目撃者、モブ

みけねこ

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数多な証言

親友

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「にしてもアシエは遠い存在になっちゃったなぁ」
 手を動かしながらもそうボヤいたのは俺の父親だった。きっと先日行われたパレードを見たからだろう。
 王族の結婚式に庶民が参加することはできない。だからその代わりというように先日お披露目のパレードが行われた。ま、俺とジャックはまた別の日に屋敷にお招きされたけどそれは置いといて。
 パレードは大賑わいだったけれどそれとなく厳重な警備に、そこそこの距離感。あれだけの人だかりだと顔もまともに見れない。
 王子が選んだ相手は一体誰なんだと半ば野次馬のように集まった庶民はもちろんその顔を見ようと必死だった。必死だったものの……王子の顔面が強すぎた。
「ま、まぶしいっ……!」
「見目麗しすぎる!」
 お相手の顔を確かめる前に王子によって目を潰された庶民が多数だった。結局庶民はお相手の顔をほぼ覚えていない。覚えているのは同じ学園に通っていた人間もしくはその保護者ぐらいだ。それ以外に覚えている人たちは礼服の上からでもわかるガタイの良さだけで多分顔はぼんやりだったと思う。
 ある意味王子はそれをわかっていて、だからこそ無駄に爽やかな笑顔を振りまいていたと思われる。相変わらず嫉妬深いし独占欲も丸出しだ。
「寂しくなっちゃうなぁ」
「そう思う必要はないんじゃないかな。アシエはアシエだろ」
「でも前みたいにしょっちゅうお店に顔を出すなんてことは無理だろ? 寂しいよ」
 学生だった頃はよく休みの日にそれぞれの店を周っていた。ジャックの雑貨屋で色々見て、アシエの鍛冶屋で親に頼まれていた調理器具の手入れをしてもらって、そしてうちのカフェで一休みする。それが俺たちの普通だった。
 でも王族の一員になろうがそうでなかろうが、そういう日々を過ごせるのは学生のうちだけだ。卒業すればそれぞれ家の手伝いをすることを決めていたから毎日会うのも難しくなる。
 手伝いをしつつ寂しい寂しいと肩を落とす父さんに少し呆れつつ、注文を取りにホールへと出る。そこまで大きいカフェでもないし人通りの多い場所に構えているわけでもないため賑わいはそこまでないかもしれないが、でも落ち着ける雰囲気があるというのがうちの売りだ。
 来店の鐘が鳴ったためテーブルに着いた人のところへ足を運び、注文を聞こうと思って顔を上げた瞬間俺はぎょっとした。
「よっ」
 何を無駄に明るい顔で片手を上げているんだこの男は。
「『よっ』じゃないお前一人で来たのか⁈」
「そうだよ。だって前にオリバーの親父さんとジャックで協力して新商品作ったって手紙で書いてたじゃん。食いに来ちゃった」
「おまっ……!」
 大きい声が出そうになったため慌てて口を手で塞ぎ辺りを見渡す。ちらほらと客はいたものの誰一人としてこっちを気にしている様子でもない。ひとまずホッと一息。
「護衛はどうしたんだ……!」
 学生のときはよかった。でも今はそうじゃない。なんせ王子が溺愛しているただ一人の人間だ、何か事が起こってしまってからじゃ遅い。
 こっちは多少なりとも焦っているというのに、当の本人は特に気にした様子でもなくのほほんとしている。お前のその大らかさは長所でありながら短所でもあるぞと思わず顔を顰める。
「一応護衛の人一人ついてきてるよ。店の外で待機してもらってる」
 一緒に入ったらって言ったんだけどな~だなんてのんびりしているアシエに、思わず王子の苦労が目に浮かんでしまった。本当ならば何人も護衛に就かせたかっただろうし、護衛とはいえ店で同じテーブルに着くのもいい思いはしないだろうに。
 とか思っていたら、当初はやっぱり五人ぐらい護衛に就く予定だったんだとアシエの口から伝えられた。
