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第九章「海神編」
あなたが忘れても……
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カチ……ッと歯車が回る。
「………………??」
何だ?これ……??
状況がよくわからない。
完全に訳がわからず俺は固まった。
「サークさん?!」
「……おう?……え?どうなってんだ??これ??」
俺はいつの間にか戻っていたイヴァンに本気で羽交い締めにされ、義父さんに額をガシっと掴まれていた。
……え?マジ、どういう状況よ??これ??
全く訳がわからない。
疑問符を浮かべて固まる俺に、周囲があからさまにほっと安堵の吐息を漏らした。
いや、一人だけ俺と同じく固まっている。
ギルだ。
義父さんの向こう側、いつもの無表情はどうしたと言わんばかりの顔で固まっている。
目を見開いてこちらをガン見し、腕で口元をガードして硬直している。
……何、この状況??
ええと??
状況だけで察するに……俺がどうやらギルに何かしたようだ。
それをイヴァンが力づくで止め、義父さんがギルと俺の間に無理やり入り込んだみたいな形になっている。
「え?……俺……何かやらかした……?!」
「……いや、気にしなくていいよ、サク。大丈夫。」
いやいやいやいやいやいや?!
どう見ても大丈夫じゃないよね?!これ?!
いつも通り穏やかでにこやかな義父さん。
これは絶対に何も言わないと思った俺は、自分を羽交い締めにしているイヴァンに視線を向けた。
「……どういう事だ?!」
「いや……僕は……何も知りません……。」
「……嘘はもっと上手く付けよ、イヴァン。」
あからさまに視線を反らしそう言ったイヴァン。
どう見ても何かヤバめな事がありましたって態度だよな?!それ?!
「言え~!!何があった~っ!!」
「痛い痛い!!落ち着いて!サークさん!!」
羽交い締めにしていた腕を振り払い、逆に締め上げにかかる。
しかし悲しいかな、体格差と筋肉量の差でうまく行かない。
俺はムカムカして、キッと振り向くと固まってるギルを睨んだ。
「何だよ?!変な顔しやがって?!言えよ!!」
「いや……。」
ぷいっと顔を背けられる。
しかも、かぁ……と耳まで赤くなってやがる……。
何これ……。
あまり想像したくない事態が脳裏に浮かぶ。
ヤバい……胃酸が逆流してきた……。
口の中が酸っぱくなる。
だが嘔吐いたら駄目だと必死に堪えた。
「サク。」
「………………。」
「大丈夫。私の目をまっすぐ見なさい。」
義父さんはそう言ってフッと息を吹きかけた指を俺の額に添えた。
それが何を意味しているのかもうわかっていた。
「…………ミチル……。」
「サク!!」
義父さんが厳しい声を上げたが間に合わなかった。
俺はこれがもう一人の俺、俺が名付けて生み出した別人格「ミチル」に絡んだ事だと理解した。
さっきまで思い出せなかった何か。
忘れるべきではなかった重要な事。
その名を口にした瞬間、どっとありえない記憶が頭の中にフラッシュバックした。
「……え??……嘘……だろ?!」
入り込んできた記憶に衝撃を受け、俺は戦慄いた。
体が震え、愕然としてしまう。
嘘だ……こんなのって……。
ばっと顔を上げる。
ギルが複雑な表情で俺を見つめていた。
俺は怒る事も嘆く事もできなかった。
ただ呆然とギルの複雑な顔を見、その目から言葉にならない感情が溢れた。
頭の中、心の中、意識無意識、その全てがぐちゃぐちゃに引っ掻き回され滅茶苦茶に入り乱れて散乱している。
何が真実で何が違うのかそれを探す事もできない。
「……違う……。」
やっと口からこぼれ落ちた言葉。
それは弱々しく掠れていた。
「……違う……俺じゃない……。」
「サーク……。」
「俺じゃない……。俺じゃないんだ……!!」
「……わかっている……。」
「俺じゃない……!!俺じゃない!!俺じゃないっ!!俺じゃないんだ……っ!!」
混乱する俺の叫びにギルが努めて静かに答える。
しかしその顔は苦痛に歪むのを必死に堪えている。
それがかえって耐えられなかった。
「あああぁぁぁぁぁ!違う……違うんだ……っ!!」
「サク!!落ち着きなさい!!」
「……俺じゃない……俺じゃないんだっ!!」
「サークさん!落ち着いて!!わかってますから!!」
取り乱した俺をまた、義父さんとイヴァンが押さえ込む。
だが自分ではない鮮明な記憶を思い出し、半ばパニックになった俺は叫び続けた。
「俺じゃないっ俺じゃないっ俺じゃないっ俺じゃないっ!!」
「わかってます!わかってますから!!」
「サク!私の目を見て!!こっちを見るんだ!!」
「俺じゃないっ俺じゃないっ!!……あああぁぁぁぁぁ……っ!!違う……違うんだ……っ!!そうじゃないっ!!」
俺はイヴァンと義父さんを振り払い、両手で顔を覆った。
違う違う違う違う違う違う違う……。
いや……?
