欠片の軌跡⑥〜背徳の旅路

ねぎ(塩ダレ)

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第九章「海神編」

御意に

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ライオネルは凛と海神の前に立っていた。
長い間その世界規模の存在を自分の中に入れ疲弊したはずの魂は、決して光を失う事なくそこに存在していた。

「海の神よ!私はあなたに言わなければならない事があります!!」

ライオネルはもう、その大きすぎる存在を恐れはしなかった。

自分には「騎士」がいるのだ。
必ず守ると誓ってくれた「私の騎士」が……。

だから何も恐れる必要はなかった。
その気持ちがライオネルの魂を一層輝かせていた。

それを少し不思議そうに海神は見つめる。
小首をかしげ、愛しき人の子を見下ろした。

「リオ?どうしたのです?」

「……海の神よ、あなたとは私の自我が芽生えてからずっと一緒でした。」

「ええ、そうね。沢山の人と器を共にしたけれど、リオほど初めから一緒にいた子はいなかった……。ずっと見守ってきたわ、可愛いリオ。あなたは人の子だけれども、可愛い私の子と変わらないわ。」

そう、ライオネルは先代の器、叔母の心身が限界に来た事から5歳でその器となった。
今まで10歳以下の子供を器とする事は危険とされていたが、叔母の衰弱が酷く、もしもこのまま亡くなられてしまった場合の危険予測がつかなかった為、苦肉の策でリオに下ろす事になったのだ。

2つ上の兄、ランスロットに下ろす事で当初話は決まっていたのだが、ランスロットは魔力持ちで癒やしの魔法が使えた事から危険視する部分もあり、ランスロットとライオネル、器の素質のある二人を直接叔母と対面させ適性を確かめたのだ。

その時初めて、ライオネルは死んだはずの叔母が生きているのだと知った。
その事から器となった場合、最悪自分がどうなるのかを、ランスロットとライオネルは理解した。

叔母に対面したランスロットは恐怖で震えていた。
魔術で眠りにつき、魔法で生かされている人形のような叔母を目の前にした当たり前の反応だった。

だがライオネルは不思議と怖いと思わなかった。
それより叔母が何かを必死に語りかけている事が気がかりで、制止を振り切ってベッドに駆け寄り、その手を握った。
その手は体温がない訳ではないが、温かくもなかった。

その手を取った時、ライオネルは叔母がどうしても伝えようとしていた事を感じ取った。

けれど、それを周囲に伝えるにはライオネルは幼すぎた。
幼いからこそ敏感に叔母の感情に気づいたが、幼いからこそ、それを言葉として正確に周囲に伝えられなかった。

そしてライオネルはそれをきちんと伝えられぬまま、器となったのだ。
だが叔母のくれた言葉は、周りには伝えきれなかったが、その後ライオネルが海神と向き合っていく為の大きな足掛かりとなった。

だからこそライオネルは幼くして海神の器となっても、未熟な精神が同化する事も、海神が自分に飲まれて思い込みの自分と本当の自分の区別がつかなくなってもどうにか対応する事ができ、早々に自我を手放してしまう様な事をせずに済んだのだ。

「……そのお気持ちには感謝しています。」

今、海神が「愛しい我が子」と見ているのは、本当の自分ではない。
海神の中に生まれたライオネルの幻影にすぎない。

「ですが言わねばなりません。海の神よ、あなたが私だと思っている私はあなたの想像した「理想の私」であって、私自身ではないのです!!」

きっぱりと言い切ったライオネルを、海神は不思議そうに見つめる。

「……何を言っているのです?リオ?」

「あなたはずっと、「リオ」の想いを邪魔立てする呪いが私にかけられていると言っていました。だから必ずそれを排除してあげると……。でも、それは違います……。」

「リオ?」

「あなたが「リオ」の想いの邪魔をしていると言っていた呪い、それこそが本当の私です!!」

「?!」

「海神様。あなたは私と長く一緒に居すぎたのです。本来あなたは何かの中に下ろせるような精霊ではない。そして人の中に大きな精霊を下ろすとしても、それは一時的な場合のみです。生涯その中にしれておくような事は、特別な契約がお互いの間にある場合を除き普通はしません。一つの器に2つの精神を、しかもあなたの様に強く大きな意識体を入れておくなど、普通の事ではありません。ですがこの国では精霊使いの技が廃れてしまった為、その異常性であり危険性を正しく認識できなくなっていました。」