「でもそんなぞろぞろついてきたら逆に目立っちゃうだろ。だから一人だけってことにしてもらった」
「それでもなぁ……流石に騒ぎになったんじゃないのか。パレードだってあったんだし」
「いやそれが全っ然バレなかった! 護衛の人の顔がよくってさ、みんなその人ばっかり見てたよ」
 ラッキー、だなんてあっけらかんに言うアシエに俺は何と言えばいいのかわからず口をモゴモゴ動かすだけに終わった。多分窓の外に見えるあの人が護衛だろうけれど、確かに顔が整っている。
 アシエのザ・庶民顔がこんなところで役に立つなんて。だからってホイホイこうして店にやってくるのもどうか。
「アシエ⁈ 久しぶりじゃないか!」
「親父さん久しぶりー! 新作食いに来たんだ」
「わざわざ⁈ 急いで作るから少し待ってな!」
「いいよ急がなくて。急いで手ぇ怪我したら大変じゃん」
 カウンターからひょっこり顔を出した父さんがアシエの来店に驚きつつ、それでも嬉しそうに新作の準備に取り掛かった。ちなみに流石に他の客にはチラチラと見られて気付かれ始めたものの、誰も騒がずにいてくれている。ありがたい。
「そうだ、折角だからジャックも呼んでくるよ。少し待っててくれ」
「おっ、ありがとなーオリバー」
 ひとまず飲み物を一つアシエの前に置いて、急いでジャックを呼びに行く。流石に俺一人だけアシエに会うっていうのも気が引けるし。
 そうして少し離れたジャックのご両親の店にジャックを呼びに行き、アシエが来ていると伝えたら急いで出てきて一緒に走ってカフェに戻ることになった。
「はぁはぁっ、アシエー! 久しぶり!」
「おー! ジャック! んな汗だくになって走ってこなくてもよかったのに!」
「アシエに会いたかったんだよ! はぁはぁ、オリバー、はぁはぁ、お、お茶……」
「ああ、ひとまず座ってくれ」
「ジャックこっちこっち!」
 あれから少しまた丸くなったジャックは走るのも大変そうだった。けれどそれでもアシエに会いたい気持ちが強かったんだろう。アシエが笑顔でこっちと隣の椅子を指差し、フラフラになりながらもジャックはしっかりと椅子に座った。そして俺も急いでジャックにお茶を届ける。
「手伝いはそこそこで二人のところに行っておいで、オリバー」
「え? でも」
「まだお客さんもそんなに多くはないし、久しぶりだろ? 新作持って行くついでにお喋りしておいで」
 そうしてにっこりと笑顔を浮かべた父さんはしっかりと新作を俺に手に握らせ、そして小さく背中を押した。父さんがそう言ってくれるのならその言葉に甘えよう。
 新作を二人がいるテーブルに持っていくとアシエと、そしてなぜかジャックの目も輝いた。食べるのが大好きなジャックからヒントを得て作ったスイーツなのだから、ジャックもどういうものかわかっているはずなのに。まぁきっとそれでも美味しそうに見えたんだろう。
 空いている椅子に着いて、学生時代のときと同じように顔を突き合わせる。久しぶり、から始まりスイーツを食べながら会話が広がる。
「実は今雑貨屋だけどさ、お店変わるかもしれない」
「えっ、マジで?」
「そうなのか?」
「うん、やっぱり家族みんな美味しいものが大好きでね、それで……」
「えっ⁈」
 来客の鐘と共に頭上から聞こえたその声に、三人一斉に顔を上げる。声を出したと思われる人物は急いで口を手で押さえて慌てて周りを見渡した。そしてその視線がすぐにこっちに戻ってくる。
「ア、アシエ君っ……⁈」
「お、久しぶり~。元気してた?」
「うんうん元気にしてた……じゃなくて! 一人でいて大丈夫なの⁈」
 入ってきた女性二人組のうち一人は俺たちと同じクラスの子だった。在学中にこのカフェに来てからよく通うようになっていた。ついでに、その隣にいる子も。
 二人ともここにいるアシエに驚いてしきりに「大丈夫⁈」と心配していたが、アシエはというと俺のときと同じようにあっけらかんと「大丈夫」と言い、そして同じ説明をもう一度彼女たちにもしていた。
