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第九章「海神編」
二度目の神戦
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ブツブツと何かを呟き続けながら、ただならぬ狂気を垂れ流しているサーク。
それに向き合う東の国から来た神々。
「……あの~?」
そしてそれをまだ思考の追い付いていない神仕えが呆然と眺めながら言った。
「どうした?坊?」
「我らが来たからには心配はいらぬぞ?」
「いえ、それはとてもありがたいのですが……。」
「なら何ぞ?」
飄々とにこやかにぽわぽわした雰囲気の神仕えが、いつまでも呆けているのでヤタもヤマクイも不思議に思いつつ訪ねた。
それに神仕えはぼんやりした調子で答える。
「その、話の腰を折るようで申し訳ないのですが……お力をお借りする上での取り決めがまだかと……。」
そう言われ、ヤタとヤマクイは顔を見合わせた。
今か今かと待ちわびていた事もあり、神々はつい、呼ばれて直ぐに降りてきてしまったのだ。
「それは……。」
「……対価の事か?」
「その様な感じでございます。」
神仕えは畏まって頭を下げた。
相手は東の国の教会に主神として祀られるような神。
さすがの神仕えも、その対価をはっきりさせぬうちに力を借りるのはどうかと思った。
自身の教会でお祀りし、常日ごろから仕えている神ならまだしも今回はそうではない。
しかもヤタ神とヤマクイ神ほどの神。
自社で祀っている訳でもないのにお力をお借りすると言う事が、どういう事か測りかねたのだ。
神は人の世界のものではない。
彼らには彼らの世界観とルールがある。
東の国で教会に祀られている神々とはいえ、彼らは彼らなのだ。
「……今、私に差し出せるものなど大したものではありません。腕や眼などでも構いませんか?」
神仕えは今この場でヤタ神とヤマクイ神に対価として差し出せるモノを考えた。
大いなる神であるヤタ神とヤマクイ神だ。
対価に差し出すとしたらそれ相応のものでなければ失礼に当たる。
少々血生臭いモノしか差し出せないが、己が身を切ることで心意気だけでも示したかった。
しかし神仕えのその言葉に、ヤタとヤマクイは困った様に顔を見合わせた。
神仕えの言っている事は最もだった。
神が力を貸すにはそれなりのルールがある。
そのルールを破るのはお互いにとって良くない事だった。
人と神の思考は同じ様で違う。
時間の流れや感覚も違う。
そこでその隔たりによる行き違いや揉め事を防ぐ為に、両者の間で貸し借りをする時はその対価をわかりやすく明確にしておくと言う暗黙のルールがある。
(どうするよ、ヤタ。)
(ぬぬ……坊はぼんやりしているようで、こういう所はしっかりしておるからな……。)
(そこがまた良い。)
(いかにも。しかしそうなると、我らは坊から対価を取らねばならぬぞ?!)
(皆に羨ましがられながらはるばる国から守護でついてきたのに、坊から対価など取ったら皆から……いや、王から大目玉を喰らうぞ?!)
(しかしルール上、何も無しでは坊も納得せぬ……。)
(だが!推しを手助けするのに対価などいらぬわ!)
(そうよ!坊が望むなら!それを叶えるのが我らの喜び!!)
(しかし……。坊が日頃祀っておるのは王であるしなぁ……。王命だとでも言っておくか??)
(……いや待て!良い事を思いついたぞ!ヤマクイ!)
(何だ?ヤタ?云うてみよ?)
(だからだな……?)
神仕えに悟られないよう話し合っていた神々。
はたと名案が浮かび、ヤタはヤマクイにゴニョゴニョと耳打ちする。
その提案にヤマクイも満足げに笑った。
(それは良い!それは良いぞ!ヤタ!!)
(そうであろう、そうであろう!!)
(我が推し活に悔いなし!!)
(激しく同意!これで我ら!今後はいくらでも坊を推せる!!)
