欠片の軌跡⑥〜背徳の旅路

ねぎ(塩ダレ)

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第九章「海神編」

この声、きみに届くなら……

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素早く飛ぶヤタの体が光りだす。
それはどんどん強さを増し、サークは目を瞑り背けた。
そこにヤマクイが亀とは思えぬ速さで体当りする。
それはまさにずっしりとした山が動いてぶつかったように見えた。

「……ほう?我に耐えるか?」

吹き飛ばされるかと思われたサークは、後ろにかなり押されながらも何とかそれを受け止める。
少し意外そうにヤマクイは言うと、大木の幹のような足で更に力強くサークを押した。

「……シラナイ……シラナイ……シラナイ……。」

「何も見えておらぬな?!」

「ヤタ!小奴、自分の中に入り込みすぎておる!どうにかしろ!!」

「どうにかしろと言うてもな?小奴、妙な邪気がまとわり付いとる……。おまけに何だ?!バカみたいに魔力を垂れ流しおって……。下手に刺激すると暴発を起こすぞ?!」

その間もヤマクイはグイグイサークを押す。
しかしどういう訳か、二本の足で立っているだけのサークを思う様に突き放せずにいた。
ヤマクイから見れば細い足。
それが大地に根を下ろしたかのようにしっかりとその身を支えている。
山のようなヤマクイと相撲を取るよう、がっしり全身でそれを受け止めて踏ん張っているのだ。

「……人の形でここまで軸がしっかりしておるヤツも珍しい……。面白いではないか!!」

ヤマクイはそんなサークと向かい合っている事が面白くなってきた。
重装戦車さながらのヤマクイを前に、土俵から弾き出されずに居られるモノなど多くはない。

「ほら!どうした?!小僧?!受け止めるばかりでは勝負にならんぞ?!」

ヤマクイは己を更にずっしりとした姿に変え、ゆっくりとだが確実にサークを追い込んでゆく。
しかしジリジリと押されながらもサークはそれに抵抗した。

「ほう?ほうほうほう?!まだ我を押すか?!面白い!!ほれ!頑張れ!!それ!どうした?!それでは埒が明かぬぞ?!」

状況の事などすっかり忘れ、サークとの力比べを楽しむヤマクイ。
ガッと力を込めてきたサークに、ヤマクイは余裕で更なる力を込めた。

「なかなかやるではないか?!小僧?!だがちと相手が悪かっ…………うおっ?!」

力では負けぬと押すヤマクイが更なる力を込めた瞬間、サークはふっと押し返すのをやめた。
対抗する力を失ったヤマクイは自らの押す力でバランスを崩す。
そこに方向を変えてサークが力を加えた。

「しまった!!」

悠長に力比べを楽しんでいたヤマクイは即座にそれに対応できず、横からがっしりと掴んで力をかけてきたサークの成すがままだった。

「あああぁぁぁぁぁっ!!」

「いや?!待て!小僧っ?!」

しかしサークは止まらない。
渾身の力を込める。
ヤマクイのその巨体が片側に浮き、そしてビタンっとばかりにひっくり返される。

「うおっ!!」

「何をしておる!!ヤマクイ!!」

ジタバタするヤマクイ。
大きな亀がひっくり返され、これでは文字通り手も足も出ない。
みっともない姿にヤタがヤマクイを叱咤する。

「……ブッ!!」

「?!」

そんな様子を誰かが笑った。
神達も何事かとそちらに顔を向ける。
東の国で自分達ほどの神を笑う様な怖いもの知らずはいない。

「クフフ……ッ。か、亀、ひっくり返されてやんの……。」

アレックだ。
元々怖いもの知らずで小生意気とサークに言わしめる彼は、子供らしく素直にその姿に肩を震わせている。
一応、堪えているらしいのだが、ツボにハマってしまったようだ。
思わぬ事にヤタとヤマクイは頭にカッと顔を赤くした。

「何を笑っておる~!!童子が~!!」

「え?すみません……でも……プッ……だって……亀、ひっくり返ってジタバタしてるんだもん……。」

「笑うな半妖の分際で~!!」

「半妖?!俺は半獣人だ!!妖魔なんかと一緒にするな!!」

「たいして変わらぬわ~!!」

「全然違う!」

何故かぎゃんぎゃん言い合いになる神々とアレック。
見てる大人はオロオロするばかり。
確かにヤマクイがひっくり返されてジタバタしている姿は何とも言えず、それを鳥であるヤタは飛び回るだけで起こす事もできず文句を言っていればそうなる気持ちもわからないではないのだが……。
子供とはいつの時代も、良くも悪くも正直である。

