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第九章「海神編」
破滅と祈り
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何か、この人、思ったより小さいな……。
必死になって自分に懇願してくるギルを見つめ、イヴァンは何となくそう思った。
隊長になる前から「鬼の黒騎士」の異名を持っていた人。
気でもふれているのかというほど、ガチガチに規則と騎士道とライオネル殿下に縛られていた人。
その人が変わったのは、部隊にライオネル殿下によって無理やりねじ込まれた魔術師の騎士が来てからだ。
平民の騎士。
しかも移民。
何もかもがありえない状況。
当初は皆、口には出さずとも反感を持って見下していた。
だから先輩風吹かせて、こき使うなんてのは当たり前だった。
そんな反感を、素直に口にも態度にも出して見下したのはガスパーぐらいだった。
何だかんだ良くも悪くも馬鹿正直でしかいられない、不器用な彼らしくて笑ってしまう。
だが斜に構えている割に純朴なサークは、こき使われていても屁とも思わず動いていた。
後から聞いたところ、あの程度は外壁警備の作業に比べればなんて事なく、むしろ風雨にさらされずに安全で簡単な室内作業で楽に給料が貰えると思っていたそうだ。
また、貴族では知る事ができない情報を、良くも悪くもたくさん知っていた。
彼がそれまで過ごしてきた城下町の日常は、貴族社会しか知らない御子息達には斬新だった。
聞けば良い事も悪い事も、相手を見極めた上でいい塩梅で教えてくれるサークは、やがて仲間として受け入れられていった。
そして、その実力だ。
元々、魔術師を名乗れる程の使い手というのは少ない。
いても王宮に集められ、ある種「別枠」な人達だったのだから。
上級魔術兵だってそこまで多くない。
つまり、貴族ですら魔術というものを普通はあまり見た事がないのだ。
その上、その術を使っているところなどパフォーマンスしか見た事がなく、実践的に魔術が使われるところなど、戦争などないこの時代、いいとこのお坊ちゃん方は誰も知らないのだ。
だからサークがロナンドと模擬戦という名の実践試合をした時、皆が目を丸くしたという。
そりゃそうだ。
それまでラッキーで騎士の位をもらい、殿下のお情けでここに来たのだと思っていた移民の平民が、この国を代表する大魔術師と平気な顔して戦ったのだから。
先輩風吹かしていた皆は泡を食った。
それだけではなく、自分たちが恐れる「鬼の黒騎士」とまで勝負して、少なくとも一発、拳をぶち込んだのだから。
そうやってサークは自然と「ラッキーで騎士になった平民」ではなく、「その実力あって引き抜かれてきた魔術師」なのだと皆にわからせた。
そして何より、力があっても鼻にかけることもなく、素朴で飾らず、とっつきやすい彼に心を開いた。
そしてそれは、部隊の皆だけではなく「鬼の黒騎士」にまで及んだ。
変だなと、誰もがすぐ気づいた。
冗談なんて1ミリも理解する事ができないガチガチの堅物。
無表情で無感情の代表みたいな隊長が、サークの後を追い回し始めた。
はじめはぶっ倒れた原因になった事もあり、隊長なりに気にしているのだろうと思っていた。
それにサークがギャンギャン文句をつける。
鬼の黒騎士にあんなに言い返すなんてと皆青ざめていたが、ギルは気にせず時には殴られながらもサークを追いかけ回した。
皆、異様なモノを見ている気分だった。
無表情なので隊長がそれをなぜ行うのか、喜んでいるのか怒っているのか、はじめは全く周りもわからなかった。
でもあまりにそれが続く上、真顔でストーキングを繰り返し、それにサークがコテコテのツッコミで返すものだから、だんだんと皆、そんな隊長に親しみを感じ始めた。
そしてそこにシルクも加わって、あんなに恐れていた「鬼の黒騎士隊長」も、表情はなくとも人間味に溢れている気がして前よりずっと打ち解けたのだ。
何よりやはり、無表情なりに何か表情のようなものが見えてきたのだ。
雰囲気と言ってもいい。
常に鋼鉄のオーラで身を固めていた隊長が柔らかくなった。
どこが違うと聞かれても答え辛いが、無表情でも鉄仮面ではなくなったのだ。
しかも事実婚となったシルクの前では、たまにだが冗談抜きで微笑んでいて、皆を青ざめさせる。(天変地異でも起こるのかと)
