欠片の軌跡⑥〜背徳の旅路

ねぎ(塩ダレ)

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第九章「海神編」

偽りの関係

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「……シロクマ?!」

ライオネルの件の状況確認とサークに頼まれた事をしに王宮に出向いたアレックは、驚いて警護に立っているイヴァンを二度見三度見した。
それに苦笑気味にイヴァンが答える。

「あ~、そうか。アレック君はサークさん宅に残ってたんだっけ?」

「……どういう事だよ?聞いてた話と違うんだけど?!」

「う~ん?何と言うか~。大人の事情??」

イヴァンの返しにアレックは怪訝な顔をする。
そしてキョロキョロした後、ムスッとしてイヴァンを見つめた。

「黒鬼がいないんだけど、どういう事だ?」

その言葉にブホッとイヴァンだけでなく、共に警護に入っていた隊員も吹き出した。

「く、黒鬼……っ。」

「的確というか何と言うか……。」

「笑うとこじゃねぇじゃん??そこ??」

「いや、間違いなく笑うところですね。アレック君。」

笑いを挟んだ事で話しやすくなり、イヴァンは自分ではなくギルが同行した旨を伝えた。

「……それって、不味くないか?!」

「そうですね~。結構、不味いでしょうね。」

「何やってんだよ?!シロクマ!!」

アレックは苛立ってイヴァンを睨む。
その現場は見ていないが、サークがあれほど取り乱したのは別人格とギルが原因だと聞いていたからだ。

海神をその身に宿している以上、一刻も早く東の国を囲んでいる巨大な湖に海神を返さなければならないのだが、別人格が現れた時、記憶が後から戻るにしろ、一時的に自分の意識がない事をサークは心配していた。

ついていこうかと言ったアレックに、サークは困ったように首を振った。
おそらくサークだけでなく、まだ目覚めないラニとリアナを心配してここに残ったアレックの気持ちを察していたのだ。

とはいえサークの状況を考えると不安が残った。

アレックはサークが自分を見失った場を見た。
だからもしもサークにまた、自分でない記憶が戻った時、それが自分を見失わせるほどの衝撃を与えてしまった場合を考えずにはいられなかった。

そして話し合った二人が、白羽の矢を立てたのがイヴァンだったのだ。

イヴァンはこの件の事を把握している。
魔法や魔術は使えないが、どのみちサークが暴走したらアレックでも一人で対処できるかは不確かだ。
だったらその前に、そうならないよう上手く立ち回れるだけの人物である方がいい。
察する能力に長け、とっさの機転が利き、サークを止められるだけの体力と力のある人物。

何よりイヴァンは、サークにとって気心の知れた相手だ。
多少おかしな一面を見せたからと言って、お互い笑い飛ばせる。

だからすぐにサークはイヴァンに連絡した。
人に知られる事は避けたかったので、血の魔術を使った。
そして夜が明ける前に旅立つ算段を立てたのだ。

なのに、サークに同行したはずのイヴァンが王宮にいて警護の仕事をしている。

自分が行けなかった分サークを心配していたアレックはこの状況に混乱と怒りを感じていた。
そんなアレックを見つめ、イヴァンは困ったように微笑む。

「……サークさんがそれを選んだんです。」

「サークが?!嘘だろ?!何で?!」

「僕にはわかりません。でも何らかの理由があるんだと思います。」

「何だよ?!理由って?!」

「さぁ?」

かなり不味い相手がサークに同行したというのに飄々としているイヴァンにアレックはイライラした。
毛を逆立て見るからに不機嫌になったアレックに、イヴァンは苦笑いするしかない。

「……大人の事情ってヤツですよ。」

「何?!大人の事情って?!訳わかんねぇ!!」

「う~ん。こればっかりは、初恋に落ちたばかりの君には理解するのは難しい複雑な部分なんだよなぁ……。」

「なっ?!」

自分の恋愛事情に触れられ、初なアレックはブワッと毛を膨らませて真っ赤になった。
半ばパニクってアワアワするアレックを、イヴァンはおかしそうに眺めて呟いた。

「……世界が、真っ直ぐで純粋な思いだけで、できていたら良かったんですけどね……。」

そんな儚くとも美しい季節ときは短い。
けれどそれは永遠に色褪せる事なく心に残る。

その美しい季節ときの真っ只中にいるアレックを、イヴァンは眩しげに見つめる。

サークの事は確かに心配だ。
だが、ギルが無理矢理さらった訳ではない。
その筈だ。

代わってくれと懇願されたイヴァンは、チャンスは与えるが判断するのはサークだと告げた。
当初の待ち合わせ場所でギルが会い、イヴァンの居場所を教える。
それでサークがギルと行くならそれでいいし、自分の方に来るなら諦めろと。

