《完結》 どうぞ、私のことはお気になさらず

ヴァンドール

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18話

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 財団の新たな代表として名が公になってから、アリーシャの周囲の空気は一変した。
 支援者の中には祝辞を述べに訪れる者もいたが、その裏で、彼女の背を冷たい視線が追っていた。

 侯爵夫人の座を失いながらも、まだ社交界に顔を出すつもりか。
 男たちを利用してのし上がった女だ。
 そんな囁きが、廊下の片隅やサロンの奥で静かに広がっていく。

 それでもアリーシャは、背筋を伸ばして笑った。
 嘲りを受け止めることに、もはや恐れはなかった。
 彼女の隣には、いつも静かに見守る人、クラーク卿がいたからだ。

「噂など、風と同じですよ。受け流せばいい」

 彼はそう言って、淡く微笑んだ。

「ですが、風向きを変えるのは、理ではなく誠意です。焦らず、正しいことを続けましょう」

 その言葉は、アリーシャの胸に深く沁みた。

 しかし、穏やかな時間は長く続かなかった。
 冬の初め、財団が主催した慈善晩餐会の夜 

ーーーー

 王都でも影響力を持つ公爵夫人が、彼女に向かって冷ややかに声をかけた。

「まあ、これはこれは。まさか貴女が、あの問題の《財団》の代表をされているとはね」

 周囲の視線が集まる。
 夫人の唇には、薄い笑みが浮かんでいた。

「国王の財務局も随分と寛大なこと。噂の商人と手を切ったところで、今度は若き官僚に取り入るおつもり?」

 空気が凍る。
 それは、アリーシャとクラーク卿の関係を暗に示唆した言葉だった。

 だが、アリーシャは一歩も退かなかった。
 姿勢を崩さず、穏やかに返す。

「夫人。もし私が誰かを頼ることで理想を実現できるなら、それを恥とは思いません。
 けれど私は、誰の影にも隠れません。
 《財団》は、誰かの名のもとではなく、助けを求める人々のためにあります」

 その場の空気がわずかに震えた。
 クラーク卿がそっと一歩前に出る。

「補足させていただきますが、王室の財務補佐として断言します。
 この財団の活動は、すべて公に認可されたものです。
 それを疑うことは、王の判断を疑うことにもなりましょう」

 夫人の顔から笑みが消えた。
 周囲の令嬢たちがそっと息を呑む。

 アリーシャは静かに頭を下げた。

「誤解を生んでしまったなら、お詫び
いたします。ですが」

 瞳に凛とした光を宿し、彼女は続けた。

「私たちは、いずれ結果で示します。言葉よりも確かな形で」

 その夜の晩餐会が終わるころ、空には初雪が舞っていた。
 会場を後にする馬車の中で、クラーク卿がふと口を開いた。

「見事でした。あの場で怯まず、理想を守り抜く姿……リチャード殿もきっと誇りに思われるでしょう」

 アリーシャは少しだけ微笑んだ。

「貴方が隣にいてくれたからです」

 クラーク卿は驚いたように彼女を見たが、すぐに優しく視線を逸らした。
 窓の外、白い雪が静かに降り積もっていく。

 その雪がやがて春の光を呼ぶことを
 二人は、まだ知らなかった。
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