本当に??
本当にそれは俺ではないのか?
俺じゃないのか?
それは本当は俺が……。
「……うぅ……うわあああぁぁぁぁぁ……っ!!」
わからない……。
俺……俺って……?
オレって誰だ??
俺……??
オレはダレダ……?!
オマエはダレダ?
……オマエハナニモノダ?
「サク!!」
誰かがそう叫ぶ。
「サークさんっ!!」
……サークって??
サクって何だろう……??
オレハダレダ……??
『……僕はミチル。』
「シラナイ……。」
『君が名付けたんだよ?そして君は僕で僕は君だ。』
「……違う。お前は……俺じゃない……。」
『違わない。』
「違うっ!!俺はあんな事しない!!」
『そうかな?』
「……違う……違うっ!!俺じゃない!!」
『どうしてそう言い切れるの??』
「俺じゃない!!」
『……本当に??』
「……。……違うっ!!俺じゃないっ!!俺じゃないんだっ!!」
否定の言葉。
なのにそれはどこか虚しい。
『本当はわかってるんだろう??』
「……違う……違ううぅぅぅ……っ!!」
『わかってるくせに……。』
ミチルはくすっと笑った。
朧げでその姿ははっきりしないが、たしかに笑ったのだ。
違う……お前は俺じゃない……。
なら……俺は……?
俺は誰だ??
「…………あああぁぁぁぁぁ……っ!!」
その声がどこから出ているのか、自分でもわからなかった。
サークからブワッと強い風のようなモノが吹き出した。
何とか落ち着かせようとしていたイヴァンと彼の養父はその見えない何かに押されて近づけなくなった。
「サークさん?!」
「駄目だ!君は近づくな!!」
それでも息子の側に行こうとした青年を神仕えは止める。
そして険しい表情で息子を見つめた。
恐れていた事態になった。
精神世界では何とかなったというのに、現実世界で懸念していた事が現実となった。
海神よりも何よりも、神仕えはこれを恐れていた。
「……部屋から出れる人は全員!出てください!!」
だが感傷に浸っている場合ではない。
ここが自分にとっての山場だとわかっていた。
……まだ、息子をそっちにやる訳にはいかないんです!!
神仕えはさっと懐から紙を取り出すと、それに息を吹きかけてサークに向けて投げた。
紙は彼を取り囲むように規則的に並んだが、じきに黒ずんで灰になった。
「……うぅ……うぅぅぅ……っ!!」
「サク!しっかりしなさい!!」
「あ……あああぁぁぁぁぁっ!!」
声が届かない。
それが悲しかった。
イヴァンは神仕えの言葉に状況を読み、驚きで固まっている人たちに声をかけた。
そして退室するよう促す。
「……隊長も!!」
「……………………離せ……。」
「しっかりしろ!!アンタはライオネル殿下を守る第三別宮警護部隊隊長だろう!!うちの隊の頭だろう!!私情は捨てろ!!隊長という立場で今すべき事をしろ!!」
呆然と立ち尽くすギルの襟首を乱暴に掴み、イヴァンは怒鳴った。
普段は温厚なイヴァンの怒号に、ギルは苦しげに顔を歪める。
けれど頷いた。
こちらはちゃんと自分を思い出したようだ。
そしてライオネル殿下の元に走っていく。
他の人達と協力して殿下を抱きかかえ、急いて部屋を出て行った。
「……お前さんも出なされ。ここに居てもできる事はないよ。」
職務を思い出したリーダーに少しだけ胸を撫で下ろしていると、今日初めて見かけたと思う老婆が穏やかにそう言った。
不思議な雰囲気のお婆さんだなと場違いにも思う。
「……そうですね。邪魔にならないよう外に出るくらいしか今の僕には出来ないですよね。」
「外に出たら、部屋の周りに置いてある香に火を入れてくれるかい?」
「わかりました。」
そう答えてから部屋を見渡す。