「……何故、そのような事を申すのです?!リオ?!私達は上手くやってきたではありませんか?!」

「違うのです。海の神よ……。確かにあなたにはとても協力して下さいました。私程度の……人間一人の中にあなたが納まっていたのは、海神様、あなたがそうしてくれていたからです。その事にはとても感謝しています。」

「どういう事です?!リオ?!何が言いたいのです?!」

「……長い間、私達は一緒にい過ぎたのです。そしてあなたは私と共に私の人生を生きてきた……。その中で、あなたはこうすればいいのに、こうだったらいいのにと私に対して理想を持つようになった。人と精霊の考え方には違いがあります。あなたと過ごし、精霊は全ての面において純粋であり実直に自分の感情に向き合う様に感じました。ですが人間は複雑なのです。建前であり世間体であり、それぞれの立場であり関係であり、財力や権力なども絡んでくる事があります。その中で自分の感情のみに真っ直ぐに生きる事はできないのです。複雑な状況の中、悩み、時には己を押し殺し、そうやって生きていくのです。」

「ですが!そのような事を言っていたらリオは幸せになれません!!」

「……何が幸せか、どうなれば幸せか……。それを決めるのもその人個人の意思です。そして誰かが無理を通せば、誰かがどこかでその分の傷を負うのです。人はそのバランスを見極めながら生きているのです。」

「リオ?!さっきからあなたは何を言っているのです?!」

「……違和感がお有りなのでしょう。それがあなたが私だと思っている「私」が、本当の私でない証です。」

ライオネルの言葉にざわりと海神の纏う空気が変わった。
場に緊張が走ったが、ライオネルは一歩も引かなかった。
そのはっきりとした強い意志を前に、海神は混乱する。

「違う!リオはそんな事を言う子では無い!お前、我を謀る呪いか?!」

「……呪いと感じられるのも無理はないです、海の神よ。はじめに申し上げました通り、あなたが私だと思っている「私」はあなたが理想とした私、つまりあなたの中にある幻影なのです!あなたがこうであったらいい、こうすればいいのに、こうすべきだと考える中に生み出した、私の幻影です!!そしてあなたが「幻影の私」の邪魔をする呪いと呼ぶものこそが、「本来の私」なのです!!」

「違う!!私の愛し子はお前などではない!!お前は呪いだ!!我が愛しきリオの幸せの邪魔をする悪しき意志だ!!」

「それは違う!!私は私だ!!たとえそれが世界の精霊王の一人であっても!否定させはしない!!私は私だ!!それはたとえ何があろうと譲る事はできないのです!!」

凛とした強い意志。
小さなライオネルが見せるその輝きに、海神は苛立ちを覚えた。
混乱し、憤り、その精神的な乱れが表面化している。

「違う!違う!違う!!私の愛し子はお前などではない!!」

その乱れが仮想精神空間を揺らす。
サークの養父はこれから起こるであろう事を予測し、空間に「柔らかさ」の概念を持たせる作業に追われた。
緊迫してきた中でちらりとライオネルを見やるが、彼は少しも揺らいでいなかった。

「そうです!海の神よ!!あなたが「愛し子」だと思っている「リオ」は私ではない!!あなたの理想が生み出した幻影なのです!!」

「違う!!リオは!私のリオは本物!お前などではない!!」

「肉体を離れた今ならあなたにも感じ取れているはずです!私が本当の「リオ」なのだと!!あの肉体を核として生まれた意識体は私です!!」

「そんなはずは……!……違う……違う!違う!!違うっ!!お前は偽者だ!お前が偽者なのだ!!お前は我が愛し子の邪魔をする悪しき意志!呪いだ!!」

「いいえ!私がリオです!!あなたと長年、共に生きてきたのは!あなたが途中から悪しき呪いだと考えていた私の方なのです!!」

「違う!!そんな筈はない!!なら!私のあの子は何だと言うのだ?!」

「あなたが愛し子と呼んでいるのは!あなたが想像して作り上げた幻影です!!本当はもうお気づきなのでしょう?!海神様!!私がリオです!!」

とうとう海神はその巨体を空間の中でのたうち始めた。
ライオネルの言う事が本当なのだと気づいている。
だがそれを認める事ができず、混乱し、苛立っているのだ。


「違う……違うぅっ!!」


吼えるように叫ばれた言葉。
それと同時に、海神は暴れだした。

「ライオネル王子……!!」

「私は大丈夫です。引く訳には行きません。」

流石にライオネルの身の危険を考え、神仕えは声をかける。
だがライオネルはその場に立ち続けた。
決して動かず、真っ直ぐに海神を見据えている。

仮想精神空間が激しく揺れ、ギシギシと軋む。
しかし神仕えが空間に「柔らかさ」と言う認識を与えた事で、部屋は海神の与える衝撃をある程度、受け流していた。
その代わり形をグニャグニャと変える。
海神が激しく暴れれば暴れるだけ、部屋の形はそれを柔軟に受け入れ受け流す為に乱れていった。


