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第九章「海神編」
不義の病
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サークは我が目を疑った。
訳がわからなくて言葉を失う。
「……サーク…………。」
頭から爪先まで二度見三度見し、ようやく事を理解しすると、大きくため息をついてサークは項垂れた。
「……何でテメェがいやがる……ギル……。」
まだ日も登らない早朝。
ひっそりと王都を出ようとしていたサークは、まだ色濃く残る夜の闇の中にその姿を見た。
いや、予測しなかったのが悪い。
忘れてた。
コイツは狂気のストーカーで地獄耳だ。
サークはそう思った。
かつて魔術本部に行こうとした時も、騒がれるのが嫌で秘密にしていたのに、どこかから聞きつけて来やがった男だと。
やはり一人で向かうべきだった。
今更そんな事を思っても遅いのだが、そう思わずにはおれない。
サークはくるりと向きを変えた。
今、コイツに会うのは良くないと本能的にわかっていた。
「サーク!!」
「……触んな。」
立ち去ろうとする俺の腕をギルが掴む。
サークはそれを乱暴に振り払い、キツく言い放った。
「イヴァンはどうした?」
「……………………。」
「黙ってないで何とか言え!!」
サークは東の国に向かうのに、イヴァンに同行を頼んでいた。
一人で行けばよかったのだが、「もう一人の自分」がいる以上、不安が残る。
後から記憶が戻るとはいえ、向こうが出てきてしまった時は意識がないので、サークには止めようがないのだ。
なので念の為、イヴァンについてきてくれないかと頼んでいた。
なのに、だ。
待ち合わせ場所に来てみれば、今、一番会いたくない相手がそこにいたと言う訳だ。
サークは頭を掻き毟り、正気を保てと自分に言い聞かせる。
そんな彼を、ギルは死んだ魚の様な目で眺めていた。
「……無理を言って、チャンスを貰った……。」
「あ~、はいはい。それで?イヴァンは?」
サークはギルの話を聞かない。
今は関わるべきじゃないとわかっていた。
お前の相手はしないとばかりに対応するサークに、ギルは重苦しく息を吐き出した後、単調に答えた。
「……別の場所にいる。」
「あ、そ。で?どこに??」
「………………。」
「どこに?!」
「……北東通用門……。」
「ん、わかった。じゃあな。」
そう言ってサークは立ち去ろうとした。
できるだけギルとは接点を持たない方がいい。
今の自分はコイツに何をしでかすかわからないのだからとサークは思った。
「……サーク!!」
そんなサークをギルは無表情なりに必死に引き止める。
ギルの目を見ないようにしながら、サークはまた掴まれた腕を振り払った。
「だから!迂闊に俺に触んな!!何されたのか忘れたのか?!お前は?!」
「……覚えている……。」
「できれば忘れろ。あれは俺じゃない。」
「……わかっている。だが……忘れられる訳がないだろう…………。」
ギルは項垂れ、両手で顔を覆った。
悪いとは思うが、海神の件ももう一人の自分の件も片付いていない今、俺達は向き合うべきじゃないとサークは思う。
そして冷静に言い捨てた。
「忘れろ。それがお互いの為だ。アレックに頼めば忘却の魔法をかけてくれる。」
そうサークは出掛けに頼んできた。
後でギルに会って、忘却の魔法をかけてやって欲しいと。
たとえアレがサークでなくても、ギルを悩ませるだろうとわかっていた。
サーク自身もどうしていいのかわからない。
だから方がついたら、自分も忘却の魔法をかけてもらうつもりでいた。
項垂れたギルは辛そうに見える。
すでにだいぶ苦しんだのだと思うとサークは少し胸が痛かった。
「……忘れてくれ。俺もそうする。」
「…………できない……。」
「は??」
「できない……あれがお前ではないとわかっていても……俺は忘れる事はできない……。」
「だからアレックが……。」
「違う。忘れたくない……。俺は……俺はお前を……。」
ギルがそこまで言いかけた瞬間、サークは反射的にギルの鳩尾に拳をめり込ませた。
ゴフッと噎せながらギルは体を丸める。
「……身体強化しなかっただけ、ありがたく思いやがれ。」
「サーク……。」
ギルは顔を顰めてサークを見上げる。
殴られた事による肉体的な苦痛だけではない。
心が悲鳴を上げるほど苦しかった。
しかしそんなギルをサークは冷たい目で見下ろす。
「俺達の背負ったモノを忘れたのか?」
「……………………。」
「俺はお前を許してなんかない。」
きっぱりとサークは告げた。
胸に湧き上がるのは、狂気のような荒れ狂った感情と、人はここまで冷徹になれるのかと思えるほどの冷たさだった。
その熱を失った凍てつく双眸を見上げ、ギルは絶望を吐き捨てる。
「……わかっている……。」
こんなにも温度差がある。
サークが怒りに我を忘れるほど熱くなれば、ギルは感情を無くし冷たく機械的になる。
ギルが自分の奥底に蠢くマグマの様な愛慾に正気を奪われれば、サークは冷酷にそれを見下す。
どうして少しも相容れないのだろう?