魔術や魔法の使える人達はその場で何かしている。
それが何かはわからないけれど、自分にはできる事はないのだとわかっていた。
ふと、バンクロフト博士がまだその場にいる事に気づく。
こんな状況なのに何をしているのだろうと、イヴァンは慌てて近づくいて腕を引いた。
「わっ!!」
「危険です!博士!!」
「でも装置が……!!」
「装置よりお命が大事です!失礼します!!」
有無を言わさず抱き上げ、そのまま素早くドアに向かった。
博士を抱えたままどうやって開けようかと思っていたら、物凄くタイミングよくドアが開かれた。
「よく頑張ったな!シロクマ!!」
「アレック君!!」
それはラニとリアナを心配して子供部屋に残っていたアレックだった。
小さな大先輩はイヴァンを労うようにその腕を叩いた。
多分、肩を叩きたかったのだろうが、体格差的に無理だったのだろう。
「後は俺らに任せとけ!!」
「……サークさんを……頼みます……。」
「おう!」
そして入れ替わりになるようにイヴァンの出たドアに、猫耳少年が勢い良く走り込んで行く。
それを見送り、博士をおろした。
「……イヴァン!何があったんだ?!」
外で待機していた隊員にそう聞かれる。
どう答えるべきか悩んだ。
「……ちょっとね。問題発生。」
「え??これって、殿下の持病の治療だったんだよな??」
「ああ。だがその持病を辿っていくと、大昔に王族にかけられた呪いみたいなモノが関わってたみたいでさ。で、医療魔法師や魔術師の他にも色々な方が来てたんだよ。」
「……え?!じゃあ……え?!」
「殿下の治療は成功したんだけど……その呪いみたいなモノがそうはさせないって出てきちゃったみたいでさ……。まぁ、魔力も霊力もない兵士の俺達には手の出しようのない部分だよな……。」
「呪いって……この前の……アレみたいなヤツだよな……。」
「そうだな。」
粗はあるがとっさの嘘にしては上出来だろう。
隊員たちはイヴァンの言葉に顔を見合わせた。
「……サーク……大丈夫か??」
「え……??」
「アイツ、出てきてないじゃん……また何か無茶してんだろ?!」
「毎回毎回、いつだって最後にそういうもんを自分を犠牲にして何とかしようとすんじゃんか?!サークは?!」
「だから今回も似たような事してんじゃねぇの?!」
隊員たちの言葉にイヴァンは言葉に詰まった。
そこにある想いが痛いほどわかったからだ。
「そりゃ俺達は魔力もないただの兵士だけどさ……。」
「アイツじゃなきゃどうにかできない事なんだろうけどさ……。」
「……何もできずに毎回毎回、背負わせんの……辛いんだよ……。」
そこにある想い。
サークを想う、その想い。
ああ、大丈夫だ……。
イヴァンはそう思った。
サークは今、自分を見失っている。
けれど、そんなサークを皆が強く想っているのだ。
だから大丈夫。
そう思えた。
「……はは、本当、愛されてるなぁ……あの人は……。」
思わず呟く。
あの人は今、自分を見失っている。
声すら届いていない様子だった。
でも……。
たとえ本人が見失っても、自分たちは覚えている。
そしてその帰りを待っている。
魔力もない人間の小さな声。
それでも強く願えば、自分達の小さな声でもきっとサークの耳に、その心に届くはずだ。
「……俺達は信じて待とう。サークさんを。」
イヴァンの言葉に、隊員たちは黙って頷いたのだった。
ポーン、ポーン……ッと、サークの屋敷の方から花火が二つ上がった。
それを見た宮廷魔術師総括補佐のT.Tとハッサンは顔を見合わせる。
それまでの雰囲気とは一転、表情が険しくなった。
宮廷魔術師のメンバーは今日、サークの屋敷の近くに待機していた。
もし合図があったら屋敷周辺に結界を張るよう密命を受けていたのだ。