結果はご覧の通りだ。
そこでどんな会話がなされ、何故、サークがあえてギルと旅立つ選択をしたかは知る由もない。

無責任かもしれない。
でもそれでも願うのだ。

あの理解し難くも残忍で美しい絶望と、この無垢な少年の美しい季節が、いつまでも消えることのない棘とならない事を……。


















サークはきょとんとギルを見下ろした。

軽くギルの肩を押すように上から覆い被さっている。
どういう状況だろうとしばらく考え、はぁ……と深くため息をついてソファーに座り直した。

「……悪りぃ。」

「気にするな、ファルシュ。」

「……嫌味かよ。」

「宿に来てから離れていたお前が悪い。」

「あ~そうかよ!そりゃ悪かったな!!」

そう言って顔を顰め、サークは横に座るギルを軽く殴った。
そんなサークの肩をギルはそれとなく抱き寄せる。

日の出る前に旅立った二人。
しかしまた、夜闇が二人を包んでいた。

最初の一日が終わる。

サークはギルと湖に向かうのに、一つだけ条件を出した。
「別人格」が現れている時のサークを「ファルシュ」と言う別の名で呼ぶというものだ。

サークが名付けた「ミチル」は、理由はわからないがあまり呼んではならない名のようだ。
しかしそれだからといって別人格を「アレ」だの「ソレ」だの言っていてはやりにくい。

「……楽しそうだな、お前。」

「ああ……。」

ぐったりしながら面倒くさそうにギルに身を預けるサーク。
それをどこか嬉しそうにしながら、ギルはその髪を撫でていた。

お坊ちゃまのギルに合わせ、サークが普段なら泊まらない様なワンランク上のツインルームを取った。
鍵のかかる寝室が、ソファーのあるリラックススペースを挟んで2つある部屋。

そんな宿のソファーの上、サークは今、自分でない自分がしようとしていた記憶を苦々しく噛み締めていた。
ギルは優雅に腰を落ち着け、甘やかすようにサークを労う。

何故そんな事をサークが許すかといえば、触れ合っていると「ミチル」が満足するのか何なのか、サークの意識が遮られない事が今日一日で何となくわかったからだ。

「クソッ……ファルシュめ……。」

「……あまり刺激するな。また主導権を取られるぞ。」

慣れない状況にサークは悪態をつく。
しかし自分の意志とは関係なくギルに迫ってしまう事を考えれば、この方がマシだと自分に言い聞かせる。

はじめは意識が戻ると頑なにギルとの距離を取っていたサークだが、あまりに何度も続き変に意識するのも億劫になっていたのだ。
そんな状況で、迫られていたギルは至近距離のまま疲労困憊のサークを労って(?)いたところ、二人が触れ合っている時はファルシュは出てこない事がわかってきた。

ファルシュ。

偽物という意味の言葉だ。
サークがミチルの名をつけた時、なぜか自分と対になるイメージを持っていたが、今度はあえて「偽物=自分ではないもの」と言う事を強調した。

名を分ければそこに差が生まれる。
サークがサークで有りやすくなる。

真の名と通り名を使い分ける事で、支配や浸食・自己崩壊から自我を守れるとウニは言っていた。
本当ならそれを「ミチル」の名で行うつもりだったのだが、どうやら「ミチル」と言う名はサークにとって禁忌だった為、さらに別名をつける事でそれを補う事にしたのだ。