ギルは絶望に打ちひしがれた。
なのに自分の奥底から湧き上がってくる想いを捨てる事ができない。
「……それでも……俺は、忘れる事はできない……。」
「そうか……。そうだな……。俺も忘れた訳じゃない。俺はお前を許していない……だから……今度の事をお前が許す必要はない……。」
「サーク……。」
「だって仕方ないだろ?!俺はお前を許してない!!許せてない!!忘れた訳じゃない!!」
ギルはその言葉に喉を詰まらせた。
サークの想い。
彼の許さないという彼の許し。
優しさを裏切り、深く傷付けた。
なのに何故かサークは自分の側から去る事を選ばなかった。
それをする術がなかった訳じゃない。
いつだって彼がそうと決めたなら、誰にも止める事はできない。
そんな男なのにサークはギルの側から離れる道を選ばなかった。
それは彼の「許さない許し」を、ギルに決して忘れさせないが為の様でもあった。
サークの中にある何か。
ギルだけに向けられている、おそらく無自覚な想い。
それを言葉で表現するのは難しい。
ギル自身もそれをなんと呼べばいいのかわからない。
だがそれがある事を知っていた。
それがあるから切望し続けた。
それがあるから僅かな希望を持ってしまった。
どうしても想いを捨てられなかった。
叶える事も捨てる事もできないそれは、ギルの腹の奥底に溜まり続け、マグマの様に黒く蠢く。
「禍」
肉欲的に触れあえば地獄に落ちる。
相手に対する思いやりなどそこには存在しない。
身勝手な欲望のまま切り裂き、貪り、憎み、奪い
呪い、また切り裂く。
それでも切なくて涙が溢れるほど愛おしいのだ。
「……すまない……。」
「何でのこのこ俺の前に出てきた?!今、どういう状況かわかってんだろ?!」
「わかっている……わかっているんだ……。」
「わかっているなら!頼むから今は引っ込んでてくれ!!恨み辛みも!憎しみも!!後で全部聞くから!!今は頼むから引っ込んでてくれ!!」
「……サーク……。」
「今!俺は!自分が何をしでかすかわからないんだ!!特にお前に対しては!何をしちまうかわからないんだよ!!」
悲痛な叫び。
イヴァンの言う通りだとギルは思った。
自分の行動はサークを追い詰めるだけだ。
それを目の当たりにし、胸が苦しくて仕方がない。
「頼むから……頼むから……今は俺に近づかないでくれ……ギル……。怖いんだよ……お前にまた……何かしたらと思うと……俺自身が怖いんだよ……。」
なのに同時に、ギルはどうしようもなくサークが愛おしくて仕方がなかった。
苦しめるとわかっていても、自分を見失う程追い詰めるとわかっていても、それでもどうしてもここに来なければならないと思ってしまった。
そしてその場を去ろうとサークが背を向けた時、ギルはもう、その感情を閉じ込めておく事ができなくなった。
「……サーク……っ!!」
「!!」
近づくなと、触れるなと、これ程まで悲痛に訴えてくるサークをギルは背後から抱きしめた。
驚きのあまり硬直するその体を、ギルは強く強く腕の中に閉じ込める。
「何すんだ!!離せ!!」
「嫌だ。」
「ふざけんな!!俺の話を聞いてなかったのかよ?!」
「嫌だ。」
「嫌だじゃねぇ!!離せ!!」
「嫌だ。今、お前を離したら……もう二度とお前は戻ってこない……。」
「意味わからない事を言ってんな!!」
「嫌だ。」
「いいから離せ!!俺がお前に何をしたか!!覚えてねぇのかよ?!」
ギルは暴れて叫び続けるサークを無理矢理力づくで腕の中に閉じ込める。
それが愛なのか怒りなのか憎しみなのか何なのか、ギルにももうわからなかった。
そして押し止められなくなった感情のままに叫ぶ。
「覚えているに決まっているだろう!!」
その叫びにサークはビクリと体を硬直させた。
あの時と同じだ。
抵抗しなければとわかっているのに、足の方からぞわりと震えが上がってくる。
動けない。
逃げなければ、止めなければとわかっているのに、鷹下の雀さながらサークはギルの呪縛から逃げる事ができない。
「……忘れる?!俺がアレを忘れられると?!」
「ギル……。」
「お前が……お前が俺に口付けた事を!!どうやって忘れられると思うんだ?!サーク!!」
ぐっと痛いほど抱きすくめられ、サークは目を閉じ奥歯を噛んだ。
ズキズキと心臓が痛む。
そう……。
あの時、サークはギルに口付けた。
