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9話
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舞踏会が始まると皆が、アリーシャに注目した。そして周りの貴族たちが囁き合う。
「ウィルフォード侯爵のお連れの女性は誰なのかしら?」
「先程アムール商会の会長が、奥様って呼んでらしたわ」
「え! あの方が奥様なの? あんなに綺麗な方が妻だなんてウィルフォード侯爵様もさぞや鼻が高いでしょうね」
「でも最近ご結婚なさったのかしらね、いつも見る度、違う女性達を連れていたもの」
「だけどあの女性、確か何処かの舞踏会で見かけた気がするの。そうだわ、あの時はアムール商会の会長がエスコートなさっていたわ」
「え? どういうこと? でも侯爵様とも一緒にお話しになっているからお知り合いということよね」
「まあ、ウィルフォード侯爵様は色々と噂の絶えないお方だから何かあるのでは?」
そんな声があちらこちらで囁かれていた。
ーーーーその頃、
アムール商会会長は驚きを持って、アリーシャとその夫である侯爵の元を訪ねていた。
「ウィルフォード侯爵、先日は奥様のこと、事実を申し上げられず、すみませんでした」
「いいえ、あれは私がリチャードさんにお願いして連れて行ってもらったのだからリチャードさんが謝ることなどないわ」
「いいえ、事情はどうあれ侯爵様には、結果的に嘘をついてしまったのですから、謝らなければいけません」
「もうよい、それよりも今度からは、私が妻を社交界に連れて行くから君に頼むことはもう無いだろう」
(この時、リチャードは何が二人にあったのか考えていた)
そして三人が親し気に話をしていると、周囲の視線がいつの間にか三人に集中していた。
侯爵はいつものように胸を張り、涼しい顔を装っていたが
アリーシャの横顔には、どこか冷ややかな光が宿っていた。
リチャードはその変化に気づいていた。
以前、自分が舞踏会に連れて行ったあの、アリーシャは、控えめながらも聡明で、優しい笑みを絶やさなかった。だが、今日の彼女はまるで別人のようだった。
いま彼女の立っている位置は、ただの『妻』ではなく、ひとりの『女主人』としての輝きに満ちていた。
「ウィルフォード侯爵夫人。今日、あなたがこの場にいらしたのは驚きですが、これは私にとっては嬉しい驚きです」
(この時、リチャードはアリーシャの徒(ただ)ならぬ決意を感じていた。そしてそれこそが、これから変革を齎(もたら)す予感がした)
「ありがとうございます、リチャードさん。
あの時は貴方の取引先の知り合いとしてお世話になりましたけれど、今日は、侯爵夫人の名の下に参りました」
その一言に、リチャードの心がかすかに揺れた。
それは、普通なら誰も気づかないほど微かな表情の変化だったが、アリーシャはそれを見逃さなかった。
侯爵が満足げにワインを口に運ぶ。
『ほら見ろ』私の妻だ。と言わんばかりの顔で。
だが、リチャードの視線は、侯爵ではなく、アリーシャの瞳に注がれていた。
「では、今日はこれで失礼します。近いうちに、財団の件についてお話しできればと思います。
新しい構想があるのです。侯爵夫人には、きっと興味を持っていただけるはずです」
「財団?」
侯爵が訝しげに眉をひそめた。
「そんな話は初耳だな」
「ええ、まだ形にはなっておりませんもの」
アリーシャは微笑みながら、リチャードに話を合わせた。
侯爵の顔が、わずかに強張る。
その緊張を感じ取ったリチャードは、一歩下がって恭しく頭を下げた。
「今宵は、お二人のご登場で会場が華やぎました。どうぞ素敵な夜を」
そう告げて去るリチャードの背を、アリーシャは静かに目で追った。
その後、アリーシャは
「旦那様、そろそろロビンソン伯爵にご挨拶に参りましょう。人脈を広げる好機ですわ」
アリーシャは静かに囁いた。その声は冷たく、完全に【年上の淑女】の役になりきっている。
彼女の指先が私の腕に触れた瞬間、私は初めて、彼女という女性が持つ、本質的な【冷たさ】に気づいた。
彼女は、私との関係を完全に断ち切った上で、この舞台に立っている。
私は、自分の隠れ蓑として連れてきたはずの妻に、支配されているような錯覚に陥った。
(初めて感じる、この不快な感覚は一体何だ?)
