111 / 137
第九章「海神編」
竜と谷の民
しおりを挟む
ウィルは指笛を吹く。
ヴィオールはそれに答え「カッカッ」と喉を鳴らした。
それを合図に走り出す。
どうするべきか、それはまだわからなかった。
力が出せるようになったとは言っても、ウィルは魔法を習った訳ではない。
だから結界を修復したり、張ったりする事はできないのだ。
ただ感覚的に、自分の力が浄化に特化しているものだと言う事は感じていた。
先程、魔物達を倒したのはそれだ。
ウィルの纏う碧き炎は浄化の炎。
ウィルは物理的に魔物を倒したのではない。
存在を浄化してしまったのだ。
これを究極的に凝縮したものが「浄化の涙」なのだと、今は何故か理解できる。
本来ならそうやって限られた一雫として使うその力が、今は全身に巡っている。
ウィルは静かに考えていた。
この状況は一見、力を使いこなせているように見えるがそうではないのだと。
これはこの力の本来の状態ではない。
力を表に出せるようになって、湧き出るまま外側に放出しているだけだと。
制御できていない。
ウィルはそう思った。
魔力量という感覚は掴めていないが、無尽蔵にあるものでない事は知っている。
使えば使っただけ消費していずれ枯渇する。
だからこの浄化の炎に包まれている状態だって、燃料となる魔力が底を尽きれば消えてしまう。
だが今は時間がない。
力の制御の方法を考えるよりも、この状態をどう活かして戦うべきかを考えた方がいい。
そして魔力が切れる前に終わらせなければならない。
ウィルが走り込んでくると、ヴィオールは少しだけ身を引いた。
それを追って魔物の手が伸ばされる。
床蹴り、高く飛翔してウィルはその足を斬りつけた。
「グオオォォォォ…ッ!!」
部屋を振動させるような雄叫びが響き渡る。
浄化の炎を纏った槍での攻撃に、魔物が悲鳴を上げた。
こちら側が見えない魔物にしてみれば、予想打にしない攻撃だったに違いない。
攻撃した先に宿った炎が魔物の足に燃え広がる。
しかしはじめのうちは勢いが良かったそれは、何かと拮抗した様に勢いを失い、やがて消え去った。
やはり冥界から結界を破って出てこようとしている程の魔物だけあり、こちら側に出てきている魔物とは別格のようだ。
一度炎が付けば、消す事などできずに浄化され消えてしまう魔物たちとは違う。
それに対抗して消し去る事もできる力の持ち主なのだ。
だが、手応えはあった。
ウィルは攻撃した数本の足が痛々しく震えているのを見逃さなかった。
中でも最も深く攻撃した足は足先がだらりと折れ、動かなくなっていた。
魔物は直ぐにそれらの足を向こう側に引っ込めたが、ウィルははっきりとそれを確認していた。
今の自分なら、深手が負わせられる。
そう、理解した。
自分には結界をどうにかする力はない。
だが、それを打ち破ろうとしているモノに痛い目を見せてやる事はできる。
ボーンはじきに目を覚ますだろう。
何しろ伝説の冒険者の1人、大魔法師(ビショップ)、寡黙なるエアーデなのだから。
そして彼の愛娘が、深い愛情を持ってその回復に当たっているのだ。
これで目を覚まさない訳がない。
ならばやる事は決まる。
自分は魔物の相手をすればいい。
ボーンが目覚め結界を修復するまでの間、魔物を防げばいいのだ。
「!!」
そうウィルが結論を出した時、結界の穴から禍々しい眼光が覗いた。
純粋な憎悪と目が合う。
獣の眼。
それが獣の眼だとウィルは思った。
何故、眼球を見ただけでそう思えたのかはわからない。
「それ」は、ウィルを見た。
憎々しげにはっきりとウィルを見た。
「ガアァァァァァァッッ!!」
物凄い雄叫びが空間に響き渡る。
そこにある激しい怒りと憎悪。
ヴィオールが少し怯えてウィルに顔を寄せた。
それに「大丈夫だよ」と撫でて答える。
ガンッ!!ガンッガンッ!!