やった状況は曖昧だが、記憶には鮮明に残っている。
添えた手に触れるするりとした黒髪。
驚きすぎて止まる呼吸。
見開かれた漆黒の瞳の中に映る自分の顔。
彼の瞳に映ったその顔は柔らかく微笑み、ほのかに高揚していた。
それが「ミチル」がやった事なのか何なのか、サークにはわからない。
だが我に返ってワンテンポ後に戻ってきた記憶の中、サークはギルに口付けていた。
にわかには信じがたい記憶。
だが確かにそれは事実だとわかっていた。
そしてどこか欲情にも似た密やかな興奮の中、うっとりとギルに腕を絡めて告げた。
『俺を愛しているんだろ?ギル?』
あの時。
サークは海神が入った事で不安定になり、ふわふわした状態だった。
ある意味、寝ぼけているか酔っ払っている状態に近い。
通常なら機能する筈の理性やブレーキが緩みきっていた。
そこに心配したギルに声をかけられたのだ。
黒漆器の様に美しいその眼を覗き込んだ時、無意識にサークの体は動いていた。
「……違う!!あれは俺じゃない!!」
「わかっている……。あれはお前じゃない……海神の影響を受けた別人格なんだろう……。」
「……あ……っ。」
そこまで来てはたと気づいた。
精神世界で「別人格」の真相について知っているのは、それを明かしたライオネル殿下と話を聞いたサーク、義父、ラニの4人だけなのだ。
その4人も、ライオネル殿下とラニは心身の回復の為に眠り続け、サークの義父は東の国への帰路につきここにはいない。
だから他の人たちは皆、サークの中に海神が影響して別人格が生まれ、ターゲットとなった人物を誘惑していると思っているのだ。
ましてやサークが海神と混ざらないよう、あえて「別人格」を生み出したなどという事は誰も知らない。
「……わかってる……わかっているんだ……サーク……。」
縋る様に必死にサークを抱きすくめるギル。
サークはその腕の中でだらりと腕を下げ、俯いていた。
あの時、サークは「俺」と言った。
「俺を愛しているんだろう」とギルに言ったのだ。
「僕」ではなかった。
ミチルがわざとそうしたのかもしれない。
だが「俺」と言った。
自分がわからない。
あれは「ミチル」のした事なのか?
それとも……。
「……頼む……サーク……。卑怯な事だとはわかっている……。だが……俺に同行させてくれ……。頼む……。」
「……駄目だ。俺達はお互い、裏切ってはならない人がいる。もしもの事があってはならない……。」
「イヴァンならいい訳じゃないだろう……。」
「あいつは俺にそう言う感情はない。そして機転もきくし状況に応じて柔軟に対応できる。それなりに腕っ節も強い。俺が自分や誰かに変な行動をしても、おそらく冷静に上手く立ち回ってくれる。」
「サーク……。」
「……何より俺が反応したのはお前だ、ギル。イヴァンじゃない。」
「だから尚更、他の男と行かせたくない……。」
「あれは俺じゃない……。」
「わかってる……だが……もう一人のお前は……俺を選んだ……。そしておそらく、海神を湖に還した時には消えてしまうのだろう?」
「……ああ。」
「頼む……サーク……。俺に同行させてくれ……。」
「駄目だ。それはできない。」
「……俺はリオの相手になるつもりでいた……。その為に精神的にも肉体的にも自分を律し鍛えてきた……。」
ギルの中にある見えない傷。
これ程までの自己犠牲があるのかというほど、ギルは海神と向かい合う為、長年、自分自身を律してきた。
なのにほんの僅かなすれ違いで、それが全て無駄になってしまったのだ。
「リオはお前を選んだが……海神の移ったお前は……お前の別人格は……俺を選んでくれた……。」
その言葉に何と答えていいのかサークはわからなかった。
サークを混乱させるあの行動は、ギルにとってはある種の救済でもあった。
何と皮肉な話だとサークは思う。
自分の精神を混沌に導く行動により、ギルは救われている。
「……あれを海神の影響でできた別人格だと理解してるなら……わかるだろ……。俺は今……俺の意志とは無関係に……お前を求める……。俺じゃない……俺じゃないんだ……それを正気に返ってから知るのがどれだけ衝撃的な事か、お前にわかるか?!」
本当にそれが「別人格」なのか、サークにはわからなかった。
サークの作った別人格「ミチル」は、自分の事を「僕」と呼ぶ。
