欠片の軌跡⑥〜背徳の旅路

ねぎ(塩ダレ)

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第九章「海神編」

そして繋がっていく道

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パチンッと装置から火花が散った。
ノルはちらりとそれに目をやり、すぐに作業に戻った。

迂闊だった。

サークから事の全容を聞いていたというのに考えが及ばなかった。
切迫した状況の中、作業に集中する。
そして即席で作り上げた装置を仮想精神空間作成装置に繋いでいく。

「熱っ!!」

作業用のゴム手袋に穴が空いた。
だが変えている暇はない。
ノルは火傷覚悟で作業を続けた。

「……ふぅ……とりあえずこれでしばらくは大丈夫……。」

無事、作業を終え息を吐き出す。
そしてそら見ろと思った。

やはりここに自分がいて正解だった。

装置は問題なく作動したが、エネルギーの逆流と言う考えていなかった事態に見舞われた。
おそらく仮想精神空間とやらは問題なく作れたのだろう。
けれど、そこに入って来たモノが問題だった。

そりゃそうだ。
仮想精神空間を作る事自体まだ理論証明の段階だというのに、それを元に作った場所に世界規模の精霊を入れたのだ。
精霊が何かはよくわからないが、この装置の理論にそんな馬鹿でかいエネルギー体を入れる事など想定されているはずがなかったのだ。

どうやったのかわからないが、作られた精神空間の方はそれに耐えた。
だがそれを維持する為に魔力を送り込むこちら側はダメージを受けた。

想定を遥かに超える負荷がかかったせいだ。
その為ノルは応急処置として装置の許容量を若干増やし、負担を軽減させた。

でもこれで十分とは言えない……。

しかも抵抗エネルギーのせいで魔力を送るのにより力が必要になって、魔力電池の減りが予想以上だ。
装置の許容量を増やした分、その維持にも電池を食うし……。

待ったなしの背水の陣。

これだけ切羽詰まった現場はいつ振りだろう?
しかもこれは実験ではない。
装置が止まれば、精神世界に降りている全員の身が危険に晒される。

ノルは完全に自分の仕事に集中していた。
だからフレデリカが声をかけていても全く気づかなかった。

声をかけても反応がなく、聞こえないように装置を見守るノルに、フレデリカはちょっと驚いてしまう。
そして何となくその様子がサークに似ていると思った。

「バンクロフト博士。」

フレデリカは驚かさないよう、少しだけ魔術を使って意識をこちらに向けさせ、静かに声をかけた。
やっとフレデリカに気づいたノル。

「……ああ、失礼。何か?」

普段はおどおどしているノルの、研究者として集中し、堂々とした立ち振舞にフレデリカはちょっと笑ってしまった。
しかしそんな事を言っている場合ではない。

「手の怪我を。」

「……あ。あぁ、気づかなかった。ありがとうございます。……魔術師の方ですか??」

先の裁判もあったというのに、フレデリカを見て有名な魔術師である事に気づかないノル。
本当に自分の興味のある事にしか意識が向かないようだ。
フレデリカはくすっと笑って、手の怪我と同時に破れたゴム手袋も直した。

「ええ、魔術師です。何かお手伝いできますか?博士。」

「ぜひ頼みたいんだ!予想以上に魔力電池の減りが早い、早すぎる!このままいくと魔力電池が尽きてしまうんだ!!」

「魔力の補充が必要なのですね?」

「そうなんだ!!本来、使用中に魔力を補充させるのは向かないんだが、今はしのご言っていられない!!補充できるよう補助装置を作るから、そうしたら魔力の補充をして欲しい!!」