万が一の場合に備え、念の為にサークと魔術本部が頼んだ事だった。
「……ハッサン!!」
「わかってる!!」
緊張が走る中、ハッサンは駿足の魔術を使い拠点となる場所を回り始めた。
T.Tはその場のメンバーと顔を見合わせ頷く。
「……集団結界!第一段階!始動!!」
T.Tの号令に合わせて合わせ魔術が展開される。
一段階目が終わった合図を打ち上げると、各所から同じ様に合図が入る。
それを合図に第二段階、第三段階と集団結界は整っていく。
今回、術の制御をT.Tが行い、ハッサンが各拠点を見て回り全体のバランスを見る。
皆、久しぶりの大規模集団魔術に緊張していた。
何よりそれをこんな王都市内で、しかも上官であるサークの家に張る事になるとは思っていなかった。
「……総括。」
誰もが不安を覚えた。
しかしそれ以上にサークを心配していた。
自分達の立場をいつも考えてくれた。
宮廷内で特殊な立ち位置にある自分たちを、その生活を、常に守ろうと動いてくれた。
前総括のロナンド様も力になってくれる方だったが、どこか雲の上の人だった。
けれどサークは違った。
まるで同僚の様な身近さで、当たり前に自分たちに寄り添ってくれた。
他にもあちこちに仕事を持っている人だから中々顔を見せてはくれないが、顔を出せば明るく笑い気さくに話を聞いてくれ、出せなくてもいつの間にか困っていた部分の対策をしてくれてあった。
ぱっと見はとても平凡で垢抜けない上官。
素朴でどこにでもいそうなのに、どこにもいないその人。
今回、第三王子ライオネル殿下の持病を治す為の大掛かりな魔法と魔術を使う治療だと聞いていた。
しかしおそらくはそれだけではないのだ。
でなければ予備だとしても、こんな大掛かりな準備をする訳がない。
だが誰もそこを聞こうとはしなかった。
アズマ総括が言うのなら、彼らには何も聞く必要はなかった。
ただ、心配ではあった。
何でもない事のように笑って無茶をする人だというのは、クーデターの時に十分すぎるほど理解していたからだ。
どうかご無事で……。
誰もが心からそう願っていた。
「………………??」
何だ?これ……??
状況がよくわからない。
完全に訳がわからず俺は固まった。
「サークさん?!」
「……おう?……え?どうなってんだ??これ??」
俺はいつの間にか戻っていたイヴァンに本気で羽交い締めにされ、義父さんに額をガシっと掴まれていた。
……え?マジ、どういう状況よ??これ??
全く訳がわからない。
疑問符を浮かべて固まる俺に、周囲があからさまにほっと安堵の吐息を漏らした。
いや、一人だけ俺と同じく固まっている。
ギルだ。
義父さんの向こう側、いつもの無表情はどうしたと言わんばかりの顔で固まっている。
目を見開いてこちらをガン見し、腕で口元をガードして硬直している。
……何、この状況??
ええと??
状況だけで察するに……俺がどうやらギルに何かしたようだ。
それをイヴァンが力づくで止め、義父さんがギルと俺の間に無理やり入り込んだみたいな形になっている。
「え?……俺……何かやらかした……?!」
「……いや、気にしなくていいよ、サク。大丈夫。」
いやいやいやいやいやいや?!
どう見ても大丈夫じゃないよね?!これ?!
いつも通り穏やかでにこやかな義父さん。
これは絶対に何も言わないと思った俺は、自分を羽交い締めにしているイヴァンに視線を向けた。
「……どういう事だ?!」
「いや……僕は……何も知りません……。」
「……嘘はもっと上手く付けよ、イヴァン。」
あからさまに視線を反らしそう言ったイヴァン。
どう見ても何かヤバめな事がありましたって態度だよな?!それ?!