だがあの時、ギルを求めた言葉は「俺」だった。
あの時。
ミチルは言った。
自分でないと否定するサークにミチルは言った。
本当にそう思うのかと、本当はわかっているだろうと……。
それがどういう事なのか、サークにはわかりかねた。
「……離してくれ、ギル。俺はお前の心を踏み躙りたくはないし、自分を絶望に突き落としたくもない……。」
「俺を信じてくれ……サーク……。」
「無理だ。イヴァンと行けば済む話なのに、何故わざわざお前と行くなんて危ない橋を渡る必要がある?!」
もう一度、その腕を振り解こうとした。
そして今度は何故かあっさりその束縛は外れる。
拍子抜けして、サークは思わず振り返った。
そして漆黒の瞳と目が合う。
「……あ……っ。」
グラッと平衡感覚が不確かになった。
船酔いした時のようなどうにもならない不快感がゆっくりと体を揺らす。
「……わかっているはずだ……サーク……。」
「………………。」
「俺とお前は……もう……元には戻れない……。」
「……知らない。」
「ともに行こうが行くまいが……俺達はあの日より前と同じ俺達ではいられないのだ……。」
「……忘れろ。」
「それができない事は、お前自身が一番良く知っているだろう、サーク……。お前があの日を忘れないように……俺は忘れない……。」
「……………………。」
「俺達は元には戻れない……。あの日、俺がお前を壊して変わったように……あの時……俺達はまた変わったんだ……。」
サークは俯いた。
ギルの言葉はサークの中に重く突き刺さった。
他の誰にもこの意味が理解できなくとも、サークにだけは絶望的に理解できたのだ。
「……俺達はそれから逃れる事はできない……同じ事なら……頼む……俺を同行させてくれ……。」
ギルが何故、そこまでわかっていて同行したがるのかわからなかった。
かえって深く傷つく事になりかねないというのに、何故、破滅じみた道を選ぶのかわからなかった。
そして……。
その殺伐とした絶望に、サークはどこかどうしようもなく惹き付けられている自分を感じた。
同じ事なら……致命傷になるまで傷つけ合って、相手の息の根を止めてしまいたいと……。
「……イヴァンは北東通用門だ、サーク。」
「……………………。」
「アイツを選ぶなら……気にせず行ってくれ……。」
卑怯者、とサークは思った。
これだけ無理矢理引き止めておきながら、ギルは最後にはサークに決めさせるのだ。
「……流石にもう来ないだろうなぁ~。」
旅支度を整えていたイヴァンは、ため息まじりに一人、呟いた。
待ち合わせから随分たった。
朝日はすっかり街を照らし出し、人々が活動を始めている。
はじめの待ち合わせ場所でギルに合ってすったもんだしたとしても、こちらに来るならとっくに来ているはずの時間だった。
「フラレた……か……。」
そして苦笑いして置いていた荷物を肩に背負う。
ここにいても仕方がない。
「サークさんは僕を選ぶと思ったんだけどなぁ~。」
そうは言いつつ、こうなるだろうとどこかでわかっていた。
あの二人にある因縁めいた絆は、人を刺し殺す刃のように深いのだから。
「……逃げれなかったんだな……サークさん…………。」
何にでも真正面からぶつかって行くあの人らしいと言えばあの人らしいが、まさか破滅に対してもそうだとは思わなかった。
本当に理解できない。
あの二人の事は。
お互いそれが絶望だとわかってる。
それなのに……。
イヴァンは頭を振った。
部外者の自分が理解しようと悩んだって仕方のない事だ。
それがどんな答えであろうと、二人が決める事なのだから。
「……さて。とりあえず休暇の取り下げをしてこないとなぁ。副隊長代理が出てこれないってのに、隊長が仕事ほっぽりだしてついてっちゃったんだから……。」
そう呟いて、イヴァンは諦めたように息を吐き出した。
訳がわからなくて言葉を失う。
「……サーク…………。」
頭から爪先まで二度見三度見し、ようやく事を理解しすると、大きくため息をついてサークは項垂れた。
「……何でテメェがいやがる……ギル……。」
まだ日も登らない早朝。
ひっそりと王都を出ようとしていたサークは、まだ色濃く残る夜の闇の中にその姿を見た。
いや、予測しなかったのが悪い。
忘れてた。
コイツは狂気のストーカーで地獄耳だ。
サークはそう思った。