「ア、アレック君……その辺で……。」

「は~い。ごめんなさい~。」

あわあわしながら神仕えが止めると、アレックは素直にそう言って、魔法でヤマクイを起こしてやった。
光る蔦がヤマクイを包んで柔らかく起こす。

「……むむ、幻術師か……。幼子の癖になかなかだな。笑ったのは気に食わんが……助かった。」

「いいよ別に。俺も笑っちゃったし。と言うかサークは元々、魔術抜きにしても体術使いとして結構強いから、リミット外れてる今、半端ないと思うよ?」

「……その様だな。」

起こしてもらったヤマクイはそう言うと、サークの相手を始めたヤタを見つめた。
力で駄目なら……さて、どうなるやら。

パチンッと音を立てて、神仕えが施した結界が弾けた。
途端、場を侵食していく狂気。
そこに魔力と、どこから来ているのかはわからない微かな邪気が混ざっている。

「……躊躇していても始まらんな?」

サークの前に出、その翼を広げたヤタの体がカッと光り輝く。
眩い太陽を思わせるその輝きが、邪気を浄化しサークの狂気を押し返していく。

「……ぐっ……うぐぐ…………っ!!」

「何に苦しんどるのかは知らんが……お前のいるべき場所はこっちだ!さっさと目を覚ませ!!」

「……うぅ……う……うああぁぁぁぁ……っ!!」

サークは無意識に身の内に溜めておけず放出していたそれらを押し返され、その苦痛に悶えた。
叫びながら頭を抱え、もがき苦しむ。

「ヤタ様!!」

「抑えきれぬか?!坊?!」

サークの暴発を防ごうと封を試みていた神仕えだったが、支点として用いている依紙が次々と灰になっていく。
しかしここでヤタが力を押さえた場合、それに反発していたサークの力が開放される可能性が高い。

「ぬぬ……真理も解らぬ癖に無駄に力ばかり有りおって……。」

ヤタは苦々しく思った。

全力を持ってすれば、サークを打ち負かして押さえ込む事はできるだろう。
しばらくの間、再起不能状態になるだろうが、サークの特性を考えれば死ぬ事はない。

だがそれをした場合、この場にいる人間は無事では済まない。
全員、何らかの力を持った者たちだが、完全開放したヤタの力に耐えきれるとは思えなかった。

「……おじさん!頑張って!!」

そこにアレックの声がかかった。
サークを取り囲むように光る草花が覆い茂り、花吹雪が舞い始める。

「アレック君!」

「俺!補助魔法は得意だから!!」

さすがは寡黙なるエアーデの愛弟子。
師匠についてその補佐をしてきたのだろう。
術が施しやすくなった事で神仕えは急いで新たな依紙を作り、術を強化していく。

「……童子とはいえ、なかなかだな?半妖?」

「だから!俺は妖魔じゃない!!半獣人だって!!」

ちらりとアレックに視線を向けたヤタ。
何故か半妖と認識されてしまっているアレックは、またもギャンギャンと騒いだ。

「獣が混じっておるのに草花の気に好まれておるな……?辿れば地の気……よかろう。我も手を貸そう。」

ゆっくりとアレックに近づいたヤマクイは、自分の加護を与えた。
それによって強まる力。
アレックは自分の魔力が抵抗なく効率よく流れるのを感じた。
魔力というのは100%全てが魔法に変わる訳ではない。
願う事を魔力で叶える形に変える流れの中の要所要所で、抵抗によって無効化される魔力というものがある。
それは鍛錬によって効率を上げる事もできるが、どんなに鍛錬を積んでもその無効化される魔力をゼロにする事はできない。

「……やるじゃん、亀神様。」

「亀を馬鹿にするなよ?童子?世界は我が上にあるのだからな……。」

ニヤッと笑ったアレックに、ヤマクイもニヤリと笑い返す。

「……って事は、世界ってひっくり返されやすいんだ??」

「気を抜いておっただけだ!!さっきの醜態は忘れろ!!」

しかしそこはアレック。
神様相手であっても小生意気な返しを忘れない。
そしてそのペースに飲まれるヤマクイ。

(神様……精霊って……思ったより、俺らと変わんないんだな……。)

