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第九章「海神編」
父親というもの
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何?何が起きたんだ??
サークにはそれがわからなかった。
ウニがそれにしがみついて必死に噛んだり何なりしているが、全く見えないのだ。
義父も難しい顔をして、見えないそれに息を吹きかけた指で接触してみたりしている。
「え……魂が……繋がった??」
そう言われてもよくわからない。
自分の身に起きている事らしいのだが、感覚として掴めない。
「……なんともないかぇ?森の?」
それまで黙っていた海神が静かにそう聞いた。
サークは戸惑いながらもそれに答える。
「ええと……はい……よくわかりません……。」
「そうかぇ……。」
海神は少し考え込むようにそう言った。
水の中にいるように、ゆらゆらと絹のようなヒレが揺れる。
「ふむ、痩せても枯れても武士は武士と言う事か……。」
「……どういう意味です?」
「そのままよ。森の。」
その言葉の意味をサークは測りかねた。
ウニや義父の様子から、かなり悪い事が起きてしまったのだと思う。
しかし自分では何もわからないし、海神の方もさして気に留めていないようだ。
『……お兄ちゃん、本当に何ともないの?!』
「あぁ……。義父さんたちの様子からヤバそうなのはわかるんだけど、俺としては全く感覚がない。」
『そうなんだ……。』
ラニは困惑していた。
海神、この世界を作り出している性質の中で、最も大本になっている四つのうちの一つと繋がってしまったというのに、サークは何の影響も受けていない。
それがどういう意味を持つか、そう考えるとどう捉えていいのがわからなくなる。
(お兄ちゃんて……サークお兄ちゃんって……何なんだ……?!)
ラニは見ていた。
誰にも言うなと口止めされたが見ていたのだ。
精神世界という形に囚われない場所で、海神と戦うその姿を……。
一度はその中に降りた。
呪いと接触があった状態なので奥まで完全に入り込む事はしなかったが、とても不思議な精神世界を持っていた。
表面的には普通の人とそう変わらなかったが、呪いと分離する為に奥にある本人の無意識層に落とした時、そこが恐ろしく大きく深かったのだ。
それはもう、はてがない様に見えた。
え?!と思った時にはサークの意識体はその中に深く落ちて行って見えなくなっていた。
触れたら駄目だ。
ラニは本能でそう思った。
とはいえ個人の無意識層と言うものは基本的に危ないので、近づいたり、触れたり、ましてや降りたりなど普通はしないのでそこまで気にしていなかった。
でも、今思えばあれは異常だ。
一人の人間が、あんなに大きくて深い無意識層を持っている訳がない。
精霊が混じっているからなのだろうが、それでも海神とか細くとも繋がってしまって何の影響も受けないなどおかしい。
だって相手は世界を司る四神の一人なのだから……。
「落ち着け神仕え。そちらが思っている程、状況は悪くない。」
必死に何かをしているサークの養父とウニに、海神は告げた。
呼びかけられた二人は、疲れと焦りと少しの諦めを含んだ顔を上げた。
「……しかし……。」
「森のは平気だと言うておる。我から見ても平気だと思うぞ?」
「でも!繋がってんだぞ?!」
「うるさいチビめ。そんなちっぽけな繋がり、何ともないわ。」
「ですが……っ!」
「うむ。そう焦るな、神仕え。繋がってしまったものは致し方ない。不本意だが、子を作れば済む話だ。」
「……は?!」
海神の突然の発言にその場にいた全員が固まった。
特にサークはいきなりの「子を作る」発言に酷く動揺した。
「は?!え?!……子を作る?!」
「いかにも。何を驚いておる?」
「え?!ちょっと待ってください?!子を?!海神様と……俺の?!」
「他に誰がおる?」
「え……えええぇぇぇぇ~っ?!」
全く話が見えず、サークは取り乱す。
しかし他の三人はそれにどこか納得していた。
『……そんな方法を取るんですね……精霊の場合……。』
「繋がりを持った場所を新たな精霊とする事で……互いの魂に傷を作らず分離する……。」