かつて魔術本部に行こうとした時も、騒がれるのが嫌で秘密にしていたのに、どこかから聞きつけて来やがった男だと。
やはり一人で向かうべきだった。
今更そんな事を思っても遅いのだが、そう思わずにはおれない。
サークはくるりと向きを変えた。
今、コイツに会うのは良くないと本能的にわかっていた。
「サーク!!」
「……触んな。」
立ち去ろうとする俺の腕をギルが掴む。
サークはそれを乱暴に振り払い、キツく言い放った。
「イヴァンはどうした?」
「……………………。」
「黙ってないで何とか言え!!」
サークは東の国に向かうのに、イヴァンに同行を頼んでいた。
一人で行けばよかったのだが、「もう一人の自分」がいる以上、不安が残る。
後から記憶が戻るとはいえ、向こうが出てきてしまった時は意識がないので、サークには止めようがないのだ。
なので念の為、イヴァンについてきてくれないかと頼んでいた。
なのに、だ。
待ち合わせ場所に来てみれば、今、一番会いたくない相手がそこにいたと言う訳だ。
サークは頭を掻き毟り、正気を保てと自分に言い聞かせる。
そんな彼を、ギルは死んだ魚の様な目で眺めていた。
「……無理を言って、チャンスを貰った……。」
「あ~、はいはい。それで?イヴァンは?」
サークはギルの話を聞かない。
今は関わるべきじゃないとわかっていた。
お前の相手はしないとばかりに対応するサークに、ギルは重苦しく息を吐き出した後、単調に答えた。
「……別の場所にいる。」
「あ、そ。で?どこに??」
「………………。」
「どこに?!」
「……北東通用門……。」
「ん、わかった。じゃあな。」
そう言ってサークは立ち去ろうとした。
できるだけギルとは接点を持たない方がいい。
今の自分はコイツに何をしでかすかわからないのだからとサークは思った。
「……サーク!!」
そんなサークをギルは無表情なりに必死に引き止める。
ギルの目を見ないようにしながら、サークはまた掴まれた腕を振り払った。
「だから!迂闊に俺に触んな!!何されたのか忘れたのか?!お前は?!」
「……覚えている……。」
「できれば忘れろ。あれは俺じゃない。」
「……わかっている。だが……忘れられる訳がないだろう…………。」
ギルは項垂れ、両手で顔を覆った。
悪いとは思うが、海神の件ももう一人の自分の件も片付いていない今、俺達は向き合うべきじゃないとサークは思う。
そして冷静に言い捨てた。
「忘れろ。それがお互いの為だ。アレックに頼めば忘却の魔法をかけてくれる。」
そうサークは出掛けに頼んできた。
後でギルに会って、忘却の魔法をかけてやって欲しいと。
たとえアレがサークでなくても、ギルを悩ませるだろうとわかっていた。
サーク自身もどうしていいのかわからない。
だから方がついたら、自分も忘却の魔法をかけてもらうつもりでいた。
項垂れたギルは辛そうに見える。
すでにだいぶ苦しんだのだと思うとサークは少し胸が痛かった。
「……忘れてくれ。俺もそうする。」
「…………できない……。」
「は??」
「できない……あれがお前ではないとわかっていても……俺は忘れる事はできない……。」
「だからアレックが……。」
「違う。忘れたくない……。俺は……俺はお前を……。」
ギルがそこまで言いかけた瞬間、サークは反射的にギルの鳩尾に拳をめり込ませた。
ゴフッと噎せながらギルは体を丸める。
「……身体強化しなかっただけ、ありがたく思いやがれ。」
「サーク……。」
ギルは顔を顰めてサークを見上げる。
殴られた事による肉体的な苦痛だけではない。
心が悲鳴を上げるほど苦しかった。
しかしそんなギルをサークは冷たい目で見下ろす。
「俺達の背負ったモノを忘れたのか?」
「……………………。」
「俺はお前を許してなんかない。」
きっぱりとサークは告げた。
胸に湧き上がるのは、狂気のような荒れ狂った感情と、人はここまで冷徹になれるのかと思えるほどの冷たさだった。
その熱を失った凍てつく双眸を見上げ、ギルは絶望を吐き捨てる。
「……わかっている……。」
こんなにも温度差がある。
サークが怒りに我を忘れるほど熱くなれば、ギルは感情を無くし冷たく機械的になる。
ギルが自分の奥底に蠢くマグマの様な愛慾に正気を奪われれば、サークは冷酷にそれを見下す。
どうして少しも相容れないのだろう?