狂ったように魔物が結界を攻撃している。
こちら側の空間までそれは影響し、封印の間の壁や天井が軋んでボロボロとカスを落とした。
ウィルは手に持っている槍を見た。
竜颯の槍。
またの名をナイト・オブ・ザ・ドラコン。
直訳すれば竜騎士の槍。
こちらではそう呼ばれていた。
だがこれは元々は竜の谷の聖槍だ。
その名を「竜葬のルーン」。
こちらで呼ばれる竜颯と響きは同じだが、谷の者から言わせれば、正しくは竜葬だ。
竜を葬るための聖槍。
かつて、風様が竜たちを守るために谷に住処を移した時、火の神が風様とその子らと共に生きる人々が安全に暮らせるよう、その人知を超えた知識と炎を用いて作り与えてくれたと言われる伝説の槍。
それが「竜葬のルーン」だ。
普通の槍で竜を仕留めるのは至難の業だ。
だからこの槍があった。
谷で竜は神に等しい。
とはいえ、外の世界の神とは少し違う。
共に歩み共に生きる神だ。
その考え方は不思議と東の国の「神」との向き合い方に似ていた。
東の国で「神」である精霊を制御する為に神仕えがその技を受け継ぐように、谷にも竜を制御する力として「竜葬のルーン」があったのだ。
とはいえ、竜は基本的にはのどかな生き物だ。
意外と甘ったれで、人が現れると構って欲しくて寄ってくる様な可愛い生き物。
だが、病気や怪我などで苦しんだ結果、自我を失い暴れる事もある。
あまり苦しみを長引かせるとその不穏な空気に影響され、他の竜達も不安定になって神経質になる。
そして何より恐ろしいのは、苦しんだ事で「呪い」となってしまう事だ。
だからそれを終わらせる為に「竜葬のルーン」があった。
呪いになる前に苦しみから開放し、安らかな眠りを与える為に竜葬のルーンはあった。
ただ、ウィルがこの槍を知った時にはすでに本物は谷になかった。
そのレプリカが風の神殿に祀られていた。
かつて、外の世界でも谷でも精霊たちが普通に生活の中にいた頃、突然、精霊たちが騒ぎ立て、槍を持ってどこかに行ってしまったと聞いていた。
風様はその事について何も言わず、代わりに自分の身から槍を作って与えてくれた。
それを今は竜葬のルーンの代わりに、竜騎士団長が受け継いでいる。
(この槍が本物の「竜葬のルーン」かはわからないけれど……。)
どうしてこちら側に竜葬のルーンがあって、しかも冒険者のお宝としてマダムが保管していたのかはわからない。
それが本物なのか精巧なレプリカなのかも、本物を見た事のないウィルにはわからなかった。
ただ、もしこれが本物の竜葬のルーンだとしたら、この槍は竜すら殺せるドラゴンキラーの一つとなる。
そうだとしたならば、この結界を抜け出してこようとする様な魔物と戦うには武器としては十分すぎる。
そして自分は今、浄化の力を纏っている。
先程の攻撃で確かな手応えがあった。
だからウィルはどれだけ魔物が興奮して暴れようとも落ち着いていられた。
ウィルはゆっくり、しかし段々早く槍を目の前で回し始める。
これが竜葬のルーンなら、備わっている機能があるはずだからだ。
回される事で空気を切り、槍からは音が鳴り始めた。
ウィルはそれに合わせて歌いだした。
「……何?この歌……??……歌??」
離れた場所でボーンの回復を行っていたサーニャは猫耳をピクッと動かしてそれを聞いた。
それは歌というより音に近く、風笛と重なり合う事で一つの音楽を奏でている。
「……あ~、マジか……アイツ、マジで竜の谷から来やがったんだなぁ~……。」
「!!」
サーニャがそれに気を取られていると、微かなダミ声がそう言った。