「あ、ついでにここに座る? まだ椅子あるし」
「えぇぇっ、い、いいの?」
「学生のとき隣座ってたじゃん」
 何を今更と朗らかに笑うアシエに、彼女たちも戸惑いつつも同じテーブルに着くことになった。流石に注文は受けるべきかと俺も一度立ち上がり二人から注文を聞く。
 二つのカフェオレを持ってテーブルに行き、それぞれの目の前に置く。同じクラスだった子はだいぶん落ち着いてきたが、もう一人のほうはまだどこかそわそわしていた。それに気付いたのは彼女と、そしてアシエだった。
「アシエ君、この子のこと覚えてる?」
「あっ、ちょっ……わわわ私のことはいいからっ」
「うん、覚えてるよ。久しぶり」
 顔を真っ赤にして慌ててる彼女に、アシエは穏やかに笑顔を向ける。まぁ、アシエが忘れるわけがないか。
 学生のときにアシエに告白してきた子なんて、後にも先にもこの子だけだったから。
「あっ、あのっ! そのっ……結婚、おめでとうっ」
「ありがとな」
 他にも色々言いたいことがあっただろうし、気まずいこともあっただろう。それでも祝いの言葉を口にした彼女に、アシエも微笑んで礼を告げた。アシエの笑顔を正面から受けた彼女は一度顔を真っ赤にし、口ごもりながらも次には彼女も嬉しそうに笑みを浮かべる。
 そんな二人のやり取りを俺たちだけじゃなく、その場にいた人たち全員が微笑ましく見守っていた。
 それから女性二人が加わったことでか、尚更会話に花が咲く。
「私は相変わらず親にこき使われてる~」
「確かパン屋さんだったよね? そうだ、実はうちの店でめずらしい果物が手に入って――」
「私は印刷所に勤めてるの。最近需要が大きくなって、次々に新しいところが建ってるみたい」
「へ~っ、それってクラスの女子が言ってた薄い……」
「アシエ、それ以上言うのはよろしくない」
 などなど、それぞれが近況を報告がてら思い出話をしつつ。賑やかな時間はあっという間に過ぎていくと実感したのは、アシエが時計を見て急いで顔を上げたときだった。
「やっべ、もうこんな時間か。急いで戻らねぇと」
「大変だな、色々と」
「まぁな。でもまたみんなで会おうよ。楽しかったしさ」
 アシエの言葉に女子二人は喜びながら頷き、俺たちも「またな」と言葉にした。俺とジャックは頻繁に手紙でやり取りしているし、都合がつけば会うこともできるため彼女たちほど喜びを爆発させなかったが。
 しっかりと会計を済ませたアシエは一度カウンターに顔を向け、「親父さん美味しかった!」とでかい声で礼を告げて店から出ていった。それを皮切りに女子二人、そしてジャックも店を後にする。
 急にいつも通りの静けさを取り戻した店内に一瞬だけ寂しくなったような気がしたが、気を取り直して俺も手伝いに戻ることにした。
「いやぁ、久々にアシエに会ったけど変わってなくてホッとしたよ」
「だから言っただろ?」
「オリバーの言う通り。でも……やっぱり王族の一人になったんだなぁって思う瞬間もあったよ」
 父さんが言うのもわかる気がする。アシエにはそのつもりはなかっただろうけど、やっぱり王族や貴族のマナーを学んでいるからか端々の所作が綺麗になっていた。
 でも人間まったく変わらないなんてことはないだろうし、それを成長とも言うんだろう。きっと俺たちも自分で気付かないだけで、アシエから見たら変わっているところもあったのかもしれない。
「……まぁ、また新作作ったら食べに来るんじゃないかな」
「それもそうだな! よーし、おじさんも頑張らないとなぁ!」
「程々にな」
 急にやる気を出した父親に苦笑をもらしつつ、来店の鐘に顔を上げホールへと足を向けた。端の席に座った女性が、ついさっきまで王子のパートナーが座っていただなんて思いもよらないだろう。
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