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数多な証言
護衛騎士
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最初は、少しも不満はなかったと言ったら嘘になる。
騎士を目指し騎士になり、そして護衛する対象が王族となると誰もが自分を誇らしく思うことだろう。出世や家柄など野心のある人間も少なからずいるが、それでも騎士としての誇りを胸に抱いている者が多かった。
俺も他ならぬその中の一人だ。騎士として務めをしっかりと果たす。そしてそんな自分に誇りを持っていたい、そう思っていた中での王族の護衛の務めだった。
ちなみに王子の直属の騎士はすでに決まっている。俺たちのように下位の家柄ではなく、名家の子息で幼き頃よりそうなるよう鍛え上げられた人たちだ。その人たちの立ち位置は変わらない。ただ俺たちでも働き次第ではその一員になれるチャンスはある。
そうして巡ってきた話だったが、相手が違っていた。
「今日もよろしくお願いします!」
そうして爽やかな笑顔で挨拶をしてきた相手に、小さく会釈をする。彼の立場上こちらにそう頭を下げる必要はないというのに。
過去に色々とあったようだが、今ではすっかり王子が溺愛していると誰もが周知している人物。最初は専属の護衛はつけていなかったようだ。
ただ立場上、王子ほどではないがその身を狙われることもある。過去に二度ほどあったようで、そのどちらも彼自身が撃退している。ただ『金槌で撲殺未遂事件』は騎士の中では有名な話だ。
鍛冶屋の息子だからか、見た目はかなり鍛え抜かれている身体だった。ただし俺たちのように武器を扱うように鍛錬を積んできたわけではない。だからいざ王子を守ろうと金槌を振り下ろしたときは慌てふためき、そして殺ってしまったのではないかと顔面蒼白になったそうだ。
ちなみにその事件があったからこそ、騎士の中では親近感を持つ者が出てきたとかどうとか。
そういうこともあり王子も王子でやはり気が気でないらしく、しっかりと選定し専属の護衛をつけることになった。その中の一人が俺というわけだ。
とは言っても、王子の護衛ほど気を張り詰める時間は少ない。彼の移動は大体城、屋敷、そして工房だ。その間の行き来が主で、その道中で野盗に狙われることなどまずない。だから最初は護衛など不要と思われていたのだが。
だが相手は元庶民、流石に行動範囲が狭すぎると窮屈な思いをするのではないか。そう心配した王子は城下に行くことを許した。無論、護衛ありでだ。ただここで少し揉め事が起こった。
「最低でも五人だ!」
「いや多すぎぃ! どこぞの物語の勇者集団じゃねぇんだから! 悪目立ちするって!」
「しかし完璧にも安全とは言えないとアシエも言っていただろう⁈」
「でも二人っきりで歩いたことあるじゃん! ウェルスがケツ触られそうになっただけで他に何か起こったことなんてなかっただろ! っていうかそういうのを回避するのは俺のほうが上手いって。なんてったって生まれ育ったところだぜ?」
「ぐっ……!」
結局王子のほうが言い包められ、護衛は一人というところで収まった。そしてその一人に選ばれたのがまたもや俺ということだ。
しかし流石に城周辺でなないため、気を引き締めなくてはと思って彼の護衛に就いた。就きは、したが。
驚くほど何も起きない。
そもそも周りが彼に気付かない。すれ違っても顔をまじまじと見ることもなければ王子のパートナーだと気付くこともない。普通に街の中を歩き、普通に軽く買い物をして普通に帰る。
寧ろ俺のほうに視線が集まっていたような気がする。街から屋敷にたどり着いた彼は俺の顔をまじまじ見て、そして何やら「ふむ」と一人で納得した。
「やっぱ変装してもらったほうがよかったかな~。溢れ出るいい男オーラが隠せなかったから」
「……えっ」
「今度から俺が変装グッズ持ってくるから、それ着てもらっていいですか?」
「え、は、承知しました……?」
恐らく、俺のほうが悪目立ちしていたのだと思われる。
次からは彼が持ってきた「変装グッズ」とやらに着替えて街に出ることになった。彼曰くコンセプトは「兄弟」らしい。
「うんうん、これで兄弟っぽく見えるかも! でもやっぱ帽子はあったほうがいいか~。やっぱり溢れ出るできる男オーラ」
「そ、そうでしょうか……?」
「顔もよし声もよし、これは周りもコロッといっちまうわ……流石格好いい男は違う」
「……それはあまり、言葉にしないほうがよろしいかと。特に王子の前では」
「え、そう?」
裏のない直球な褒め言葉にこちらもどう返していいのかわからなくなる。少し顔が火照ったことを自覚しつつ、一応そう忠告をしておく。こういう場を万が一王子に見られたとしたら立場が危うくなるのは俺のほうだ。
そうして変装して護衛として街に出ること数回目、どうやら今回は彼の友人の両親が営んでいるというカフェに向かうようだ。店に入っていくところを見送ろうとすると「一緒に入らねぇの?」と誘われたがやんわりと断る。
王子は今公務中だが、一緒にお茶を飲んでいるところを目撃されるようなことになると大変なことになる。流石にまだ騎士としていたい。
彼が店内に入ってから周りに注目されないように、尚且つ周りに目を光らせながら警備に当たる。一度彼の友人だと思われる人物が店から出ていったが、それもすぐに戻ってきた。恐らく一緒にいたのはもう一人の友人なのだろう。
それから三人で楽しんでいるかと思いきや、途中入ってきた女性二人もなぜか同じテーブルに着き僅かに目を見張る――まさか、逢引か?