名案に喜び勇みながらも、ヤタとヤマクイは澄ました顔で神仕えに向き合う。
フフンとばかりに自信に満ち溢れる神々を見つめながら、神仕えは不思議そうに小首を傾げた。
途端に走る戦慄。
「グバッ!……核が!核が壊れる!!」
「ぬぬ……悩殺……!無自覚に悩殺……!!ほんに小憎い奴よ……!!」
「ヤタ様?!ヤマクイ様?!」
推しの天然行動に思わず撃ち抜かれるヤタとヤマクイ。
神仕えは突然のご乱心にあわあわするばかり。
とはいえ、彼らは神仕えを「坊」と呼んでいるが当然子供ではない。
サークの養父でおかしくない年齢の成人男子。
神と人では時間の流れが違うとはいえ、すでにいい歳の成人男性をアイドルさながらに盲信する様は奇妙とも言える。
何しろ信仰されるべき神は彼らであり、それに仕える者が神仕えなのだから根本からおかしい。
一応、己の立場はわかっている神々は、どうにか威厳を保とうと心の叫びを飲み込み冷静を装った。
そしてコホンと咳払いをする。
「……う、うむ。其方の心がけ、好ましく思うぞ、神仕え。」
「ありがとうございます。」
「そんな其方に我らは望もう。」
「私に出来る事でしたら何なりと。」
「我らは其方の清さを好んでおる。故に、手を貸す。」
「それだけの事だ。対価はいらぬ。」
「え?!」
「だがそれでは其方も納得行くまい。」
「故に我らに恩義を覚えるならそれを忘れるな。」
「其方の社の主神と共に、我らにも今後は祈るが良い。」
「さすればいついかなる時も我らは共にあろう。」
神々しくそう言い切るヤタ神とヤマクイ神。
しかしいくら威厳を持ってそれを告げても、彼らの狙いは名の無き神仕えに祀ってもらう事。
分霊を置いて貰えればいつでも推しの姿を拝める。
特に神仕えの教会は東の国の大神である、水神のテリトリーだ。
そうやすやすと推しを眺める事などできないのだ。
しかしそこに自分達の御霊分けされた社があれば話は変わってくる。
内心してやったりとニヤケが止まらないヤタ神とヤマクイ神。
しかしそんな目論見など知る由もない神仕えは思わぬ言葉にきょとんとし、そして笑みを浮かべると深々と礼を示した。
「……畏まりました。心から感謝いたします。国に帰りましたら敷地内にヤタ様並びにヤマクイ様の祠をお創りし、日々、務めさせて頂きます。」
「うむ。」
「それで良い。」
小躍りしそうになるのをグッと堪え、ヤタとヤマクイは威厳に満ちた態度でそう言った。
そして思わぬ棚ぼたで願いを叶え、意気揚々とサークと向かい合う。
「さて、小童。そちに恨みはないが、悪く思うなよ?」
「道理を知らぬ様だから、親切に教えてやろうというだけよ。」
「………………。」
「なに、我らに歯向かわなければそうそう痛い目にも合わずに済む。」
「そういう事だ。」
サークはそれを黙って見つめていた。
いや見えていたかはわからない。
「……………………。違う……。俺じゃない……。」
両手で顔を覆い、俯いて背を丸める。
先程まで精神世界にいたせいか、自分の精神内部の出来事と現実の状況が区別できなくなっているようだった。
「……危ういな、ヤタ。」
「うむ。あまりに未熟。」
「だが、その力は……。」
「全くよ。我らが推しが最善を尽くしていたとはいえ、よくもまあ、こんな危ういモノが何も起こさず今までいたものよ……。」
そんなサークを見つめながら、先程までの勢いはどこへやら、ヤタとヤマクイは存在を鋭く尖らせた。