ギルは絶望に打ちひしがれた。
なのに自分の奥底から湧き上がってくる想いを捨てる事ができない。
「……それでも……俺は、忘れる事はできない……。」
「そうか……。そうだな……。俺も忘れた訳じゃない。俺はお前を許していない……だから……今度の事をお前が許す必要はない……。」
「サーク……。」
「だって仕方ないだろ?!俺はお前を許してない!!許せてない!!忘れた訳じゃない!!」
ギルはその言葉に喉を詰まらせた。
サークの想い。
彼の許さないという彼の許し。
優しさを裏切り、深く傷付けた。
なのに何故かサークは自分の側から去る事を選ばなかった。
それをする術がなかった訳じゃない。
いつだって彼がそうと決めたなら、誰にも止める事はできない。
そんな男なのにサークはギルの側から離れる道を選ばなかった。
それは彼の「許さない許し」を、ギルに決して忘れさせないが為の様でもあった。
サークの中にある何か。
ギルだけに向けられている、おそらく無自覚な想い。
それを言葉で表現するのは難しい。
ギル自身もそれをなんと呼べばいいのかわからない。
だがそれがある事を知っていた。
それがあるから切望し続けた。
それがあるから僅かな希望を持ってしまった。
どうしても想いを捨てられなかった。
叶える事も捨てる事もできないそれは、ギルの腹の奥底に溜まり続け、マグマの様に黒く蠢く。
「禍」
肉欲的に触れあえば地獄に落ちる。
相手に対する思いやりなどそこには存在しない。
身勝手な欲望のまま切り裂き、貪り、憎み、奪い
呪い、また切り裂く。
それでも切なくて涙が溢れるほど愛おしいのだ。
「……すまない……。」
「何でのこのこ俺の前に出てきた?!今、どういう状況かわかってんだろ?!」
「わかっている……わかっているんだ……。」
「わかっているなら!頼むから今は引っ込んでてくれ!!恨み辛みも!憎しみも!!後で全部聞くから!!今は頼むから引っ込んでてくれ!!」
「……サーク……。」
「今!俺は!自分が何をしでかすかわからないんだ!!特にお前に対しては!何をしちまうかわからないんだよ!!」
悲痛な叫び。
イヴァンの言う通りだとギルは思った。
自分の行動はサークを追い詰めるだけだ。
それを目の当たりにし、胸が苦しくて仕方がない。
「頼むから……頼むから……今は俺に近づかないでくれ……ギル……。怖いんだよ……お前にまた……何かしたらと思うと……俺自身が怖いんだよ……。」
なのに同時に、ギルはどうしようもなくサークが愛おしくて仕方がなかった。
苦しめるとわかっていても、自分を見失う程追い詰めるとわかっていても、それでもどうしてもここに来なければならないと思ってしまった。
そしてその場を去ろうとサークが背を向けた時、ギルはもう、その感情を閉じ込めておく事ができなくなった。
「……サーク……っ!!」
「!!」
近づくなと、触れるなと、これ程まで悲痛に訴えてくるサークをギルは背後から抱きしめた。
驚きのあまり硬直するその体を、ギルは強く強く腕の中に閉じ込める。
「何すんだ!!離せ!!」
「嫌だ。」
「ふざけんな!!俺の話を聞いてなかったのかよ?!」
「嫌だ。」
「嫌だじゃねぇ!!離せ!!」
「嫌だ。今、お前を離したら……もう二度とお前は戻ってこない……。」
「意味わからない事を言ってんな!!」
「嫌だ。」
「いいから離せ!!俺がお前に何をしたか!!覚えてねぇのかよ?!」
ギルは暴れて叫び続けるサークを無理矢理力づくで腕の中に閉じ込める。
それが愛なのか怒りなのか憎しみなのか何なのか、ギルにももうわからなかった。
そして押し止められなくなった感情のままに叫ぶ。
「覚えているに決まっているだろう!!」
その叫びにサークはビクリと体を硬直させた。
あの時と同じだ。
抵抗しなければとわかっているのに、足の方からぞわりと震えが上がってくる。
動けない。
逃げなければ、止めなければとわかっているのに、鷹下の雀さながらサークはギルの呪縛から逃げる事ができない。
「……忘れる?!俺がアレを忘れられると?!」
「ギル……。」
「お前が……お前が俺に口付けた事を!!どうやって忘れられると思うんだ?!サーク!!」
