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第九章「海神編」
オマエハダレダ
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「お前は……。」
俺を見下ろす海神が呟く。
その大きさ、存在感、何よりも俺自身の魂に直接ビリビリと響いてくる強いエネルギー。
ウニに激しく感謝する。
何故、部屋を分けようとしてくれたか、何故、いきなり対面させるのを避けたのか、改めてよくわかる。
海神のエネルギー波動と俺の魂のエネルギー波動は似ている。
異種のものは混ざりにくいが、同種のものを同じ場所に置けば混ざってしまう。
そしてこの場合、大きく強い存在である海神に俺が取り込まれる形になる。
海水に一滴真水を落したところで、海水の方に影響はないだろうが、真水の方は散り散りに海水に拡散してしまい、存在を失ってしまう。
例えるならそんなところだ。
気を抜くな、強く自分を保て。
俺が俺である理由を思い出せ。
「……サク。」
「え??」
張り詰めた空気の中、突然、義父さんが名前を呼んだ。
ちらりと振り返ると、にっこりと笑っている。
「サク。」
「……何でしょう?義父さん?」
「いや、何でもないよ。」
ぽんぽんと肩を叩かれる。
何でもないって……。
義父さんの謎の行動に少し戸惑う。
え??何??
名前を呼んだだけ??
「……あ…っ。」
パッとその訳がわかって、義父さんを振り返る。
義父さんはいつも通りの穏やかな笑顔で頷いた。
体がさっきより軽い。
そういう事かと思わず笑った。
名は、存在を固定する楔だ。
普段の生活で普通の人は意識していないが、名というのはある種の「術」なのだ。
別の言い方をすれば「呪」であり「祝」だ。
つまり俺は今、義父さんに「術」をかけられたのだ。
俺を俺として固定するために、義父さんは名を呼んだ。
俺はそれに応えた。
それで義父さんの……神仕えの「術」は事を成したのだ。
う~ん、子供の頃から知っていた事なのに、実際、自分が「術」としてそれをされると不思議な気分になる。
「……精神世界でのたち振る舞いは、神様達との付き合い方にとても近い。覚えておきなさい。」
「はい、義父さん。」
義父さんの手が、トンっと背中を押す。
そして控えるように後ろに下がった。
確かに精霊は精神体だ。
精神体が構成する社会は極めて精神世界に近いだろう。
俺の中でその事は噛み砕かれ、染み渡る。
ここでどう振る舞い、どう戦うべきなのか。
それが少しずつ、はっきりとした形で見えてくる。
俺は改めて海神を見上げた。
大丈夫、なんとかできるはずだ。
しかし首を傾げながら俺を見ていた海神の言葉に、それはすぐに揺らがされてしまう。
「…………森の君……かえ?……いかんしてこの様な所に……?」
「…………っ。」
その言葉に、チリッと胸の奥が焼かれる。
まただ……。
また、森の主的な事を言われた。
何度となく呼びかけられたその言葉に、俺の存在が揺さぶられる。
こんな時に……!!
俺は自分を保とうとしたが、意識がぐにゃりと歪んだ。
迂闊だった。
水神様に会った時も、風様に会った時も、俺はそう呼びかけられた。
だから海神がそう呼びかけてくる可能性を意識しておくべきだった。
不意打ちだったそれに俺は強く影響される。
必死に自分を繋ぎ止めようとするが、動揺している俺の存在は、海神のエネルギーの影響を受けてしまって上手く行かない。
俺は……俺はいったい、何なんだろう……?
途端に視界が暗くなる。
力が抜け、なのにふわふわした感覚になる。
俺はナンダ?
オマエはダレだ?
オマエハ…………?