「なのに……。もう嫌だ~!!」

「……まだ1日目だぞ?」

「ファルシュのバカヤロー!!手間かけさせやがって~っ!!」

「まぁ……アレだな。さすがはお前の別人格と言うか……。一筋縄ではいかないようだな……。」

更なる別名をつける事でサークは自分自身を確保し、自分を明確に保つ事でそれに対抗しようとした。
しかしファルシュ、つまりミチルはなかなかの曲者だった。

サークがミチルと自分の境をハッキリさせるために「ファルシュ」と名を持たせた事を逆手にとり、ミチルはわざと「ファルシュ」として表に出てきたのだ。
境をはっきりさせた事は、ミチルにとってもサークから影響を受けずに自由にできる権利を持った様なものだったのだ。

「クソ~!!誤爆した~!!」

「まぁ……何と言うか……相手の方が一枚上手だったな……。」

「ムカつく!俺の中の別人格の癖に!ムカつく!!」

ファルシュはサークの隙をつき、するりと現れては好き勝手した。
真っ直ぐ東の国に向かいたいのに、ファルシュが出てきてはそれを妨害し、お陰で1日たったというのに、ちっとも先に進めなかった。

「……馬で出なくて良かった……じゃなきゃアイツ……どこまで逃げたか……。」

「とにかくもう休め。この分ではおそらく、気力と体力の勝負になるぞ。」

「ああ……。」

確かに疲れきった。
そう言われたサークはギルにもたれたまま目を閉じた。
おとなしくなったサークをギルは黙ってしばらくの間見つめていた。

「…………。俺は構わないんだがな?サーク。」

「はっ!!」

肩をやんわりと抱き寄せられ、サークは我に返って急いで体を起こした。

意識があったのに何をしているんだ?!
自分は?!

無意識だった自分の行動に羞恥する。
あ~、そういう事かよ……!
そして触れ合っていれば出てこないミチルの思惑を理解した。

「……すまん。」

「いや?俺は構わない。」

「俺が構うんだ!!ボケ!!」

またもミチルにしてやられたとぐったりするサークに対し、空気を読まないギルは「さあ来い」とばかりに腕を広げる。
それにサークはスンッと立ち上がってギルを見下ろすと、八つ当たり気味にギルの足を蹴っ飛ばした。
だというのにギルは痛がりながらもどこか満ち足りた顔をしている。

「……もういい。俺は休むから、お前も部屋に行って鍵かけろ。」

「俺はいつでも……。」

「しつこいぞ!!」

真っ赤になって怒るサーク。
それを見てギルは肩を震わせた。
それまでの一連の流れが全てからかわれていたのだと気づき、サークは更に怒り狂う。

「笑ってんな!!普段は無表情の癖に!!」

「いや……予想反して……この旅が楽しくてな……。」

「ああそうかよ!俺は予想以上に最悪だ!!いいからさっさと向こうの部屋にいけ!!そして鍵を掛けろ!!ファルシュがなんか言ってきても絶対入れんなよ?!」

「いや……せっかくのチャンスなら……。」

「……まだ言うのか、お前。……わかった。お前は俺が起きるまでここに石化しておく。」

「冗談だ……。」

そう言って立ち上がるギル。
流石にからかい過ぎたと反省してみせる。
そして唐突に刹那気な表情をして、サークの頬に触れた。

「……安心しろ。ファルシュには何があっても応えない。俺が想っているのはお前だ、サーク……。」

不意打ちでその黒い瞳を間近で見つめ、サークはギクリとした。
ズン……ッと重くギルの言葉が響く。
それが切なくもどこか嬉しく、どうしようもなく悲しく感じてしまったからだ。

違う……これは俺じゃない……。

得体の知れない感覚に苛立つ。
誤魔化すように、乱暴にギルの手を振り払う。

「……馬鹿言ってんな。さっさと寝ろ……。」

「あぁ……。おやすみ、サーク……。」

「……ん。」

隣の部屋にギルが移動し鍵をかける音を確かめてから、サークは自分の部屋に行きベッドに横になった。
頭の中がぐるぐるする。
それはファルシュ、ミチルの事というより、ギルの事が大半を占めていた。

