイナの民の不始末は、カイナの民が取らなくてはと。

だが、シルクは皆を助けると言う答えを出した。

それはレッド達の事を指しているのではない。
クルの使者となった村の仲間の事だろう。

そうか……。

レオンハルドは今、やっと心が穏やかになった。
カイナの掟の為にもクルの使者となった者たちを殺さなければならないと長年思っていた。

だがその手立てもなく、己の愚かさに打ちひしがれていた。

自分があの時、判断を誤らなければ……。
オルグとして誤った判断をしなければ……。

絶望していた。
自分の無力さに絶望していた。

己ではどうする事もできない事を悟り、生きる気力すらなかった。
気づけば髪は真っ白になり、皺が深く刻まれ、恐ろしく年老いていた。

廃人同然となったレオンハルドをこの国から連れ出し保護し、匿ったのがフレデリカだった。
表舞台には上がらないレオンハルドの戦いは、偶然、彼女のネットワークに伝わったのだ。
それによって一人、またレオンハルドは生き残ってしまった。
絶望の中、生きようとしないレオンハルドに彼女は言った。

時を待ちなさい、と。

今はどうする事もできない。
けれどいずれ風向きは変わる。

必ず希望が見える時が来る、と……。

そんなものはこない。
見える事はないと思っていた。

それでも死に損ないの身は生きている。
自死も考えたが、もしも風向きが変わる事があるなら見てみたかった。
老いぼれの身でもう復讐を果たす事はできないだろうが、時代の流れで王族が消えゆく事は起こり得る。
ならば死が降りてくるまで、じっとそれを待ってもいいと思えた。
自分が死ぬのが先か、王族が滅びるのが先か、なんともあやふやな理由だった。

だが、それは訪れた。

サークが演舞の踊り手を拾ったと聞いた時、止まっていた時が僅かに動いた。
そしてそれがシルクだと知った時、それは完全に動き出したのだ。

『皆を助けなきゃ』

シルクの言葉。
その存在。

そこに希望があった。

彼らとてこうなったのは不本意な事だ。
そして未だにその呪いに苦しめられている。

だから助けなければとシルクは言った。
その救いが死であるなら、与えなければと。

目から鱗が落ちるとはよく言ったものだ。

カイナの民として、判断を誤ったオルグとして、彼らを殺して全てを終わらせなければならないと思っていた。
それはレオンハルドにとって、背負ってしまった重すぎる「罪」だった。

けれどシルクはそれを「罪」ではなく「救い」なのだと言ったのだ。
そして絶対に仲間を助けなければと本気で思っている。

ああ、そうだ。
皆を助けてやらねばな……。

罪だの罰だのそんなものは自分だけが背負うもので、今、彼らに必要なのは「救い」なのだ。

一緒に罪を背負わせてどうするのだ。

レオンハルドは少しだけ笑った。
こんな今の自分でも笑えるのだと知った。

カイナの村は滅んだ。
けれどそれでも新しい風は大地に吹く。

ならば老いぼれは老いぼれの仕事を済まそう。
レオンハルドは刃を構え、そう心に誓った。
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