「……サクっ!!」
「!!」
ハッとした。
拡散しかけた自分が、ぎゅっと一気に戻ってくる。
「……義父さん!!」
「こらこら、気を抜くなとお前の主に言われたばかりだろう。しょうもない子だなぁ~。」
今起きた事を理解して激しく動揺する俺に、義父さんはのらりくらりと笑った。
その緊張感のなさに、ドッドッドっと重く打ち鳴らす衝動が紛らわされ落ち着いてくる。
はぁ……と大きく息を吐き、そして吸った。
精神世界だから呼吸なんて意味はないけれど、そうする事で自分の中のエネルギーを律する。
呼吸の波に乗せて、魔力を、生命エネルギーを循環させ、自分の中に固める。
魔力調整でいつもやっている事だ。
それを自分の中で練って、確たるものにしていく。
危なかった。
ただでさえ混ざりやすい海神の前。
しかもここは精神世界。
俺の魂を守る肉体もなければ、常識だって通用しない。
だが自分が今まで生きてきた事は、ちゃんと俺の中で生きている。
それが、俺が俺である証。
俺であると言う軌跡なのだ。
「ありがと、義父さん。一人だったら危なかった。」
「いいさ、サク。お前が危なっかしいのは昔っからだしね。」
「……だから~、小さい時の事は言わないでよ~。」
恥ずかしくなって思わず頭を掻く。
だが、これでわかった。
自分で思っているより俺の存在は危うい。
特にこの精神世界では脆いものなのだ。
それを肝に銘じておかなければ、海神とやり合う間に俺は存在が離散しかねない。
「……森の??……いや?お前は誰だ??」
「私はサク、もしくはサークと呼ばれる者。それ以上でもそれ以下でもありません。海の王。」
「……サーク??」
「はい、そうです。サークです。」
義父さんが後ろでクスッと笑った。
俺が何をしたかわかったからだ。
これは言葉遊びだ。
そして神仕えの技に近い。
俺は自分の言葉に魔力を込めた。
そして自分で自分の名を呼び、海神にも呼ばせた。
体が動かしやすくなり、ウニの保護に加えて何かが俺を包んだ。
精神世界では情報が力になる。
今、俺は言葉に魔力という付加をつけて「サーク」と言う名の情報を強めた。
それを自分で唱え、海神にも唱えさせる事によってそれをこの場での確定的定義にしたのだ。
俺=サークであると。
その情報が力になり俺を守る。
だが、俺をサークと固定するとそれはそれで面倒な事も起こる。
俺がサークであるとはっきり認識した海神が、少し苛立ったように体を動かした。
その尾をバチンと仮想精神空間に打ち付ける。
「サーク!!お前か!!私の可愛いリオに応えぬ不届き者は!!」
あ~、そうなりますよねぇ~。
気に食わない小僧と見るやいなや、海神がその身を暴れさせ出す。
それを仮想精神空間が受け止め、ボヨンボヨンと波打たせている。
これって……義父さんが何かしたんだろうけど、どうやったんだろう??
後で聞いてみよう…。
謎な状態になっている仮想精神空間を見てそんな事を思う。
ってそんな場合じゃないんだけど。
「お言葉ですが!!海の王!!我が君はただ一人!!先程、ここにいらしたライオネル殿下、その人だけです!!殿下は王に申し上げていたではありませんか?!あなたが思っている「リオ」は!あなたが想像した理想の殿下にすぎないと!!」
「黙れ!!小賢しい!!」
ブワッと明らかな敵意を持って、その尾が俺に向かって飛んでくる。
それを先ほどと同じ方法で弾き返した。
精神空間では魔術はうまく使えない。
全く使えない訳ではないが、効力が現実とは全く違う。
それはここでの魔力の意味とルールが異なっているからだ。
海神とやり合う事になりそうだと言う事で、どう戦えばいいかラニとウニがアドバイスしてくれた。
魔力が何かをする為のエネルギーな事は同じだ。
ただ、魔力→力(術の効力)とそのまま変換する事が難しいらしいのだ。
そもそも多くの魔術師が杖ありきで魔術を使っている。
だから杖を持ってこれない精神世界では魔術を使えないのだ。
だが俺や竜の谷育ちのラニのように、公式ありきで魔術を使う者は公式に魔力を込めて使う。
だから効力に差はあれども、多少の魔術を使う事ができる。
そしてこの効力を現実世界と同じ様にするには情報がいる。
これはこういう事をする為のものだと、魔力であり公式に情報を付加する必要があるのだ。
精神世界で現実世界と同じ様に魔術が使えないのは、現実世界では「これはこういうものだ」と言う共通認識、つまり情報が浸透しているのに対し、精神世界はその括りがない。
だからその情報を付加してやらなければうまく術が使えないのだ。
仕組みを簡単に表せば、魔力→情報→力(術の効力)となる。
「……俺が俺で良かったよ……じゃなきゃこんなにもあっさり、精神世界で魔術を使えなかった。」
魔術に情報を付加する。
理屈がわかったって、とっさの場面でそれをしながら戦闘を行えるかといえば普通は無理だ。
強い魔術師になればなるほど、意識せず反射的に魔術を使うようになる。
そこにいちいち情報を組み込んでとなったら、それまで培ってきた流れが崩れ、うまく戦う事はできないだろう。
だが俺は、普通の魔術に加え血の魔術が使える。
血の魔術は想像力で使う。
想像、つまり情報によって術を使っているのだ。