「……まずは我が様子を見ようぞ。」
そう言うとヤマクイはその大きな足でドンッと床を踏む。
その振動は物理法則を無視して真っ直ぐサークに向かう。
その見えない空気の振動は山となり、その中にサークを閉じ込めた。
「何ぞ、他愛もない。」
ヤマクイはそう言うとまたドンッと床を蹴った。
それは今度は音の針となり、その場から飛び出す。
そして振動の山に覆われたサークめがけて飛んで行った。
しかし……。
パキン……ッ、と微かな音。
だが不穏さを示すには確かな音がした。
「むっ……。」
ヤマクイの生み出した振動の山の中、突如、ぽっかりと暗い穴が開いた。
向けられた針は皆その中に吸い込まれ、山そのものもそこに吸い込まれてしまう。
「?!」
「正気か?!小僧?!」
そこまでならヤマクイもヤタも驚かなかった。
しかし次にサークが取った行動に度肝を抜かれ、思わず声を上げる。
サークがその漆黒の闇をむんずと掴むと、無造作に投げつけてきたのだ。
「お下がり下さい!!」
神仕えは素早くそれに結界を張り、ひとまず無効化した。
勢いを失くして床に転がるそれに封の印を施す。
「……何というヤツ……!!」
「全くだ。こちらの理も知らぬ故、やる事が滅茶苦茶だ!!」
「お怪我はありませぬか?ヤマクイ様、ヤタ様?」
「すまぬ、少しばかり油断した。何も知らぬとはいえ、よもやこの様な無秩序な事を仕出かすとは思わなんだ。」
「全くよ。真の無を出すまではあり得る話だが……それを掴んで投げるなど……アレの頭は大丈夫なのか?!」
「……申し訳ございません。息子は今、我を見失っていまして……。正気でないと言うより、自分が誰か……何なのかもわからないようでして……。」
ヤタとヤマクイは顔を見合わせる。
大口を叩いたは良いが、自分達が当たり前だと思う常識、暗黙の了解、タブー、そういったモノが目の前の小僧にはない。
「……いくらものを知らぬとはいえ……ヤバくないか?ヤタ……。」
「ああ……支離滅裂もいいところよ……。」
この世に自分の常識が通用しない事ほど怖い事はない。
ヤタとヤマクイはとんでもないモノを相手にしなければならないのだと今更ながら理解した。
「……あの……これはいかが致しましょう?」
神仕えはとりあえず一時的に封じた黒い球を拾い上げだ。
それを見たヤタが大慌てでそれを奪い取る。
「何をしておる?!」
「そうぞ?!一時的に封じてあるとはいえ!人の子がやすやすと触れて良いものではないぞ?!大丈夫か?!何ともないか?!」
「あ、はい……。」
そしてヤタとヤマクイを慌てさせるのは、自分達の推しである神仕えだ。
素朴で天然な所が好ましいとはいえ、この様な戦いの中でド天然を炸裂されてはかなわない。
しかも相手は彼の息子である故、神仕え自身にいつものキレがない。
複雑な想いから迷いや戸惑いが生まれ、割り切った行動ができずにいる。
本人はいつもと変わらぬつもりだろうが、熱狂的なファンの目はごく些細な変化も見逃さないのだ。
いつもは無い神仕えの抱える切なさが、彼らを奮い立たせる。
「……良かろう。導くが我が役目。道理を知らぬなら教えるまでよ……!!」
ヤタはそう言うとサークの出した球を掴んだまま、真っ直ぐに向かっていく。
サークはそれに対し、魔力を集めだす。
大したものだとヤタは呆れた。
「……世を壊す気か?!加減もわからぬ愚か者が!!」
一点に集約されていくその力に、ヤタは持っていた球を投げ込んだ。