滅茶苦茶執着していた殿下に対してのみ向けられていた僅かな表情が、確かに普段の生活にも入ってきていた。
そして誰もがわかっていた。
それをなし得たのはシルクではなくサークだと。
サークが基盤を作り、シルクがその対象となる事で鬼に表情と感情が戻ったのだと。
ただ、誰もそこに踏み込めなかった。
シルクと事実婚状態となっても、隊長のサークに対する執着は変わらなかった。
サークに婚約者がいても、二人の関係は変わらなかった。
その不思議な関係に、誰も踏み込まずにいた。
あまりにいつもの事なので「お約束」扱いになっていたし、その微妙なバランスをずっと見てきた隊員たちは、下手に突いてはいけない部分なのだと察していた。
なのに……。
「……何でですか?!」
イヴァンは聞いた。
通常の思考回路があるのなら、それに勘付いたとしても黙って見送るべきだ。
なのにあえて、しかもここまで必死な形相でそれを変われと言ってくるのかわからなかった。
「………………頼む……。」
ギルはただ、悲壮な面持ちでイヴァンに懇願した。
おそらくいつもの執着だ。
なのにそのらしくない弱々しさにイヴァンは腹立たしくなってきた。
「ちゃんとした理由もなく!僕が勝手に替わりますと言う訳ないじゃないですか?!」
「……頼む。」
「僕がどこに行くか、どういう訳か、わかってて言っているんですか?!」
「……わかってる……だから、頼む……。」
「だから!そうしなければならない理由は何なんですか?!」
「……………………。」
聞いても訳を言わないギルにイヴァンは無性に苛立ち、ドンッと突き放す。
されるがまま突き放されるギル。
苛つきに任せ、イヴァンは声を荒げた。
「昨日も言ったが!アンタは自分の立場が!今の状況が!わかっているのか?!」
「……わかってる……でも……頼む……。」
「わかってるなら何でだ?!そうすべきじゃない事ぐらいわかるだろ?!」
「……頼む……替わってくれ……イヴァン……。」
「断る!」
「……頼む。」
「アンタ、どういうつもりだ?!見だろう?!我を忘れて暴走するほどあの人が取り乱したのを?!なのに何でだ?!これ以上、サークさんを追い詰める気か?!」
「わかってる!!」
「だったら!!」
「わかってる!!……わかってるんだ……わかってる……。だが……頼む……。」
イヴァンにはわからなかった。
何がこの人をここまで追い詰めているのか……。
あまりに弱々しく項垂れ、両手で顔を覆いながらも懇願してくるギルを見て、イヴァンは冷静になった。
「……何でだよ。」
イヴァンにはわかっていた。
ギルとサーク。
この二人が付かず離れず、ギリギリのラインで一緒にいる意味を。
どうしてそうしているのか……。
破滅だ。
二人の未来には破滅しかない。
だから二人は手を取り合わなかった。
それが意識的なものなのか、無意識的なものなのかはわからない。
だが二人が踏み止まったのは、互いの手を取ってしまったら破滅しかない事をわかっていたからだと薄々感じていた。
貪り、
傷つけ、
憎み、
踏み躙る。
それでも相手を求め続ける。
二人からはそんな絶望しか見えないのだ。
だからおそらく、本能的に二人は互いの手を取らなかった。
少なくともサークはそうだった。
「……なのに……。何でだ……何で今更……。」
サークはウィルと結婚目前だ。
ギルは形式こそ取らないが、シルクと生涯を共にする覚悟を固めている。
そうやって二人は互いに触れ合う事はなく、それでも離れる事のない距離をずっと守ってきた。
お互い違う伴侶を持ち付かず離れず生きていける関係だったのに、なぜ今更、それを壊そうとするのかイヴァンには意味がわからなかった。
「……シルクさんに何て言うんだ?!アンタは?!今のサークさんに近づいて!!アンタはシルクさんに何て言うつもりなんだ?!」
許せなかった。
イヴァンはイヴァンなりにシルクに本気だった。
やっと、北の大地を忘れるほど愛せる人に出会ったと思ったのだ。
北の大地とは真逆の、灼熱の砂漠の匂いのする踊り手に。
なのに、上手く行っていると思っていたのに、「つがい」とかいう絶対的な理に阻まれた。
互いにしかわからないサインを出し合い、互いにしか分かり合えない境地を持つ「つがい」。
そんな事を持ち出されたら、どんなに愛したって立ち入る隙なんかない。
そんな思いをして盗られた想い人が人生の伴侶だというのに、何故この人はまだサークを追い求めるのか?
