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第九章「海神編」
朔望
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サークという名は、元々は「サク」だ。
幼い頃、その「サク」について聞いた時、義父さんは紙に一つの文字を書いた。
「……何?この文字?」
「サクだよ。」
「え?!元々の俺の名前、昔の字でこう書くの?!」
「義父さんが勝手にそう思っているだけだけどね。」
その字をじっと見つめる。
不思議な感覚。
「……どういう意味の文字なの??」
「ん?……新月を表す文字だよ。ついたちとも読む。」
「ついたち?!1日目の一日?!」
「そう。初めの日の事だよ。」
「……一文字なのに、意味が沢山あるんだね。」
「うん、そうだね。」
義父さんは特にそれ以上何も言わなかった。
だからこちらもそんなに気にしなかった。
『朔』
新月。
始まりの日。
初めて知った事なのに懐かしいような妙な感覚。
その事があって、俺は昔の文字や言葉に興味を持ったのだ。
「ミチル。」
その名を言った時、海神との繋がりが震えた。
そこで初めて俺はその繋がりを感知できた。
そしてその繋がりが単なる俺と海神との繋がりでなくなった事も……。
「……ミチル、とな?」
「はい。私の名は元々は新月を意味する文字がルーツでした。ですから満月を意味する古い言葉からとりました。「エイ」とも読みます。」
盈月。
盈は満ちるという意味。
俺の言葉に義父さんは難しい顔をした。
何だろう?あんまり言ったらいけない事だったのかな?
何となく気まずくてもう一つの理由も早口に告げる。
「ミチルを選んだのはもう一つの読みである「エイ」が、広くに存在する文字のAとも被るからです。」
「何故だ?」
「私の名の元になった文字には「ついたち」「はじまり」という意味もあるからです。なので文字のはじめである音を含む「ミチル」を選びました。」
「……人の名は色々意味を含むのだな?森の……いや……うん?……人での名は何だった?」
「サークですって!!」
どうも海神の中で、森のなんたらとサークという名はあまり統一感がないらしい。
どっちかでしか俺を見れない様な感じがした。
「まぁ良いが……。しかしそれだと我とは何も繋がりがないではないか?!」
「……え?」
海神は何故か少し拗ねた様にそう言った。
そしてツンっとそっぽを向かれる。
途端、繋がりの部分がツンっと引っ張られる感覚があった。
……え?!
そんな事で拗ねるんですか?!
早く名付けろと急かしておいて?!
自分には繋がりがないって拗ねるんですか?!
海神ともあろうお方が?!
しかし確かに拗ねている。
繋がりから感じるその感覚に戸惑う。
何というか……本当に女の人だなぁと思えた。
風様は穏やかでいかにも「お母さん」という感じだったけど、海様は明朗快活な「女性」って感じがする。
「ふふっ、そうでもありませぬ。満ち欠けのある海とは繋がりが深い言葉でしょう。そして「エイ」と読む文字には「泳ぐ」という物もございます。何より、海にはいらっしゃるではありませんか?エイ。」
俺がどう対応したらいいかわからず戸惑っていると、見かねた義父さんがおかしそうに笑って助け舟を出してくれた。
さっき見た厳しい表情は気のせいだったのだろうか?
何となくほっとする。
「……うむ。言われてみれば海には「エイ」がおるの。泳ぐと言うのもまた心地よい。満ちては欠ける我が海……。……うむ。良いだろう。」
義父さんにそう言われ、海神は納得したように顔をこちらに戻した。
ヒレがゆらゆら揺れていて、心なし嬉しそうなのは気のせいという事にしておこう。
「?!」
次の瞬間、繋がりに何か変化があった。
俺が名付けを行い海神がそれを受け入れた事で、繋がり部分が「ミチル」と呼ばれる何かに変わったのだ。
それはまたはっきりとした形をなさない不確かなもの。
けれど確かにそこにある存在。
「……うん。ちゃんとそこに「ミチル」がいるよ。サク。」
「うん……。」
自分でそうすると言ったが、こうして何かが生み出された事を肌で感じ、俺は少し怖くなる。
これで本当に良かったのだろうか?
ピアが言っていた通り、勝手に必要だから生み出して、その後、ぶっちぎってしまうというのはどうなんだろう?