異なる力の摩擦によりつけられていた封が壊れ、球にサークの魔力が吸い込まれていく。
「?!」
「自分で生み出したモノにしてやられるとは笑止千万!森羅万象の理を考えず、その場限りで無責任にバンバン力を生み出せばこうなるのよ!悪ガキが!!」
球はサークの魔力を吸い、そしてサークまでも吸い込もうとした。
それをサークが力技でぶん殴って粉砕してしまう。
「……おお恐……無を叩き壊すとは……。」
「世の理ではありえん事よ!!ほんに支離滅裂!!混沌極まりない!!」
常識というより、世界が世界である道理すら無視したその行動と結果にヤマクイは信じられないと目を丸くする。
旋回するように戻ってきたヤタは少し腹立たしげにそう答えた。
「ヤマクイ!チンタラ様子を見ていても仕方あるまい!!一気に畳み掛けるぞ!!」
「言われるまでもない!!」
手加減不要と判断した神々が己の力を開放する。
それに部屋が……空間が軋んだ。
神仕えはやれやれまたかとため息をつきながら、場をその力に対応できるように対策していく。
軽く振り返ると、息子がいつもお世話になっている高等魔術師達が挨拶代わりに軽く手を振ってくれた。
彼らが部屋であり空間を保護してくれている。
いつの間にか浄めの香が焚かれ、神々が地に降りている事による負荷を減らしてくれている。
この状況でひとりじゃないというのは本当にありがたい事だ。
神仕えも彼らに応えて、軽く手を上げた。
「おじさん!」
「おや、アレック君?戻ってたんだね?」
そこに猫耳少年が近づいてくる。
アレックは頷くとちらりとだけサークを見た。
「……アイツ……ちゃんと帰ってこれるのか?」
「来るさ。まだ結婚式も上げてないからね。」
「あはは!だな!!」
屈託なく笑うアレックに神仕えの心は少しだけ緩んだ。
そうだ、あの子は必ず帰ってくる。
まだこっちに残した未練が多すぎる。
「……カレン、やるって。」
「うん。辛い役目をさせてしまうね。」
「平気だよ。自分で気づいて選んだ道だし。サークだからこそやるんだから。」
「うん。」
「あんま俺、する事ないね?」
「いや……。アレック君は状況を読んでとっさの対応を施すのが上手い。全体を見ていてもらえると助かるよ。……それに君は存在が綺麗だ。この場に立っていてもさほどキツくはないだろう?自由に動けるし。」
「え?!どういう事?!」
「君にはわからないだろうけれど、これほどの神々が降りておられるこの場にいるのは私でもこたえるんだよ。大人はそれまでの人生で多かれ少なかれ穢れを背負っているからね。魔術師の皆さんが1か所に固まって対策してるのも、それぞれが違う役割を果たしながら一人が彼らのいる場を保護しているからなんだ。」
「え……そうなの……?!」
「子供は穢れが少ない。それに子供のうちは存在が神様に近いんだ。しかも君は魔法師であり自然崇拝者。自身も人より自然に近い魂を持ってる。だからこの場で力に対する畏怖は感じれど、神々と同じ場に存在する事の辛さは感じないだろう?」
「うん……。」
「だから、全体を見ていて欲しい。頼んだよ。」
「……うん。」
アレックは神仕えの言葉にそう答えると、またサークを見つめた。
神仕えも同じくサークを見つめる。
帰っておいで、待っているから。
皆、お前を信じて待っているのだから。
神仕えはそう心の中で息子に呼びかけた。
それに向き合う東の国から来た神々。
「……あの~?」
