ジャンヌ・ダルクがいなくなった後

碧流

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魔物

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私はアニェスと父の動向を母上に探るよう頼んだ。

「父上たちに引導を渡します。」

母上は喜んですぐ教えてくれた。
あまりの速さに驚いたら、母上はいつも父上たちを張っていたらしい。

その他、あの女が好んで食べるものなど、事細かな報告書も渡してくれた。

母上の父上に対する執着に背筋が寒くなる。

(…私の性格は母上似なのか…)

私たちの歪な愛はよく似ている…

母上の影の報告書によれば、もうすぐジュミエージュ遠征に赴くらしい。当然あの女も同行する。

「…チャンスだ…」

遠征中はどうしても手薄になる。
しかもあの女は妊娠中だ。
ことは、簡単だ。

混乱に乗じてあの女を攫う。
子は残念だが諦めて貰おう。

あの女にどっぷり依存している父上は、引き離すだけで、廃人だ。
手を下すまでもない。
心神喪失で引退してもらう。

もうすぐあの忌々しい女も王位も手に入る…

私はにやりと笑った。
あの夢にまで見た肢体がもうすぐ私のものだ。

私は東方から手に入れた子を流すお茶をあの女に飲ませる算段をつけた。
普通のものが飲んでも何の症状もでない。
毒見役も気づかない筈だ。

飲ませる量、タイミング、運び込まれるであろう屋敷、すべて計画済みだ。

自分の手のものを遠征隊に紛れ込ませ後は報告を待つだけの時、母上から呼ばれ、父上たちをどうするのか問われた。

いくら母上とはいえ、あの女を息子が囲おうとしているのはさすがに許せないだろう…

あの女を攫うことは秘して話した。
女の腹の子を流し、2人を混乱に乗じて引き離すと。

母上は穏やかに微笑んでいた。

…どうやら隠し通せたようだ。
私は母上の顔を見て安堵した。

しかし、私は甘かった。
もっと父の話を真摯に聞き、真実を確かめるべきだった。

私が最大のミスをおかしたのに気づいたのは、すべて終わった後だった…。




「ルイ」
母上から呼ばれ部屋に行くと、久方ぶりの満面の笑みの母上から迎えられた。

「母上、随分とご機嫌ですね。」
本当に珍しいこともあるものだ。
母上がご機嫌なら私も嬉しい。

「ジュミエージュから連絡が来たので、貴方に早く教えようと思って。」

「…ジュミエージュですか…?」
怪訝に思って問い返した。
ジュミエージュは、父上たちが遠征に向かった場所だ。
私の手のものからは何も連絡はない。

「そう」
鼻歌を歌い出しそうな雰囲気で、母上は爆弾を落とした。
「あの女、死んだわよ。」

一瞬思考が止まった。
はっ?死んだ?

「…はっ?…」

「ルイったら、ダメじゃない。あんな薬じゃ人は死なないわ。お母様がちゃあんと薬は替えておくよう手配しておいたわ。」

私は血の気が引いた。

「…ちが…え、死んだ…?え、は、母上、私は殺す気は…母上なにを…?」

支離滅裂な言葉しか出ない。

母上は幼子に諭すように話を続けた。

「殺す気だったんでしょう?あなたは子供たちの中で一番母親想いですもの。でも、だめねぇ。あれじゃ、精々子が流れるくらいよ。ルイ、あなたでもあんなミスするのねぇ。」

母上は困ったように手を頬にあてた。

「は、ははうえ…ちが…」
私はもう言葉は出ない。

「ルイ、殺害計画をして実行したのよ。わたくしはお手伝いしただけ。」

母上はにこやかに続ける。
「陛下は廃人同様らしいわ。わたくしがお世話にいかないと。ね。」
母上は嬉しいのかほんのり頬を染めた。

私は頭が真っ白になった。

…あの女が死んだ…

あの美しい女はこの世にもういない。

あの忌々しい愛おしい女を手にする機会を、私は永遠に失ってしまったのだ。

私は絶望した。

がっくりと膝をついた私を見て、母上は愉しそうに笑っている。

「…ダメじゃない、ルイ。貴方まであの女に引っかかては。」

「…ははうえ、しって…」

母上は目を眇めた。
「ああ、そうだわ、ルイ。先ほども言ったけど、これはルイが計画したことよ。陛下には余計なことは言わないようにね。貴方が言わない限りお母様も黙っててあげる。」

私はぼんやり母上を見あげた。
母上には罪悪感のかけらもない。

『お前の敬愛する母上は、罪なき人を我が手を汚さず殺め、聖女をも殺めた大罪人よ。』

いつかの父の言葉が蘇る。

目から涙が溢れた。
後少し、あと少しであの女が手に入ったのに…

あの艶めかしい肌を掻き抱く日がすぐそこにあったのに…

「…何でこうなった…?」

…私は死ぬほど欲した女をこの手で殺めてしまったのだ…
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