「理に適ってるって言えば適ってるんだけどよ……。俺らみたいな普通の精霊はそんな事しねぇよ……。自分の魂が減っちまった分、回復に時間がかかるからな……。」
「いや!よくわかんないけど!!作る方向で話を進めないでくれる?!」
何故かそれで話がまとまりそうなのに流れを感じ、サークは必死に訴えた。
それを気の毒そうに三人が見つめる。
ちなみにこの間、精霊として存在して間もないピアは、距離の近すぎる海神に目を開けたままサークの腕の中で気絶(?)していた。
「そうは言っても、繋がっている事は事実。このままでは互いに自由にならん。」
「ですが!!」
「何をそんなに狼狽えておる?森の?」
「だって……子……子供って……?!」
「気にするほどの事かぇ?」
「気にします!!」
「何故だ?」
「私には婚約者がいます!!どの様な形でも!その人以外と子を持つつもりはありません!!」
真っ赤になってサークは叫んだ。
他の三人はそれはそうだという顔をしたが、当の海神は不思議そうに首を捻る。
「……何を、人の子の様な事を申しておる?森の?」
「私は人の子です!!人の子としてずっと生きてきたのです!!精霊が混ざっていようと!自分では人間だと自覚してます!!」
「混ざっておるとはまた……妙な言い方をするの?森の?」
「とりあえず!その「森の」ってやめて下さい!俺はサークです!!」
興奮気味にサークは我鳴る。
子を成すなどと言われた事もあるが、海神にそう呼ばれるごとにだんだん自分が何者かわからなくなってきていたのだ。
それは漠然とした不安をサークに与えた。
それがその存在を不安定にさせる。
「……いや、海神様。今はそのままで。」
「義父さん?!」
しかしそれに対し、神仕えは冷静だった。
ぽんっと息子の肩を叩き、接触する事で存在を引き戻す。
そして名を呼んだ。
「サク。多分、今、お前が何の影響もないのは、海神様がお前を「森の方」というものと認識されているからだ。人の子である「サク」と認識された場合、お前の存在は潰されかねない。」
真剣な口調でそう言われ、サークは押し黙った。
その意味が理解できたからだ。
「名」と言う縛りだ。
名は体を表す。
名が体を決めているとも言える。
特に精神世界ではその影響力は強い。
『そうか……海様がお兄ちゃんを「対等もしくはそれに近いもの」って認識してるから……。』
「……なるほどな。だから平然としてやがったのか、この薄らバカ。」
「おい、ウニ。聞こえてんぞ?!」
それとなく神仕えが行った固定により安定したサークは、いつものようにウニに悪態をついた。
その事に人知れず彼は安堵の吐息を漏らす。
まだ息子を失う訳にはいかない。
いずれ時がそれを許さなくなるかもしれないが、今は多くの人が息子を必要とし、そして支えている。
それが息子にも、そして世界にも必要だった。
「よくわからぬの。人の子というものは……。」
「って、ずっと人の中に居たんですよね?!海神様?!」
「そうよ。だからわかっておるつもりだった。だがリオもそちらも、我がわかっていたのは「我が想像したリオ」に過ぎぬと申したではないか?」
「……ですね。」
「だが、そちはこちら側の者だろう?人の子として育ったとはいえ、何故そこまで拘る?」
「だから、私は「人間」です。どういうものとして生まれたかじゃない。人の子として育ったから「人間」なんです。」
「そうなのかぇ?」
「ええ。人間の子も、人の子として育てられなかった場合、それとは違うものになります。獣に育てられた人の子は育てられた生き物になります。」
「ほう?」
「ですから義父に育てられた私は「人間」です。確かになんか違うものなんでしょうけど、でも私は「人間」なんですよ。」
「……なるほどな。面白い。ならば聞くが、これをどうする?森の?我と魂が繋がったままでは互いに自由が利かぬ。それどころか今はか細くとも次第にそれは大きくなる。どちらかの存在を消滅させない限り、混ざり合うなり取り込まれるなりするぞ?」
「……子を成す以外に安全に繋がりを断つ方法はないのですか?」
「そうさの、なくは……ない。」
「では!!」
「しかしここではどうにもできぬ。」
「……ここでは……どうにもできない??」