カレンやピアと関わった事で精霊に対して壁を感じなくなっていたアレックは、ヤマクイとの対話にもそんな事を思った。

しかし場は緊張を極めた。
ヤタの力に抑え込まれたサークの力、主に魔力は混乱した意識と同調し不安定に暴れていた。
そこにどこから来たのか、僅かだが邪気が混ざり込んでいる。
それが一種の起爆剤のように不安定な膨大な魔力を刺激しているのだ。
それを暴発させずに沈静化しようと神仕えが技を使い、それをヤマクイの加護を受けたアレックが補佐している。
空間内は魔術本部の面々が保護し、彼らを香使いの魔女が守っている。

「うぅ……あああぁぁぁぁぁ……っ!!」

「チッ!くどいぞ!!小僧!!何を迷っておる?!」

「違う……俺じゃない……俺じゃないんだ……っ!!」

「知るか!!お前だろうと誰だろうと!そんな事はどうでも良い!!済んだ事をいつまでも愚痴愚痴言うな!!お前がそうしていても何も変わらぬぞ?!」

「あああぁぁぁぁぁ!」

全く面倒臭いとヤタは呆れる。
何に拘っているというのか全く理解できない。
なぜ割り切れないのか?
自分でないと言うならそれが全てだ。
他がどう思おうと関係のない事だ。
だというのに何を悩むのか?何に苦しむのか?
精霊であるヤタにはわからなかった。

サークの中に眠るもう一人の王を恨めしく思う。

こんな状況だ。
少しは出てきてこの道理の解らぬ馬鹿を窘めてくれてもいいものではないか、と。
とはいえ、出てこられたら出てこられたでまた面倒が増えるかもしれないのだが……。

「全く……人間などまどろっこしく複雑怪奇で理解に苦しむ……。何が面白いというのか我には解らぬ……。」

かの南の王は人を好んだ。
精霊たちとは違う生き様に興味津々だった。
それはとうとう行き過ぎて、人の世界に行ってしまった。

だから東の王は人が好きではない。

嫌いな訳でもないが好きという訳ではない。
だから分け隔てなく愛するという事はしない。
興味を持てばそれなりにするが、人の世の理を意識したりはしない。

嫌いというかあまり興味がないのだと思う。
それでも今期の名の無き者のお陰でだいぶ軟化した。
何だかんだ、王は自分の思い通りにならない自由奔放なモノに振り回される事を好むのだとヤタは思う。

「兎に角、お主はいい加減目を覚ませ!!己の中に閉じ篭って何になる?!」

「シラナイ……シラナイ……シラナイ……シラナイ……。」

「聞こえぬのか?!」

「……俺は……俺は…………。」

「サーク!戻ってこい!!」

ヤタとサークの押し問答に、鋭く別の声が響く。
怒ったようなその声の主はアレックだ。

「何があったか知らねぇけど!逃げなんてアンタらしくねえだろ?!つまんねぇ事で引き篭もってんな!!」

アレックは実際の所怒っていた。
ここでサークに何かあっては、目覚めた時、ラニとリアナがどれだけ動揺するかわかっていたからだ。

双子とサークの間に何があったのかは知らない。
だが、そこには自分達姉弟とボーンの間にある絆のようなものがあった。

しかもラニは今回、精神魔術師として全体の管理をしたのだ。
その直接的な結果でなくても、サークにもしもの事があれば取り乱すに違いない。

「このままラニやリアナをほっぽり出す気か?!ふざけんじゃねぇ!!」

叫びながら何故か鼻の奥がツンとした。
アレックはそれを誤魔化そうと思いっきりくしゃみをする。

自分が部屋を離れた間に何があったのかは知らない。
だが今のサークは見ていたくなかった。

自分の知るサークは、面倒くさがりで少し斜に構えた所はあったが苦しいからと言って逃げる奴ではなかった。
むしろそういう事に馬鹿正直に真正面からぶつかっていくような男だ。