ぐっと痛いほど抱きすくめられ、サークは目を閉じ奥歯を噛んだ。
ズキズキと心臓が痛む。
そう……。
あの時、サークはギルに口付けた。
やった状況は曖昧だが、記憶には鮮明に残っている。
添えた手に触れるするりとした黒髪。
驚きすぎて止まる呼吸。
見開かれた漆黒の瞳の中に映る自分の顔。
彼の瞳に映ったその顔は柔らかく微笑み、ほのかに高揚していた。
それが「ミチル」がやった事なのか何なのか、サークにはわからない。
だが我に返ってワンテンポ後に戻ってきた記憶の中、サークはギルに口付けていた。
にわかには信じがたい記憶。
だが確かにそれは事実だとわかっていた。
そしてどこか欲情にも似た密やかな興奮の中、うっとりとギルに腕を絡めて告げた。
『俺を愛しているんだろ?ギル?』
あの時。
サークは海神が入った事で不安定になり、ふわふわした状態だった。
ある意味、寝ぼけているか酔っ払っている状態に近い。
通常なら機能する筈の理性やブレーキが緩みきっていた。
そこに心配したギルに声をかけられたのだ。
黒漆器の様に美しいその眼を覗き込んだ時、無意識にサークの体は動いていた。
「……違う!!あれは俺じゃない!!」
「わかっている……。あれはお前じゃない……海神の影響を受けた別人格なんだろう……。」
「……あ……っ。」
そこまで来てはたと気づいた。
精神世界で「別人格」の真相について知っているのは、それを明かしたライオネル殿下と話を聞いたサーク、義父、ラニの4人だけなのだ。
その4人も、ライオネル殿下とラニは心身の回復の為に眠り続け、サークの義父は東の国への帰路につきここにはいない。
だから他の人たちは皆、サークの中に海神が影響して別人格が生まれ、ターゲットとなった人物を誘惑していると思っているのだ。
ましてやサークが海神と混ざらないよう、あえて「別人格」を生み出したなどという事は誰も知らない。
「……わかってる……わかっているんだ……サーク……。」
縋る様に必死にサークを抱きすくめるギル。
サークはその腕の中でだらりと腕を下げ、俯いていた。
あの時、サークは「俺」と言った。
「俺を愛しているんだろう」とギルに言ったのだ。
「僕」ではなかった。
ミチルがわざとそうしたのかもしれない。
だが「俺」と言った。
自分がわからない。
あれは「ミチル」のした事なのか?
それとも……。
「……頼む……サーク……。卑怯な事だとはわかっている……。だが……俺に同行させてくれ……。頼む……。」
「……駄目だ。俺達はお互い、裏切ってはならない人がいる。もしもの事があってはならない……。」
「イヴァンならいい訳じゃないだろう……。」
「あいつは俺にそう言う感情はない。そして機転もきくし状況に応じて柔軟に対応できる。それなりに腕っ節も強い。俺が自分や誰かに変な行動をしても、おそらく冷静に上手く立ち回ってくれる。」
「サーク……。」
「……何より俺が反応したのはお前だ、ギル。イヴァンじゃない。」
「だから尚更、他の男と行かせたくない……。」
「あれは俺じゃない……。」
「わかってる……だが……もう一人のお前は……俺を選んだ……。そしておそらく、海神を湖に還した時には消えてしまうのだろう?」
「……ああ。」
「頼む……サーク……。俺に同行させてくれ……。」
「駄目だ。それはできない。」
「……俺はリオの相手になるつもりでいた……。その為に精神的にも肉体的にも自分を律し鍛えてきた……。」
ギルの中にある見えない傷。
これ程までの自己犠牲があるのかというほど、ギルは海神と向かい合う為、長年、自分自身を律してきた。
なのにほんの僅かなすれ違いで、それが全て無駄になってしまったのだ。
「リオはお前を選んだが……海神の移ったお前は……お前の別人格は……俺を選んでくれた……。」
その言葉に何と答えていいのかサークはわからなかった。
サークを混乱させるあの行動は、ギルにとってはある種の救済でもあった。
何と皮肉な話だとサークは思う。
自分の精神を混沌に導く行動により、ギルは救われている。
「……あれを海神の影響でできた別人格だと理解してるなら……わかるだろ……。俺は今……俺の意志とは無関係に……お前を求める……。俺じゃない……俺じゃないんだ……それを正気に返ってから知るのがどれだけ衝撃的な事か、お前にわかるか?!」