「なら、博士が装置を作られている間に、魔術師を連れて参りますわ。私一人では心もとないでしょう?」

「よろしく頼む!!……ええと?!」

「フレデリカです。博士。」

「ではフレデリカさん!よろしくお願いします!!」

そんな会話をしているのを、アレックとリアナは聞いていた。
ラニの体調管理を行っているアレックも、姉弟であるリアナも、ラニの魔力が減ってきている事に気づいている。

ラニは精神系魔術が使える。

つまりそれは、尋常ではない魔力を持っているという事になる。
なのにそのラニの魔力が減ってきているのだ。

ラニは魔力が多かった分、魔力切れというものを経験した事がない。
だからその危険性を知らない。
精神に降りている状態なら尚の事危険だ。

リアナとアレックは無言で顔を見合わせる。
そして小さく頷きあった。

アレックは、もしもの時に備え、リアナに魔力をラニに与える方法を教えていた。

他人に自分の魔力を与えるというのはとても複雑で効率も悪く、あまりやられていない方法だ。
だがアレックとサーニャはそれができる。
ボーンの大雑把で無茶ぶりな修行の中、二人が独自に編み出した方法だった。

姉弟などであった場合、魔力の波長が似ている。
だからそれを相手の波長に合わせてから送り込めば、ほぼ無駄なく魔力を与えることが出来るのだ。
他人同士だと波長が全く違うので調整が難しく、アレック達も姉弟間でしかそれはやっていなかった。

リアナはラニの背に触れた。
まずは波長の調整から行わなければならない。
ラニが寝ている間に練習はしたが、実際、送り込むために行うのは初めてだった。

「……慌てんな、リアナ。」

「わかってるわよ。」

「とにかく波長を合わせるんだ。少しでも違えば、その分、魔力が無駄になる。だから焦らなくていい。波長を完璧に合わせるんだ。お前らは双子だ。俺と姉ちゃんより合わせやすいはずだ。」

「……わかった。」

リアナは集中した。
今まで気にした事はなかったが、双子でずっと一緒に生きてきたのに、ラニと自分の波長の違いに驚く。
同じものから同時に生まれたのに、こんなにも自分たちは違うのかと……。
そりゃ他人に比べれば限りなく近いのはわかる。
でも完璧に合わせようとすればするほど、そこに違いが見えるのだ。

(なんか……地味にショック……。)

ラニは双子の弟で私はお姉ちゃんなのに……。
そんな事を思う。

でも生まれた時、自分達は別れたのだ。

一つではなく二つになったのだ。
その時からお互い、別々の道を歩み始めていたのかもしれない。

それに気づいた。
ラニはラニであり自分とは違うのだと。

おかしなものだ。
波長を合わせようとしているのに、お互いが別のものなのだと認めた瞬間、さっきまでの苦戦は何だったのか、スッと抵抗なく合わせていける様になった。
どこが違い、どう合わせれば良いのかが見える。

変なの。

リアナはそう思って、少しだけ笑った。















人形の中と思われる何もない空間を進む。
そこは何となく、夜の病院の廊下を思わせた。
足早に進むサークとライオネルの足音が無機的に響く。

「……殿下?どうされました??」

しばらく進むと、急にライオネルが立ち止まった。
それに気づきサークは足を止め、振り返る。
ライオネルは少しだけ顔を顰めていた。

「……海神がいます。すぐそこに……。」

ずっと自分の中で一緒にいたものだ。
もう一人の自分とも言えるそれを、ライオネルは肌で感じた。

そこにいる。
かの神はそこにいる。

ここで全て終わらせなければ……っ!!

ライオネルは無意識に壁に触れた。
するとそこにドアが現れ、ライオネルはそれを開けた。


「ライオネル殿下!!」


サークは止めようとしたが間に合わなかった。
何かに引き寄せられるように、ライオネルは扉を開けて中に入ってしまった。

クソッ……。

ライオネルが扉を開けた事で、仮想精神空間の中の緊迫がビリビリと肌に走った。
そこにいる巨大な神。
その存在の大きさにサークは圧倒された。

ウニがサークの波動は海神に近いものだと言っていた。
だから影響を受けやすいのだと。
さっきだって、ただそこに現れただけの海神に影響を受けた。
それを弾くのに随分時間がかかったのだ。

ライオネルは行ってしまった。
海神のいるそこに行ってしまった。

だからそこに行かなければならない。
騎士として、ライオネルの剣であり盾になると約束したのだ。

クソッ、腹を括れ!サーク!!