だから魔力に情報を与えて使うのは、日常的に行っていた事なのだ。
それ故こんなにもあっさり、ここで海神に魔術で対抗する事ができる。
俺が俺だから。
俺が俺として生きてきた事が、俺を助けてくれる。
「……義父さん。」
「うん。義父さんの事は気にしなくて大丈夫だよ。こう見えて義父さん、それなりに強い神仕えだからね。」
「それ、自分で言う?!」
「ふふっ。でも本当にマズそうになったら、人形の方に引っ込むし、気にしなくて平気だよ。サクのやりたいようにやりなさい。」
「やりたいようにやるけどさ~。世界が王の一人にどこまで食い下がれるかなぁ~??早めに「わかって」もらえると助かるんだけど……。」
「う~ん?話した感じ、海神様は思い込みが激しそうだったからねぇ~。感情的になると折れるに折れないタイプのようだし。」
「……すでに感情的になってるんですけど?!」
「うん、そうだね。頑張ってね、サク。」
にこにことそう言う義父さんに俺は苦笑いする。
何とかしてよと言いたいが、俺と海神がやり合っても自分の身は何とかしてくれると言うのだから、多くを求めてもいけないだろう……。
は~、毎度の事ながら、俺が腹を括るしかないらしい。
「海神相手にわからせろって……本当、我が君も無茶言ってくれるもんだ。」
だがやるしかない。
海神の説得がこの計画の肝なのだ。
義父さんとライオネル殿下と話し、海神は本当はわかっている。
だがそれを受け入れきれないだけだ。
それが受け入れ難く、苦しんで苛立っているのだ。
だからその苛立ちを取り除いてやればいい。
ちょうどここに八つ当たりにはもってこいのサンドバッグがある訳で……。
「はぁ……マジか……。」
だがもう、それしかない。
潔く両頬をひっぱたかれてくるしかない。
相手は海の王。
大きさも存在もエネルギーも歴然の差だ。
けれど不思議と怖いと思う気持ちの奥底に、楽しいと言う思いがある。
これは何だろう?
何とも言えない不思議な気持ち。
「サク、お相撲だよ。」
「え??」
「これはお相撲だよ。海神様の胸をお借りして、気負わず楽しみなさい。」
義父さんはニコニコしている。
そんな事を言われると、浄衣を着ている義父さんが行司に見えてくる。
そうか、相撲か……。
ストンと気持ちが落ち着き、海神に目を向ける。
相撲なら悪くない。
自分より大きな相手に挑む事だってある。
当たって砕けろ。
そして笑え。
サークの心は穏やかだった。
そしてわくわくしたものが湧き上がってくる。
妙だなとはどこかで思った。
だが楽しいと言う気持ちに支配され、それ以上、何も考えられなかった。
魔力を練る。
血の魔術を使う要領でそれを展開する。
「……フン、生意気な……!!」
サークが戦う気でいる事を全面に押し出すと、海神は鼻で笑った。
だが、面倒な話し合いよりは心地よい。
ちょうど色々持て余していたところだと海神は笑う。
「いいだろう!我が相手をしてやろう!!」
「ご厚情、痛み入ります!!」
確かに相撲だとサークは思う。
言葉なんかなくていい。
伝えたい事は伝えたいまま、力でぶつかればいい。
わかりやすく、そして心地よい。
練り上げた魔力を解き放つ。
同時に海神もその力を示した。
ドーンッと大きく仮想精神空間が揺れた。
「…………サク……。」
始まった戦いを見つめながら、サークの養父は少しだけ顔を顰めた。
これは決められた道筋なのだろう。
海神と息子がここで力比べをする事は……。
そう思っても、穏やかにそれを見ている事はできなかった。
サク。
彼だけがそう呼ぶ彼の息子。
その子の魂につけていた「封」は今はもうない。
だが大丈夫。
あの子はちゃんと自分自身を持っている。
あの子をあの子として繋ぎ止めてくれる人がたくさんいる。
だから大丈夫。
あの子を信じよう。
あの子は自分の息子なのだから……。
そう、祈るように自分に言い聞かせる。
「……ちゃんと帰っておいで、サク。お前を待っている人が、たくさんいるのだから……。」
呟いた穏やかな言葉とは裏腹に、神仕えはグッと拳を握りしめた。
俺を見下ろす海神が呟く。
その大きさ、存在感、何よりも俺自身の魂に直接ビリビリと響いてくる強いエネルギー。
ウニに激しく感謝する。
何故、部屋を分けようとしてくれたか、何故、いきなり対面させるのを避けたのか、改めてよくわかる。
海神のエネルギー波動と俺の魂のエネルギー波動は似ている。
異種のものは混ざりにくいが、同種のものを同じ場所に置けば混ざってしまう。
そしてこの場合、大きく強い存在である海神に俺が取り込まれる形になる。
海水に一滴真水を落したところで、海水の方に影響はないだろうが、真水の方は散り散りに海水に拡散してしまい、存在を失ってしまう。
例えるならそんなところだ。
気を抜くな、強く自分を保て。
俺が俺である理由を思い出せ。
「……サク。」
「え??」
張り詰めた空気の中、突然、義父さんが名前を呼んだ。
ちらりと振り返ると、にっこりと笑っている。
「サク。」
「……何でしょう?義父さん?」
「いや、何でもないよ。」
ぽんぽんと肩を叩かれる。
何でもないって……。
義父さんの謎の行動に少し戸惑う。
え??何??