バッと顔を向けると、ボーンが薄っすらと目を開いて苦笑いしていた。
「……お父さん!!」
「うおッ!!」
感極まったサーニャに抱きつかれ、ボーンは変な声を上げた。
お父さんと言われた事も衝撃的で、何と言っていいのかわからないまま、そっとその肩を叩いた。
「ワリィな……油断してちょっと寝ちまった……。」
「うううん……大丈夫……。それより先生、ウィルさん、覚醒されたみたいです。」
どうやら先程の「お父さん」は無自覚だったようだ。
だがその言葉が使われていなくとも、いつもその言葉が側にあった事はボーンもわかっていた。
「そうみてぇだが……ありゃ、単に火が付いただけだ。まぁ、火がなくて悩んでいたウィルだからな、後はおいおい学んでいくだろうさ。」
ボーンはそう言うと、照れ臭さもあってサーニャを押し退け体を起こした。
まだ完全に回復しきってはいないが、目が覚めればどうとでもなる。
「体は大丈夫ですか?先生?」
「ああ、後は自分で何とかする。お前は……あの入り口を守れ。杖は壊れちまったが……できるな?サーニャ?」
「はい!!」
「よし!それでこそ俺の娘だ。」
ボーンはいそう言ってサーニャの頭を撫でた。
小さい頃の事を思い出す。
サーニャは少し赤くなったが、嬉しそうに耳を倒して撫でてもらった。
ウィルの歌にヴィオールが喉を鳴らして低音をつけた。
それが可愛くてウィルはヴィオールを見上げる。
竜葬のルーンが鳴らす風笛、ウィルの歌、ヴィオールの喉笛。
それが一つの音楽になった時、槍の纏っていたウィルの浄化の炎が渦となって結界の方に飛んで行った。
ウィルは小さく頷く。
そしてこれが本物の竜葬のルーンだと確信した。
竜葬のルーンには、魔術や魔法を増幅させ解き放つ機能が備わっていると聞いていた。
大きな竜を相手にする為に備わっている機能で、その方法は音楽だとも。
なんの事かわからなかったが、サークにこの槍を買ってもらった時、手に馴染ませるつもりで鍛錬していると音が鳴る事に気づいた。
回したりした際、風笛の要領で音がするのだ。
回せば回すほどよく音がして、その音は竜を呼ぶ歌に似ていた。
それで気づいたのだ。
竜葬のルーンの機能の使い方を。
おそらく槍を回しながら魔力を込めて歌う事で、それが可能になるのではないかと。
ヴィオールが一緒に歌ってくれるとは思わなかったけれど、そのかいあって久しぶりなのに上手く歌えた。
歌に魔力を込める。
今のウィルが魔力を込めれば、それは自然と浄化の力となる。
そしてその力は槍によって蓄えられ増幅され解き放たれた。
力に目覚めたばかりで魔法も魔術も扱えないウィルにとって、触接接触以外でも浄化する事ができるこの攻撃方法は大きい。
ウィルの浄化の力は、結界に向かって飛んでゆく。
そしてフッと結界に吸い込まれた。
「……ギャアァァァァァッ!!」
次の瞬間、途轍もない叫び声が響き渡り、地獄の門の間を揺らした。
向こう側は見えないがどうやら上手くいったらしい。
結界も心なしか持ち直したように見える。
だが……。
次の瞬間、ウィルはヴィオールに引っ張られ奥に投げ飛ばされた。
何が起きたのかわからない。
そして部屋が崩壊するほど激しく軋んだ。
それだけではない。
空間自体が歪んだのだ。
「ガアァァァァァァッッ!!」
この世のものとは思えない、怒りと憎しみ。
それが空間を支配した。
腐敗した血の匂いが辺りに立ち込める。
バンっとウィルは奥の壁にブチ当たった。
それを痛がっている場合ではない。
何が起きた?!