「左様。」
「どういう事です??」
「ここは精神世界。我とて真の姿ではない。」
「……つまり?」
「我がここを出て海に還る時、我が真の姿に戻る時、その時にこの程度の繋がりなら切る事もできるやも知れぬ。」
「なら……!!」
その言葉に希望が見えた。
そんなに難しい事でもないと安堵した。
「駄目だ!サク!!それは出来ない!!」
しかしそれを否定する声。
いつもの穏やかさはそこにはなかった。
鋭く一方的にそれを否定した。
「義父さん……。」
サークは少し動揺した。
自分の父親が見た事のない顔をしていたからだ。
神仕えは険しい顔をした後、暗い顔で深く息を吐いた。
「駄目だ、サク。……お前は、海神様の器になれない……。」
「やってみなきゃわからないだろ?!義父さん!!」
「駄目だ!!」
理由も言わず、そう言った。
らしくないその様子にサークは苛立ちを覚える。
ずっと気になっていた事があった。
それがここで表面化した気がした。
「……義父さん。俺、殿下の代わりの器の話の時から気になっていたんだ……。俺、本当に器になれないの?本当にその素質がないの?素質がなくても、俺にはできたりしないの?!」
「……お前にはできないよ……サク……。」
「本当に……?!成り行きとはいえ、俺はヴィオールを入れた事があるんだよ。確かに海神様とは大きさは違うけどさ……。本当は……、短い時間なら俺、できるんじゃないの?!」
「………………。」
「義父さん!!」
暗い顔で押し黙った義父。
そこに答えがあるとサークは思った。
おそらく自分にはできる。
それは自分の感覚でもあった。
何の抵抗もなく呪われたままのヴィオールを自分に宿せたのだ。
だから少しの間なら海神を受け入れられないはずがないと。
そして今、沈黙がそれに答えた。
サークには海神を宿せる素質があると。
なのにずっと義父はそれを黙っていた。
「……何で?……何で?!義父さん……?!」
愕然とした。
一番信頼していた父親が、皆を、自分を偽った。
サークはその事に言葉にできないショックを受けた。
それでも神仕えは何も言わなかった。
「……落ち着けよ、サーク。出来てもできねぇんだよ……。」
「ウニ……。」
そんな状況に、小さなウニが仕方なさそうに口を挟んだ。
参ったなぁと言いたげに禿げた頭を掻いている。
そこにラニも加わった。
『お兄ちゃん……。僕が思うにお兄ちゃんの中に海神様を降ろす事は出来ると思うよ……。お兄ちゃんの無意識層は……凄く大きいから……。でもね、お兄ちゃんと海神様の存在は似てるんだ。色々対策してたのに、戦っただけで魂が繋がっちゃたのがその証拠だよ。危険すぎるんだ……。』
申し訳なさそうにラニが全てを語った。
それができる理由、そしてできない理由。
サークは呆然と言葉の意味を考えた。
そこにある真実。
その意味を。
「わかってやれよ、サーク。親父さんは神仕えである前に……お前の父ちゃんなんだよ……。」
言葉が出なかった。
これ程の大事にあっても、養父は「父親」だった。
血のつながりなんかない。
ましてやサークは人間であることすら怪しい。
その事を赤子の時から知っていた。
なのに養父はどこまでも純粋にサークの父親だった。
サークの中で何かが固まった。
自分は「人間」なのだと。
この人が「人間」にしてくれたのだと。
この人が父親である限り、たとえどうなろうと自分は「人間」なのだと思えた。
「……参ったな、ウニくんもラニも、そこまで見えてるんだね……。流石だよ……。」
降参、と言いたげに神仕えは言った。
疲れたような悲しげなその表情に、サークはいてもたってもいられず、幼い子どものように抱きついた。
「義父さん!!」
「……うん。ごめんね、サク。」
「義父さん!義父さん!!」
「うん。うん……。」
「……義父さん……っ。」
他に言葉が出なかった。
でもそれで良かったのだ。
親子の抱擁をウニはちょっと涙ぐんで見つめていた。
そして自分の胸に手を当て、自分の家族の事を想った。
ラニは自分の中にある姉の魔力に包まれていた。
親子とは違うけれど、かけがえのない自分の片割れ。
誰よりも大切で、誰よりも頼りがいのあるその人の事を想った。
