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数多な証言
幼馴染
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私の幼馴染はまぁ、完璧な男だった。
というのも王族でしかも後継者なのだから完璧にならざるを得なかったというか。当人もそういうものだとわかっていてより完璧を求めていたからこそ、そうなるのも至極当然のことだと言ってしまえばそれまでだけど。
その男がパーティー会場から出た途端顔に浮かべていた微笑みを引っ込め、無表情になる。
「もうお帰りで?」
「大体は済ませた」
「帰りたいだけでしょ」
直球で言うと男が若干眉間を寄せ、反論することなく歩き出した。相変わらずわかりやすいと軽く喉をクツクツ鳴らして男に続く。
「にしても惚気ましたねぇ」
それは会場で起こったほんの一コマだ。立場上色々と言い寄ってくる人間が多いとはいえ、それは結婚したあともあまり変わらなかった。まっ、世の中欲深い人間は数多くいてチャンスがあればといつでも機を伺っている人間もいるということ。
あのご令嬢もその一人だった。ただ彼女は婚約者候補に上がっていたためその辺は弁えているかと思いきや、そうではなかったという話だったけれど。
自分の自慢の肉体を武器に自信溢れたその様子は流石は公爵家のご令嬢。ただ相手が悪かった。私はあのとき実は彼の傍で控えていてその様子を直視していたのだけど。
よってどういうやり取りがあったかなんて丸聞こえに丸わかり。そのときを思い出し思わず笑い声がもれる。
「女性に胸を押し付けられながらパートナーの胸を思い出すなんて。あっふぁふぁ! ムッツリですねぇ!」
「声が大きいぞ、ケニス」
「これはこれは、失敬。でもまぁ、わざとだったでしょ」
「さぁ、どうかな」
手を口に当てつつ、それでも喉の奥から笑い声が出てしまう。
このなんでも完璧にこなしてしまう男は、実は恋愛面に関してはポンコツでしかもムッツリだなんて。一体誰が信じようか。
この男は完璧だった。そうなるように周りからも期待され自身も追い込んでいた。それを何より心配していたのは恋愛結婚した王と王妃だ。完璧を求めすぎて、そのうち潰れてしまうのではないかと危惧していた。あとはまぁ、王家代々恋愛結婚だったため息子もそうであってほしいと思ったのだろう。
ただ年頃になっても浮ついた話は一切ない。本人からも「恋」の一言も出てこない。この子は本当に大丈夫だろうか⁈ と心配した王と王妃は一つの手段として婚約者を充てがった。
それに選ばれたのは淑女の鑑であったイリス・アステール嬢だった。アステール家もアステール家でどうやらイリス嬢の心配をしていたようで、お互い心配している親同士「なんとか上手くいってくれ!」の思いが強かったよう。
ところがだ、令嬢として完璧でありたいと願っていたイリス嬢と、王族として完璧であるべきだと考えていた王子はどこまでも似た者同士だった。
別に仲が悪いわけではないし、お互い良き理解者という感じではあったが、周りが望むような恋愛関係にはまったく発展せず。なんなら二人とも王族、貴族の恋愛に関しては理解できていない様子だった。
まっ、お互い恋心を抱いていなくても信頼関係を築けているのならばそれでいいだろう。それが当人たちの考えだったし、私も当人たちがそれでいいのなら別にいいのでは? と思っていた。
ただ人生何が起こるかわかったものじゃなく、面白い方向に進んでいく。
初めて恋を知った王子は勝手に浮かれて勝手に暴走して勝手に失恋した。笑える。そのおかげでイリス嬢も自身を深く愛してくれる人と結ばれることになったから結果良ければすべて良しだったけれど。
そして柄にもなく激しく落ち込んだかと思いきや、またもや庶民に恋をするという。まったく、人生何が起こるかわかったものじゃない。だからこそ面白い。
結果上手く射止めることができた王子は用意周到に準備をし、そして見事に囲うことに成功して今日に至る。
ただあれほど「恋愛など興味ありません」といった様子だった王子が、まさかここまで独占欲や執着心が強いとは。彼も紛れもなく王族だったというわけだ。
「アシエ君ってそんなに胸が大きかったんですねぇ。まぁ確かに服の上からでも膨らんでいるのわかりますけど」
「……ケニス」
「そんな怖い顔をしなくても別に邪な想像なんてしてませんよぉ。でも誰が見てもわかることでしょ。ただ貴方が育てているのかどうかっていう話で」