すぐさま体制を立て直し、門の方を見る。
そこには血濡れた巨大な獣が、狂ったようにその牙と爪で結界を引き裂き、飛び出してくるのが見えた。
その目は憎しみに支配され狂っている。
手負いの獣ほど捨て身で怖いものはない。
かつて父から、狩りの心得で一番忘れてはいけない事として言われた言葉。
トドメがさせると油断するな、そういう時の獣こそ、一番恐ろしいのだと……。
「……あ……。」
深手を負い、正気を失って暴れる巨大な魔物を見てウィルはそれを思い出した。
結界を挟んでやり合っていた魔物には、知性を感じていた。
だが今は、キチガイのようにただ暴れ狂う、血濡れた獣と化していた。
浄化の力が強すぎたんだ……。
ウィルはそう思った。
試しに軽く攻撃してみる程度のつもりが、ウィルの浄化の力が強すぎて、魔物の正気を失わせるほどのダメージを与えてしまったのだ。
その為、制御不能になった魔物がリミットを超えた力を発揮して結界を打ち壊し、怒りのままこちらに飛び出してきたのだ。
自分を投げ飛ばしたヴィオールが、飛び出してきた魔物と正面から向かい合っている。
ウィルに甘えてばかりの子が、雄叫びに怯えるような子が、ウィルを守る為にその身を狂った獣の前に晒しているのだ。
「ヴィオールッ!!」
ウィルは叫んだ。
そして走り出す。
その目の前でヴィオールは魔物の牙と爪によって引き裂かれて叫び声を上げている。
ヴィオールは竜ではあるが飛竜なのだ。
飛べなければ本来の力を出して戦う事ができない。
「ヴィオール!!」
ウィルは無我夢中で走った。
その子は……ヴィオールは……!!
ヴィオールだけはこれ以上、傷つけないでくれ!!
頭の中に子供の頃の光景が浮かぶ。
初恋の世話役さんと憎ったらしい竜人様。
なかなか孵らない卵からヴィオールが顔を出した時、目が合ったんだ。
竜人様は生まれたては目がよく見えないから、目が合った様に見えただけで、合った訳じゃないといったが確かに合った。
あの子の大きな瞳が、自分をはっきり見たんだ。
幸せだった。
可愛い竜の子。
大好きな世話役さん(と時々竜人様)と過ごした日々。
大好きな可愛い俺の竜の子。
なのに、そのせいでヴィオールを苦しめた。
会えない寂しさから外の世界に出て、さんざん苦しめられて呪いになってしまった。
頼むから!
その子をそれ以上、苦しめないでくれ!!
サークが呪いとなったヴィオールを救ってくれたが、なのにまた自分のせいであの子は苦しんでいる。
その事実がウィルの平常心を失わせた。
だから自分から浄化の炎が消えていることにも気付なかった。
大きな獣を通してしまえるほど壊れた結界からは、絶望と混沌が流れ出していた。
ヴィオールはそれに答え「カッカッ」と喉を鳴らした。
それを合図に走り出す。
どうするべきか、それはまだわからなかった。
力が出せるようになったとは言っても、ウィルは魔法を習った訳ではない。
だから結界を修復したり、張ったりする事はできないのだ。
ただ感覚的に、自分の力が浄化に特化しているものだと言う事は感じていた。
先程、魔物達を倒したのはそれだ。
ウィルの纏う碧き炎は浄化の炎。
ウィルは物理的に魔物を倒したのではない。
存在を浄化してしまったのだ。
これを究極的に凝縮したものが「浄化の涙」なのだと、今は何故か理解できる。
本来ならそうやって限られた一雫として使うその力が、今は全身に巡っている。
ウィルは静かに考えていた。
この状況は一見、力を使いこなせているように見えるがそうではないのだと。
これはこの力の本来の状態ではない。
力を表に出せるようになって、湧き出るまま外側に放出しているだけだと。
制御できていない。
ウィルはそう思った。
魔力量という感覚は掴めていないが、無尽蔵にあるものでない事は知っている。
使えば使っただけ消費していずれ枯渇する。
だからこの浄化の炎に包まれている状態だって、燃料となる魔力が底を尽きれば消えてしまう。
だが今は時間がない。
力の制御の方法を考えるよりも、この状態をどう活かして戦うべきかを考えた方がいい。
そして魔力が切れる前に終わらせなければならない。
ウィルが走り込んでくると、ヴィオールは少しだけ身を引いた。
それを追って魔物の手が伸ばされる。
床蹴り、高く飛翔してウィルはその足を斬りつけた。
「グオオォォォォ…ッ!!」
部屋を振動させるような雄叫びが響き渡る。
浄化の炎を纏った槍での攻撃に、魔物が悲鳴を上げた。