破滅しかないとどこかでわかっていながら、どうしてこうまで執着しなければならないのか?
現時点で見てもギルは破滅に向かっている。
シルクとの関係もそうだし、警護部隊隊長としての立場もそうだし、周囲からの信頼もそうだ。
何よりこんなにも弱い人ではないはずなのだ、自分達の隊長は。
鬼の黒騎士はこんな弱々しい人ではないはずなのだ。
なのに……。
サークを追い求めるあまり破滅に向かっている。
気づいているのかいないのかはわからないが、とにかく破滅に向かっている。
サークだってそうだ。
あの時の、あの取り乱し様……。
サークがサークでいられなくなった。
崩壊寸前だったとアレックは言っていた。
自分で自分を壊しかけていたのだと……。
破滅だ。
それしか見えない。
なのに何故、相手を壊し、今ある幸せを踏みにじってまで、ギルがサークを求めるのかわからなかった。
「……シルクにはありのまま伝える。」
「は?!何言ってんだ?!アンタ?!」
「シルクは受け入れてくれる……俺を……どうなろうと……。」
「……ふざけんなよ?」
「お前にはわからない……。だが……俺とシルクは……そういう結ばれ方をしているんだ……。良い事も最悪な事も……全て……共有する……。」
「何だよそれ……。シルクさんをアンタの共犯者みたいな言い方するな!!」
「……お前にはすまないと思っている……。だが……俺達はそうなんだ……。ヘドロの様な醜さすら共有する……。つがいだから……。」
「………………。」
つがいという言葉にイヴァンは押し黙った。
自分にはどうする事もできない壁だ。
思わず黙って顔を背ける。
悔しいが、それを出されてはどうにもできない。
何よりあの時、シルクは自分を選ばなかった。
つがいだとかよくわからない絆を無視しても、あの時、イヴァンは選ばれなかったのだ。
「……だったとしても……何でサークさんを追い詰める?!アンタ……あの人を愛してるんだろ?!」
今度はイヴァンの言葉にギルが崩れ落ちた。
膝をつき、両手で顔を覆って項垂れる。
「………………。あぁ……愛してるんだ……俺は……アイツを……サークを愛してる…………。」
その告白は、死の宣告のようだった。
絶望、それしかなかった。
訳がわからなかった。
イヴァンは目の前の告白も、この絶望に打ちひしがれる鬼の黒騎士も、全く意味がわからなかった。
何故、愛する事にここまで絶望できるのか?
何故それなのに、あえて破滅を選ぼうとするのか?
何故、愛する人の心をズタズタにするとわかっていても、その執着を捨てられないのか?