名前を呼んだだけ??
「……あ…っ。」
パッとその訳がわかって、義父さんを振り返る。
義父さんはいつも通りの穏やかな笑顔で頷いた。
体がさっきより軽い。
そういう事かと思わず笑った。
名は、存在を固定する楔だ。
普段の生活で普通の人は意識していないが、名というのはある種の「術」なのだ。
別の言い方をすれば「呪」であり「祝」だ。
つまり俺は今、義父さんに「術」をかけられたのだ。
俺を俺として固定するために、義父さんは名を呼んだ。
俺はそれに応えた。
それで義父さんの……神仕えの「術」は事を成したのだ。
う~ん、子供の頃から知っていた事なのに、実際、自分が「術」としてそれをされると不思議な気分になる。
「……精神世界でのたち振る舞いは、神様達との付き合い方にとても近い。覚えておきなさい。」
「はい、義父さん。」
義父さんの手が、トンっと背中を押す。
そして控えるように後ろに下がった。
確かに精霊は精神体だ。
精神体が構成する社会は極めて精神世界に近いだろう。
俺の中でその事は噛み砕かれ、染み渡る。
ここでどう振る舞い、どう戦うべきなのか。
それが少しずつ、はっきりとした形で見えてくる。
俺は改めて海神を見上げた。
大丈夫、なんとかできるはずだ。
しかし首を傾げながら俺を見ていた海神の言葉に、それはすぐに揺らがされてしまう。
「…………森の君……かえ?……いかんしてこの様な所に……?」
「…………っ。」
その言葉に、チリッと胸の奥が焼かれる。
まただ……。
また、森の主的な事を言われた。
何度となく呼びかけられたその言葉に、俺の存在が揺さぶられる。
こんな時に……!!
俺は自分を保とうとしたが、意識がぐにゃりと歪んだ。
迂闊だった。
水神様に会った時も、風様に会った時も、俺はそう呼びかけられた。
だから海神がそう呼びかけてくる可能性を意識しておくべきだった。
不意打ちだったそれに俺は強く影響される。
必死に自分を繋ぎ止めようとするが、動揺している俺の存在は、海神のエネルギーの影響を受けてしまって上手く行かない。
俺は……俺はいったい、何なんだろう……?
途端に視界が暗くなる。
力が抜け、なのにふわふわした感覚になる。
俺はナンダ?
オマエはダレだ?
オマエハ…………?