こちら側が見えない魔物にしてみれば、予想打にしない攻撃だったに違いない。
攻撃した先に宿った炎が魔物の足に燃え広がる。
しかしはじめのうちは勢いが良かったそれは、何かと拮抗した様に勢いを失い、やがて消え去った。
やはり冥界から結界を破って出てこようとしている程の魔物だけあり、こちら側に出てきている魔物とは別格のようだ。
一度炎が付けば、消す事などできずに浄化され消えてしまう魔物たちとは違う。
それに対抗して消し去る事もできる力の持ち主なのだ。
だが、手応えはあった。
ウィルは攻撃した数本の足が痛々しく震えているのを見逃さなかった。
中でも最も深く攻撃した足は足先がだらりと折れ、動かなくなっていた。
魔物は直ぐにそれらの足を向こう側に引っ込めたが、ウィルははっきりとそれを確認していた。
今の自分なら、深手が負わせられる。
そう、理解した。
自分には結界をどうにかする力はない。
だが、それを打ち破ろうとしているモノに痛い目を見せてやる事はできる。
ボーンはじきに目を覚ますだろう。
何しろ伝説の冒険者の1人、大魔法師(ビショップ)、寡黙なるエアーデなのだから。
そして彼の愛娘が、深い愛情を持ってその回復に当たっているのだ。
これで目を覚まさない訳がない。
ならばやる事は決まる。
自分は魔物の相手をすればいい。
ボーンが目覚め結界を修復するまでの間、魔物を防げばいいのだ。
「!!」
そうウィルが結論を出した時、結界の穴から禍々しい眼光が覗いた。
純粋な憎悪と目が合う。
獣の眼。
それが獣の眼だとウィルは思った。
何故、眼球を見ただけでそう思えたのかはわからない。
「それ」は、ウィルを見た。
憎々しげにはっきりとウィルを見た。
「ガアァァァァァァッッ!!」
物凄い雄叫びが空間に響き渡る。
そこにある激しい怒りと憎悪。
ヴィオールが少し怯えてウィルに顔を寄せた。
それに「大丈夫だよ」と撫でて答える。
ガンッ!!ガンッガンッ!!
狂ったように魔物が結界を攻撃している。
こちら側の空間までそれは影響し、封印の間の壁や天井が軋んでボロボロとカスを落とした。
ウィルは手に持っている槍を見た。
竜颯の槍。
またの名をナイト・オブ・ザ・ドラコン。
直訳すれば竜騎士の槍。
こちらではそう呼ばれていた。
だがこれは元々は竜の谷の聖槍だ。
その名を「竜葬のルーン」。
こちらで呼ばれる竜颯と響きは同じだが、谷の者から言わせれば、正しくは竜葬だ。
竜を葬るための聖槍。
かつて、風様が竜たちを守るために谷に住処を移した時、火の神が風様とその子らと共に生きる人々が安全に暮らせるよう、その人知を超えた知識と炎を用いて作り与えてくれたと言われる伝説の槍。
それが「竜葬のルーン」だ。
普通の槍で竜を仕留めるのは至難の業だ。
だからこの槍があった。
谷で竜は神に等しい。
とはいえ、外の世界の神とは少し違う。
共に歩み共に生きる神だ。
その考え方は不思議と東の国の「神」との向き合い方に似ていた。
東の国で「神」である精霊を制御する為に神仕えがその技を受け継ぐように、谷にも竜を制御する力として「竜葬のルーン」があったのだ。
とはいえ、竜は基本的にはのどかな生き物だ。
意外と甘ったれで、人が現れると構って欲しくて寄ってくる様な可愛い生き物。
だが、病気や怪我などで苦しんだ結果、自我を失い暴れる事もある。
あまり苦しみを長引かせるとその不穏な空気に影響され、他の竜達も不安定になって神経質になる。
そして何より恐ろしいのは、苦しんだ事で「呪い」となってしまう事だ。
だからそれを終わらせる為に「竜葬のルーン」があった。
呪いになる前に苦しみから開放し、安らかな眠りを与える為に竜葬のルーンはあった。
ただ、ウィルがこの槍を知った時にはすでに本物は谷になかった。
そのレプリカが風の神殿に祀られていた。
かつて、外の世界でも谷でも精霊たちが普通に生活の中にいた頃、突然、精霊たちが騒ぎ立て、槍を持ってどこかに行ってしまったと聞いていた。
風様はその事について何も言わず、代わりに自分の身から槍を作って与えてくれた。
それを今は竜葬のルーンの代わりに、竜騎士団長が受け継いでいる。
(この槍が本物の「竜葬のルーン」かはわからないけれど……。)
どうしてこちら側に竜葬のルーンがあって、しかも冒険者のお宝としてマダムが保管していたのかはわからない。
それが本物なのか精巧なレプリカなのかも、本物を見た事のないウィルにはわからなかった。
ただ、もしこれが本物の竜葬のルーンだとしたら、この槍は竜すら殺せるドラゴンキラーの一つとなる。