「アシエが日々鍛冶屋で精進している証だ。だから日に日に成長を……」
「……あっふぁ!」
思わず飛び出した笑いに幼馴染もとい王子もといウェルスは盛大に表情を歪め咳払いをした。どうやら心の声を私から引き出されてしまったことを不覚に思ったのだろう。本当に面白い、この幼馴染。
「それに感度も良いようですし」
「ケニス!」
「あっふぁふぁふぁふぁ!」
睨みと共に軽く……でなく、そこそこ本気で肩を殴られた。まだパーティー会場から出ていないというのにこの暴挙。周りに人がいなかったからよかったものの誰かに目撃されてしまったらちょっとした騒動だ。まっ、王子もしっかり周囲を把握していたから構うことなく殴ってきたんでしょうけど。
ただ身体を鍛えている王子と違って頭だけを鍛えている私はヒョロヒョロなんですから多少手加減してほしかったんですけど。当たりどころが悪かったら骨折れちゃいますからね。
「いいか。安易に、アシエに、近付くな」
「それをしたくてもできないってわかっているでしょ。貴方が常に張り付いているんですから」
「お前がアシエにああいうことするから!」
「いやぁ、確かめてみたくなってしまったもので。好奇心には抗えないものです」
「ケニス!」
王子の眉間の皺が更に深くなったため、これはさっさと逃げたほうがいいと小走りで馬車のほうに向かう。馬車に乗ってしまえばこっちの勝ちだ。それに王子もパーティー会場で私を追いかけ回すようなこともしないでしょうし。
無事に難を逃れた私は窓越しに未だに憤っている王子に笑顔で手を振り、その場を後にした。
私は別に王子に対してかしこまったりすることはない。だって物心ついた頃よりよく会って遊んだりもしていたからだ。だから王子が完璧に近付くにつれ周りのように恐れおののくようになる、なんてことはなかったし、逆にからかい甲斐があって面白いとしか思っていなかった。
だから好きか嫌いかと言われると、まぁ好き寄りなんでしょう。面白いし。そんな面白い人が惚れた相手がどういう人なのか、興味が湧いてしまうのも仕方がない。
アシエ君は本当にどこにでもいる顔だった。街で探したら見つけられない自信がある。ただ、王子を射止めただけはある。
生真面目で王族としての責務を一身に背負おうとしている頑固な男を、そのおおらかな性格が受け止めてくれる。恋愛面がポンコツだとわかった上でも「しょうがない」と笑い飛ばせる愛情深さがある。腹黒さが物を言わせるこの社交界で、愚直なまでのその素直さはいっそ清々しい。
正直王子はいい相手を見つけたと思う。最初に惚れた人物だと流石の私も警戒した。
なんせ自分の恋を成すために王子すらも利用する強かさを持っていたからだ。もしその人物がパートナーになっていたら。社交界での腹の探り合いはお手の物だろうが、自身の望みを叶えるために王子を利用し下手したら国民すらも利用するかもしれない。王子がただの傀儡になるとは思えないが、そこはほら、恋愛ポンコツのところがどうなるかわからないため不安しかない。
だから王子が選んだのがアシエ君でよかったと、つくづく思ってしまう。
私もアシエ君と仲良くなりたいものだけれど、あの嫉妬深い王子の盾が強い強い。初手があれだったためまぁ警戒されている。それすらも面白いけど。
ただ流石の王子も四六時中傍にいることは叶わないため、隙を見つけて私が会いに行っていることを王子は知っているのか知らないのか。まっ、会ったとしても他愛もない会話を楽しんでいるため王子が心配するようなところはないのだけれど。今のところ。
「アシエ君」
たくさんの教材を両手に抱えて廊下を歩いている背中に声を掛ける。座学が苦手なようで、振り返った顔には明らかに疲労の色が浮かんでいた。
「あ、ケニスさん」
「今日も大変そうですねぇ。どうですか、進捗は」
「ん~……ボチボチ? いやでもわかんねぇ……俺的にはさ、そこそこわかってきてるつもりだけど」
「まぁ程々で大丈夫でしょう。そういうものはわかっている者に任せればいいだけの話です。私とか」
「ケニスさん頭いいもんな~」
「あっふぁふぁ、頭を使うのが得意ですからねぇ。運動はからっきしですが」
だから今アシエ君が持っている教材を代わりに持つなんてことはできない。意外に重いでしょう、それ。
「ウェルス王子は一緒ではないんですね」
「さっきまでいたけど何か呼び出されて急いで行ったよ。王子って本当忙しいよな~、ちゃんと休みがあればいいんだけど」
心の底から王子を心配している様子に、「やっぱり」と内心にんまりと笑みをこぼす。こういうところでしょうねぇ、王子がアシエ君に惚れたところ。