「…………何で……そこまで…………。」
そう言いかけて、やめた。
おそらく本人もわからないのだ。
これだけ絶望していても、それでも抑えられない何があるのだ。
「…………頼む……。」
ギルは絶望の中にいながらも、イヴァンに頭を下げた。
跪き、部下の自分に頭を下げるギルを、イヴァンはただ見つめた。
自分には計り知れない世界がそこにあった。
「……頼む。」
理由などないのだ。
この破滅へ向かう絶望という名の愛は。
互いを壊し、切り裂き、破滅させる。
それでも求めてやまないのだ。
それが破滅であるとわかっていながらも。
絶望の後には虚無しか残らないだろう。
なのに……。
訳がわからなかった。
あまりに理解できなさすぎて、イヴァンは感覚がおかしくなっていた。
絶望という名の愛。
破滅に対する崇高な祈り。
あまりにも壊滅的なその状況が、イヴァンには妙に美しく見えた。
必死になって自分に懇願してくるギルを見つめ、イヴァンは何となくそう思った。
隊長になる前から「鬼の黒騎士」の異名を持っていた人。
気でもふれているのかというほど、ガチガチに規則と騎士道とライオネル殿下に縛られていた人。
その人が変わったのは、部隊にライオネル殿下によって無理やりねじ込まれた魔術師の騎士が来てからだ。
平民の騎士。
しかも移民。
何もかもがありえない状況。
当初は皆、口には出さずとも反感を持って見下していた。
だから先輩風吹かせて、こき使うなんてのは当たり前だった。
そんな反感を、素直に口にも態度にも出して見下したのはガスパーぐらいだった。
何だかんだ良くも悪くも馬鹿正直でしかいられない、不器用な彼らしくて笑ってしまう。
だが斜に構えている割に純朴なサークは、こき使われていても屁とも思わず動いていた。
後から聞いたところ、あの程度は外壁警備の作業に比べればなんて事なく、むしろ風雨にさらされずに安全で簡単な室内作業で楽に給料が貰えると思っていたそうだ。
また、貴族では知る事ができない情報を、良くも悪くもたくさん知っていた。
彼がそれまで過ごしてきた城下町の日常は、貴族社会しか知らない御子息達には斬新だった。
聞けば良い事も悪い事も、相手を見極めた上でいい塩梅で教えてくれるサークは、やがて仲間として受け入れられていった。
そして、その実力だ。
元々、魔術師を名乗れる程の使い手というのは少ない。
いても王宮に集められ、ある種「別枠」な人達だったのだから。
上級魔術兵だってそこまで多くない。
つまり、貴族ですら魔術というものを普通はあまり見た事がないのだ。
その上、その術を使っているところなどパフォーマンスしか見た事がなく、実践的に魔術が使われるところなど、戦争などないこの時代、いいとこのお坊ちゃん方は誰も知らないのだ。
だからサークがロナンドと模擬戦という名の実践試合をした時、皆が目を丸くしたという。
そりゃそうだ。
それまでラッキーで騎士の位をもらい、殿下のお情けでここに来たのだと思っていた移民の平民が、この国を代表する大魔術師と平気な顔して戦ったのだから。
先輩風吹かしていた皆は泡を食った。
それだけではなく、自分たちが恐れる「鬼の黒騎士」とまで勝負して、少なくとも一発、拳をぶち込んだのだから。
そうやってサークは自然と「ラッキーで騎士になった平民」ではなく、「その実力あって引き抜かれてきた魔術師」なのだと皆にわからせた。
そして何より、力があっても鼻にかけることもなく、素朴で飾らず、とっつきやすい彼に心を開いた。
そしてそれは、部隊の皆だけではなく「鬼の黒騎士」にまで及んだ。
変だなと、誰もがすぐ気づいた。
冗談なんて1ミリも理解する事ができないガチガチの堅物。
無表情で無感情の代表みたいな隊長が、サークの後を追い回し始めた。
はじめはぶっ倒れた原因になった事もあり、隊長なりに気にしているのだろうと思っていた。
それにサークがギャンギャン文句をつける。
鬼の黒騎士にあんなに言い返すなんてと皆青ざめていたが、ギルは気にせず時には殴られながらもサークを追いかけ回した。
皆、異様なモノを見ている気分だった。
無表情なので隊長がそれをなぜ行うのか、喜んでいるのか怒っているのか、はじめは全く周りもわからなかった。
でもあまりにそれが続く上、真顔でストーキングを繰り返し、それにサークがコテコテのツッコミで返すものだから、だんだんと皆、そんな隊長に親しみを感じ始めた。
そしてそこにシルクも加わって、あんなに恐れていた「鬼の黒騎士隊長」も、表情はなくとも人間味に溢れている気がして前よりずっと打ち解けたのだ。
何よりやはり、無表情なりに何か表情のようなものが見えてきたのだ。
雰囲気と言ってもいい。