「サーク、迷うな。迷うと付け込まれんぞ?!「ミチル」はもうお前じゃない。「ミチル」は「ミチル」だ。」
そんな俺にウニがピシャリと言い放った。
その厳しめの声にハッとする。
「……ありがとな、ウニ。」
そうだ、迷うな。
俺が名付けて生み出した別人格「ミチル」。
俺であり俺ではないもの。
海神であり海神でないもの。
まだその存在は不確かだ。
けれど確かに、俺でもあり俺ではない何かが、海神であり海神でない何かがそこに朧げだが存在している。
それによって海神と俺とは分かたれている。
「問題なさそうだな、森の……いや、サーク。」
「はい……。」
海神が俺を「森の」ではなく「サーク」と呼んだ。
しかし人の子と認識されても俺が海神に侵食される事はなかった。
ミチルはそこにいる。
まだあやふやな定義でしかないがそこにいる。
それが少し怖い。
不安はある。
だがもう、やるしかないのだ。
ぱちっと目が開いた。
一瞬、何がどうなっているのかわからない。
瞼を瞬かせながら上半身を起こした。
「シロクマ!!早くしろ!!」
「も~!人使いが荒いなぁ!アレック大先輩は!!」
「うるせぇ!!ちゃっちゃと運べ!大事に運べよ!!」
……何?この光景??
目の前、ベッドの向こうでイヴァンがアレックにこき使われている。
どうやら魔力切れに近い症状を起こして、ラニが気を失っている様だ。
それをアレックがイヴァンに運ばせようとしている。
シロクマ……?
アレック大先輩……?
どういう事だ??
しばらくぼんやりしていたが、何となくわかってきた。
ひよっ子冒険者になったイヴァンは、冒険者としては大先輩に当たるアレックに顎で使われている様だ。
王族関係者が多いというのに、これが許されるのはイヴァンの人柄とアレックの優れた魔法師としての腕があってだろう。
「……にしてもシロクマ……。」
ちょっと吹いた。
まぁ、無理やりベッドに敷こうとしてたし、そう呼ばれても違和感ない体格だしな。
「……気分はどうですか?アズマ副隊長代理?」
そう声をかけられ顔を向けると、ヘーゼル医務官長の腹心と言うか奥さんのダリルさんがいた。
俺は少し呆けながら頷く。
そして回りを見渡した。
ヘーゼル医務官長がライオネル殿下のバイタルチェックをしていて、その他の重要メンバーがテーブル付近で義父さんと話をしている。
ラニはイヴァンに抱きかかえられて部屋を出て行った。
その後をアレックが追っかける。
……リアナはどうしたんだろう??
そんな事を思う。
「あ~、痛いじゃろ?こんなになって……。頑張ってくれてありがとぉなぁ~。」
「あ、え、……うん……。こちらこそ……ありがとう……。」
ノルの側でオービーさんがその手を大事そうに包んで傷の手当をしている。
その手はボロボロだったし、頭の天パも所々焦げてる気がする。
何より、仮想精神空間作製装置の周りはたくさんの付属機械で囲まれていた。
おそらくあの空間を保つには、装置の容量等が足りなかったのだ。
それを即席で継ぎ足し継ぎ足し、ノルが守ってくれたのだ。
ノルもこちら側で戦ってくれていた。
それがありがたく、目頭が熱くなった。
……にしても冷蔵庫なんて、いつ、どうやって運び込んだんだ??
ちょっとだけ笑った。
ノルはきっとバリバリ仕事をしてたんだろうけど、途端、終わってしまえばいつものノルで……。
でも浮世離れした森の街のオービーさんなせいか、おっかなびっくりながらも労ってもらって嬉しそうだ。
ダリルさんが、そんな風にぼんやりと回りを観察する俺のバイタルチェックをしている。
……ライオネル殿下はともかく、何で俺だけバイタルチェックされてるんだろう??
急にその事が不思議に感じた。
俺が目覚めるのが遅くて、義父さんやラニはもう済んだという事なのかな??
「……では、海神は今……?!」
「ええ。ですからすぐにでも東の国に向かいたいのです。」
「直ぐに向かえるよう手配しましょう。」
「お願いします。」
義父さんと話す皆の声。
……海神??