「言え~!!何があった~っ!!」
「痛い痛い!!落ち着いて!サークさん!!」
羽交い締めにしていた腕を振り払い、逆に締め上げにかかる。
しかし悲しいかな、体格差と筋肉量の差でうまく行かない。
俺はムカムカして、キッと振り向くと固まってるギルを睨んだ。
「何だよ?!変な顔しやがって?!言えよ!!」
「いや……。」
ぷいっと顔を背けられる。
しかも、かぁ……と耳まで赤くなってやがる……。
何これ……。
あまり想像したくない事態が脳裏に浮かぶ。
ヤバい……胃酸が逆流してきた……。
口の中が酸っぱくなる。
だが嘔吐いたら駄目だと必死に堪えた。
「サク。」
「………………。」
「大丈夫。私の目をまっすぐ見なさい。」
義父さんはそう言ってフッと息を吹きかけた指を俺の額に添えた。
それが何を意味しているのかもうわかっていた。
「…………ミチル……。」
「サク!!」
義父さんが厳しい声を上げたが間に合わなかった。
俺はこれがもう一人の俺、俺が名付けて生み出した別人格「ミチル」に絡んだ事だと理解した。
さっきまで思い出せなかった何か。
忘れるべきではなかった重要な事。
その名を口にした瞬間、どっとありえない記憶が頭の中にフラッシュバックした。
「……え??……嘘……だろ?!」
入り込んできた記憶に衝撃を受け、俺は戦慄いた。
体が震え、愕然としてしまう。
嘘だ……こんなのって……。
ばっと顔を上げる。
ギルが複雑な表情で俺を見つめていた。
俺は怒る事も嘆く事もできなかった。
ただ呆然とギルの複雑な顔を見、その目から言葉にならない感情が溢れた。
頭の中、心の中、意識無意識、その全てがぐちゃぐちゃに引っ掻き回され滅茶苦茶に入り乱れて散乱している。
何が真実で何が違うのかそれを探す事もできない。
「……違う……。」
やっと口からこぼれ落ちた言葉。
それは弱々しく掠れていた。
「……違う……俺じゃない……。」
「サーク……。」
「俺じゃない……。俺じゃないんだ……!!」
「……わかっている……。」
「俺じゃない……!!俺じゃない!!俺じゃないっ!!俺じゃないんだ……っ!!」
混乱する俺の叫びにギルが努めて静かに答える。
しかしその顔は苦痛に歪むのを必死に堪えている。
それがかえって耐えられなかった。
「あああぁぁぁぁぁ!違う……違うんだ……っ!!」
「サク!!落ち着きなさい!!」
「……俺じゃない……俺じゃないんだっ!!」
「サークさん!落ち着いて!!わかってますから!!」
取り乱した俺をまた、義父さんとイヴァンが押さえ込む。
だが自分ではない鮮明な記憶を思い出し、半ばパニックになった俺は叫び続けた。
「俺じゃないっ俺じゃないっ俺じゃないっ俺じゃないっ!!」
「わかってます!わかってますから!!」
「サク!私の目を見て!!こっちを見るんだ!!」
「俺じゃないっ俺じゃないっ!!……あああぁぁぁぁぁ……っ!!違う……違うんだ……っ!!そうじゃないっ!!」
俺はイヴァンと義父さんを振り払い、両手で顔を覆った。
違う違う違う違う違う違う違う……。
いや……?
本当に??
本当にそれは俺ではないのか?
俺じゃないのか?
それは本当は俺が……。
「……うぅ……うわあああぁぁぁぁぁ……っ!!」
わからない……。
俺……俺って……?
オレって誰だ??
俺……??
オレはダレダ……?!
オマエはダレダ?
……オマエハナニモノダ?
「サク!!」
誰かがそう叫ぶ。
「サークさんっ!!」
……サークって??
サクって何だろう……??
オレハダレダ……??
『……僕はミチル。』
「シラナイ……。」
『君が名付けたんだよ?そして君は僕で僕は君だ。』
「……違う。お前は……俺じゃない……。」
『違わない。』
「違うっ!!俺はあんな事しない!!」
『そうかな?』
「……違う……違うっ!!俺じゃない!!」
『どうしてそう言い切れるの??』
「俺じゃない!!」
『……本当に??』
「……。……違うっ!!俺じゃないっ!!俺じゃないんだっ!!」
否定の言葉。
なのにそれはどこか虚しい。
『本当はわかってるんだろう??』
「……違う……違ううぅぅぅ……っ!!」
『わかってるくせに……。』
ミチルはくすっと笑った。
朧げでその姿ははっきりしないが、たしかに笑ったのだ。
違う……お前は俺じゃない……。
なら……俺は……?
俺は誰だ??