深く深呼吸し、魔力を練り直す。
そしてライオネルの後を追おうとドアに手をかけた。


「待て!!サークッ!!」


そこに焦った様な声がかかった。
驚いて顔を向けると、ウニが壁に穴を開けて顔を出している。

「ウニ?!」

「間に合って良かった!まだ行くな!サーク!!」

「だが!!」

「少なくともピアを連れてくんじゃねぇ!!ピアは情報量が減って不安定だった中、お前を迎えに行ったんだぞ?!俺が欠片で守ってたつっても!消耗が激しすぎる事ぐらいわかんだろうが!ボケッ!!その状態で海神のいる場所に連れてってみろ!!完全に存在が壊れるぞ?!」

そう言われ、ハッとする。
あれ以降、ピアは何も言ってこなかったので頭から抜けていた。

胸ポケットを上から触る。
良かった、ちゃんとまだここにいる。
覗き込むと丸くなったまま眠っている様だった。

だがここは精神世界なのだ。
自我が眠っているというのは特殊な状況を示している。

「ウニ!!」

「落ち着けって!ピアは風変わりとはいえ精霊だ。確かに消耗は激しいが、寝てんなら自己保存状態に入っているだけで消滅したりしねぇ。」

「自己保存状態??」

「そ、元々精霊は精神体だ。精神体が眠る、つまり活動を止めているってのは、消耗を止め回復に集中している証だ。」

「……なんだ、良かった。」

「良くねぇ!!アホが!!活動を止めてるって事は、防御が疎かになってんだよ!!さんざん傷ついた精霊が力を取り戻すのに眠るとしても、普通、それ相応の結界の中でのみだ!!活動を止めていれば危険が近づいてきても逃げれないし身を守る手段もねぇからな。だがピアはそうでないのに眠ってんだよ!そもそも生まれたばかりな上、結界を張れるほど力のある精霊でもねぇ。そんな状態で海神なんて巨大な意識体の影響を受けてみろ!散り散りになっちまう!!」

「……ごめん。」

「いや、やらせたのは俺だしな。俺が動けば仮想精神空間に魔力を送る空間が閉じちまう。だから動けなかった。ピアに無茶させたのは俺だ。だからこそ、俺も多少無茶してでもここに顔を出して、お前を止めねぇとならなかったんだよ。」

いつになく真面目な表情のウニに何も言えなくなる。

ウニは欠片を使った。
大切なフーボーさんの記憶の欠片を。

俺が抜けた間、ウニが元ハウスパートナーである特性を活かして仮想精神空間に魔力を送る小空間を維持してくれた。
そこを自分が離れれば仮想精神空間が維持できなくなる事をウニは誰より理解していた。
そしてそれはつまり今回の計画の破綻に繋がる。
だからウニはそこを離れず、欠片を使ってピアに俺の迎えを託したのだ。
そしてその負担を背負わせてしまったピアに対する責任を意識して行動しているのだ。

「……すまない。お前もピアも、この件に関係ないのに……。」

「関係ないとか言うんじゃねぇ。俺もピアもこの時にお前に出会ったんだ。そして自分の意志で巻き込まれてんだ。選択はてめぇには関係ねぇんだよ。お前は俺達にとってきっかけにしかすぎない。何を選んで生きるかは俺達が決めてんだ。悲劇面して勝手な事抜かしてんじゃねぇ。」

「悲劇面って……。」

「俺らはてめぇを主人公にする為の脇役じゃねぇ。てめぇがそうな様に、俺らは俺らの意思で選択しながら自分の生き様を晒してるだけだ。」

「ウニ……。」

「いいからこっち来い!!一回、部屋に戻って立て直しだ!!」

俺は苦笑した。
そして言いたい事を言って穴の中に消えて行ったウニを追いかける。

でもそうだよな。
誰しも自分が主人公の物語を生きてる。

ペンの先が文字を綴るように、その意志で次の文字、次の単語、次の文章を書き加えていくんだ。
俺には俺の綴っている物語しか見えないが、ウニにもピアにもそれがある。
その物語の中では俺の方が脇役なんだ。
彼らがその意志で選んできた道を、俺が勝手に関係ないと決めつけるのは失礼な事だ。