サークが人間だろうと何だろうとそんな事はどうでもいい。
自分の知るサークが彼の全てではないけれど、それでも今の彼を見ていたくなかった。

「アンタが一番良く知ってんだろ!!逃げたって何も変わんねぇ!!南の国や海竜の呪いにすらブツブツ言いながらも逃げずに立ち向かったアンタはどこ行ったんだよ?!戻って来いよ!!このまま引き篭もったらぶん殴るぞ!!」

何とも勝手な言い分だ。
彼が自分に閉じ篭るほどの衝撃を受けたのだ。
なのに逃げを許さず、出てこいという。

でもアレックにはそれしかできなかった。
どうしてだが悔しかったのだ。

出会って間もなくとも、サークはアレックの中で妙に身近な存在だった。
だからそれが子供っぽい我儘でも、自分の声に応えて欲しかったのだ。
ツンとした鼻をスズっとすする。

「サク、思い出すんだ!お前が誰か!何に出会い、何をしてきたのか!!」

アレックの声に神仕えが続いた。
そのらしくない必死な声にヤタとヤマクイは少し驚いた。

「サーク、大丈夫だ。ワシらはここにおるよ。」

「私達だけじゃない。ここに居ない魔術本部の皆、君の部隊の仲間、ギルドの仲間、町の人々だって、皆、君を待ってる。」

「それにサーク?ライオネル殿下にどう説明するの?身を挺して主を守るのは騎士の美徳でしょうけど、それで殿下が本当にお喜びになるかしら?」

「ふふっ。手厳しいですね、ラウィーニア様。」

「だって、みな優しい言葉をかけるから、私ぐらいぴりりとしないとね。」

その場に残っていた皆が彼に呼びかける。
ヤタは光を強めた。
その声が届くかは本人の心持ち次第だが、それを邪魔しようとする邪気ぐらいは祓ってやろうと思ったからだ。

「………………。」

「良いのか?小僧?このままで?」

「……………………。」

「まぁ好きにしろ。我には関わりのない事だ。どう転ぼうと関係ない。だが、いつまでも人が待つと思うなよ?不変なものなどこの世には存在せぬ。何より彼らの寿命は短い。」

「…………………う…。」

「だが、其方に応える気があるなら手を貸そう。名も無き者との約束だからな。」

ヤタはそう言って様子を伺った。
均衡する力。
ヤタがその力を強めた事で、そのバランスは少しずつ崩れてきている。

もはやこれまでか……。

自力で戻ろうとする力や意識は無い様だ。
彼らの声に対する返答が見られない事から、ヤタは見切りをつけようとした。
このまま均衡が崩れればここにいる人間たちがただでは済まないからだ。



「…………た……けて……。」

「?!」



次の手を打たねばとヤタが行動を起こそうとした時、微かだが返答があった。

彼らの想いが勝った。

ヤタとヤマクイはそう感じた。
この場で呼びかけた者たちだけではない。
たくさんの見えない声がかの者に呼びかけていた。

それが自分の中に籠城していた者に届いたのだ。

同じ様に体を丸め苦しんではいるが、先程までとは違い狂気を感じられない。
魔力は相変わらず垂れ流しになってはいるが、何とか自分を抑えようと必死になっているのが見て取れた。
彼の変化にいち早く神仕えが反応する。

「サク!聞こえるかい?!サク!!」

「と……さ……。」

「サク!!」

いつものほほんとたおやかな神仕えが取り乱し気味にかの者に呼びかけている。

ヤタはそれが羨ましく思えた。

精霊は基本、一人で生まれ、一人で生きる。
別段それに不便も不思議も感じた事はなかった。
けれどその生き方は、こんなにも誰かに必死に愛される事などない。

ああ、だからか……。

精霊の中には人に執着するモノも多い。
それは名の無き神仕えを推しとして愛でるのとは違う、本気の執着だ。
その為に一時的に狂う者も少なくない。

かの王神は人に惹かれ、人の世界に行った。
それほどまで魅了したものは何なのだろうと思っていた。

「サク!!」

「……と……さん……たす……て……。力……押さ……え……られ……ない…………。ぼ……はつ……し……ちゃう……。」

「大丈夫!大丈夫だから!!」

苦しげに訴えるサーク。
それに応える神仕え。
二人の頬には涙が伝っていた。

神仕えは印を切りながら走り出した。
まさかそんな事をするとは思わず、ヤタとヤマクイは慌てた。

「よせ!!名も無き者!!」

「無謀なり!!ヤタ!!力を弱めよ!!」

「駄目だ!拮抗状態なのだ!!我が弱めればかの者の力が溢れる!!暴発するぞ!!」

ただでさえ、サークが制御できず溢れさせている魔力があるのだ。
そしてそれを抑える形で神であるヤタがその力を使っているのだ。
神仕えとはいえ、ただの人。
そんな強すぎる力のぶつかり合う場所に入ればただでは済まない。

