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小話
とある男の話
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新人の一人が休みの日だっていうのに元気に屯所を出ていく。これを咎める奴は一人もいない。まぁ同僚であるもう一人の新人は呆れている様子ではあったが。
だがお前もあいつに惚れていた人間の一人なんだから、まぁ面白くないだけだろうなとは思っていた。ただそれは最初だけで、最近じゃ戻ってきた時の惚気話にうんざりしているようだった。
「アンタも新人相手にゃ随分と甘いんだな」
「人の恋路を邪魔をする趣味は持ち合わせてはいないからね」
俺たちの隊長である男は穏やかな表情でそう言った。隊長にしては優しすぎるんじゃねぇかと危惧していたが、前に新人一人のやらかしにそこそこに激怒していたため隊長としての適正はあるようだ。
「ただ、少しだけ彼のことを羨ましいと思うことはあるかな」
「ほう?」
めずらしく個人的な感情を吐露した隊長に思わず耳を傾ける。事務的な作業で手を動かしつつもそれとはまったく関係ないことを口にする、随分と器用なことをするなと感心しつつ視線はしっかりと隊長へと向けていた。
「私の時は向こうにはすでに相手がいたからね。こちらが行動を起こす前にすでに玉砕していた」
「おっとそいつは」
こういう時に限って勘が鋭いってのは嫌になるねと軽く肩を竦める。俺よりも若いがコイツがここに配属されたのは俺よりも先だった。その時はまだ隊長という立場ではなくどっちかっていうと俺に近い立場だったんだろう。つまり、俺がここに配属される前の話だ。
「ちなみに庭で鍛錬する親子の様子も見たことがある」
「は~ん? その時の自分の感情と重ねてアイツを応援してる、ってわけか」
「ふふ、大声で言える話じゃないけど。恥ずかしいからね」
「ただ息子は父親に似てるだろ。男前でよ。そっちに惚れてもおかしくなかったんじゃねぇのか?」
「確かに男前だけれど、私はどちらかというと年上が好みなんだ」
「そいつは初耳だ」
「君には初めて言ったからね」
配属されて地元の狩人に惚れるものの、そいつはすでに家庭持ち。そして男前に育った相手の息子に自分の部下が惚れている。なんとまぁ奇妙な縁で、随分と健気な男だ。
人の恋愛にズカズカと足を踏み込むのは野暮ってもんだが、相手が自分の隊長ともなると放っておくのもなという考えも過ぎる。
距離を更に縮めズッと身体を乗り出したものの、男は仰け反ることなく真っ直ぐに視線を返してきた。
「俺がもうちっと若かったら、アンタを口説き落としていたんだがな」
「……ふふっ、君の妻子に怒られるよ?」
「だから言っただろ、もうちっと若かったらって」
今の妻と出会う前にもしこの男に出会っていたら、恐らくだが俺は口説いていただろう。この男を手にすることができていた可能性を考えてしまうと勿体なく感じてしまう。
もちろん、妻も子も間違いなく愛している。出会ったことに後悔していないし今でもたまに妻と二人っきりでデートするぐらいだ。
「もしも、だなんて考えはくだらない。『今』は変えようのない事実だからね」
「おっと、そういうところはシビアな考えなんだな」
「曲がりなりにも君たちの隊長なものでね」
本当に難儀で健気な男だ。縮めていた距離を離し、それこそ「隊長」と「部下」の形になる。
「ま、酒が飲みたくなったらいつでも言ってくれよ。付き合うぜ」
「……実はというとね」
「おっ? なんだ」
「……私、下戸なんだ」
「……ハハッ! そいつはまた意外な話だな!」
まったく表情を変えずに淡々とガバガバと飲みそうな印象だった。まさかの下戸とは。そいつはまた難儀だと笑い声を引っ込めて肩を竦めた。
嫌なことがあったところで酒で紛らわすこともできないとは、本当に難儀な男だ。
だがお前もあいつに惚れていた人間の一人なんだから、まぁ面白くないだけだろうなとは思っていた。ただそれは最初だけで、最近じゃ戻ってきた時の惚気話にうんざりしているようだった。
「アンタも新人相手にゃ随分と甘いんだな」
「人の恋路を邪魔をする趣味は持ち合わせてはいないからね」
俺たちの隊長である男は穏やかな表情でそう言った。隊長にしては優しすぎるんじゃねぇかと危惧していたが、前に新人一人のやらかしにそこそこに激怒していたため隊長としての適正はあるようだ。
「ただ、少しだけ彼のことを羨ましいと思うことはあるかな」
「ほう?」
めずらしく個人的な感情を吐露した隊長に思わず耳を傾ける。事務的な作業で手を動かしつつもそれとはまったく関係ないことを口にする、随分と器用なことをするなと感心しつつ視線はしっかりと隊長へと向けていた。
「私の時は向こうにはすでに相手がいたからね。こちらが行動を起こす前にすでに玉砕していた」
「おっとそいつは」
こういう時に限って勘が鋭いってのは嫌になるねと軽く肩を竦める。俺よりも若いがコイツがここに配属されたのは俺よりも先だった。その時はまだ隊長という立場ではなくどっちかっていうと俺に近い立場だったんだろう。つまり、俺がここに配属される前の話だ。
「ちなみに庭で鍛錬する親子の様子も見たことがある」
「は~ん? その時の自分の感情と重ねてアイツを応援してる、ってわけか」
「ふふ、大声で言える話じゃないけど。恥ずかしいからね」
「ただ息子は父親に似てるだろ。男前でよ。そっちに惚れてもおかしくなかったんじゃねぇのか?」
「確かに男前だけれど、私はどちらかというと年上が好みなんだ」
「そいつは初耳だ」
「君には初めて言ったからね」
配属されて地元の狩人に惚れるものの、そいつはすでに家庭持ち。そして男前に育った相手の息子に自分の部下が惚れている。なんとまぁ奇妙な縁で、随分と健気な男だ。
人の恋愛にズカズカと足を踏み込むのは野暮ってもんだが、相手が自分の隊長ともなると放っておくのもなという考えも過ぎる。
距離を更に縮めズッと身体を乗り出したものの、男は仰け反ることなく真っ直ぐに視線を返してきた。
「俺がもうちっと若かったら、アンタを口説き落としていたんだがな」
「……ふふっ、君の妻子に怒られるよ?」
「だから言っただろ、もうちっと若かったらって」
今の妻と出会う前にもしこの男に出会っていたら、恐らくだが俺は口説いていただろう。この男を手にすることができていた可能性を考えてしまうと勿体なく感じてしまう。
もちろん、妻も子も間違いなく愛している。出会ったことに後悔していないし今でもたまに妻と二人っきりでデートするぐらいだ。
「もしも、だなんて考えはくだらない。『今』は変えようのない事実だからね」
「おっと、そういうところはシビアな考えなんだな」
「曲がりなりにも君たちの隊長なものでね」
本当に難儀で健気な男だ。縮めていた距離を離し、それこそ「隊長」と「部下」の形になる。
「ま、酒が飲みたくなったらいつでも言ってくれよ。付き合うぜ」
「……実はというとね」
「おっ? なんだ」
「……私、下戸なんだ」
「……ハハッ! そいつはまた意外な話だな!」
まったく表情を変えずに淡々とガバガバと飲みそうな印象だった。まさかの下戸とは。そいつはまた難儀だと笑い声を引っ込めて肩を竦めた。
嫌なことがあったところで酒で紛らわすこともできないとは、本当に難儀な男だ。
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