ジャンヌ・ダルクがいなくなった後

碧流

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憎いはずなのに(ルイ)

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私には妻がいる。
スコットランド王の長女マーガレット・ステュアート。

美人で淑やかで、詩作を好む、淑女中の淑女だ。

彼女との仲は可もなく不可もなかったが、あの女に出会って以来、急につまらない女に見えてきた。

あの女の半裸の姿は四六時中私を支配した。

あの女への欲望を持て余し、母への罪悪感に押し潰されそうになる。

想像の中のあの女は、はしたなく私を閨へ誘う。
あのしっとりした肌に絡みつかれたら、どんなに気持ちがいいだろうか。

執務中でもうっとりしてしまう。

それなのに、私の目の前にはマーガレット。
控えめでつまらない彼女には、あれ以来勃ちもしなくなった。
欲望を吐き出したいのに、それもできない。

私の苛立ちはすべてマーガレットに向いた。

私はマーガレットを徹底的に貶めた。

「お気に入りの貴族とサロンで浮気している。」

「子供を産むのが嫌で、わざとコルセットをきつく締めている。」

マーガレットは初めこそ泣いて否定していたが、最後は全く無反応になった。

私はこれ幸いに責め立てた。

マーガレットを可愛がっていた父王からは、散々叱責を受けたが、私は止めなかった。

あの女との一番の障害が何を言う。
私は父王も憎んだ。

そして、心労がたたったのか、マーガレットは床に伏しがちになり、21歳を迎えると間もなく亡くなってしまった。

それを聞いて、私は
「ああ、そう。」
としか思えなかった。
愛情のかけらもなかった。

スコットランド王から責め立てられたが、私の人生の邪魔をしたマーガレットこそ謝るべきだ。と返したところ斬られそうになった。

あの女に毒されて私は人の心を失っていたのだろう。
私はますますあの女に執着した。
想像の中の女は淫らで美しかった。
私は想像の中であの女と生きる時間が増えた。

父王に伴われるあの女を遠目に見ては、淫らな想像が掻き立てられ、悦に入る。
最初は想像だけで良かった。
しかし、

…あの女が欲しい…

次第にあの女自体を欲するようになった。

父王とあの女は20近く離れている。
父王はどうせ先に死ぬ。
父王を今殺してもいいが、国が確実に荒れる。
私は陰湿な性格のせいで、評判が悪いのを重々承知していた。
今王位を簒奪しても、私についてくるものはいないだろう。

4年前にも私は父に対して反乱を起こし、失敗した。

…まだだ。まだ今じゃない。

私は父王が死ぬのを待つことにした。
死んだらすぐにあの女を奪おう。

私の中で、あの女はすでに私の愛妾であった。
「待ってろよ、アニェス」

私はドロリとした欲望にまみれた声で呟いた。



そして、その知らせは突然訪れた。

「…母上、今何と?」

「だから!あの女が4人目の子を身籠ったそうよ。」
母上はイライラしていた。

「今は女児しか産んでないけど、今度は男かもしれない…

ルイ!あなたにはまだ子がいないわ。あの女が産んだ子をシャルルが跡継ぎにすると言ったらどうするの!

だからマーガレットに優しくしなさいとあれほど言ったのに…

子もできず死んでしまって…

あなたの評判が悪すぎて次の婚約者すら見つからないし…」
部屋中をうろうろ歩き回りながらぶつぶつ呟いている。

私は母上の愚痴どころじゃなかった。

懐妊?子?

…私という者がありながら…

私の怒りは、私を裏切ったあの女に向いた。

許さない…

腸が煮えくり返る。

「…アニェス、お前は俺のものだ…」

もう父上の好きにはさせない。
私はあの女を奪うことにした。
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