そしてそれをまだ思考の追い付いていない神仕えが呆然と眺めながら言った。
「どうした?坊?」
「我らが来たからには心配はいらぬぞ?」
「いえ、それはとてもありがたいのですが……。」
「なら何ぞ?」
飄々とにこやかにぽわぽわした雰囲気の神仕えが、いつまでも呆けているのでヤタもヤマクイも不思議に思いつつ訪ねた。
それに神仕えはぼんやりした調子で答える。
「その、話の腰を折るようで申し訳ないのですが……お力をお借りする上での取り決めがまだかと……。」
そう言われ、ヤタとヤマクイは顔を見合わせた。
今か今かと待ちわびていた事もあり、神々はつい、呼ばれて直ぐに降りてきてしまったのだ。
「それは……。」
「……対価の事か?」
「その様な感じでございます。」
神仕えは畏まって頭を下げた。
相手は東の国の教会に主神として祀られるような神。
さすがの神仕えも、その対価をはっきりさせぬうちに力を借りるのはどうかと思った。
自身の教会でお祀りし、常日ごろから仕えている神ならまだしも今回はそうではない。
しかもヤタ神とヤマクイ神ほどの神。
自社で祀っている訳でもないのにお力をお借りすると言う事が、どういう事か測りかねたのだ。
神は人の世界のものではない。
彼らには彼らの世界観とルールがある。
東の国で教会に祀られている神々とはいえ、彼らは彼らなのだ。
「……今、私に差し出せるものなど大したものではありません。腕や眼などでも構いませんか?」
神仕えは今この場でヤタ神とヤマクイ神に対価として差し出せるモノを考えた。
大いなる神であるヤタ神とヤマクイ神だ。
対価に差し出すとしたらそれ相応のものでなければ失礼に当たる。
少々血生臭いモノしか差し出せないが、己が身を切ることで心意気だけでも示したかった。
しかし神仕えのその言葉に、ヤタとヤマクイは困った様に顔を見合わせた。
神仕えの言っている事は最もだった。
神が力を貸すにはそれなりのルールがある。
そのルールを破るのはお互いにとって良くない事だった。
人と神の思考は同じ様で違う。
時間の流れや感覚も違う。
そこでその隔たりによる行き違いや揉め事を防ぐ為に、両者の間で貸し借りをする時はその対価をわかりやすく明確にしておくと言う暗黙のルールがある。
(どうするよ、ヤタ。)
(ぬぬ……坊はぼんやりしているようで、こういう所はしっかりしておるからな……。)
(そこがまた良い。)
(いかにも。しかしそうなると、我らは坊から対価を取らねばならぬぞ?!)
(皆に羨ましがられながらはるばる国から守護でついてきたのに、坊から対価など取ったら皆から……いや、王から大目玉を喰らうぞ?!)
(しかしルール上、何も無しでは坊も納得せぬ……。)
(だが!推しを手助けするのに対価などいらぬわ!)
(そうよ!坊が望むなら!それを叶えるのが我らの喜び!!)
(しかし……。坊が日頃祀っておるのは王であるしなぁ……。王命だとでも言っておくか??)
(……いや待て!良い事を思いついたぞ!ヤマクイ!)
(何だ?ヤタ?云うてみよ?)
(だからだな……?)
神仕えに悟られないよう話し合っていた神々。
はたと名案が浮かび、ヤタはヤマクイにゴニョゴニョと耳打ちする。
その提案にヤマクイも満足げに笑った。
(それは良い!それは良いぞ!ヤタ!!)
(そうであろう、そうであろう!!)
(我が推し活に悔いなし!!)
(激しく同意!これで我ら!今後はいくらでも坊を推せる!!)