王子が多忙だからといって不満をもらすどころか心配する。会えないことより休んでくれと心底願っている。愛情深いことこの上ない。
「まっ、君がいたら王子も癒やされるでしょ」
「そうかなぁ? いや寝るのが一番いいと思うんだ。疲れ溜めないのがいいって」
「それもそうですね。でも、ほら」
そそそとアシエ君の後ろに回れば歩いていた足がピタリと止まり、小首を傾げながらこちらに振り返ってくる。
アシエ君は今教材を抱えていて、両手が塞がっている。そして周りには誰もいない。私は背後から徐ろに両手を上げた。
「んぅ」
「王子もご立派なここで、癒やされますよ」
おお、思った以上に大きい。これは王子がムッツリになるのも頷ける。やわ、と小さく手を動かしてみると思いの外弾力のある肉が指に吸い付いてくるようだ。
「ケニスッ!」
おや、さっき急いで行ったはずだったのに。一体どうやって嗅ぎつけてきたのか。
「もう用事はよろしいので? ウェルス王子」
「嫌な予感がしたから戻ってきたんだ! 手を離せ!」
「せっかちですねぇ」
「揉むなッ!!」
もみもみ、と二回ほど手を動かすと王子から思いっきり手を叩き落された。
「アシエも嫌がってくれ!」
「いや両手塞がってたし。まぁ二回ぐらい揉まれたってね?」
「嫌がってくれッ!!」
いやはや、おおらかなものも困ったものだ。これに関しては王子の言い分が正しい。パートナーでもない人間から胸を揉まれるとは如何なものか。揉んだのは私ですけど。でもそこは貴族と庶民ではまた違った認識なのだろうか。ふむふむそれはそれで興味がある。
と考えつつ私はすでにその場から駆け出していた。というか王子がアシエ君に注意している時点で逃げの行動に出ていた。ま、私も痛いのは嫌ですし。
「それではアシエ君、またお喋りしましょうね~!」
「おー! ケニスさんもあんま無茶すんなよ!」
「アシエ……はぁ」
肩を落としている王子の姿なんて見なくてもわかる。思わず走りながら笑ってしまった。
まったく、王子といいアシエ君といい、二人ともからかい甲斐がある。好奇心旺盛であると自負している私が興味を抱かないわけがない。人間に対してそうなることがあまりない私ですけど。
でもね、そこはまぁ私も二人のことを好きだからだと思いますよ。面白いですしね。
というのも王族でしかも後継者なのだから完璧にならざるを得なかったというか。当人もそういうものだとわかっていてより完璧を求めていたからこそ、そうなるのも至極当然のことだと言ってしまえばそれまでだけど。
その男がパーティー会場から出た途端顔に浮かべていた微笑みを引っ込め、無表情になる。
「もうお帰りで?」
「大体は済ませた」
「帰りたいだけでしょ」
直球で言うと男が若干眉間を寄せ、反論することなく歩き出した。相変わらずわかりやすいと軽く喉をクツクツ鳴らして男に続く。
「にしても惚気ましたねぇ」
それは会場で起こったほんの一コマだ。立場上色々と言い寄ってくる人間が多いとはいえ、それは結婚したあともあまり変わらなかった。まっ、世の中欲深い人間は数多くいてチャンスがあればといつでも機を伺っている人間もいるということ。
あのご令嬢もその一人だった。ただ彼女は婚約者候補に上がっていたためその辺は弁えているかと思いきや、そうではなかったという話だったけれど。
自分の自慢の肉体を武器に自信溢れたその様子は流石は公爵家のご令嬢。ただ相手が悪かった。私はあのとき実は彼の傍で控えていてその様子を直視していたのだけど。
よってどういうやり取りがあったかなんて丸聞こえに丸わかり。そのときを思い出し思わず笑い声がもれる。
「女性に胸を押し付けられながらパートナーの胸を思い出すなんて。あっふぁふぁ! ムッツリですねぇ!」
「声が大きいぞ、ケニス」
「これはこれは、失敬。でもまぁ、わざとだったでしょ」
「さぁ、どうかな」
手を口に当てつつ、それでも喉の奥から笑い声が出てしまう。
このなんでも完璧にこなしてしまう男は、実は恋愛面に関してはポンコツでしかもムッツリだなんて。一体誰が信じようか。
この男は完璧だった。そうなるように周りからも期待され自身も追い込んでいた。それを何より心配していたのは恋愛結婚した王と王妃だ。完璧を求めすぎて、そのうち潰れてしまうのではないかと危惧していた。あとはまぁ、王家代々恋愛結婚だったため息子もそうであってほしいと思ったのだろう。