そこでやっと我に返った。
俺の中に海神がいるんだ!!
それを意識した瞬間、ドクンッと大きく存在がブレた。
「アズマ副隊長代理?!」
「……大丈夫。大丈夫です……。」
それが端から見てどう見えたのかはわからない。
ただ俺的にはひどい目眩に落ちた後の様に、少しふらついた。
ダリルさんに近くの椅子に座らされる。
「サク!」
「大丈夫、ちょっと自覚したらふらついただけ……。」
義父さんが直ぐに駆けつけてくれる。
俺はまたぼんやりしながら首からピアとウニの鍵がついた紐を外した。
「……これ、ピアと……ウニ……。」
「わかった。今はその事は気にしなくていいから。」
「うん……。」
海神は俺の中、奥の奥の方で眠っているのか小さくなって動かない。
おそらく俺に負担をかけないようにしてくれているのだ。
けれどやはりその存在は大きい。
それに当てられて俺はふわふわしていた。
義父さんが何か唱えながら体のあちこちを軽く叩いた。
いくぶんか楽になって顔を上げる。
「……ありがとう、義父さん。」
「突然、海神様が入られたから、まだ体が慣れてないだけだよ。でも安定しているから少しすれば馴染んでくる。」
「うん。」
そんな俺に、心配そうに顔を顰めたカレンが駆け寄った。
手にはコップが握られている。
「……旦那様。」
「大丈夫だよ。ありがとう、カレン。」
俺はそれを受け取って中の水を飲み干した。
コップを返し、頭を撫でてやる。
わかってたつもりだけど予想よりキツイ。
器として完璧でないせいか、だいぶぐらぐらする。
ライオネル殿下は幼い頃からこれを味わっていたのかと思うと、本当、よくあれだけのバイタリティーを保ってたよなぁと感心してしまった。
とはいえ、俺は何とか海神を入れていられる。
その事にひとまず安心した。
存在も飲まれたり混ざったりしてない。
……何でだっけ??
海神の大きさに思考がふらついている。
何だか記憶が曖昧というか、あっちに行ったりこっちに行ったりして、時系列がバラバラになっている気がする。
「……サク。」
「うん……大丈夫、大丈夫……。少しふらふらしてるだけ……。」
「直ぐに湖に行こう。」
「……湖??東の国の??」
「そうだよ。そこで海神様をお還しするんだ。」
「……湖に??海じゃなくて大丈夫なの??」
「うん。ちゃんと海神様とも精神世界で話がついてるから。サクは何も気にしなくていい。」
「…………何か……他にする事がなかったっけ……??何か……頭がふわふわしてて……色々思い出せない……。」
「いいよ、大丈夫。ちゃんと義父さんが覚えてるから。それよりサクは海神様を安定させておく事に集中しておくれ。」
「……だね。わかった。」
ふわふわしたまま笑いかけると、義父さんは微笑んでくれた。
でもその顔はどこか切羽詰まっているように見えた。
でも、何だろう……?