名案に喜び勇みながらも、ヤタとヤマクイは澄ました顔で神仕えに向き合う。
フフンとばかりに自信に満ち溢れる神々を見つめながら、神仕えは不思議そうに小首を傾げた。
途端に走る戦慄。
「グバッ!……核が!核が壊れる!!」
「ぬぬ……悩殺……!無自覚に悩殺……!!ほんに小憎い奴よ……!!」
「ヤタ様?!ヤマクイ様?!」
推しの天然行動に思わず撃ち抜かれるヤタとヤマクイ。
神仕えは突然のご乱心にあわあわするばかり。
とはいえ、彼らは神仕えを「坊」と呼んでいるが当然子供ではない。
サークの養父でおかしくない年齢の成人男子。
神と人では時間の流れが違うとはいえ、すでにいい歳の成人男性をアイドルさながらに盲信する様は奇妙とも言える。
何しろ信仰されるべき神は彼らであり、それに仕える者が神仕えなのだから根本からおかしい。
一応、己の立場はわかっている神々は、どうにか威厳を保とうと心の叫びを飲み込み冷静を装った。
そしてコホンと咳払いをする。
「……う、うむ。其方の心がけ、好ましく思うぞ、神仕え。」
「ありがとうございます。」
「そんな其方に我らは望もう。」
「私に出来る事でしたら何なりと。」
「我らは其方の清さを好んでおる。故に、手を貸す。」
「それだけの事だ。対価はいらぬ。」
「え?!」
「だがそれでは其方も納得行くまい。」
「故に我らに恩義を覚えるならそれを忘れるな。」
「其方の社の主神と共に、我らにも今後は祈るが良い。」
「さすればいついかなる時も我らは共にあろう。」
神々しくそう言い切るヤタ神とヤマクイ神。
しかしいくら威厳を持ってそれを告げても、彼らの狙いは名の無き神仕えに祀ってもらう事。
分霊を置いて貰えればいつでも推しの姿を拝める。
特に神仕えの教会は東の国の大神である、水神のテリトリーだ。
そうやすやすと推しを眺める事などできないのだ。
しかしそこに自分達の御霊分けされた社があれば話は変わってくる。
内心してやったりとニヤケが止まらないヤタ神とヤマクイ神。
しかしそんな目論見など知る由もない神仕えは思わぬ言葉にきょとんとし、そして笑みを浮かべると深々と礼を示した。
「……畏まりました。心から感謝いたします。国に帰りましたら敷地内にヤタ様並びにヤマクイ様の祠をお創りし、日々、務めさせて頂きます。」
「うむ。」
「それで良い。」
小躍りしそうになるのをグッと堪え、ヤタとヤマクイは威厳に満ちた態度でそう言った。
そして思わぬ棚ぼたで願いを叶え、意気揚々とサークと向かい合う。
「さて、小童。そちに恨みはないが、悪く思うなよ?」
「道理を知らぬ様だから、親切に教えてやろうというだけよ。」
「………………。」
「なに、我らに歯向かわなければそうそう痛い目にも合わずに済む。」
「そういう事だ。」
サークはそれを黙って見つめていた。
いや見えていたかはわからない。
「……………………。違う……。俺じゃない……。」
両手で顔を覆い、俯いて背を丸める。
先程まで精神世界にいたせいか、自分の精神内部の出来事と現実の状況が区別できなくなっているようだった。
「……危ういな、ヤタ。」
「うむ。あまりに未熟。」
「だが、その力は……。」
「全くよ。我らが推しが最善を尽くしていたとはいえ、よくもまあ、こんな危ういモノが何も起こさず今までいたものよ……。」
そんなサークを見つめながら、先程までの勢いはどこへやら、ヤタとヤマクイは存在を鋭く尖らせた。
「……まずは我が様子を見ようぞ。」
そう言うとヤマクイはその大きな足でドンッと床を踏む。
その振動は物理法則を無視して真っ直ぐサークに向かう。
その見えない空気の振動は山となり、その中にサークを閉じ込めた。
「何ぞ、他愛もない。」
ヤマクイはそう言うとまたドンッと床を蹴った。
それは今度は音の針となり、その場から飛び出す。
そして振動の山に覆われたサークめがけて飛んで行った。
しかし……。
パキン……ッ、と微かな音。
だが不穏さを示すには確かな音がした。
「むっ……。」
ヤマクイの生み出した振動の山の中、突如、ぽっかりと暗い穴が開いた。
向けられた針は皆その中に吸い込まれ、山そのものもそこに吸い込まれてしまう。
「?!」
「正気か?!小僧?!」
そこまでならヤマクイもヤタも驚かなかった。
しかし次にサークが取った行動に度肝を抜かれ、思わず声を上げる。
サークがその漆黒の闇をむんずと掴むと、無造作に投げつけてきたのだ。
「お下がり下さい!!」
神仕えは素早くそれに結界を張り、ひとまず無効化した。