「……サクっ!!」
「!!」
ハッとした。
拡散しかけた自分が、ぎゅっと一気に戻ってくる。
「……義父さん!!」
「こらこら、気を抜くなとお前の主に言われたばかりだろう。しょうもない子だなぁ~。」
今起きた事を理解して激しく動揺する俺に、義父さんはのらりくらりと笑った。
その緊張感のなさに、ドッドッドっと重く打ち鳴らす衝動が紛らわされ落ち着いてくる。
はぁ……と大きく息を吐き、そして吸った。
精神世界だから呼吸なんて意味はないけれど、そうする事で自分の中のエネルギーを律する。
呼吸の波に乗せて、魔力を、生命エネルギーを循環させ、自分の中に固める。
魔力調整でいつもやっている事だ。
それを自分の中で練って、確たるものにしていく。
危なかった。
ただでさえ混ざりやすい海神の前。
しかもここは精神世界。
俺の魂を守る肉体もなければ、常識だって通用しない。
だが自分が今まで生きてきた事は、ちゃんと俺の中で生きている。
それが、俺が俺である証。
俺であると言う軌跡なのだ。
「ありがと、義父さん。一人だったら危なかった。」
「いいさ、サク。お前が危なっかしいのは昔っからだしね。」
「……だから~、小さい時の事は言わないでよ~。」
恥ずかしくなって思わず頭を掻く。
だが、これでわかった。
自分で思っているより俺の存在は危うい。
特にこの精神世界では脆いものなのだ。
それを肝に銘じておかなければ、海神とやり合う間に俺は存在が離散しかねない。
「……森の??……いや?お前は誰だ??」
「私はサク、もしくはサークと呼ばれる者。それ以上でもそれ以下でもありません。海の王。」
「……サーク??」
「はい、そうです。サークです。」
義父さんが後ろでクスッと笑った。
俺が何をしたかわかったからだ。
これは言葉遊びだ。
そして神仕えの技に近い。
俺は自分の言葉に魔力を込めた。
そして自分で自分の名を呼び、海神にも呼ばせた。
体が動かしやすくなり、ウニの保護に加えて何かが俺を包んだ。
精神世界では情報が力になる。
今、俺は言葉に魔力という付加をつけて「サーク」と言う名の情報を強めた。
それを自分で唱え、海神にも唱えさせる事によってそれをこの場での確定的定義にしたのだ。
俺=サークであると。
その情報が力になり俺を守る。
だが、俺をサークと固定するとそれはそれで面倒な事も起こる。
俺がサークであるとはっきり認識した海神が、少し苛立ったように体を動かした。
その尾をバチンと仮想精神空間に打ち付ける。
「サーク!!お前か!!私の可愛いリオに応えぬ不届き者は!!」
あ~、そうなりますよねぇ~。
気に食わない小僧と見るやいなや、海神がその身を暴れさせ出す。
それを仮想精神空間が受け止め、ボヨンボヨンと波打たせている。
これって……義父さんが何かしたんだろうけど、どうやったんだろう??
後で聞いてみよう…。
謎な状態になっている仮想精神空間を見てそんな事を思う。
ってそんな場合じゃないんだけど。
「お言葉ですが!!海の王!!我が君はただ一人!!先程、ここにいらしたライオネル殿下、その人だけです!!殿下は王に申し上げていたではありませんか?!あなたが思っている「リオ」は!あなたが想像した理想の殿下にすぎないと!!」
「黙れ!!小賢しい!!」
ブワッと明らかな敵意を持って、その尾が俺に向かって飛んでくる。
それを先ほどと同じ方法で弾き返した。
精神空間では魔術はうまく使えない。
全く使えない訳ではないが、効力が現実とは全く違う。
それはここでの魔力の意味とルールが異なっているからだ。
海神とやり合う事になりそうだと言う事で、どう戦えばいいかラニとウニがアドバイスしてくれた。
魔力が何かをする為のエネルギーな事は同じだ。
ただ、魔力→力(術の効力)とそのまま変換する事が難しいらしいのだ。
そもそも多くの魔術師が杖ありきで魔術を使っている。
だから杖を持ってこれない精神世界では魔術を使えないのだ。
だが俺や竜の谷育ちのラニのように、公式ありきで魔術を使う者は公式に魔力を込めて使う。
だから効力に差はあれども、多少の魔術を使う事ができる。
そしてこの効力を現実世界と同じ様にするには情報がいる。
これはこういう事をする為のものだと、魔力であり公式に情報を付加する必要があるのだ。
精神世界で現実世界と同じ様に魔術が使えないのは、現実世界では「これはこういうものだ」と言う共通認識、つまり情報が浸透しているのに対し、精神世界はその括りがない。
だからその情報を付加してやらなければうまく術が使えないのだ。
仕組みを簡単に表せば、魔力→情報→力(術の効力)となる。
「……俺が俺で良かったよ……じゃなきゃこんなにもあっさり、精神世界で魔術を使えなかった。」
魔術に情報を付加する。
理屈がわかったって、とっさの場面でそれをしながら戦闘を行えるかといえば普通は無理だ。