王子という誰もが手を伸ばしたい相手に選ばれておきながら、やはり立場の違いか、それとも同性だからか。やっぱり女性のほうがいい、そう思っているのだろうか。
用心深く中の様子を探っていたが、そんな俺の考えは杞憂に終わった。どうやら学生時代の知人のようだ。男女のそれというよりも、気心知れた仲といった感じだ。
ただ、片方の女性は恋慕している様子ではあったが。だが彼はそれに気付いているのかそうでないのか、普通に友人として接している。
そうして彼らが楽しそうに会話をしている様子を眺めながら、ふと思ってしまった。
もし、王子が彼を選んでいなかったのなら。そしたら彼はいきなり右も左もわからない貴族社会に飛び込むことなく、ああして友人たちと会話をしながら何気ない日々を過ごしていたのではないかと。
実家の鍛冶屋を継いで、のびのびとした環境で妻を娶りごく一般的な家庭を築いていたのかもしれない。ああして友人たちと話すことが、彼にとって一番いい環境ではないのだろうか。
同情なのかどうか自分でもわからない。ただ今まで生きていた世界が一変する、その大変さなど想像しただけでも苦しいものだ。下位とはいえ貴族として生きてきた俺がいきなり農夫になれと言われるようなものなのだろうから。
そうして思考が深く落ちそうになった頃、カランと音が聞こえて急いで視線を上げた。
「お待たせ」
どうやら思っていたより時間は過ぎていたらしい。そろそろ戻ろうとの彼の言葉に無論異を唱えることはなく、隣に並び立つ。最初こそは後ろに控えていたがそれだとかえって違和感だとの言葉にそれ以降こうして隣に立っている。
「……楽しまれたようで」
「ああ、久しぶりにみんなに会ったしさ。時間忘れて盛り上がっちゃった」
本当に楽しそうな表情をしている彼に、思わず足を止めてしまう。急に立ち止まったものだから彼も不思議そうにこちらを振り返る。
「どうした?」
「……後悔しておられないのですか」
己の選択に。王子の手を取ったことを。
俺の言葉に彼はのんびりと「んー」と顎に手を当て少し考えた後、笑顔を浮かべた。
「いや全然」
「しかし、いきなり王族となって貴方にとって厳しい環境のはずだ」
「んまぁ確かに色々と覚えること多いけどさ。でもさ」
これだけ立ち止まって話をしているというのに、やはり周囲は彼に気付かない。普通に男二人が立ち止まってお喋りをしているという認識でしかない。
「『俺なんて』って思いたくないかな。俺を選んでくれたウェルスを疑うようなことはしたくねぇ」
「……!」
「そりゃ不相応なところもあると思うよ。色んな人に助けてもらわなきゃいけねぇけど、俺もできることはしっかりと頑張りたいし」
それに、と続けた彼の表情には陰りは一切見られない。ウェルス様のもとにやってきたときから変わらない、パッと明るい表情だ。
「ウェルスのこと大好きだしな!」
瞠目し、しばらくして表情を緩め肩の力を抜く。きっと、ウェルス様も彼のこういうところに惹かれたのだろう。
「愚問をお許しください」
「聞きたいことだったんだろ? 愚問じゃないじゃん。あっ、そうそう忘れる前に」
行き交う人の邪魔にならないよう、彼が道の端に移動するのに習うように同じように端に身体を寄せる。彼が持っていたバッグからゴソゴソと探すような素振りを見せ、見つかったのか何かを取り出した。布に包まれているようだがそこまで大きいものではない。
「やっと親方からオッケーもらってさ。いつも俺の護衛してくれてっから、そのお礼」