勢いを失くして床に転がるそれに封の印を施す。
「……何というヤツ……!!」
「全くだ。こちらの理も知らぬ故、やる事が滅茶苦茶だ!!」
「お怪我はありませぬか?ヤマクイ様、ヤタ様?」
「すまぬ、少しばかり油断した。何も知らぬとはいえ、よもやこの様な無秩序な事を仕出かすとは思わなんだ。」
「全くよ。真の無を出すまではあり得る話だが……それを掴んで投げるなど……アレの頭は大丈夫なのか?!」
「……申し訳ございません。息子は今、我を見失っていまして……。正気でないと言うより、自分が誰か……何なのかもわからないようでして……。」
ヤタとヤマクイは顔を見合わせる。
大口を叩いたは良いが、自分達が当たり前だと思う常識、暗黙の了解、タブー、そういったモノが目の前の小僧にはない。
「……いくらものを知らぬとはいえ……ヤバくないか?ヤタ……。」
「ああ……支離滅裂もいいところよ……。」
この世に自分の常識が通用しない事ほど怖い事はない。
ヤタとヤマクイはとんでもないモノを相手にしなければならないのだと今更ながら理解した。
「……あの……これはいかが致しましょう?」
神仕えはとりあえず一時的に封じた黒い球を拾い上げだ。
それを見たヤタが大慌てでそれを奪い取る。
「何をしておる?!」
「そうぞ?!一時的に封じてあるとはいえ!人の子がやすやすと触れて良いものではないぞ?!大丈夫か?!何ともないか?!」
「あ、はい……。」
そしてヤタとヤマクイを慌てさせるのは、自分達の推しである神仕えだ。
素朴で天然な所が好ましいとはいえ、この様な戦いの中でド天然を炸裂されてはかなわない。
しかも相手は彼の息子である故、神仕え自身にいつものキレがない。
複雑な想いから迷いや戸惑いが生まれ、割り切った行動ができずにいる。
本人はいつもと変わらぬつもりだろうが、熱狂的なファンの目はごく些細な変化も見逃さないのだ。
いつもは無い神仕えの抱える切なさが、彼らを奮い立たせる。
「……良かろう。導くが我が役目。道理を知らぬなら教えるまでよ……!!」
ヤタはそう言うとサークの出した球を掴んだまま、真っ直ぐに向かっていく。
サークはそれに対し、魔力を集めだす。
大したものだとヤタは呆れた。
「……世を壊す気か?!加減もわからぬ愚か者が!!」
一点に集約されていくその力に、ヤタは持っていた球を投げ込んだ。
異なる力の摩擦によりつけられていた封が壊れ、球にサークの魔力が吸い込まれていく。
「?!」
「自分で生み出したモノにしてやられるとは笑止千万!森羅万象の理を考えず、その場限りで無責任にバンバン力を生み出せばこうなるのよ!悪ガキが!!」
球はサークの魔力を吸い、そしてサークまでも吸い込もうとした。
それをサークが力技でぶん殴って粉砕してしまう。
「……おお恐……無を叩き壊すとは……。」
「世の理ではありえん事よ!!ほんに支離滅裂!!混沌極まりない!!」
常識というより、世界が世界である道理すら無視したその行動と結果にヤマクイは信じられないと目を丸くする。
旋回するように戻ってきたヤタは少し腹立たしげにそう答えた。
「ヤマクイ!チンタラ様子を見ていても仕方あるまい!!一気に畳み掛けるぞ!!」
「言われるまでもない!!」
手加減不要と判断した神々が己の力を開放する。
それに部屋が……空間が軋んだ。
神仕えはやれやれまたかとため息をつきながら、場をその力に対応できるように対策していく。
軽く振り返ると、息子がいつもお世話になっている高等魔術師達が挨拶代わりに軽く手を振ってくれた。
彼らが部屋であり空間を保護してくれている。
いつの間にか浄めの香が焚かれ、神々が地に降りている事による負荷を減らしてくれている。
この状況でひとりじゃないというのは本当にありがたい事だ。
神仕えも彼らに応えて、軽く手を上げた。
「おじさん!」
「おや、アレック君?戻ってたんだね?」
そこに猫耳少年が近づいてくる。
アレックは頷くとちらりとだけサークを見た。
「……アイツ……ちゃんと帰ってこれるのか?」
「来るさ。まだ結婚式も上げてないからね。」
「あはは!だな!!」
屈託なく笑うアレックに神仕えの心は少しだけ緩んだ。
そうだ、あの子は必ず帰ってくる。
まだこっちに残した未練が多すぎる。
「……カレン、やるって。」
「うん。辛い役目をさせてしまうね。」
「平気だよ。自分で気づいて選んだ道だし。サークだからこそやるんだから。」
「うん。」
「あんま俺、する事ないね?」