常に鋼鉄のオーラで身を固めていた隊長が柔らかくなった。
どこが違うと聞かれても答え辛いが、無表情でも鉄仮面ではなくなったのだ。
しかも事実婚となったシルクの前では、たまにだが冗談抜きで微笑んでいて、皆を青ざめさせる。(天変地異でも起こるのかと)
滅茶苦茶執着していた殿下に対してのみ向けられていた僅かな表情が、確かに普段の生活にも入ってきていた。
そして誰もがわかっていた。
それをなし得たのはシルクではなくサークだと。
サークが基盤を作り、シルクがその対象となる事で鬼に表情と感情が戻ったのだと。
ただ、誰もそこに踏み込めなかった。
シルクと事実婚状態となっても、隊長のサークに対する執着は変わらなかった。
サークに婚約者がいても、二人の関係は変わらなかった。
その不思議な関係に、誰も踏み込まずにいた。
あまりにいつもの事なので「お約束」扱いになっていたし、その微妙なバランスをずっと見てきた隊員たちは、下手に突いてはいけない部分なのだと察していた。
なのに……。
「……何でですか?!」
イヴァンは聞いた。
通常の思考回路があるのなら、それに勘付いたとしても黙って見送るべきだ。
なのにあえて、しかもここまで必死な形相でそれを変われと言ってくるのかわからなかった。
「………………頼む……。」
ギルはただ、悲壮な面持ちでイヴァンに懇願した。
おそらくいつもの執着だ。
なのにそのらしくない弱々しさにイヴァンは腹立たしくなってきた。
「ちゃんとした理由もなく!僕が勝手に替わりますと言う訳ないじゃないですか?!」
「……頼む。」
「僕がどこに行くか、どういう訳か、わかってて言っているんですか?!」
「……わかってる……だから、頼む……。」
「だから!そうしなければならない理由は何なんですか?!」
「……………………。」
聞いても訳を言わないギルにイヴァンは無性に苛立ち、ドンッと突き放す。
されるがまま突き放されるギル。
苛つきに任せ、イヴァンは声を荒げた。
「昨日も言ったが!アンタは自分の立場が!今の状況が!わかっているのか?!」
「……わかってる……でも……頼む……。」
「わかってるなら何でだ?!そうすべきじゃない事ぐらいわかるだろ?!」
「……頼む……替わってくれ……イヴァン……。」
「断る!」
「……頼む。」
「アンタ、どういうつもりだ?!見だろう?!我を忘れて暴走するほどあの人が取り乱したのを?!なのに何でだ?!これ以上、サークさんを追い詰める気か?!」
「わかってる!!」
「だったら!!」
「わかってる!!……わかってるんだ……わかってる……。だが……頼む……。」
イヴァンにはわからなかった。
何がこの人をここまで追い詰めているのか……。
あまりに弱々しく項垂れ、両手で顔を覆いながらも懇願してくるギルを見て、イヴァンは冷静になった。
「……何でだよ。」
イヴァンにはわかっていた。
ギルとサーク。
この二人が付かず離れず、ギリギリのラインで一緒にいる意味を。
どうしてそうしているのか……。
破滅だ。
二人の未来には破滅しかない。
だから二人は手を取り合わなかった。
それが意識的なものなのか、無意識的なものなのかはわからない。
だが二人が踏み止まったのは、互いの手を取ってしまったら破滅しかない事をわかっていたからだと薄々感じていた。
貪り、
傷つけ、
憎み、
踏み躙る。
それでも相手を求め続ける。
二人からはそんな絶望しか見えないのだ。
だからおそらく、本能的に二人は互いの手を取らなかった。
少なくともサークはそうだった。
「……なのに……。何でだ……何で今更……。」
サークはウィルと結婚目前だ。
ギルは形式こそ取らないが、シルクと生涯を共にする覚悟を固めている。
そうやって二人は互いに触れ合う事はなく、それでも離れる事のない距離をずっと守ってきた。
お互い違う伴侶を持ち付かず離れず生きていける関係だったのに、なぜ今更、それを壊そうとするのかイヴァンには意味がわからなかった。
「……シルクさんに何て言うんだ?!アンタは?!今のサークさんに近づいて!!アンタはシルクさんに何て言うつもりなんだ?!」
許せなかった。
イヴァンはイヴァンなりにシルクに本気だった。
やっと、北の大地を忘れるほど愛せる人に出会ったと思ったのだ。
北の大地とは真逆の、灼熱の砂漠の匂いのする踊り手に。
なのに、上手く行っていると思っていたのに、「つがい」とかいう絶対的な理に阻まれた。
互いにしかわからないサインを出し合い、互いにしか分かり合えない境地を持つ「つがい」。
そんな事を持ち出されたら、どんなに愛したって立ち入る隙なんかない。
そんな思いをして盗られた想い人が人生の伴侶だというのに、何故この人はまだサークを追い求めるのか?