ーーーー
「侯爵様。そして、こちらは……?」
主催者であるロビンソン伯爵は、アリーシャを前に、普段の落ち着きを失った様子で、僅かに目を見開いた。
伯爵は、アリーシャが葬儀で見せたあの地味な姿しか知らなかったのだ。
「ロビンソン伯爵、お初にお目にかかります。アリーシャ・ウィルフォードでございます。イースター男爵の葬儀の際はご挨拶出来ず失礼いたしました」
アリーシャは完璧な優雅さで会釈した。その姿に伯爵は圧倒された。
(この方が本当に侯爵様の奥方なのか? あの日とはまるで別人のようだ。信じられん)
「これは、失礼いたしました。奥方様、まさかこれほどまでに……」
伯爵は言葉を濁し、すぐに気を取り直した。
「お二方のご参加、心より感謝申し上げます。特に侯爵夫人は、今宵の社交界に大輪の花を咲かせていただきました」
こうしてアリーシャとロビンソン伯爵との顔繋ぎが整った。
そこに、静かな音楽が流れ出す。
社交界という、華やかな舞台の中で、アリーシャの運命は、確かに変わろうとしていた。
そこにいたのは以前のアリーシャではなく、覚悟を決めた侯爵夫人だった。
「ウィルフォード侯爵のお連れの女性は誰なのかしら?」
「先程アムール商会の会長が、奥様って呼んでらしたわ」
「え! あの方が奥様なの? あんなに綺麗な方が妻だなんてウィルフォード侯爵様もさぞや鼻が高いでしょうね」
「でも最近ご結婚なさったのかしらね、いつも見る度、違う女性達を連れていたもの」
「だけどあの女性、確か何処かの舞踏会で見かけた気がするの。そうだわ、あの時はアムール商会の会長がエスコートなさっていたわ」
「え? どういうこと? でも侯爵様とも一緒にお話しになっているからお知り合いということよね」
「まあ、ウィルフォード侯爵様は色々と噂の絶えないお方だから何かあるのでは?」
そんな声があちらこちらで囁かれていた。
ーーーーその頃、
アムール商会会長は驚きを持って、アリーシャとその夫である侯爵の元を訪ねていた。
「ウィルフォード侯爵、先日は奥様のこと、事実を申し上げられず、すみませんでした」
「いいえ、あれは私がリチャードさんにお願いして連れて行ってもらったのだからリチャードさんが謝ることなどないわ」
「いいえ、事情はどうあれ侯爵様には、結果的に嘘をついてしまったのですから、謝らなければいけません」
「もうよい、それよりも今度からは、私が妻を社交界に連れて行くから君に頼むことはもう無いだろう」
(この時、リチャードは何が二人にあったのか考えていた)
そして三人が親し気に話をしていると、周囲の視線がいつの間にか三人に集中していた。
侯爵はいつものように胸を張り、涼しい顔を装っていたが
アリーシャの横顔には、どこか冷ややかな光が宿っていた。
リチャードはその変化に気づいていた。
以前、自分が舞踏会に連れて行ったあの、アリーシャは、控えめながらも聡明で、優しい笑みを絶やさなかった。だが、今日の彼女はまるで別人のようだった。
いま彼女の立っている位置は、ただの『妻』ではなく、ひとりの『女主人』としての輝きに満ちていた。
「ウィルフォード侯爵夫人。今日、あなたがこの場にいらしたのは驚きですが、これは私にとっては嬉しい驚きです」
(この時、リチャードはアリーシャの徒(ただ)ならぬ決意を感じていた。そしてそれこそが、これから変革を齎(もたら)す予感がした)
「ありがとうございます、リチャードさん。
あの時は貴方の取引先の知り合いとしてお世話になりましたけれど、今日は、侯爵夫人の名の下に参りました」
その一言に、リチャードの心がかすかに揺れた。
それは、普通なら誰も気づかないほど微かな表情の変化だったが、アリーシャはそれを見逃さなかった。
侯爵が満足げにワインを口に運ぶ。
『ほら見ろ』私の妻だ。と言わんばかりの顔で。
だが、リチャードの視線は、侯爵ではなく、アリーシャの瞳に注がれていた。
「では、今日はこれで失礼します。近いうちに、財団の件についてお話しできればと思います。
新しい構想があるのです。侯爵夫人には、きっと興味を持っていただけるはずです」
「財団?」
侯爵が訝しげに眉をひそめた。
「そんな話は初耳だな」
「ええ、まだ形にはなっておりませんもの」
アリーシャは微笑みながら、リチャードに話を合わせた。
侯爵の顔が、わずかに強張る。
その緊張を感じ取ったリチャードは、一歩下がって恭しく頭を下げた。
「今宵は、お二人のご登場で会場が華やぎました。どうぞ素敵な夜を」
そう告げて去るリチャードの背を、アリーシャは静かに目で追った。
その後、アリーシャは
「旦那様、そろそろロビンソン伯爵にご挨拶に参りましょう。人脈を広げる好機ですわ」
アリーシャは静かに囁いた。その声は冷たく、完全に【年上の淑女】の役になりきっている。
彼女の指先が私の腕に触れた瞬間、私は初めて、彼女という女性が持つ、本質的な【冷たさ】に気づいた。
彼女は、私との関係を完全に断ち切った上で、この舞台に立っている。
私は、自分の隠れ蓑として連れてきたはずの妻に、支配されているような錯覚に陥った。
(初めて感じる、この不快な感覚は一体何だ?)
ーーーー
「侯爵様。そして、こちらは……?」
主催者であるロビンソン伯爵は、アリーシャを前に、普段の落ち着きを失った様子で、僅かに目を見開いた。
伯爵は、アリーシャが葬儀で見せたあの地味な姿しか知らなかったのだ。
「ロビンソン伯爵、お初にお目にかかります。アリーシャ・ウィルフォードでございます。イースター男爵の葬儀の際はご挨拶出来ず失礼いたしました」
アリーシャは完璧な優雅さで会釈した。その姿に伯爵は圧倒された。
(この方が本当に侯爵様の奥方なのか? あの日とはまるで別人のようだ。信じられん)
「これは、失礼いたしました。奥方様、まさかこれほどまでに……」
伯爵は言葉を濁し、すぐに気を取り直した。
「お二方のご参加、心より感謝申し上げます。特に侯爵夫人は、今宵の社交界に大輪の花を咲かせていただきました」
こうしてアリーシャとロビンソン伯爵との顔繋ぎが整った。
そこに、静かな音楽が流れ出す。
社交界という、華やかな舞台の中で、アリーシャの運命は、確かに変わろうとしていた。
そこにいたのは以前のアリーシャではなく、覚悟を決めた侯爵夫人だった。
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