「…………あああぁぁぁぁぁ……っ!!」
その声がどこから出ているのか、自分でもわからなかった。
サークからブワッと強い風のようなモノが吹き出した。
何とか落ち着かせようとしていたイヴァンと彼の養父はその見えない何かに押されて近づけなくなった。
「サークさん?!」
「駄目だ!君は近づくな!!」
それでも息子の側に行こうとした青年を神仕えは止める。
そして険しい表情で息子を見つめた。
恐れていた事態になった。
精神世界では何とかなったというのに、現実世界で懸念していた事が現実となった。
海神よりも何よりも、神仕えはこれを恐れていた。
「……部屋から出れる人は全員!出てください!!」
だが感傷に浸っている場合ではない。
ここが自分にとっての山場だとわかっていた。
……まだ、息子をそっちにやる訳にはいかないんです!!
神仕えはさっと懐から紙を取り出すと、それに息を吹きかけてサークに向けて投げた。
紙は彼を取り囲むように規則的に並んだが、じきに黒ずんで灰になった。
「……うぅ……うぅぅぅ……っ!!」
「サク!しっかりしなさい!!」
「あ……あああぁぁぁぁぁっ!!」
声が届かない。
それが悲しかった。
イヴァンは神仕えの言葉に状況を読み、驚きで固まっている人たちに声をかけた。
そして退室するよう促す。
「……隊長も!!」
「……………………離せ……。」
「しっかりしろ!!アンタはライオネル殿下を守る第三別宮警護部隊隊長だろう!!うちの隊の頭だろう!!私情は捨てろ!!隊長という立場で今すべき事をしろ!!」
呆然と立ち尽くすギルの襟首を乱暴に掴み、イヴァンは怒鳴った。
普段は温厚なイヴァンの怒号に、ギルは苦しげに顔を歪める。
けれど頷いた。
こちらはちゃんと自分を思い出したようだ。
そしてライオネル殿下の元に走っていく。
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「……お前さんも出なされ。ここに居てもできる事はないよ。」
職務を思い出したリーダーに少しだけ胸を撫で下ろしていると、今日初めて見かけたと思う老婆が穏やかにそう言った。
不思議な雰囲気のお婆さんだなと場違いにも思う。
「……そうですね。邪魔にならないよう外に出るくらいしか今の僕には出来ないですよね。」
「外に出たら、部屋の周りに置いてある香に火を入れてくれるかい?」
「わかりました。」
そう答えてから部屋を見渡す。
魔術や魔法の使える人達はその場で何かしている。
それが何かはわからないけれど、自分にはできる事はないのだとわかっていた。
ふと、バンクロフト博士がまだその場にいる事に気づく。
こんな状況なのに何をしているのだろうと、イヴァンは慌てて近づくいて腕を引いた。
「わっ!!」
「危険です!博士!!」
「でも装置が……!!」
「装置よりお命が大事です!失礼します!!」
有無を言わさず抱き上げ、そのまま素早くドアに向かった。
博士を抱えたままどうやって開けようかと思っていたら、物凄くタイミングよくドアが開かれた。
「よく頑張ったな!シロクマ!!」
「アレック君!!」
それはラニとリアナを心配して子供部屋に残っていたアレックだった。
小さな大先輩はイヴァンを労うようにその腕を叩いた。
多分、肩を叩きたかったのだろうが、体格差的に無理だったのだろう。
「後は俺らに任せとけ!!」
「……サークさんを……頼みます……。」
「おう!」
そして入れ替わりになるようにイヴァンの出たドアに、猫耳少年が勢い良く走り込んで行く。
それを見送り、博士をおろした。
「……イヴァン!何があったんだ?!」
外で待機していた隊員にそう聞かれる。
どう答えるべきか悩んだ。
「……ちょっとね。問題発生。」
「え??これって、殿下の持病の治療だったんだよな??」
「ああ。だがその持病を辿っていくと、大昔に王族にかけられた呪いみたいなモノが関わってたみたいでさ。で、医療魔法師や魔術師の他にも色々な方が来てたんだよ。」
「……え?!じゃあ……え?!」
「殿下の治療は成功したんだけど……その呪いみたいなモノがそうはさせないって出てきちゃったみたいでさ……。まぁ、魔力も霊力もない兵士の俺達には手の出しようのない部分だよな……。」
「呪いって……この前の……アレみたいなヤツだよな……。」
「そうだな。」
粗はあるがとっさの嘘にしては上出来だろう。
隊員たちはイヴァンの言葉に顔を見合わせた。
「……サーク……大丈夫か??」
「え……??」
「アイツ、出てきてないじゃん……また何か無茶してんだろ?!」
「毎回毎回、いつだって最後にそういうもんを自分を犠牲にして何とかしようとすんじゃんか?!サークは?!」
「だから今回も似たような事してんじゃねぇの?!」
隊員たちの言葉にイヴァンは言葉に詰まった。
そこにある想いが痛いほどわかったからだ。
「そりゃ俺達は魔力もないただの兵士だけどさ……。」
「アイツじゃなきゃどうにかできない事なんだろうけどさ……。」
「……何もできずに毎回毎回、背負わせんの……辛いんだよ……。」
そこにある想い。
サークを想う、その想い。
ああ、大丈夫だ……。
イヴァンはそう思った。
サークは今、自分を見失っている。