本当にそれが「別人格」なのか、サークにはわからなかった。
サークの作った別人格「ミチル」は、自分の事を「僕」と呼ぶ。
だがあの時、ギルを求めた言葉は「俺」だった。
あの時。
ミチルは言った。
自分でないと否定するサークにミチルは言った。
本当にそう思うのかと、本当はわかっているだろうと……。
それがどういう事なのか、サークにはわかりかねた。
「……離してくれ、ギル。俺はお前の心を踏み躙りたくはないし、自分を絶望に突き落としたくもない……。」
「俺を信じてくれ……サーク……。」
「無理だ。イヴァンと行けば済む話なのに、何故わざわざお前と行くなんて危ない橋を渡る必要がある?!」
もう一度、その腕を振り解こうとした。
そして今度は何故かあっさりその束縛は外れる。
拍子抜けして、サークは思わず振り返った。
そして漆黒の瞳と目が合う。
「……あ……っ。」
グラッと平衡感覚が不確かになった。
船酔いした時のようなどうにもならない不快感がゆっくりと体を揺らす。
「……わかっているはずだ……サーク……。」
「………………。」
「俺とお前は……もう……元には戻れない……。」
「……知らない。」
「ともに行こうが行くまいが……俺達はあの日より前と同じ俺達ではいられないのだ……。」
「……忘れろ。」
「それができない事は、お前自身が一番良く知っているだろう、サーク……。お前があの日を忘れないように……俺は忘れない……。」
「……………………。」
「俺達は元には戻れない……。あの日、俺がお前を壊して変わったように……あの時……俺達はまた変わったんだ……。」
サークは俯いた。
ギルの言葉はサークの中に重く突き刺さった。
他の誰にもこの意味が理解できなくとも、サークにだけは絶望的に理解できたのだ。
「……俺達はそれから逃れる事はできない……同じ事なら……頼む……俺を同行させてくれ……。」
ギルが何故、そこまでわかっていて同行したがるのかわからなかった。
かえって深く傷つく事になりかねないというのに、何故、破滅じみた道を選ぶのかわからなかった。
そして……。
その殺伐とした絶望に、サークはどこかどうしようもなく惹き付けられている自分を感じた。
同じ事なら……致命傷になるまで傷つけ合って、相手の息の根を止めてしまいたいと……。
「……イヴァンは北東通用門だ、サーク。」
「……………………。」
「アイツを選ぶなら……気にせず行ってくれ……。」
卑怯者、とサークは思った。
これだけ無理矢理引き止めておきながら、ギルは最後にはサークに決めさせるのだ。
「……流石にもう来ないだろうなぁ~。」
旅支度を整えていたイヴァンは、ため息まじりに一人、呟いた。
待ち合わせから随分たった。
朝日はすっかり街を照らし出し、人々が活動を始めている。
はじめの待ち合わせ場所でギルに合ってすったもんだしたとしても、こちらに来るならとっくに来ているはずの時間だった。
「フラレた……か……。」
そして苦笑いして置いていた荷物を肩に背負う。
ここにいても仕方がない。
「サークさんは僕を選ぶと思ったんだけどなぁ~。」
そうは言いつつ、こうなるだろうとどこかでわかっていた。
あの二人にある因縁めいた絆は、人を刺し殺す刃のように深いのだから。
「……逃げれなかったんだな……サークさん…………。」
何にでも真正面からぶつかって行くあの人らしいと言えばあの人らしいが、まさか破滅に対してもそうだとは思わなかった。
本当に理解できない。
あの二人の事は。
お互いそれが絶望だとわかってる。
それなのに……。
イヴァンは頭を振った。
部外者の自分が理解しようと悩んだって仕方のない事だ。
それがどんな答えであろうと、二人が決める事なのだから。
「……さて。とりあえず休暇の取り下げをしてこないとなぁ。副隊長代理が出てこれないってのに、隊長が仕事ほっぽりだしてついてっちゃったんだから……。」
そう呟いて、イヴァンは諦めたように息を吐き出した。
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