とても大事な事を忘れている気がする……。
でもそれを思い出そうとする事も億劫で、俺は両手で顔を覆って俯いた。
近くに来たパスカルさんと義父さんが何か話し合っている。
何だろう……皆、バタバタして……。
頭が静かに混乱している。
自分の周りだけ、時間の流れが違う感じ。
周りが早回しのようには進むのに、俺だけ一人、スロー再生のようになっている。
「サーク……。」
ふと、誰かに呼ばれた。
俺は顔を上げた。
ギルだ。
相変わらずのまっくろくろすけ。
無表情を怒っているような苦しんでいるような感じに歪めて俺を見つめている。
変な顔。
ちょっと面白かった。
ぼんやりとそれを見てた。
そして目が合った。
黒い……黒水晶みたいな……黒真珠みたいな……黒い瞳……。
突然、バチッと世界が弾けた。
ズレた世界でそこにだけチャンネルがあったみたいにそれだけが鮮明になる。
俺は反射的に立ち上がった。
「……サーク??」
そう呼びかけられたが何も口から音が出ない。
頭の中で何かがぐるんと一回転する。
黒い……黒い……瞳……。
その漆器みたいな綺麗な闇の中に落ちるように、俺の意識は遠退いていった……。
幼い頃、その「サク」について聞いた時、義父さんは紙に一つの文字を書いた。
「……何?この文字?」
「サクだよ。」
「え?!元々の俺の名前、昔の字でこう書くの?!」
「義父さんが勝手にそう思っているだけだけどね。」
その字をじっと見つめる。
不思議な感覚。
「……どういう意味の文字なの??」
「ん?……新月を表す文字だよ。ついたちとも読む。」
「ついたち?!1日目の一日?!」
「そう。初めの日の事だよ。」
「……一文字なのに、意味が沢山あるんだね。」
「うん、そうだね。」
義父さんは特にそれ以上何も言わなかった。
だからこちらもそんなに気にしなかった。
『朔』
新月。
始まりの日。
初めて知った事なのに懐かしいような妙な感覚。
その事があって、俺は昔の文字や言葉に興味を持ったのだ。
「ミチル。」
その名を言った時、海神との繋がりが震えた。
そこで初めて俺はその繋がりを感知できた。
そしてその繋がりが単なる俺と海神との繋がりでなくなった事も……。
「……ミチル、とな?」
「はい。私の名は元々は新月を意味する文字がルーツでした。ですから満月を意味する古い言葉からとりました。「エイ」とも読みます。」
盈月。
盈は満ちるという意味。
俺の言葉に義父さんは難しい顔をした。
何だろう?あんまり言ったらいけない事だったのかな?
何となく気まずくてもう一つの理由も早口に告げる。
「ミチルを選んだのはもう一つの読みである「エイ」が、広くに存在する文字のAとも被るからです。」
「何故だ?」
「私の名の元になった文字には「ついたち」「はじまり」という意味もあるからです。なので文字のはじめである音を含む「ミチル」を選びました。」
「……人の名は色々意味を含むのだな?森の……いや……うん?……人での名は何だった?」
「サークですって!!」
どうも海神の中で、森のなんたらとサークという名はあまり統一感がないらしい。
どっちかでしか俺を見れない様な感じがした。
「まぁ良いが……。しかしそれだと我とは何も繋がりがないではないか?!」
「……え?」
海神は何故か少し拗ねた様にそう言った。
そしてツンっとそっぽを向かれる。
途端、繋がりの部分がツンっと引っ張られる感覚があった。
……え?!
そんな事で拗ねるんですか?!
早く名付けろと急かしておいて?!
自分には繋がりがないって拗ねるんですか?!
海神ともあろうお方が?!
しかし確かに拗ねている。
繋がりから感じるその感覚に戸惑う。
何というか……本当に女の人だなぁと思えた。
風様は穏やかでいかにも「お母さん」という感じだったけど、海様は明朗快活な「女性」って感じがする。
「ふふっ、そうでもありませぬ。満ち欠けのある海とは繋がりが深い言葉でしょう。そして「エイ」と読む文字には「泳ぐ」という物もございます。何より、海にはいらっしゃるではありませんか?エイ。」
俺がどう対応したらいいかわからず戸惑っていると、見かねた義父さんがおかしそうに笑って助け舟を出してくれた。
さっき見た厳しい表情は気のせいだったのだろうか?
何となくほっとする。
「……うむ。言われてみれば海には「エイ」がおるの。泳ぐと言うのもまた心地よい。満ちては欠ける我が海……。……うむ。良いだろう。」
義父さんにそう言われ、海神は納得したように顔をこちらに戻した。
ヒレがゆらゆら揺れていて、心なし嬉しそうなのは気のせいという事にしておこう。
「?!」
次の瞬間、繋がりに何か変化があった。
俺が名付けを行い海神がそれを受け入れた事で、繋がり部分が「ミチル」と呼ばれる何かに変わったのだ。
それはまたはっきりとした形をなさない不確かなもの。
けれど確かにそこにある存在。
「……うん。ちゃんとそこに「ミチル」がいるよ。サク。」
「うん……。」
自分でそうすると言ったが、こうして何かが生み出された事を肌で感じ、俺は少し怖くなる。
これで本当に良かったのだろうか?
ピアが言っていた通り、勝手に必要だから生み出して、その後、ぶっちぎってしまうというのはどうなんだろう?