そうだとしたならば、この結界を抜け出してこようとする様な魔物と戦うには武器としては十分すぎる。
そして自分は今、浄化の力を纏っている。
先程の攻撃で確かな手応えがあった。
だからウィルはどれだけ魔物が興奮して暴れようとも落ち着いていられた。
ウィルはゆっくり、しかし段々早く槍を目の前で回し始める。
これが竜葬のルーンなら、備わっている機能があるはずだからだ。
回される事で空気を切り、槍からは音が鳴り始めた。
ウィルはそれに合わせて歌いだした。
「……何?この歌……??……歌??」
離れた場所でボーンの回復を行っていたサーニャは猫耳をピクッと動かしてそれを聞いた。
それは歌というより音に近く、風笛と重なり合う事で一つの音楽を奏でている。
「……あ~、マジか……アイツ、マジで竜の谷から来やがったんだなぁ~……。」
「!!」
サーニャがそれに気を取られていると、微かなダミ声がそう言った。
バッと顔を向けると、ボーンが薄っすらと目を開いて苦笑いしていた。
「……お父さん!!」
「うおッ!!」
感極まったサーニャに抱きつかれ、ボーンは変な声を上げた。
お父さんと言われた事も衝撃的で、何と言っていいのかわからないまま、そっとその肩を叩いた。
「ワリィな……油断してちょっと寝ちまった……。」
「うううん……大丈夫……。それより先生、ウィルさん、覚醒されたみたいです。」
どうやら先程の「お父さん」は無自覚だったようだ。
だがその言葉が使われていなくとも、いつもその言葉が側にあった事はボーンもわかっていた。
「そうみてぇだが……ありゃ、単に火が付いただけだ。まぁ、火がなくて悩んでいたウィルだからな、後はおいおい学んでいくだろうさ。」
ボーンはそう言うと、照れ臭さもあってサーニャを押し退け体を起こした。
まだ完全に回復しきってはいないが、目が覚めればどうとでもなる。
「体は大丈夫ですか?先生?」
「ああ、後は自分で何とかする。お前は……あの入り口を守れ。杖は壊れちまったが……できるな?サーニャ?」
「はい!!」
「よし!それでこそ俺の娘だ。」
ボーンはいそう言ってサーニャの頭を撫でた。
小さい頃の事を思い出す。
サーニャは少し赤くなったが、嬉しそうに耳を倒して撫でてもらった。
ウィルの歌にヴィオールが喉を鳴らして低音をつけた。
それが可愛くてウィルはヴィオールを見上げる。
竜葬のルーンが鳴らす風笛、ウィルの歌、ヴィオールの喉笛。
それが一つの音楽になった時、槍の纏っていたウィルの浄化の炎が渦となって結界の方に飛んで行った。
ウィルは小さく頷く。
そしてこれが本物の竜葬のルーンだと確信した。
竜葬のルーンには、魔術や魔法を増幅させ解き放つ機能が備わっていると聞いていた。
大きな竜を相手にする為に備わっている機能で、その方法は音楽だとも。
なんの事かわからなかったが、サークにこの槍を買ってもらった時、手に馴染ませるつもりで鍛錬していると音が鳴る事に気づいた。
回したりした際、風笛の要領で音がするのだ。
回せば回すほどよく音がして、その音は竜を呼ぶ歌に似ていた。
それで気づいたのだ。
竜葬のルーンの機能の使い方を。
おそらく槍を回しながら魔力を込めて歌う事で、それが可能になるのではないかと。
ヴィオールが一緒に歌ってくれるとは思わなかったけれど、そのかいあって久しぶりなのに上手く歌えた。
歌に魔力を込める。
今のウィルが魔力を込めれば、それは自然と浄化の力となる。
そしてその力は槍によって蓄えられ増幅され解き放たれた。
力に目覚めたばかりで魔法も魔術も扱えないウィルにとって、触接接触以外でも浄化する事ができるこの攻撃方法は大きい。
ウィルの浄化の力は、結界に向かって飛んでゆく。
そしてフッと結界に吸い込まれた。
「……ギャアァァァァァッ!!」
次の瞬間、途轍もない叫び声が響き渡り、地獄の門の間を揺らした。
向こう側は見えないがどうやら上手くいったらしい。
結界も心なしか持ち直したように見える。
だが……。
次の瞬間、ウィルはヴィオールに引っ張られ奥に投げ飛ばされた。
何が起きたのかわからない。
そして部屋が崩壊するほど激しく軋んだ。
それだけではない。
空間自体が歪んだのだ。
「ガアァァァァァァッッ!!」
この世のものとは思えない、怒りと憎しみ。
それが空間を支配した。
腐敗した血の匂いが辺りに立ち込める。
バンっとウィルは奥の壁にブチ当たった。
それを痛がっている場合ではない。
何が起きた?!