慌てる神々を見ながらアレックは判断した。
状況は完全には飲み込めないが、神仕えが無謀な事をしているのだと悟った。
急いで保護の祈りを神仕えに捧げる。
アレックの影から無数のトンボが飛び出してきて神仕えの周りを飛び始める。
それに力を送りながら、アレックはこの場にいるもう一人の精霊に振り返った。

「カレン!」

『……心得ております。アレック様……。』

アレックの振り向いた先には、点滅する光の珠があった。
姿はないがそれがカレンだと何故かわかっていた。

「ほう……家守りか……。」

「ヤタ!託せ!!」

「……良かろう。其方にこの場を託そう。」

ヤタはそう言うとその輝きを弱めていき、元の黒い姿に戻った。
途端にサークからあり得ない程の魔力が溢れ出た。

「うぅ……あああぁぁぁぁぁっ!!」

「サク!!」

神仕えがなりふり構わず、自分の力に翻弄される息子を抱き寄せた。
アレックが施した保護のトンボはサークの魔力に焼き切られ、その反動でアレックは吹っ飛んで壁に体を打ち付ける。

「サク!大丈夫、大丈夫だよ!!」

自身の結界も壊れたというのに、生身のまま神仕えはサークを抱きしめ続けた。
尋常ではありえない魔力に晒され、所々その身が焼き切られても離そうとはしない。

その時、カッとカレンである光の玉が弾けた。

空間が異様に歪み、光さえもその場から消え失せる。
真の暗闇に部屋は一時期包まれた。



音も光もない暗闇。

そこに時間があったのかすら誰もわからない。



ゆっくりと部屋の中が日常風景に戻る。
意識のある者たちは辺りを見渡した。

ヤタ神とヤマクイ神の姿はすでになかった。
魔術本部の面々はそれぞれの魔術を解き、その場を見守る。

オービーとロイは室内を確かめる様に歩き、その場に佇む半透明に光るカレンに声をかけた。

「……終わったのかい?カレン?」

『はい……初めての事なので……上手くできたのか……わかりませんが……。』

「上出来じゃよ。あの場では誰も……神さえも、ここまで被害無く納める事はできなかっただろうから……。」

『…………よかった……。』

カレンはそう言うとフッと姿を消した。
おそらく家守りも、この世界の理を曲げる力を使うのはかなりの消耗を伴うのだろう。

「大丈夫?アレック?」

フレデリカは壁に叩きつけられていたアレックに手を貸しながら微笑んだ。
その手を借りながらアレックは体を起こす。

「いてて……。跳ね返しやがって!サークの馬鹿力!!ぶん殴ってやる!!」

「ふふっ、戻っても戻らなくても殴るのね?」

「当たり前じゃん!」

そう言いながらアレックはサークと彼を抱きとめる傷だらけの神仕えに回復をかけ始めた。
口では酷い事を言いながら、こういう所に気が回るのはボーンにそっくりだとフレデリカは笑った。

リゼットは静かに木の枝で、香草を漬け込んだ水を部屋に撒いていた。
一度は歪んだ空間の補修をしているのだ。

ひとまず全てが終わった。

その事に誰もが一息ついていた。
そして皆の視線の先、自分の力に翻弄されて倒れ込むサークと、それを幼子にするように抱きとめる彼の父親があった。

けれど誰も二人に声をかけなかった。

膝に上半身を抱えられ、サークは朦朧としながらも自分の養父の顔を見上げる。

「……ごめんなさい……義父さん……。」

「大丈夫……大丈夫だよ……。今はひとまずゆっくり休みなさい……。大丈夫だから……。」

「うん……。」

いつも通り優しくそう声をかけられ、サークは目を閉じた。
神仕えはただじっと、優しくも哀しげに息子の顔を見つめていた。
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