どうして……。

どうしてあの時、彼を選んでしまったのかわからない。
イヴァンは待っていてくれたはずだ。
なのに……。

「考えても仕方ない……もう……後には引けない……。」

これがどれほど危険な事か頭ではわかっていた。
なのに彼を拒めなかった。
まだ何もないこの状態でも、ウィルに対する裏切りに近かいというのに。

なのに、サークはギルを拒めなかった。

理由はわからない。
いや、本当はわかっているのかもしれない。


『……だから僕が言ったじゃないか?』

「うるさい、引っ込んでろ。」

『ふふっ。素直になればいいのに……。』

「馬鹿げた事を。俺が愛しているのはウィルだ。」

『ねぇ!!ずっと不思議だったんだけど、どうして愛は無限にあるのに、一人の人にしか捧げられないの?愛はいくらでもあるのに??』

「……生まれたばかりのくせに、意外と小難しい事を言うな??お前??」

『僕はずっとここにいたよ?忘れたの?サク?』

「いや?この前、名付けて生み出したばったりだろ??」

『……ふ~ん?』


ミチルは意味有りげに笑った。
その姿は見えないが、何か薄ぼんやりとした輪郭めいたものを感じるようになってきた。


「愛は無限にあるか……。なるほどな。そういう考え方も間違いではないよな。でもだから、愛の形はたくさんある。俺は義父さんを愛してるし、ラニやリアナ、シルクの事も愛してる。仲間に対する愛もある。でもだからって誰とでもいちゃいちゃしたいとは思わない訳さ。甘えたいとか、甘やかしたいとか……セックスしたいとか……そういうのはウィルじゃないと駄目なんだ。」

『どうして?』

「それこそわからないよ、俺も。でも……ウィルがいい……ウィルじゃないと駄目なんだ……。」

『思い込みじゃなくて??』

「思い込み……思い込みなのかもしれない。でも……俺はそう思い込んでいたいよ……。ウィルが好きなんだ……。ウィルが笑ってくれると凄く幸せな気持ちになる。ウィルが俺を見つめてくれると凄く安心する。それが思い込みでも、俺はウィルが好きだよ。」

『ふ~ん?でも、彼だけでなくてもいいんじゃないの??何で一人に絞るの??』

「う~ん……。他の人の事はわからない。でも俺はウィルが好きだから……ウィルじゃないと駄目だから……ウィルに捨てられたら生きていけないから……だから、ウィルを好きだって言う誓いとして、ウィルだけにしかそういう事はしない。そもそも俺の場合、ウィル以外に性欲が起こらないんだから浮気しようという考えも浮かばなければ、そんな選択肢も存在しないんだけど。」

『もしもその法則が壊れたら?』

「は??」

『サクの性欲が他の人にも目覚めたら??』

「いやだから俺の性欲云々は重要じゃない。俺はウィルが好きだから、ウィルを裏切るような事はしないって言っただろ?」

『……愛の形はたくさんあるのに??』

「たくさんあるけど、そういう事をする愛は一つだけだ。」

『本当に??』

「本当って……それが崩壊したら、全てが破滅的じゃないか??」

『ふふっ。なら、壊してしまえばいいんだよ……サク……。そんなもの……壊してしまえば……。』


ハッと目を開ける。
瞬時に周囲を見渡して、自分が自分の寝室を出ていない事、衣服の乱れや体の違和感がない事を確認する。

「……クソッ。」

サークは奥歯を噛み締めた。
悔しいが、ギルの言う通りミチルの方が一枚上手だ。

いいように翻弄される。
言葉巧みに誘導しようとしている。

「……何が目的だ?!ファルシュ……。」

何の為にミチルはこんな事をしている?
当初の「別人格」の定義なら、ミチルのしようとしている事は説明できる。
だがそもそも別人格の定義が違っていた事をサークは知っているし、海神はサークの奥深くで眠りについてできる限り影響を与えないようにしてくれている。

だというのに、だ。

何故、ミチルはこんな事をする?
海神との繋がりから生まれたミチルは、何の為にこんな事をする?
海神が混ざっているから、その影響でそういう行動に導くのか?

いやだが……。
一番わからないのは自分自身だ。

こういう事態は予測出来ていたはずだ。
なのに何故、ギルとの旅を選んでしまったのか……。

「……クソッ!!」

サークは一人、不確かになる自分と戦った。
暗い部屋の中それに耐えるしかなかった。
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