「……なるほど……確かに人間よの…………。森の……。」
その様子を眺めながら、海神は小さく呟いたのだった。
サークにはそれがわからなかった。
ウニがそれにしがみついて必死に噛んだり何なりしているが、全く見えないのだ。
義父も難しい顔をして、見えないそれに息を吹きかけた指で接触してみたりしている。
「え……魂が……繋がった??」
そう言われてもよくわからない。
自分の身に起きている事らしいのだが、感覚として掴めない。
「……なんともないかぇ?森の?」
それまで黙っていた海神が静かにそう聞いた。
サークは戸惑いながらもそれに答える。
「ええと……はい……よくわかりません……。」
「そうかぇ……。」
海神は少し考え込むようにそう言った。
水の中にいるように、ゆらゆらと絹のようなヒレが揺れる。
「ふむ、痩せても枯れても武士は武士と言う事か……。」
「……どういう意味です?」
「そのままよ。森の。」
その言葉の意味をサークは測りかねた。
ウニや義父の様子から、かなり悪い事が起きてしまったのだと思う。
しかし自分では何もわからないし、海神の方もさして気に留めていないようだ。
『……お兄ちゃん、本当に何ともないの?!』
「あぁ……。義父さんたちの様子からヤバそうなのはわかるんだけど、俺としては全く感覚がない。」
『そうなんだ……。』
ラニは困惑していた。
海神、この世界を作り出している性質の中で、最も大本になっている四つのうちの一つと繋がってしまったというのに、サークは何の影響も受けていない。
それがどういう意味を持つか、そう考えるとどう捉えていいのがわからなくなる。
(お兄ちゃんて……サークお兄ちゃんって……何なんだ……?!)
ラニは見ていた。
誰にも言うなと口止めされたが見ていたのだ。
精神世界という形に囚われない場所で、海神と戦うその姿を……。
一度はその中に降りた。
呪いと接触があった状態なので奥まで完全に入り込む事はしなかったが、とても不思議な精神世界を持っていた。
表面的には普通の人とそう変わらなかったが、呪いと分離する為に奥にある本人の無意識層に落とした時、そこが恐ろしく大きく深かったのだ。
それはもう、はてがない様に見えた。
え?!と思った時にはサークの意識体はその中に深く落ちて行って見えなくなっていた。
触れたら駄目だ。
ラニは本能でそう思った。
とはいえ個人の無意識層と言うものは基本的に危ないので、近づいたり、触れたり、ましてや降りたりなど普通はしないのでそこまで気にしていなかった。
でも、今思えばあれは異常だ。
一人の人間が、あんなに大きくて深い無意識層を持っている訳がない。
精霊が混じっているからなのだろうが、それでも海神とか細くとも繋がってしまって何の影響も受けないなどおかしい。
だって相手は世界を司る四神の一人なのだから……。
「落ち着け神仕え。そちらが思っている程、状況は悪くない。」
必死に何かをしているサークの養父とウニに、海神は告げた。
呼びかけられた二人は、疲れと焦りと少しの諦めを含んだ顔を上げた。
「……しかし……。」
「森のは平気だと言うておる。我から見ても平気だと思うぞ?」
「でも!繋がってんだぞ?!」
「うるさいチビめ。そんなちっぽけな繋がり、何ともないわ。」
「ですが……っ!」
「うむ。そう焦るな、神仕え。繋がってしまったものは致し方ない。不本意だが、子を作れば済む話だ。」
「……は?!」
海神の突然の発言にその場にいた全員が固まった。
特にサークはいきなりの「子を作る」発言に酷く動揺した。
「は?!え?!……子を作る?!」
「いかにも。何を驚いておる?」
「え?!ちょっと待ってください?!子を?!海神様と……俺の?!」
「他に誰がおる?」
「え……えええぇぇぇぇ~っ?!」
全く話が見えず、サークは取り乱す。
しかし他の三人はそれにどこか納得していた。
『……そんな方法を取るんですね……精霊の場合……。』
「繋がりを持った場所を新たな精霊とする事で……互いの魂に傷を作らず分離する……。」
「理に適ってるって言えば適ってるんだけどよ……。俺らみたいな普通の精霊はそんな事しねぇよ……。自分の魂が減っちまった分、回復に時間がかかるからな……。」