ただ年頃になっても浮ついた話は一切ない。本人からも「恋」の一言も出てこない。この子は本当に大丈夫だろうか⁈ と心配した王と王妃は一つの手段として婚約者を充てがった。
それに選ばれたのは淑女の鑑であったイリス・アステール嬢だった。アステール家もアステール家でどうやらイリス嬢の心配をしていたようで、お互い心配している親同士「なんとか上手くいってくれ!」の思いが強かったよう。
ところがだ、令嬢として完璧でありたいと願っていたイリス嬢と、王族として完璧であるべきだと考えていた王子はどこまでも似た者同士だった。
別に仲が悪いわけではないし、お互い良き理解者という感じではあったが、周りが望むような恋愛関係にはまったく発展せず。なんなら二人とも王族、貴族の恋愛に関しては理解できていない様子だった。
まっ、お互い恋心を抱いていなくても信頼関係を築けているのならばそれでいいだろう。それが当人たちの考えだったし、私も当人たちがそれでいいのなら別にいいのでは? と思っていた。
ただ人生何が起こるかわかったものじゃなく、面白い方向に進んでいく。
初めて恋を知った王子は勝手に浮かれて勝手に暴走して勝手に失恋した。笑える。そのおかげでイリス嬢も自身を深く愛してくれる人と結ばれることになったから結果良ければすべて良しだったけれど。
そして柄にもなく激しく落ち込んだかと思いきや、またもや庶民に恋をするという。まったく、人生何が起こるかわかったものじゃない。だからこそ面白い。
結果上手く射止めることができた王子は用意周到に準備をし、そして見事に囲うことに成功して今日に至る。
ただあれほど「恋愛など興味ありません」といった様子だった王子が、まさかここまで独占欲や執着心が強いとは。彼も紛れもなく王族だったというわけだ。
「アシエ君ってそんなに胸が大きかったんですねぇ。まぁ確かに服の上からでも膨らんでいるのわかりますけど」
「……ケニス」
「そんな怖い顔をしなくても別に邪な想像なんてしてませんよぉ。でも誰が見てもわかることでしょ。ただ貴方が育てているのかどうかっていう話で」
「アシエが日々鍛冶屋で精進している証だ。だから日に日に成長を……」
「……あっふぁ!」
思わず飛び出した笑いに幼馴染もとい王子もといウェルスは盛大に表情を歪め咳払いをした。どうやら心の声を私から引き出されてしまったことを不覚に思ったのだろう。本当に面白い、この幼馴染。
「それに感度も良いようですし」
「ケニス!」
「あっふぁふぁふぁふぁ!」
睨みと共に軽く……でなく、そこそこ本気で肩を殴られた。まだパーティー会場から出ていないというのにこの暴挙。周りに人がいなかったからよかったものの誰かに目撃されてしまったらちょっとした騒動だ。まっ、王子もしっかり周囲を把握していたから構うことなく殴ってきたんでしょうけど。
ただ身体を鍛えている王子と違って頭だけを鍛えている私はヒョロヒョロなんですから多少手加減してほしかったんですけど。当たりどころが悪かったら骨折れちゃいますからね。
「いいか。安易に、アシエに、近付くな」
「それをしたくてもできないってわかっているでしょ。貴方が常に張り付いているんですから」
「お前がアシエにああいうことするから!」
「いやぁ、確かめてみたくなってしまったもので。好奇心には抗えないものです」
「ケニス!」
王子の眉間の皺が更に深くなったため、これはさっさと逃げたほうがいいと小走りで馬車のほうに向かう。馬車に乗ってしまえばこっちの勝ちだ。それに王子もパーティー会場で私を追いかけ回すようなこともしないでしょうし。
無事に難を逃れた私は窓越しに未だに憤っている王子に笑顔で手を振り、その場を後にした。
私は別に王子に対してかしこまったりすることはない。だって物心ついた頃よりよく会って遊んだりもしていたからだ。だから王子が完璧に近付くにつれ周りのように恐れおののくようになる、なんてことはなかったし、逆にからかい甲斐があって面白いとしか思っていなかった。
だから好きか嫌いかと言われると、まぁ好き寄りなんでしょう。面白いし。そんな面白い人が惚れた相手がどういう人なのか、興味が湧いてしまうのも仕方がない。
アシエ君は本当にどこにでもいる顔だった。街で探したら見つけられない自信がある。ただ、王子を射止めただけはある。
生真面目で王族としての責務を一身に背負おうとしている頑固な男を、そのおおらかな性格が受け止めてくれる。恋愛面がポンコツだとわかった上でも「しょうがない」と笑い飛ばせる愛情深さがある。腹黒さが物を言わせるこの社交界で、愚直なまでのその素直さはいっそ清々しい。