そうして包まれた布から出てきたのは、装飾も美しいナイフだった。驚きのままそれを無意識に受け取り、そして鞘から引き抜く。美しい刃文の刀身は綺麗にキラキラと光を反射している。
「……よろしいのですか。こんな素晴らしいものも」
「もちろん! お礼のために作ったんだしさ。一応殺傷能力高めで多少脂で汚れても切れ味バッチリだから!」
「……え?」
「騎士の人に贈るにはちょっと粗末かな~っても思ったんだけどさ。まぁ誰かにあげるのもいいし捨てるのもいいし売っちゃうのもいいし、ご自由に! あっ、ただ売ったときにちょっとでも金になると嬉しいかも。ちゃんと値の付くものが作れたってことだし」
「手放すなんて滅相もない!」
何やら会話の端々に物騒な言葉があったような気がしないわけでもない。しかし、折角俺のことを思い打ってくれたこのナイフを誰が手放そうと思うものか。
「いつもありがとな」
「っ、いいえ、こちらこそ……ありがとうございます。大切に使います」
「おう」
ニカッと笑った彼に自然とこちらも笑顔になる。落とさないようなくさないよう、頂いたナイフはしっかりと懐に入れて彼と共に屋敷へ向かう。
最初こそ、少しは不満はあった。できることなら王族の護衛をしたいのだと。けれど今では、護衛対象が彼でよかったと思っている。彼の護衛騎士であることを誇りに思う。
さて、この頂いたナイフはしっかりとウェルス様に報告すべきかどうか。言ったら言ったで取り上げられるか「お前ばかり」と小言を言われるか。しかし言わないなら言わないでもし知られたときにどんな仕打ちをされるものか。
……しばらく黙っておいて、バレそうになったらそれとなく言う。それがいい手かもしれない。
騎士を目指し騎士になり、そして護衛する対象が王族となると誰もが自分を誇らしく思うことだろう。出世や家柄など野心のある人間も少なからずいるが、それでも騎士としての誇りを胸に抱いている者が多かった。
俺も他ならぬその中の一人だ。騎士として務めをしっかりと果たす。そしてそんな自分に誇りを持っていたい、そう思っていた中での王族の護衛の務めだった。
ちなみに王子の直属の騎士はすでに決まっている。俺たちのように下位の家柄ではなく、名家の子息で幼き頃よりそうなるよう鍛え上げられた人たちだ。その人たちの立ち位置は変わらない。ただ俺たちでも働き次第ではその一員になれるチャンスはある。
そうして巡ってきた話だったが、相手が違っていた。
「今日もよろしくお願いします!」
そうして爽やかな笑顔で挨拶をしてきた相手に、小さく会釈をする。彼の立場上こちらにそう頭を下げる必要はないというのに。
過去に色々とあったようだが、今ではすっかり王子が溺愛していると誰もが周知している人物。最初は専属の護衛はつけていなかったようだ。
ただ立場上、王子ほどではないがその身を狙われることもある。過去に二度ほどあったようで、そのどちらも彼自身が撃退している。ただ『金槌で撲殺未遂事件』は騎士の中では有名な話だ。
鍛冶屋の息子だからか、見た目はかなり鍛え抜かれている身体だった。ただし俺たちのように武器を扱うように鍛錬を積んできたわけではない。だからいざ王子を守ろうと金槌を振り下ろしたときは慌てふためき、そして殺ってしまったのではないかと顔面蒼白になったそうだ。
ちなみにその事件があったからこそ、騎士の中では親近感を持つ者が出てきたとかどうとか。
そういうこともあり王子も王子でやはり気が気でないらしく、しっかりと選定し専属の護衛をつけることになった。その中の一人が俺というわけだ。