「いや!よくわかんないけど!!作る方向で話を進めないでくれる?!」
何故かそれで話がまとまりそうなのに流れを感じ、サークは必死に訴えた。
それを気の毒そうに三人が見つめる。
ちなみにこの間、精霊として存在して間もないピアは、距離の近すぎる海神に目を開けたままサークの腕の中で気絶(?)していた。
「そうは言っても、繋がっている事は事実。このままでは互いに自由にならん。」
「ですが!!」
「何をそんなに狼狽えておる?森の?」
「だって……子……子供って……?!」
「気にするほどの事かぇ?」
「気にします!!」
「何故だ?」
「私には婚約者がいます!!どの様な形でも!その人以外と子を持つつもりはありません!!」
真っ赤になってサークは叫んだ。
他の三人はそれはそうだという顔をしたが、当の海神は不思議そうに首を捻る。
「……何を、人の子の様な事を申しておる?森の?」
「私は人の子です!!人の子としてずっと生きてきたのです!!精霊が混ざっていようと!自分では人間だと自覚してます!!」
「混ざっておるとはまた……妙な言い方をするの?森の?」
「とりあえず!その「森の」ってやめて下さい!俺はサークです!!」
興奮気味にサークは我鳴る。
子を成すなどと言われた事もあるが、海神にそう呼ばれるごとにだんだん自分が何者かわからなくなってきていたのだ。
それは漠然とした不安をサークに与えた。
それがその存在を不安定にさせる。
「……いや、海神様。今はそのままで。」
「義父さん?!」
しかしそれに対し、神仕えは冷静だった。
ぽんっと息子の肩を叩き、接触する事で存在を引き戻す。
そして名を呼んだ。
「サク。多分、今、お前が何の影響もないのは、海神様がお前を「森の方」というものと認識されているからだ。人の子である「サク」と認識された場合、お前の存在は潰されかねない。」
真剣な口調でそう言われ、サークは押し黙った。
その意味が理解できたからだ。
「名」と言う縛りだ。
名は体を表す。
名が体を決めているとも言える。
特に精神世界ではその影響力は強い。
『そうか……海様がお兄ちゃんを「対等もしくはそれに近いもの」って認識してるから……。』
「……なるほどな。だから平然としてやがったのか、この薄らバカ。」
「おい、ウニ。聞こえてんぞ?!」
それとなく神仕えが行った固定により安定したサークは、いつものようにウニに悪態をついた。
その事に人知れず彼は安堵の吐息を漏らす。
まだ息子を失う訳にはいかない。
いずれ時がそれを許さなくなるかもしれないが、今は多くの人が息子を必要とし、そして支えている。
それが息子にも、そして世界にも必要だった。
「よくわからぬの。人の子というものは……。」
「って、ずっと人の中に居たんですよね?!海神様?!」
「そうよ。だからわかっておるつもりだった。だがリオもそちらも、我がわかっていたのは「我が想像したリオ」に過ぎぬと申したではないか?」
「……ですね。」
「だが、そちはこちら側の者だろう?人の子として育ったとはいえ、何故そこまで拘る?」
「だから、私は「人間」です。どういうものとして生まれたかじゃない。人の子として育ったから「人間」なんです。」
「そうなのかぇ?」
「ええ。人間の子も、人の子として育てられなかった場合、それとは違うものになります。獣に育てられた人の子は育てられた生き物になります。」
「ほう?」
「ですから義父に育てられた私は「人間」です。確かになんか違うものなんでしょうけど、でも私は「人間」なんですよ。」
「……なるほどな。面白い。ならば聞くが、これをどうする?森の?我と魂が繋がったままでは互いに自由が利かぬ。それどころか今はか細くとも次第にそれは大きくなる。どちらかの存在を消滅させない限り、混ざり合うなり取り込まれるなりするぞ?」
「……子を成す以外に安全に繋がりを断つ方法はないのですか?」
「そうさの、なくは……ない。」
「では!!」
「しかしここではどうにもできぬ。」
「……ここでは……どうにもできない??」
「左様。」
「どういう事です??」
「ここは精神世界。我とて真の姿ではない。」
「……つまり?」
「我がここを出て海に還る時、我が真の姿に戻る時、その時にこの程度の繋がりなら切る事もできるやも知れぬ。」