正直王子はいい相手を見つけたと思う。最初に惚れた人物だと流石の私も警戒した。
なんせ自分の恋を成すために王子すらも利用する強かさを持っていたからだ。もしその人物がパートナーになっていたら。社交界での腹の探り合いはお手の物だろうが、自身の望みを叶えるために王子を利用し下手したら国民すらも利用するかもしれない。王子がただの傀儡になるとは思えないが、そこはほら、恋愛ポンコツのところがどうなるかわからないため不安しかない。
だから王子が選んだのがアシエ君でよかったと、つくづく思ってしまう。
私もアシエ君と仲良くなりたいものだけれど、あの嫉妬深い王子の盾が強い強い。初手があれだったためまぁ警戒されている。それすらも面白いけど。
ただ流石の王子も四六時中傍にいることは叶わないため、隙を見つけて私が会いに行っていることを王子は知っているのか知らないのか。まっ、会ったとしても他愛もない会話を楽しんでいるため王子が心配するようなところはないのだけれど。今のところ。
「アシエ君」
たくさんの教材を両手に抱えて廊下を歩いている背中に声を掛ける。座学が苦手なようで、振り返った顔には明らかに疲労の色が浮かんでいた。
「あ、ケニスさん」
「今日も大変そうですねぇ。どうですか、進捗は」
「ん~……ボチボチ? いやでもわかんねぇ……俺的にはさ、そこそこわかってきてるつもりだけど」
「まぁ程々で大丈夫でしょう。そういうものはわかっている者に任せればいいだけの話です。私とか」
「ケニスさん頭いいもんな~」
「あっふぁふぁ、頭を使うのが得意ですからねぇ。運動はからっきしですが」
だから今アシエ君が持っている教材を代わりに持つなんてことはできない。意外に重いでしょう、それ。
「ウェルス王子は一緒ではないんですね」
「さっきまでいたけど何か呼び出されて急いで行ったよ。王子って本当忙しいよな~、ちゃんと休みがあればいいんだけど」
心の底から王子を心配している様子に、「やっぱり」と内心にんまりと笑みをこぼす。こういうところでしょうねぇ、王子がアシエ君に惚れたところ。
王子が多忙だからといって不満をもらすどころか心配する。会えないことより休んでくれと心底願っている。愛情深いことこの上ない。
「まっ、君がいたら王子も癒やされるでしょ」
「そうかなぁ? いや寝るのが一番いいと思うんだ。疲れ溜めないのがいいって」
「それもそうですね。でも、ほら」
そそそとアシエ君の後ろに回れば歩いていた足がピタリと止まり、小首を傾げながらこちらに振り返ってくる。
アシエ君は今教材を抱えていて、両手が塞がっている。そして周りには誰もいない。私は背後から徐ろに両手を上げた。
「んぅ」
「王子もご立派なここで、癒やされますよ」
おお、思った以上に大きい。これは王子がムッツリになるのも頷ける。やわ、と小さく手を動かしてみると思いの外弾力のある肉が指に吸い付いてくるようだ。
「ケニスッ!」
おや、さっき急いで行ったはずだったのに。一体どうやって嗅ぎつけてきたのか。
「もう用事はよろしいので? ウェルス王子」
「嫌な予感がしたから戻ってきたんだ! 手を離せ!」
「せっかちですねぇ」
「揉むなッ!!」
もみもみ、と二回ほど手を動かすと王子から思いっきり手を叩き落された。
「アシエも嫌がってくれ!」
「いや両手塞がってたし。まぁ二回ぐらい揉まれたってね?」
「嫌がってくれッ!!」
いやはや、おおらかなものも困ったものだ。これに関しては王子の言い分が正しい。パートナーでもない人間から胸を揉まれるとは如何なものか。揉んだのは私ですけど。でもそこは貴族と庶民ではまた違った認識なのだろうか。ふむふむそれはそれで興味がある。
と考えつつ私はすでにその場から駆け出していた。というか王子がアシエ君に注意している時点で逃げの行動に出ていた。ま、私も痛いのは嫌ですし。
「それではアシエ君、またお喋りしましょうね~!」
「おー! ケニスさんもあんま無茶すんなよ!」
「アシエ……はぁ」
肩を落としている王子の姿なんて見なくてもわかる。思わず走りながら笑ってしまった。
まったく、王子といいアシエ君といい、二人ともからかい甲斐がある。好奇心旺盛であると自負している私が興味を抱かないわけがない。人間に対してそうなることがあまりない私ですけど。
でもね、そこはまぁ私も二人のことを好きだからだと思いますよ。面白いですしね。
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