とは言っても、王子の護衛ほど気を張り詰める時間は少ない。彼の移動は大体城、屋敷、そして工房だ。その間の行き来が主で、その道中で野盗に狙われることなどまずない。だから最初は護衛など不要と思われていたのだが。
だが相手は元庶民、流石に行動範囲が狭すぎると窮屈な思いをするのではないか。そう心配した王子は城下に行くことを許した。無論、護衛ありでだ。ただここで少し揉め事が起こった。
「最低でも五人だ!」
「いや多すぎぃ! どこぞの物語の勇者集団じゃねぇんだから! 悪目立ちするって!」
「しかし完璧にも安全とは言えないとアシエも言っていただろう⁈」
「でも二人っきりで歩いたことあるじゃん! ウェルスがケツ触られそうになっただけで他に何か起こったことなんてなかっただろ! っていうかそういうのを回避するのは俺のほうが上手いって。なんてったって生まれ育ったところだぜ?」
「ぐっ……!」
結局王子のほうが言い包められ、護衛は一人というところで収まった。そしてその一人に選ばれたのがまたもや俺ということだ。
しかし流石に城周辺でなないため、気を引き締めなくてはと思って彼の護衛に就いた。就きは、したが。
驚くほど何も起きない。
そもそも周りが彼に気付かない。すれ違っても顔をまじまじと見ることもなければ王子のパートナーだと気付くこともない。普通に街の中を歩き、普通に軽く買い物をして普通に帰る。
寧ろ俺のほうに視線が集まっていたような気がする。街から屋敷にたどり着いた彼は俺の顔をまじまじ見て、そして何やら「ふむ」と一人で納得した。
「やっぱ変装してもらったほうがよかったかな~。溢れ出るいい男オーラが隠せなかったから」
「……えっ」
「今度から俺が変装グッズ持ってくるから、それ着てもらっていいですか?」
「え、は、承知しました……?」
恐らく、俺のほうが悪目立ちしていたのだと思われる。
次からは彼が持ってきた「変装グッズ」とやらに着替えて街に出ることになった。彼曰くコンセプトは「兄弟」らしい。
「うんうん、これで兄弟っぽく見えるかも! でもやっぱ帽子はあったほうがいいか~。やっぱり溢れ出るできる男オーラ」
「そ、そうでしょうか……?」
「顔もよし声もよし、これは周りもコロッといっちまうわ……流石格好いい男は違う」
「……それはあまり、言葉にしないほうがよろしいかと。特に王子の前では」
「え、そう?」
裏のない直球な褒め言葉にこちらもどう返していいのかわからなくなる。少し顔が火照ったことを自覚しつつ、一応そう忠告をしておく。こういう場を万が一王子に見られたとしたら立場が危うくなるのは俺のほうだ。
そうして変装して護衛として街に出ること数回目、どうやら今回は彼の友人の両親が営んでいるというカフェに向かうようだ。店に入っていくところを見送ろうとすると「一緒に入らねぇの?」と誘われたがやんわりと断る。
王子は今公務中だが、一緒にお茶を飲んでいるところを目撃されるようなことになると大変なことになる。流石にまだ騎士としていたい。
彼が店内に入ってから周りに注目されないように、尚且つ周りに目を光らせながら警備に当たる。一度彼の友人だと思われる人物が店から出ていったが、それもすぐに戻ってきた。恐らく一緒にいたのはもう一人の友人なのだろう。
それから三人で楽しんでいるかと思いきや、途中入ってきた女性二人もなぜか同じテーブルに着き僅かに目を見張る――まさか、逢引か?