破滅しかないとどこかでわかっていながら、どうしてこうまで執着しなければならないのか?
現時点で見てもギルは破滅に向かっている。
シルクとの関係もそうだし、警護部隊隊長としての立場もそうだし、周囲からの信頼もそうだ。
何よりこんなにも弱い人ではないはずなのだ、自分達の隊長は。
鬼の黒騎士はこんな弱々しい人ではないはずなのだ。
なのに……。
サークを追い求めるあまり破滅に向かっている。
気づいているのかいないのかはわからないが、とにかく破滅に向かっている。
サークだってそうだ。
あの時の、あの取り乱し様……。
サークがサークでいられなくなった。
崩壊寸前だったとアレックは言っていた。
自分で自分を壊しかけていたのだと……。
破滅だ。
それしか見えない。
なのに何故、相手を壊し、今ある幸せを踏みにじってまで、ギルがサークを求めるのかわからなかった。
「……シルクにはありのまま伝える。」
「は?!何言ってんだ?!アンタ?!」
「シルクは受け入れてくれる……俺を……どうなろうと……。」
「……ふざけんなよ?」
「お前にはわからない……。だが……俺とシルクは……そういう結ばれ方をしているんだ……。良い事も最悪な事も……全て……共有する……。」
「何だよそれ……。シルクさんをアンタの共犯者みたいな言い方するな!!」
「……お前にはすまないと思っている……。だが……俺達はそうなんだ……。ヘドロの様な醜さすら共有する……。つがいだから……。」
「………………。」
つがいという言葉にイヴァンは押し黙った。
自分にはどうする事もできない壁だ。
思わず黙って顔を背ける。
悔しいが、それを出されてはどうにもできない。
何よりあの時、シルクは自分を選ばなかった。
つがいだとかよくわからない絆を無視しても、あの時、イヴァンは選ばれなかったのだ。
「……だったとしても……何でサークさんを追い詰める?!アンタ……あの人を愛してるんだろ?!」
今度はイヴァンの言葉にギルが崩れ落ちた。
膝をつき、両手で顔を覆って項垂れる。
「………………。あぁ……愛してるんだ……俺は……アイツを……サークを愛してる…………。」
その告白は、死の宣告のようだった。
絶望、それしかなかった。
訳がわからなかった。
イヴァンは目の前の告白も、この絶望に打ちひしがれる鬼の黒騎士も、全く意味がわからなかった。
何故、愛する事にここまで絶望できるのか?
何故それなのに、あえて破滅を選ぼうとするのか?
何故、愛する人の心をズタズタにするとわかっていても、その執着を捨てられないのか?
「…………何で……そこまで…………。」
そう言いかけて、やめた。
おそらく本人もわからないのだ。
これだけ絶望していても、それでも抑えられない何があるのだ。
「…………頼む……。」
ギルは絶望の中にいながらも、イヴァンに頭を下げた。
跪き、部下の自分に頭を下げるギルを、イヴァンはただ見つめた。
自分には計り知れない世界がそこにあった。
「……頼む。」
理由などないのだ。
この破滅へ向かう絶望という名の愛は。
互いを壊し、切り裂き、破滅させる。
それでも求めてやまないのだ。
それが破滅であるとわかっていながらも。
絶望の後には虚無しか残らないだろう。
なのに……。
訳がわからなかった。
あまりに理解できなさすぎて、イヴァンは感覚がおかしくなっていた。
絶望という名の愛。
破滅に対する崇高な祈り。
あまりにも壊滅的なその状況が、イヴァンには妙に美しく見えた。
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