「サーク、迷うな。迷うと付け込まれんぞ?!「ミチル」はもうお前じゃない。「ミチル」は「ミチル」だ。」
そんな俺にウニがピシャリと言い放った。
その厳しめの声にハッとする。
「……ありがとな、ウニ。」
そうだ、迷うな。
俺が名付けて生み出した別人格「ミチル」。
俺であり俺ではないもの。
海神であり海神でないもの。
まだその存在は不確かだ。
けれど確かに、俺でもあり俺ではない何かが、海神であり海神でない何かがそこに朧げだが存在している。
それによって海神と俺とは分かたれている。
「問題なさそうだな、森の……いや、サーク。」
「はい……。」
海神が俺を「森の」ではなく「サーク」と呼んだ。
しかし人の子と認識されても俺が海神に侵食される事はなかった。
ミチルはそこにいる。
まだあやふやな定義でしかないがそこにいる。
それが少し怖い。
不安はある。
だがもう、やるしかないのだ。
ぱちっと目が開いた。
一瞬、何がどうなっているのかわからない。
瞼を瞬かせながら上半身を起こした。
「シロクマ!!早くしろ!!」
「も~!人使いが荒いなぁ!アレック大先輩は!!」
「うるせぇ!!ちゃっちゃと運べ!大事に運べよ!!」
……何?この光景??
目の前、ベッドの向こうでイヴァンがアレックにこき使われている。
どうやら魔力切れに近い症状を起こして、ラニが気を失っている様だ。
それをアレックがイヴァンに運ばせようとしている。
シロクマ……?
アレック大先輩……?
どういう事だ??
しばらくぼんやりしていたが、何となくわかってきた。
ひよっ子冒険者になったイヴァンは、冒険者としては大先輩に当たるアレックに顎で使われている様だ。
王族関係者が多いというのに、これが許されるのはイヴァンの人柄とアレックの優れた魔法師としての腕があってだろう。
「……にしてもシロクマ……。」
ちょっと吹いた。
まぁ、無理やりベッドに敷こうとしてたし、そう呼ばれても違和感ない体格だしな。
「……気分はどうですか?アズマ副隊長代理?」
そう声をかけられ顔を向けると、ヘーゼル医務官長の腹心と言うか奥さんのダリルさんがいた。
俺は少し呆けながら頷く。
そして回りを見渡した。
ヘーゼル医務官長がライオネル殿下のバイタルチェックをしていて、その他の重要メンバーがテーブル付近で義父さんと話をしている。
ラニはイヴァンに抱きかかえられて部屋を出て行った。
その後をアレックが追っかける。
……リアナはどうしたんだろう??
そんな事を思う。
「あ~、痛いじゃろ?こんなになって……。頑張ってくれてありがとぉなぁ~。」
「あ、え、……うん……。こちらこそ……ありがとう……。」
ノルの側でオービーさんがその手を大事そうに包んで傷の手当をしている。
その手はボロボロだったし、頭の天パも所々焦げてる気がする。
何より、仮想精神空間作製装置の周りはたくさんの付属機械で囲まれていた。
おそらくあの空間を保つには、装置の容量等が足りなかったのだ。
それを即席で継ぎ足し継ぎ足し、ノルが守ってくれたのだ。
ノルもこちら側で戦ってくれていた。
それがありがたく、目頭が熱くなった。
……にしても冷蔵庫なんて、いつ、どうやって運び込んだんだ??
ちょっとだけ笑った。
ノルはきっとバリバリ仕事をしてたんだろうけど、途端、終わってしまえばいつものノルで……。
でも浮世離れした森の街のオービーさんなせいか、おっかなびっくりながらも労ってもらって嬉しそうだ。
ダリルさんが、そんな風にぼんやりと回りを観察する俺のバイタルチェックをしている。
……ライオネル殿下はともかく、何で俺だけバイタルチェックされてるんだろう??
急にその事が不思議に感じた。
俺が目覚めるのが遅くて、義父さんやラニはもう済んだという事なのかな??
「……では、海神は今……?!」
「ええ。ですからすぐにでも東の国に向かいたいのです。」
「直ぐに向かえるよう手配しましょう。」
「お願いします。」
義父さんと話す皆の声。
……海神??