「あああぁぁぁっ!!小賢しい!!小賢しいわ!!」


苛立ちに我を忘れた海神が、その尾をライオネルに向けて振り下ろした。
それでもライオネルは動かなかった。
平然と、ただ真っ直ぐに海神を見つめるのみ。

その大きすぎる尾が、今にも叩き潰さんとライオネルに差し掛かった時だった。


バチンッと大きな音が響いた。


衝撃音と共に、海神の尾が弾き返される。
ライオネルはそこに立っていた。
何も変わらず、一歩も引く事も顔を背ける事もなく、その場に立っていた。


「……遅いですよ、私の騎士。」

「すみません、ちょっと作戦会議をしてました。」

「まぁいいです。約束は守ってくれましたから。」

「もちろんです、我が君。必ずあなたの盾となり、その剣となります。」


そしてその前に一人の魔術師が立っていた。

ライオネルの騎士、アズマ・サーク、その人だった。

「……?!お前は……?!」

突然現れたサークに海神は虚を突かれた。
そしてそれが何なのか肌で感じ、酷く困惑した。

「……う~ん、ウニが保護してくれてるとはいえ、かなりキツイな、これは……。」

じっと巨大な海神に見下され、サークはジリジリと骨の中から侵食されていくような感覚を覚える。
気を抜いたら最後、意識を持って行かれそうだ。

サークの胸にはウニの大切な欠片が輝いている。
海神とサークの波動は似ている事から、サークは直接海神に認識された場合に影響を受けやすい事から、サークの中にピアを下ろした時の様にウニが欠片を用いて存在を保護しているのだ。

「気を抜かないで下さいね、私の騎士。」

「大丈夫です。俺には守るべきものがあるんですから、ちょっとやそっとじゃ負けませんよ。」

「それは頼もしいです。」

「それに一人じゃない。義父さんもラニもいてくれますから。」

「ふふっ。そうですね。」

ライオネルはサークを頼もしいと感じる反面、やはり少し悔しくて寂しかった。
割り切ったはずなのに、自分だけの騎士にしたかったとどこかで思ってしまう。

「さて。いかが致しますか?我が君?」

「話してもお分かり頂けないようですので、わからせて下さい。」

「……御意に。」

ライオネルの判断にサークはちょっと苦笑いした。
予想はしていたが、海神相手に「わからせろ」と命じるとはやはり本当のライオネルは只者ではない。
まぁ、ラニが大丈夫だから暴れてきてと言ったのだからそれを信じよう。

「サク。」

「義父さん。」

「大丈夫だよ、こっちは何とかするから。」

「はい。ありがとうございます。」

義父さんもこう言っている事だし、やってやろうじゃないか?!
精神世界でどこまで自分が通用するかわからなかったが、ちょっとした奥義もある事だし。

「……殿下。」

「何でしょう?私の騎士。」

「ご意向に従って、ちょいと暴れますので、殿下はお体にお戻り下さい。」

「嫌だと言ったら??」

「わかって下さい。今、外側からファーガスさん……いえアイビス子爵がライオネル殿下の精神回復をされてるんです。生真面目な方ですので、予定通りに進まないとじきにパニックになられてしまいますから。」

サークにそう言われ、ライオネルはふむ、と考え込んだ。

「あの方ですか……。腕の良い高位魔法医ですが……確かに融通は効かなそうですね。」

「ブフッ!!」

ライオネルの言葉にサークは思わず吹いた。
どうやら自分の君主は中々の棘をお持ちのようだ。

いや、知ってたさ。
この人がただのはんなりとした王子様じゃないって事は。
それが懐かしくも新鮮で、胸が熱くなった。

『ライオネル王子様、僕が案内します。』

「ありがとう、ラニ。」

『おじさん、僕が戻るまでお願いします。』

「ああ、行っておいで。魔力の事はよくわからないけど、この場は何とかするよ。」

話はまとまった。
全員が顔を見合わせ、頷く。

さぁ、第三ラウンドだ。

サークの養父が話しても駄目。
ライオネルが話しても駄目。

だったら、わからせるしかない。

(まぁ、だいたいそういう役どころだよね、俺。)

毎度の事ながら、力技を担当させられる事にサークは苦笑する。
そして真っ直ぐに海神を見上げたのだった。
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