「なら……!!」
その言葉に希望が見えた。
そんなに難しい事でもないと安堵した。
「駄目だ!サク!!それは出来ない!!」
しかしそれを否定する声。
いつもの穏やかさはそこにはなかった。
鋭く一方的にそれを否定した。
「義父さん……。」
サークは少し動揺した。
自分の父親が見た事のない顔をしていたからだ。
神仕えは険しい顔をした後、暗い顔で深く息を吐いた。
「駄目だ、サク。……お前は、海神様の器になれない……。」
「やってみなきゃわからないだろ?!義父さん!!」
「駄目だ!!」
理由も言わず、そう言った。
らしくないその様子にサークは苛立ちを覚える。
ずっと気になっていた事があった。
それがここで表面化した気がした。
「……義父さん。俺、殿下の代わりの器の話の時から気になっていたんだ……。俺、本当に器になれないの?本当にその素質がないの?素質がなくても、俺にはできたりしないの?!」
「……お前にはできないよ……サク……。」
「本当に……?!成り行きとはいえ、俺はヴィオールを入れた事があるんだよ。確かに海神様とは大きさは違うけどさ……。本当は……、短い時間なら俺、できるんじゃないの?!」
「………………。」
「義父さん!!」
暗い顔で押し黙った義父。
そこに答えがあるとサークは思った。
おそらく自分にはできる。
それは自分の感覚でもあった。
何の抵抗もなく呪われたままのヴィオールを自分に宿せたのだ。
だから少しの間なら海神を受け入れられないはずがないと。
そして今、沈黙がそれに答えた。
サークには海神を宿せる素質があると。
なのにずっと義父はそれを黙っていた。
「……何で?……何で?!義父さん……?!」
愕然とした。
一番信頼していた父親が、皆を、自分を偽った。
サークはその事に言葉にできないショックを受けた。
それでも神仕えは何も言わなかった。
「……落ち着けよ、サーク。出来てもできねぇんだよ……。」
「ウニ……。」
そんな状況に、小さなウニが仕方なさそうに口を挟んだ。
参ったなぁと言いたげに禿げた頭を掻いている。
そこにラニも加わった。
『お兄ちゃん……。僕が思うにお兄ちゃんの中に海神様を降ろす事は出来ると思うよ……。お兄ちゃんの無意識層は……凄く大きいから……。でもね、お兄ちゃんと海神様の存在は似てるんだ。色々対策してたのに、戦っただけで魂が繋がっちゃたのがその証拠だよ。危険すぎるんだ……。』
申し訳なさそうにラニが全てを語った。
それができる理由、そしてできない理由。
サークは呆然と言葉の意味を考えた。
そこにある真実。
その意味を。
「わかってやれよ、サーク。親父さんは神仕えである前に……お前の父ちゃんなんだよ……。」
言葉が出なかった。
これ程の大事にあっても、養父は「父親」だった。
血のつながりなんかない。
ましてやサークは人間であることすら怪しい。
その事を赤子の時から知っていた。
なのに養父はどこまでも純粋にサークの父親だった。
サークの中で何かが固まった。
自分は「人間」なのだと。
この人が「人間」にしてくれたのだと。
この人が父親である限り、たとえどうなろうと自分は「人間」なのだと思えた。
「……参ったな、ウニくんもラニも、そこまで見えてるんだね……。流石だよ……。」
降参、と言いたげに神仕えは言った。
疲れたような悲しげなその表情に、サークはいてもたってもいられず、幼い子どものように抱きついた。
「義父さん!!」
「……うん。ごめんね、サク。」
「義父さん!義父さん!!」
「うん。うん……。」
「……義父さん……っ。」
他に言葉が出なかった。
でもそれで良かったのだ。
親子の抱擁をウニはちょっと涙ぐんで見つめていた。
そして自分の胸に手を当て、自分の家族の事を想った。
ラニは自分の中にある姉の魔力に包まれていた。
親子とは違うけれど、かけがえのない自分の片割れ。
誰よりも大切で、誰よりも頼りがいのあるその人の事を想った。
「……なるほど……確かに人間よの…………。森の……。」
その様子を眺めながら、海神は小さく呟いたのだった。
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