《完結》 どうぞ、私のことはお気になさらず

ヴァンドール

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19話

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 その後、月日は流れていった。

 《財団》の新しい体制が少しずつ形を作り、王都の民たちの間でも再び動き出したと噂されるようになった。

 その陰には、クラーク卿の尽力があった。
 財務補佐として、彼はあらゆる政治的障害を乗り越えて来た。

 そしてリチャードが去ってからは今までの躓(つまず)きが嘘のように解消された。

『今まで、彼方の国はどれだけ酷い妨害をしていたのかしら。私の大切人を傷つけた人間を許すことはない』

 アリーシャは怒りに震えた。そして去って行ったリチャードを懐かしく思い出し、切ない気持ちにとらわれていた。
 すると

「何を考えているのですか?」

 クラーク卿が尋ねた。私は頬を軽く叩き

『今は感傷に浸っている時ではないわ』
 と頭を切り替え

「いつも助けていただいてばかりで……」

 アリーシャがそう言うと、クラーク卿は首を振った。

「私はただ、貴女の理想を信じているだけです。
 貴女が向かう先を見ていると、不思議と正しい道が分かる気がするのです」

 その言葉に、胸の奥が僅かに熱を持った。
 いつか、リチャードが語った《理想》とは違う、もっと静かで、確かなもの。
 それは時間をかけて、心の底からゆっくりと温めてくれる優しさだった。

 彼は自分の名をひけらかすことなく、ただ誠実に向き合ってくれる。
 彼の働きがなければ、今の《財団》の活動は続けられなかっただろう。


 ある晩、会議を終えたあと、アリーシャとクラーク卿は屋敷の前で立ち話をしていた。

「クラーク卿、貴方はなぜそこまで私を助けてくださるのですか?」

 一瞬、彼は答えを探すように目を伏せた。
 そして、ゆっくりと顔を上げた。

「理由を言えば、すべてが壊れてしまう気がしていました。でも、もう隠すのはやめます」

 彼の声は、とても真っ直ぐだった。

「私は……貴女に惹かれています。貴女が理想を語る時も、誰かのために涙する時も。その姿を見て、何度も心を奪われた」

 そして彼は少しの沈黙の後

「本当は貴女を初めて見たあの舞踏会、周囲を気にかけることも忘れ、ただ貴女のもとへとダンスを申し込みに行きました。多分あの日からずっと……」

 そう言いかけてまた沈黙した。

 アリーシャは息を呑んだ。
 心臓の音が、高鳴り、平静を保つのに必死だった。

「私、まだ人を想うことが怖いのです」

「分かっています」

 クラーク卿は、微笑んだ。

「だから急がなくていい。ただ、貴女がまた誰かを信じてもいいと思えるその日まで、私は傍にいます」

 その言葉が、心に静かに落ちていく。
 リチャードが与えてくれた《理想》が、彼を通して今、《信頼》に変わっていくようだった。

 アリーシャは微笑みながら頷いた。

「なら、私も、もう一度信じてみたい。理想も、人も、そして私自身の未来も」

 クラーク卿の顔がほんの少し赤みを差した。
 空には雪が舞っていたが、二人の心は温かさで満たされていた。

 それはまだ恋の始まりには早すぎる、けれど確かに、二人の間の空気感が変わった。
 これは、間違いなく何かが、動き出す瞬間だった。
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