強い魔術師になればなるほど、意識せず反射的に魔術を使うようになる。
そこにいちいち情報を組み込んでとなったら、それまで培ってきた流れが崩れ、うまく戦う事はできないだろう。
だが俺は、普通の魔術に加え血の魔術が使える。
血の魔術は想像力で使う。
想像、つまり情報によって術を使っているのだ。
だから魔力に情報を与えて使うのは、日常的に行っていた事なのだ。
それ故こんなにもあっさり、ここで海神に魔術で対抗する事ができる。
俺が俺だから。
俺が俺として生きてきた事が、俺を助けてくれる。
「……義父さん。」
「うん。義父さんの事は気にしなくて大丈夫だよ。こう見えて義父さん、それなりに強い神仕えだからね。」
「それ、自分で言う?!」
「ふふっ。でも本当にマズそうになったら、人形の方に引っ込むし、気にしなくて平気だよ。サクのやりたいようにやりなさい。」
「やりたいようにやるけどさ~。世界が王の一人にどこまで食い下がれるかなぁ~??早めに「わかって」もらえると助かるんだけど……。」
「う~ん?話した感じ、海神様は思い込みが激しそうだったからねぇ~。感情的になると折れるに折れないタイプのようだし。」
「……すでに感情的になってるんですけど?!」
「うん、そうだね。頑張ってね、サク。」
にこにことそう言う義父さんに俺は苦笑いする。
何とかしてよと言いたいが、俺と海神がやり合っても自分の身は何とかしてくれると言うのだから、多くを求めてもいけないだろう……。
は~、毎度の事ながら、俺が腹を括るしかないらしい。
「海神相手にわからせろって……本当、我が君も無茶言ってくれるもんだ。」
だがやるしかない。
海神の説得がこの計画の肝なのだ。
義父さんとライオネル殿下と話し、海神は本当はわかっている。
だがそれを受け入れきれないだけだ。
それが受け入れ難く、苦しんで苛立っているのだ。
だからその苛立ちを取り除いてやればいい。
ちょうどここに八つ当たりにはもってこいのサンドバッグがある訳で……。
「はぁ……マジか……。」
だがもう、それしかない。
潔く両頬をひっぱたかれてくるしかない。
相手は海の王。
大きさも存在もエネルギーも歴然の差だ。
けれど不思議と怖いと思う気持ちの奥底に、楽しいと言う思いがある。
これは何だろう?
何とも言えない不思議な気持ち。
「サク、お相撲だよ。」
「え??」
「これはお相撲だよ。海神様の胸をお借りして、気負わず楽しみなさい。」
義父さんはニコニコしている。
そんな事を言われると、浄衣を着ている義父さんが行司に見えてくる。
そうか、相撲か……。
ストンと気持ちが落ち着き、海神に目を向ける。
相撲なら悪くない。
自分より大きな相手に挑む事だってある。
当たって砕けろ。
そして笑え。
サークの心は穏やかだった。
そしてわくわくしたものが湧き上がってくる。
妙だなとはどこかで思った。
だが楽しいと言う気持ちに支配され、それ以上、何も考えられなかった。
魔力を練る。
血の魔術を使う要領でそれを展開する。
「……フン、生意気な……!!」
サークが戦う気でいる事を全面に押し出すと、海神は鼻で笑った。
だが、面倒な話し合いよりは心地よい。
ちょうど色々持て余していたところだと海神は笑う。
「いいだろう!我が相手をしてやろう!!」
「ご厚情、痛み入ります!!」
確かに相撲だとサークは思う。
言葉なんかなくていい。
伝えたい事は伝えたいまま、力でぶつかればいい。
わかりやすく、そして心地よい。
練り上げた魔力を解き放つ。
同時に海神もその力を示した。
ドーンッと大きく仮想精神空間が揺れた。
「…………サク……。」
始まった戦いを見つめながら、サークの養父は少しだけ顔を顰めた。
これは決められた道筋なのだろう。
海神と息子がここで力比べをする事は……。
そう思っても、穏やかにそれを見ている事はできなかった。
サク。
彼だけがそう呼ぶ彼の息子。
その子の魂につけていた「封」は今はもうない。
だが大丈夫。
あの子はちゃんと自分自身を持っている。
あの子をあの子として繋ぎ止めてくれる人がたくさんいる。
だから大丈夫。
あの子を信じよう。
あの子は自分の息子なのだから……。
そう、祈るように自分に言い聞かせる。
「……ちゃんと帰っておいで、サク。お前を待っている人が、たくさんいるのだから……。」
呟いた穏やかな言葉とは裏腹に、神仕えはグッと拳を握りしめた。
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年下αの執着は、想像以上に深くて、甘くて、重い。
これは、"なかったこと"にはできない恋だった――。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
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