そこでやっと我に返った。
俺の中に海神がいるんだ!!
それを意識した瞬間、ドクンッと大きく存在がブレた。
「アズマ副隊長代理?!」
「……大丈夫。大丈夫です……。」
それが端から見てどう見えたのかはわからない。
ただ俺的にはひどい目眩に落ちた後の様に、少しふらついた。
ダリルさんに近くの椅子に座らされる。
「サク!」
「大丈夫、ちょっと自覚したらふらついただけ……。」
義父さんが直ぐに駆けつけてくれる。
俺はまたぼんやりしながら首からピアとウニの鍵がついた紐を外した。
「……これ、ピアと……ウニ……。」
「わかった。今はその事は気にしなくていいから。」
「うん……。」
海神は俺の中、奥の奥の方で眠っているのか小さくなって動かない。
おそらく俺に負担をかけないようにしてくれているのだ。
けれどやはりその存在は大きい。
それに当てられて俺はふわふわしていた。
義父さんが何か唱えながら体のあちこちを軽く叩いた。
いくぶんか楽になって顔を上げる。
「……ありがとう、義父さん。」
「突然、海神様が入られたから、まだ体が慣れてないだけだよ。でも安定しているから少しすれば馴染んでくる。」
「うん。」
そんな俺に、心配そうに顔を顰めたカレンが駆け寄った。
手にはコップが握られている。
「……旦那様。」
「大丈夫だよ。ありがとう、カレン。」
俺はそれを受け取って中の水を飲み干した。
コップを返し、頭を撫でてやる。
わかってたつもりだけど予想よりキツイ。
器として完璧でないせいか、だいぶぐらぐらする。
ライオネル殿下は幼い頃からこれを味わっていたのかと思うと、本当、よくあれだけのバイタリティーを保ってたよなぁと感心してしまった。
とはいえ、俺は何とか海神を入れていられる。
その事にひとまず安心した。
存在も飲まれたり混ざったりしてない。
……何でだっけ??
海神の大きさに思考がふらついている。
何だか記憶が曖昧というか、あっちに行ったりこっちに行ったりして、時系列がバラバラになっている気がする。
「……サク。」
「うん……大丈夫、大丈夫……。少しふらふらしてるだけ……。」
「直ぐに湖に行こう。」
「……湖??東の国の??」
「そうだよ。そこで海神様をお還しするんだ。」
「……湖に??海じゃなくて大丈夫なの??」
「うん。ちゃんと海神様とも精神世界で話がついてるから。サクは何も気にしなくていい。」
「…………何か……他にする事がなかったっけ……??何か……頭がふわふわしてて……色々思い出せない……。」
「いいよ、大丈夫。ちゃんと義父さんが覚えてるから。それよりサクは海神様を安定させておく事に集中しておくれ。」
「……だね。わかった。」
ふわふわしたまま笑いかけると、義父さんは微笑んでくれた。
でもその顔はどこか切羽詰まっているように見えた。
でも、何だろう……?
とても大事な事を忘れている気がする……。
でもそれを思い出そうとする事も億劫で、俺は両手で顔を覆って俯いた。
近くに来たパスカルさんと義父さんが何か話し合っている。
何だろう……皆、バタバタして……。
頭が静かに混乱している。
自分の周りだけ、時間の流れが違う感じ。
周りが早回しのようには進むのに、俺だけ一人、スロー再生のようになっている。
「サーク……。」
ふと、誰かに呼ばれた。
俺は顔を上げた。
ギルだ。
相変わらずのまっくろくろすけ。
無表情を怒っているような苦しんでいるような感じに歪めて俺を見つめている。
変な顔。
ちょっと面白かった。
ぼんやりとそれを見てた。
そして目が合った。
黒い……黒水晶みたいな……黒真珠みたいな……黒い瞳……。
突然、バチッと世界が弾けた。
ズレた世界でそこにだけチャンネルがあったみたいにそれだけが鮮明になる。
俺は反射的に立ち上がった。
「……サーク??」
そう呼びかけられたが何も口から音が出ない。
頭の中で何かがぐるんと一回転する。
黒い……黒い……瞳……。
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