王子という誰もが手を伸ばしたい相手に選ばれておきながら、やはり立場の違いか、それとも同性だからか。やっぱり女性のほうがいい、そう思っているのだろうか。
用心深く中の様子を探っていたが、そんな俺の考えは杞憂に終わった。どうやら学生時代の知人のようだ。男女のそれというよりも、気心知れた仲といった感じだ。
ただ、片方の女性は恋慕している様子ではあったが。だが彼はそれに気付いているのかそうでないのか、普通に友人として接している。
そうして彼らが楽しそうに会話をしている様子を眺めながら、ふと思ってしまった。
もし、王子が彼を選んでいなかったのなら。そしたら彼はいきなり右も左もわからない貴族社会に飛び込むことなく、ああして友人たちと会話をしながら何気ない日々を過ごしていたのではないかと。
実家の鍛冶屋を継いで、のびのびとした環境で妻を娶りごく一般的な家庭を築いていたのかもしれない。ああして友人たちと話すことが、彼にとって一番いい環境ではないのだろうか。
同情なのかどうか自分でもわからない。ただ今まで生きていた世界が一変する、その大変さなど想像しただけでも苦しいものだ。下位とはいえ貴族として生きてきた俺がいきなり農夫になれと言われるようなものなのだろうから。
そうして思考が深く落ちそうになった頃、カランと音が聞こえて急いで視線を上げた。
「お待たせ」
どうやら思っていたより時間は過ぎていたらしい。そろそろ戻ろうとの彼の言葉に無論異を唱えることはなく、隣に並び立つ。最初こそは後ろに控えていたがそれだとかえって違和感だとの言葉にそれ以降こうして隣に立っている。
「……楽しまれたようで」
「ああ、久しぶりにみんなに会ったしさ。時間忘れて盛り上がっちゃった」
本当に楽しそうな表情をしている彼に、思わず足を止めてしまう。急に立ち止まったものだから彼も不思議そうにこちらを振り返る。
「どうした?」
「……後悔しておられないのですか」
己の選択に。王子の手を取ったことを。
俺の言葉に彼はのんびりと「んー」と顎に手を当て少し考えた後、笑顔を浮かべた。
「いや全然」
「しかし、いきなり王族となって貴方にとって厳しい環境のはずだ」
「んまぁ確かに色々と覚えること多いけどさ。でもさ」
これだけ立ち止まって話をしているというのに、やはり周囲は彼に気付かない。普通に男二人が立ち止まってお喋りをしているという認識でしかない。
「『俺なんて』って思いたくないかな。俺を選んでくれたウェルスを疑うようなことはしたくねぇ」
「……!」
「そりゃ不相応なところもあると思うよ。色んな人に助けてもらわなきゃいけねぇけど、俺もできることはしっかりと頑張りたいし」
それに、と続けた彼の表情には陰りは一切見られない。ウェルス様のもとにやってきたときから変わらない、パッと明るい表情だ。
「ウェルスのこと大好きだしな!」
瞠目し、しばらくして表情を緩め肩の力を抜く。きっと、ウェルス様も彼のこういうところに惹かれたのだろう。
「愚問をお許しください」
「聞きたいことだったんだろ? 愚問じゃないじゃん。あっ、そうそう忘れる前に」
行き交う人の邪魔にならないよう、彼が道の端に移動するのに習うように同じように端に身体を寄せる。彼が持っていたバッグからゴソゴソと探すような素振りを見せ、見つかったのか何かを取り出した。布に包まれているようだがそこまで大きいものではない。
「やっと親方からオッケーもらってさ。いつも俺の護衛してくれてっから、そのお礼」
そうして包まれた布から出てきたのは、装飾も美しいナイフだった。驚きのままそれを無意識に受け取り、そして鞘から引き抜く。美しい刃文の刀身は綺麗にキラキラと光を反射している。
「……よろしいのですか。こんな素晴らしいものも」
「もちろん! お礼のために作ったんだしさ。一応殺傷能力高めで多少脂で汚れても切れ味バッチリだから!」
「……え?」
「騎士の人に贈るにはちょっと粗末かな~っても思ったんだけどさ。まぁ誰かにあげるのもいいし捨てるのもいいし売っちゃうのもいいし、ご自由に! あっ、ただ売ったときにちょっとでも金になると嬉しいかも。ちゃんと値の付くものが作れたってことだし」
「手放すなんて滅相もない!」
何やら会話の端々に物騒な言葉があったような気がしないわけでもない。しかし、折角俺のことを思い打ってくれたこのナイフを誰が手放そうと思うものか。
「いつもありがとな」
「っ、いいえ、こちらこそ……ありがとうございます。大切に使います」
「おう」
ニカッと笑った彼に自然とこちらも笑顔になる。落とさないようなくさないよう、頂いたナイフはしっかりと懐に入れて彼と共に屋敷へ向かう。
最初こそ、少しは不満はあった。できることなら王族の護衛をしたいのだと。けれど今では、護衛対象が彼でよかったと思っている。彼の護衛騎士であることを誇りに思う。
さて、この頂いたナイフはしっかりとウェルス様に報告すべきかどうか。言ったら言ったで取り上げられるか「お前ばかり」と小言を言われるか。しかし言わないなら言わないでもし知られたときにどんな仕打ちをされるものか。
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