「いや……。アレック君は状況を読んでとっさの対応を施すのが上手い。全体を見ていてもらえると助かるよ。……それに君は存在が綺麗だ。この場に立っていてもさほどキツくはないだろう?自由に動けるし。」
「え?!どういう事?!」
「君にはわからないだろうけれど、これほどの神々が降りておられるこの場にいるのは私でもこたえるんだよ。大人はそれまでの人生で多かれ少なかれ穢れを背負っているからね。魔術師の皆さんが1か所に固まって対策してるのも、それぞれが違う役割を果たしながら一人が彼らのいる場を保護しているからなんだ。」
「え……そうなの……?!」
「子供は穢れが少ない。それに子供のうちは存在が神様に近いんだ。しかも君は魔法師であり自然崇拝者。自身も人より自然に近い魂を持ってる。だからこの場で力に対する畏怖は感じれど、神々と同じ場に存在する事の辛さは感じないだろう?」
「うん……。」
「だから、全体を見ていて欲しい。頼んだよ。」
「……うん。」
アレックは神仕えの言葉にそう答えると、またサークを見つめた。
神仕えも同じくサークを見つめる。
帰っておいで、待っているから。
皆、お前を信じて待っているのだから。
神仕えはそう心の中で息子に呼びかけた。
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表紙はあいえだ様!!
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氷の支配者と偽りのベータ。過労で倒れたら冷徹上司(銀狼)に拾われ、極上の溺愛生活が始まりました。
水凪しおん
BL
オメガであることを隠し、メガバンクで身を粉にして働く、水瀬湊。
※この作品には、性的描写の表現が含まれています。18歳未満の方の閲覧はご遠慮ください。
過労と理不尽な扱いで、心身ともに限界を迎えた夜、彼を救ったのは、冷徹で知られる超エリートα、橘蓮だった。
「君はもう、頑張らなくていい」
――それは、運命の番との出会い。
圧倒的な庇護と、独占欲に戸惑いながらも、湊の凍てついた心は、次第に溶かされていく。
理不尽な会社への華麗なる逆転劇と、極上に甘いオメガバース・オフィスラブ!
年下幼馴染アルファの執着〜なかったことにはさせない〜
ひなた翠
BL
一年ぶりの再会。
成長した年下αは、もう"子ども"じゃなかった――。
「海ちゃんから距離を置きたかったのに――」
23歳のΩ・遥は、幼馴染のα・海斗への片思いを諦めるため、一人暮らしを始めた。
モテる海斗が自分なんかを選ぶはずがない。
そう思って逃げ出したのに、ある日突然、18歳になった海斗が「大学のオープンキャンパスに行くから泊めて」と転がり込んできて――。
「俺はずっと好きだったし、離れる気ないけど」
「十八歳になるまで我慢してた」
「なんのためにここから通える大学を探してると思ってるの?」
年下αの、計画的で一途な執着に、逃げ場をなくしていく遥。
夏休み限定の同居は、甘い溺愛の日々――。
年下αの執着は、想像以上に深くて、甘くて、重い。
これは、"なかったこと"にはできない恋だった――。
優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―
無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」
卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。
一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。
選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。
本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。
愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。
※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。
※本作は織理受けのハーレム形式です。
※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください
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