ウニの消えた穴に俺が近づき、覗き込むと髪の毛が引っ掴まれてグイッと引っ張られた。
その瞬間、自分がグニャっとして軟体動物みたいに形が保てなくなった。

「ぎゃあぁぁぁ~っ?!」

いきなりの事に状況が理解できず、思わず叫んだ。
そのままズルズルと穴の中に引きずり込まれていく。
そして「スポンっ!」といい音でもしそうな勢いで俺は元いたあの小部屋に戻っていた。

「?!?!」

何?!今の?!
俺が意味がわからず自分の手足や体がちゃんとしているか確かめるのを、ウニが呆れたように小さな穴から眺めている。

「……お前さぁ…やっぱ馬鹿だろ……。」

「は?!何で?!ていうか、今の何?!」

「だから!!何度言わせんだよ!!ここは精神世界!!現実世界とは違うんだよ!!」

「……だから……軟体動物みたいになって、穴に潜り込んだ……?!マジで?!」

「マジだよ。本当馬鹿だな、お前……。」

いやだって俺、こっちは専門外なもんで…。
でも心の持ちようでそんな事もできると考えれば、ラニが「道」という形でここにいると言うのも何となくわかったような……わからないような……。

『お兄ちゃん!!』

そんな事を思っていたら、ちょうどラニが声をかけてきた。
どうやら一度俺に入った事で「道」がここにも繋がっているらしい。

「お~、ラニ。大丈夫か?!」

『大丈夫とかそうじゃなくて!!王子様が!!』

「うん。どうしても自分でケリをつけたいそうだよ。それより俺達、海神と別人格について大きく誤解してたみたいだ。」

『……誤解?!』

俺はウニに眠っているピアを渡しながら、手短にライオネル殿下に聞いた話をした。
ウニはピアを安全なフーボーさんの図書館に戻しながら俺の話を聞いていた。

『……だからあんなに怒ってたんだ……。それにあれほど執拗に王子様の中に戻りたがるのも、自分と王子様の区別がつかなくなっているんだって言われれば納得できるよ……。』

「精神世界での情報の力は強い。それが微々たるものであっても、毎日何年も積み重なれば、海神すら歪めちまう……。確かに海神が友好的だから人の中に納まってんだろうが、段々とそれと自分の区別がつかなくなって、出られなくなってたんだな……。」

「あぁ。これで海神がどうしてこんなにも長く人の中に収まり続けてきたのかわかったよ。好意でその中に居たつもりが、次第に自分と相手の境が曖昧になり、抜け出せなくなっていくんだ……。それが器が変わろうと繰り返されてきた。そして東の国以外では精霊師が廃れてしまい、その中で幾度となく海神を移し替えていくうちに王族の記憶の中からもそう言った情報が薄れてなくなってしまった。知っているのは器となった人だけで、でも、海神の影響を受けている状態ではそれを話す事も難しかった……。」

『そうだね……口にしてしまえば、海神がどう反応するかわからないもの……。』

「でもって、海神を別の器に移した時にはすでに喋る力もないほど弱っているか廃人になっていて話せないってか……。全く……もっと早く然るべき措置を取るべきだっただろうがよ!!」

『仕方ないよ、ウニ。失われた情報と環境が大きすぎたんだ。そして海は南の国にしかない。おそらく南の国に海神の事を知られる訳にはいかないからどうにもできず、危険物を持て余しながらも引き継いでいくしかできなかったんだ……。』

俺達は少しだけ黙り込んだ。
重い空気がそこにあった。

だが、何かが引っかかる。
何だ?何に引っかかったんだ?俺??

「…………。ラニ、海は西にもある。小さいけれど西の国にも港はいくつかあるぞ?その一つはあまり知られていないが中央王国と隣接してて、そこから海路で繋がってる。」

『……え?!』

「後、東の国を囲む湖はずっと辿ると海と繋がってる。冒険者が確かめた事があるから確かだ。ただ海路として使うには難所すぎるから使われてないんだ。」

「……サーク……もしかしたらそれ!!海神に対するカードとして使えるんじゃねぇか?!」

俺達はまた少しだけ黙り込んだ。
でもそれは暗い沈黙じゃなかった。

俺とウニは顔を見合わせる。
どこにいるかわからないけれど、ラニにも顔を向ける。
そして強く頷きあったのだった。
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