けれど、そんなサークを皆が強く想っているのだ。
だから大丈夫。
そう思えた。
「……はは、本当、愛されてるなぁ……あの人は……。」
思わず呟く。
あの人は今、自分を見失っている。
声すら届いていない様子だった。
でも……。
たとえ本人が見失っても、自分たちは覚えている。
そしてその帰りを待っている。
魔力もない人間の小さな声。
それでも強く願えば、自分達の小さな声でもきっとサークの耳に、その心に届くはずだ。
「……俺達は信じて待とう。サークさんを。」
イヴァンの言葉に、隊員たちは黙って頷いたのだった。
ポーン、ポーン……ッと、サークの屋敷の方から花火が二つ上がった。
それを見た宮廷魔術師総括補佐のT.Tとハッサンは顔を見合わせる。
それまでの雰囲気とは一転、表情が険しくなった。
宮廷魔術師のメンバーは今日、サークの屋敷の近くに待機していた。
もし合図があったら屋敷周辺に結界を張るよう密命を受けていたのだ。
万が一の場合に備え、念の為にサークと魔術本部が頼んだ事だった。
「……ハッサン!!」
「わかってる!!」
緊張が走る中、ハッサンは駿足の魔術を使い拠点となる場所を回り始めた。
T.Tはその場のメンバーと顔を見合わせ頷く。
「……集団結界!第一段階!始動!!」
T.Tの号令に合わせて合わせ魔術が展開される。
一段階目が終わった合図を打ち上げると、各所から同じ様に合図が入る。
それを合図に第二段階、第三段階と集団結界は整っていく。
今回、術の制御をT.Tが行い、ハッサンが各拠点を見て回り全体のバランスを見る。
皆、久しぶりの大規模集団魔術に緊張していた。
何よりそれをこんな王都市内で、しかも上官であるサークの家に張る事になるとは思っていなかった。
「……総括。」
誰もが不安を覚えた。
しかしそれ以上にサークを心配していた。
自分達の立場をいつも考えてくれた。
宮廷内で特殊な立ち位置にある自分たちを、その生活を、常に守ろうと動いてくれた。
前総括のロナンド様も力になってくれる方だったが、どこか雲の上の人だった。
けれどサークは違った。
まるで同僚の様な身近さで、当たり前に自分たちに寄り添ってくれた。
他にもあちこちに仕事を持っている人だから中々顔を見せてはくれないが、顔を出せば明るく笑い気さくに話を聞いてくれ、出せなくてもいつの間にか困っていた部分の対策をしてくれてあった。
ぱっと見はとても平凡で垢抜けない上官。
素朴でどこにでもいそうなのに、どこにもいないその人。
今回、第三王子ライオネル殿下の持病を治す為の大掛かりな魔法と魔術を使う治療だと聞いていた。
しかしおそらくはそれだけではないのだ。
でなければ予備だとしても、こんな大掛かりな準備をする訳がない。
だが誰もそこを聞こうとはしなかった。
アズマ総括が言うのなら、彼らには何も聞く必要はなかった。
ただ、心配ではあった。
何でもない事のように笑って無茶をする人だというのは、クーデターの時に十分すぎるほど理解していたからだ。
どうかご無事で……。
誰もが心からそう願っていた。
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弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
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目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
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彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
氷の支配者と偽りのベータ。過労で倒れたら冷徹上司(銀狼)に拾われ、極上の溺愛生活が始まりました。
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オメガであることを隠し、メガバンクで身を粉にして働く、水瀬湊。
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過労と理不尽な扱いで、心身ともに限界を迎えた夜、彼を救ったのは、冷徹で知られる超エリートα、橘蓮だった。
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上司、快楽に沈むまで
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完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
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入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
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