すぐさま体制を立て直し、門の方を見る。
そこには血濡れた巨大な獣が、狂ったようにその牙と爪で結界を引き裂き、飛び出してくるのが見えた。
その目は憎しみに支配され狂っている。
手負いの獣ほど捨て身で怖いものはない。
かつて父から、狩りの心得で一番忘れてはいけない事として言われた言葉。
トドメがさせると油断するな、そういう時の獣こそ、一番恐ろしいのだと……。
「……あ……。」
深手を負い、正気を失って暴れる巨大な魔物を見てウィルはそれを思い出した。
結界を挟んでやり合っていた魔物には、知性を感じていた。
だが今は、キチガイのようにただ暴れ狂う、血濡れた獣と化していた。
浄化の力が強すぎたんだ……。
ウィルはそう思った。
試しに軽く攻撃してみる程度のつもりが、ウィルの浄化の力が強すぎて、魔物の正気を失わせるほどのダメージを与えてしまったのだ。
その為、制御不能になった魔物がリミットを超えた力を発揮して結界を打ち壊し、怒りのままこちらに飛び出してきたのだ。
自分を投げ飛ばしたヴィオールが、飛び出してきた魔物と正面から向かい合っている。
ウィルに甘えてばかりの子が、雄叫びに怯えるような子が、ウィルを守る為にその身を狂った獣の前に晒しているのだ。
「ヴィオールッ!!」
ウィルは叫んだ。
そして走り出す。
その目の前でヴィオールは魔物の牙と爪によって引き裂かれて叫び声を上げている。
ヴィオールは竜ではあるが飛竜なのだ。
飛べなければ本来の力を出して戦う事ができない。
「ヴィオール!!」
ウィルは無我夢中で走った。
その子は……ヴィオールは……!!
ヴィオールだけはこれ以上、傷つけないでくれ!!
頭の中に子供の頃の光景が浮かぶ。
初恋の世話役さんと憎ったらしい竜人様。
なかなか孵らない卵からヴィオールが顔を出した時、目が合ったんだ。
竜人様は生まれたては目がよく見えないから、目が合った様に見えただけで、合った訳じゃないといったが確かに合った。
あの子の大きな瞳が、自分をはっきり見たんだ。
幸せだった。
可愛い竜の子。
大好きな世話役さん(と時々竜人様)と過ごした日々。
大好きな可愛い俺の竜の子。
なのに、そのせいでヴィオールを苦しめた。
会えない寂しさから外の世界に出て、さんざん苦しめられて呪いになってしまった。
頼むから!
その子をそれ以上、苦しめないでくれ!!
サークが呪いとなったヴィオールを救ってくれたが、なのにまた自分のせいであの子は苦しんでいる。
その事実がウィルの平常心を失わせた。
だから自分から浄化の炎が消えていることにも気付なかった。
大きな獣を通してしまえるほど壊れた結界からは、絶望と混沌が流れ出していた。
30
あなたにおすすめの小説
【完結】抱っこからはじまる恋
* ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります。
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
あなたの隣で初めての恋を知る
彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)
優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。
本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる